2020年3月18日 (水)

イギリス紀行2019 その22 ~ スタンリー・キューブリック展 <番外編>

4604時間近く『キューブリック展』を観て、グッズを買って…もう足がガクガクになっちゃったんだけど、私が買った『キューブリック展』のチケットはレポートの『vol.1』に書いた通り、もうひとつの展示会と抱き合わせになってるからサ、モッタイナイので頑張ってそっちも観て行くことにした。

10それは『Making Memory』と題したデヴィッド・アジャイというイギリスの建築家のの展示。
ホールの整理をしていたオバちゃんが「そっちもとてもステキですよ~」ぐらいのことを言っていたのでチョット期待。
しかし、足が…。

20会場がある地下に降りると、おお!…ナントも座りやすそうなソファがあったのでしばし休憩。
すると隣にいたお嬢ちゃんを連れた日本人の家族が何やら怪しい雲行き。
お母さんが疲れてしまって、お父さんに文句タラタラなのだ。
わかるぜ~、お母さん。
でも何もそんなにムクれなくても…。
それでもナントカ次の行動が決まったようでお母さんを先頭にスタスタと去って行った。30アジャイはタンザニアの生まれで9歳の時にイギリスにやって来て、ロンドンの大学を卒業した。
だから創作物がこんな感じなのね。40この手はまったく門外漢なので、特に言いたいことなし。

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100ところが、調べてビックリ!
このお方、「UK Holocaust Memorial and Learning Centre」というデカいプロジェクトの設計をなすってる。60こんなのあるの知らなかったナ。
エレファント&キャッスルに「帝国戦争博物館」というのがあって、そこにもかなり大掛かりなホロコーストの展示がある。
実際に見に行って結構ショックを受けたな。
チャンスがあればコレも見に行ってみよう。
しかし、向こうの人はこうした活動を通じて戦争の風化を防ぐ努力をしてるんだよね。
学校ではキチンと子供に戦争と政治に関する教育をするというし。
それは戦勝国だからできるんだろうけど、日本なんかはアメリカと戦争したことを知らない若者が平気でいるもんね(コレ事実)。
学校で教えないからだよ。
先々週もコロナ騒ぎで「東京大空襲」に関する報道はほとんどなかったでしょ?
敗戦国だからこそ戦争の悲惨さを伝承しなければいけないのに…。
50さて、アジャイさん、「Sir.」の称号を頂いている、コレだけじゃなくて、ワシントンDCにある「National Museum of African American History」や…

Ms_2 モスクワの「Moscow School of management SKOLKOVO」という大学院の設計なんかと手がけているトンデモナイ大物建築家だったのよ。
あ~、見ておいてヨカッタ…ウソこけ!
でも「UK Holocaust Memorial and Learning Centre」の存在を知ったのは収穫だった。

Ms_11階のロビーに戻る。110今度は上の階へ。

130足、ガクガク。

140上の階に来た目的はコレ。
キューブリックが『LOOK』誌のカメラマンだった頃の写真を展示していたのだ。150キューブリックが14歳の時にお父さんが与えたGraflexというカメラ。

160その時から「20世紀最高の映画作者」としてのキャリアがスタートした。
キューブリックはこのカメラで地元ニューヨークの日常を撮り続け、「LOOK」誌のカメラマンとして21歳の時にプロデビューした。
その時LOOKに売った写真の値段は21ドルだったらしい。

170それがこの写真。
『キューブリック展』でも紹介されていた。
落ち込んだ新聞売りのおジイさんの姿。
おジイさんのすぐ右に「F.D.R. DEAD」とある。
「F.D.R.」とは「Franklin Delano Roosevelt」のイニシャル。
つまりローズベルト大統領が死んだ日の様子だ。(一般的に「ルーズベルト大統領」と呼ばれているけど、発音記号を見ると「ローズヴェルト」だね)
その上に「Roosevelt Dead」とある。
ローズベルトが死んだのは1945年4月12日。
ひと月前に東京大空襲があった。
アメリカにしてみれば敵国の首都壊滅ということで、勝利までもうひと息というところ。
それでこのおジイさんがガッカリしている…という意味の写真だろう。
今度はおジイさんの上に「TRUMAN TAKES OFFICE」と出ている。
「take office」というのは「就任する」という意味。
トルーマンがローズヴェルトの後を継ぎ、4か月後に広島と長崎に原子爆弾を投下した。
その約20年後にキューブリックは米ソの冷戦を舞台に水爆投下をテーマに据えた『博士の異常な愛情』を撮ったのだ。11_0r4a0674 他の写真はこんな感じ。
すべて1945~1950年にLOOK誌のために撮ったモノ。180ナニを撮っているのか知らないけど、私にしてみるとなんじゃコリャ?って印象。
だって、どれも映画のスチール写真みたいでしょ?

190恥ずかしながら、私もライブの写真を撮る時は、シャッターを切る瞬間の前後まで撮っている気構えで臨んでいるつもりなのね。
ただパチパチやっているより、そういう気持ちだと撮った写真に物語性が出て来るような気がするのです…知らんけど。

210でも、コレって「物語」がありすぎでしょう?
すでに「映画的」って言うのかな?
写真の圧力で被写体の顔に目が行かないと言ったらオーバーだけど、実際に見ていて「アレ?コレ。シナトラじゃん!」ってなったよ。
こんな下からのアングルは『シャイニング』の食糧庫に閉じ込められたジャックを撮った時を思い起させる。
普通はこんなことしない。
200vコレもいい。
モンゴメリー・クリフトか…。
昔の俳優さんは男も女もキレイだったね~。
あ、シナトラは歌手ですから「ヘビ顔」でもOK。220v展示はこんなもん。
 
さらに上の階に行ってみると、これまたオモシロそうなのをやってた。
『コーンフレークからコーラまで』という1962~1977年までの「Sainsbury's(セインズベリー)」の自社製品のデザイン展。
セインズベリーはイギリスの大手スーパー。

Marks & Spenser、Waitrose、Sainsbury's、Morrisons、TESCO、ASDA、COOP等々、やっぱりイギリスのスーパーがいいね。
私は中でもMarks & SpenserとSainsbury'sが好き。
ちなみにMarksの創業者の孫は男爵で3番目の奥さんが寿子さんという日本人だったんだよ。
最近はLiDL(リドル)やALDI(アルディ)らのドイツ資本のディスカウント・スーパーに押されてイギリスのスーパーマーケット業界も混戦模様だけど、Sainsbury'sはTESCOについで現在第2位をキープしている。
TESCOは高円寺と新大久保にあったけど4、5年前に撤退したね。
このスーパーの格付けってのがまたオモシロイんだけど、それは別の機会に譲ろう。

230そうか…当たり前すぎて考えたこともなかったけど、お店で商品を自分で勝手に取ってカゴに入れてレジで勘定する…なんてシステムはスーパーマーケットができる以前にはなかったワケよ。
それが1950年、Sainsbury'sがロンドンの南のクロイドンに自分で棚から商品を取って生産するセルフ・サービス式のお店を初めてオープンさせた。
イギリスは第二次大戦後、1954年に配給制度が終了し、大量消費の時代が始まった。

240v
310そして、Sainburry'sの自社ブランドがジャンジャン送り出されてきたんだね。

250コレらはそうした商品のパッケージ・デザイン。

270

280

290時代を感じさせるナァ。

295v
320フォントの指定。

300Sainsbury'sが好きな理由はコレ…紅茶。
普通の紅茶はSainsbury'sで、ハーブティーはMarks & Spencerで買うようにしている。
よくお土産で買って帰るので、ココでは値段は明らかにしないが、安くて実においしい。
イギリスで飲むともっとおいしい。
水が違うからね。
このパッケージ、今はコレだけど…St 数年前まではコレだった。
こうしてパッケージを変えるのはこうした歴史があってのことなのね?

Sto さらに上の階へ…

330『Design Museum』の常設展。

340かなり広範囲なアイテムを集めてデザインの魅力を展示している。
もちろん無料。

350vバッキンガム宮殿にはたくさんの来客があってコロナの心配が大きいので、女王陛下もウインザーへ避難しちゃったね。
コレはイギリス王室が昔からやってきた手法。
昔のロンドンの衛生環境は劣悪だったため、疫病が流行ると王室のメンバーは居城を移すのが常だった。
かのヘンリー八世なんかもそう。
伝統を重んじるイギリスはそんな伝統も守られている…ってことはないか。

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370広告のデザインや…

380工業製品の展示。
400

390ロゴサインも…。

410v

420v実際に製品の数々。

430楽器部門からはテレキャスターが飾られていた。

440こうしてひと通り見てから、ミュージアムのフリーWi-Fiでメールをチェックして次のポイントまで移動した。
外はまだガンガン雨が降っていた。

460_2これで『スタンリー・キューブリック展』のレポートを完了します。
長い間ありがとうございました。