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2020年5月26日 (火)

イギリス紀行2019 その33 ~ さらばマンチェスター&ただいまブレッチリ―

 
2泊したマンチェスターも今日が最後。

10_5マンチェスターはとても音楽が盛んなところでね。
色々なコンサートが夜ごと開かれている。
Holliesはマンチェスターだもんね。
グラハム・ナッシュのコンサートにバディ・ホリーのメモリアル・ショウ。
Herman's Hermits、Bee Geesもマンチェスター。
Marshall Blogでやったように10ccはおとなりのストックポート。

20_5「イヤイヤ、ナニ言っちゃってんの?マンチェスターと言えばOasisでしょう?
他にもたくさんスゴいバンドを輩出してるじゃないの!
Buzzcocks、Joy Division、The Smith、Stone Roses、Take That…マッドチェスターという言葉を知らないの?
The Haciendaという有名なライブハウスの跡地へは行ったの?
アナタ、いつもロンドンでそういうのやってるでしょ?」…と言われそうなのはよ~くわかってる。
でも…申し訳ないんだけど、ホントに知らないんですよ~、そういう新しいの…と言ってももう30年以上前のバンドたちか…。
最近、自分の古さに呆れる時が多くなってきたわ。30_5この日も朝はPRETのジャム・クロワッサンとカプチーノ。

40_4午後から行きたいところがあるのでトットとホテルを離れた。
この裁判所を見るのもコレが最後か…。
今日は薄曇り。お世辞にも「いい天気!」とは言えない。

50_6お、「マンチェスター・クラフト・ビール」なんてのがあったのか…知っていたら飲んだのに!60_5この路面電車にも乗らなかったし、地下鉄にも乗らなかったナ。

70_7マンチェスター・ピカデリー駅に到着。

80_5

90_5コンコースに展示している象のガイコツ。
いつもはマンチェスター博物館に展示されているアイテムなのだが、6月4日~16日まで特別に駅に設置された。
私が見た日が最終日だった。
マンチェスター博物館の有名な展示品を駅の目立つところにおいて盛り上げ&宣伝しちゃおうということだろう。100_6この象、生きている時は「マハラジャ」くんという名前だった。
今から150年ほど前のこと…エジンバラのサーカスの団員だったマハラジャくんがマンチェスター動物園に買われて汽車に乗って引っ越しをすることになった。
ところがマハラジャくん、ガンとして汽車に乗りたがらない。
どうも暴れて貨物車を粉々にしちゃったらしい。
ま、それを見ていたまわりの人たちはマハラジャくんのパワーにさぞかしゾ~っとしたに違いない。
象ってスゴイ力持ちだからね、そんな貨車をぶっ壊すことなんでナンノ造作もない。
コレがホントの「造反」だ。
どうするか…マハラジャくんに残された選択肢はただひとつ。
エジンバラからマンチェスターまでひたすら歩くしかない。

105その距離、約320km。
ノッシノッシと10日間かけて踏破したというんだけど、道中大変だったろうナァ。
ナニが大変って、まずエサの確保。
それと…食べるということは、出しもするでしょう?
動物園で見たことある?…象が用を足すところ。
アレをそこら辺でやられたらタマったもんじゃない。
自分の家の前でやられたら憎悪の念すら沸いてしまうだろう。
しかし、みんなビックリしただろうナァ。
その間のマハラジャくんの面倒をつきっきりでみたのはロレンツォ・ローレンスという人。
この人、マハラジャくんに入れ込んでしまって、そのままマンチェスターでマハラジャくんが死ぬまで40年間面倒をみたんだって。
ちなみにロンドンに「Elephant & Castle」というところがあるけれど、コレとは何の関係もありません。Map2構内のようす。
この日は日曜日だったけど、特段混んでるようにも空いているように見えなかったナ。110_6来る時に「Return」の切符を買ってあるので、都合のよい時間の電車を探して乗り込むだけ。
この時刻表は実にいつも合理的だと思う。

120_5止まる駅がアルファベット順に、時系列に並んでいる索引的な表示。
私は今これから「ミルトンキーンズ」に戻るので「M」のところで「Milton Keynes」のところを探す。
すると次にミルトンキーンズ駅に停まる「Virgin」の電車が10:35分に5番線から出ることがわかる。
ナゼこうなっているかと言うと、電車によって止まる駅がマチマチだからなのね。
このあたりが日本人とイギリス人の電車の感覚の違いなんじゃないかしら。
新幹線は別にして、日本の場合、特急電車なんかでも止まる駅が全部同じでしょ?
日本の鉄道の先生はイギリスなのに、ナゼこのシステムを導入しなかったのだろうか?

130_5まだ時間が大分あるので2階に上がって休んで待つことにする。
ここにも「yo!SUSHI」があるわい。

140_6このオレンジと赤のロゴ…「ソク!SHUSHI」と読んだ人がいるが、私は彼の感性に敬意を払いたい。
「Yo!SUSHI」は外食、ホテル、不動産業までを展開するサイモン・ウッドロフという人が立ち上げたイギリスの「Yo!Company」の寿司部門。

11_yslogojpナント言うか、イギリスの6番目の大都市の玄関とは思えないノンビリムード。
この三角の旗が大変に前時代的でよろしいな。

150_3このトノサマバッタみたいのがVieginの特急車両。

160_5「Virgin Knight」という名前がついている。カ~ッコいい~!
「Pendolino(ペンドリーノ)」というのはイタリア語で「振り子」の意味。
そうね、英語で「振り子」のことは「ペンデュラム」って言うからね。
イタリア製の車両なのだ。
コレはイタリアの列車の形式の名前で「車体傾斜式車両」というものを指すのだそうだ。
つまり、列車がカーブに差しかかった時、車体を傾かせて高速を維持する方式。
実際、メッチャ速いんだよね、イギリスの特急って。

175一応「Milton Keynes Ctrl」に停まることを確認して…と。
あ、この列車、ミルトンキーンズを出た後ロンドン・ユーストンまで直行だ。

170vもう何回もMarshall Blogで見せているけど、中はこんな感じ。
イスの向きを変えることができない。
そして背もたれがかなり垂直で、決して座り心地がいいとは言えない…と感じるのは日本人だけであろうか?

180_5ドアの開閉は日本の雪国方式。
冬はヤケクソに寒いからね。

190_5窓の上の表示。
コレいいと思わない?
「058の席はマンチェスターピカデリーから予約されています」
一方、通路側の057は「Available」でロンドン・ユーストンまで席が空いていることを示している。

200_5お、ココは窓際も通路側もズッと空いているようだからこの席にしよう。
コレ、名前が出ちゃうヤツもみたことがあり。

210_4何だよ、マンチェスターを離れたら一発で晴れやがった!
アソコ、本当に天気が悪いんだな。

220_4コレは火力発電所だって言ってたな。
今、イギリスの火力発電の割合は28%で、2025年までに火力発電所を全廃するらしい。
じゃ、原発か?というとそではなく原発も廃止の方向で動いていて、それらの代替となるエネルギーは天然ガスによる火力発電や洋上の風力発電とかになるらしい。
イギリスが火力発電を止める理由は「イギリスのような先進国が環境に悪い火力発電をやってるなんてメッチャかっこ悪いじゃん?」ということもあるそうです。
さすが世界の一等国。

230_3イヤ~、キレイだな~。240_4ハイ、アッという間にミルトンキーンズに到着。

250_5大して馴染みのない風景だが、ものすごく「帰ってきた~!」という感じ。
慣れというのは恐ろしい。

260_5タクシーでベース・キャンプのホテルに帰ってきた。
再々度チェックインして、預けてあるメインの荷物を受け取る。
ココからまた2泊ほどして日本に帰ったワケなんだけど、最終日にチョイとうれしいことが起こった。
うれしかったから書いちゃう。
それはチェックアウトする時のこと。
今回は3回もお世話になっていたので、応対をしてくれたレセプションの女性とは顔見知りになっていた。
そして、その女性に「いよいよこれで帰ります」とお礼を告げた。
するとその女性が「え?帰るってどちらに?」と訊いてくる。
「東京です。日本」と私が答えると…「エ~、ロンドンじゃないんですか?英語がお上手なのでイギリスに住んでいらっしゃるのかと思っていました!」と言ってくれるじゃないの!
ムリのあるお世辞でもうれしいもんです。
本の数秒間の「ロンドンっ子体験」でした。

270_5部屋に荷物を置いてすぐに出かけた。
いい天気だな~!

290_6この低い雲!

300_5Marshallの前を通り過ぎる。

310_5今日は日曜日なのでお休み。

320_5ン?チョット雲行きが怪しいか?
すると訝しんでいる間もなく…

330_4雨!
オイオイ、さっきの青空から5分と経ってねーぞ!

340_3でもすぐ止むんだな、コレが。

350_3TESCOの駐車場に置いてあった箱。
コレはゴミ箱ではない。
「The Salvation Army(救世軍)」がやっている、不要の服や靴を入れるための箱。
いわゆるリサイクル・ボックス。
コレで集めた衣料を貧しい人たちに分配する。

360_4今、ブレッチリ―の駅へ向かっております。

370_3また降ってきた。

380_4目指すは「Bletchley Park」。
また晴れてきた。

400_5駅のすぐそばのパブ。
帰りに寄ったけどナント、エール売り切れ。ラガーしかないというので帰って来ちゃった。

410_5目指す「ブレッチリ―・パーク」はブレッチリ―駅のチョット奥。

420_4着いた~!
天気も復活。

430_5もちろんコレが有名なのはずいぶん昔から知っていた。
3年前に来た時に入ろうかと思ったんだけど、入場料の高さに驚いて断念。
「やっぱり行っておけばヨカッタ」と後悔の念が激しく、今回いよいよ再訪とあいなった。
イヤ~、思わぬオマケも付いて来てオモシロかったのよ。
ココがナニかと言うと「Park」とはなっているけど、第二次世界大戦中、ドイツの暗号を解読するための秘密基地があったところなの。
それに関する博物館があるのね。
この先はMarshall Blogでレポートしたいと思います。
ココは「ロックの名所」ではないけれど、Marshallの地元の名所ということと、真空管仲間ということがその強引な理由。
お楽しみに!

440_3<Marshall Blogにつづく>
 
(2019年6月16日 イギリス マンチェスター&ブレッチリ―にて撮影)

2020年5月25日 (月)

イギリス紀行2019 その32 ~ マンチェスター vol.8:雨の街を彷徨う

 
チェサム図書館は実に残念だったけど、気を取り直して街を見て歩く。
毎回書いているけど天気が悪い!
もうこうなると晴れる気がしない。
雨がデフォルトだな、ココは。
そんな雨の中にイスを出してナニをやっているのかというと…

10_4クリケットのパブリック・ビューイング。
ナンカ大きな大会が開催されていた。
完全無観客なのはコロナのせいではありません。

20_4「National Football Museum」だっていうから「国立サッカー博物館」。
マンチェスターというと、「ユナイテッド」とか「シティ」とかスゴイ人気なんでしょ?
アタシャもう、見事に興味がないもんで…好きな人にはタマらないんでしょうね。
素通りでゴメンね。

440vトイレに行きたくなってヒョイと入ったのがコレ。
ショッピングセンターかと思ったらさにあらず。30_4ホラ、またハチ!

40_3フォー屋がある。
入り口の係りの黒人が話しかけてきたので尋ねてみた。
「この施設はなんですかい?」
「日本人かい?ココはフード・コートだよ。
何でもあるぞ~!
イタリアン、ブラジリアン、ヴェトナミアン、チャイニーズ…世界の料理が集まってるんだ。
おお!悪いな~。
日本のお店はないんだよ!ガッハッハッハッ!」
だそうです。
例えあったとしても食べないから!

50_5青い袋は可燃ゴミかな?

450 交差点の向かいの商業ビル。
なんかビンテージっぽくていいね~。
何となく大阪の難波へ来た感じがするな。
ハードロックカフェが入ってる。
さっそく行ってみる。

60_4スゲッ!
ナンカ『ブレード・ランナー』を思わせる近未来的な雰囲気。
100_5空気悪し。
今はダレも近寄らないだろうな。

120_4ハードロックカフェあった。

70_6「WITHY PUBLISHING」と壁にある。
この施設は「The Printworks」という名前がついている。
よくわからないんだけど、調べてみるに、ココは新聞社とか出版社が集まっていた一角なんだね。
何でも「Daily Miller」を印刷していたとか…。
それをガポッと屋根をかぶせて一大エンターテイメント・アーケードにしているんだ。

80_4このハードロックカフェにはきっといいメモラビリアが揃ってるんだろう。
とても中に入る元気なし…。
昔はハードロックカフェさんの写真のお仕事をさせてもらっていたのよ。
いまでも仲良くお付き合いさせて頂いています。

90_4いわゆるシネマ・コンプレックってヤツね。

110_5外に出る。
貫禄十分のビル!…と思って写真を撮っておいた。
この「Withy Grove Stores」というお店、地元ではチョイとした謎のお店らしい。
開業が1850年の金庫&家具屋で、その前身は1700年代からココで商売をしていた。
ナニが「謎」かというと、となりの「The Printworks」のように周囲の施設は近代化が進むか、ケバブ屋になっているのに、このビルだけは、長い長い間まったく佇まいを変えず、そもそも商売をしているのかどうか?と、マンチェスターに住む多くに人の「不思議」だったらしい。
それで、実際に電話をかけて調べたヤツがいた。
商売は続いているんだって。
ちなみに「Whity」は地名で「Grove」というのはイギリスでは「並木道」という意味。

130_4裁縫屋さんか…。
お店の「Stitch in Time」というウェブサイトのドメイン名が気になって撮っておいた。
メリー・ポピンズの「Step in Time」のシャレかな?
「Step in time」というのは「調子に合わせて」という意味。

140_5ブラブラ歩いていてこんなの見つけた。

160_4「Barton Arcade」というアーケード。

170_4メッチャすてき!

180_4あのね、イギリスに行ったらどこの都市でもいいから「XXXアーケード」っていうのを見つけたら行ってみるといい。
たいていどこでもステキだから。
ロンドンに限らず地方都市でもアーケードはステキ。
新小岩の「ルミエール商店街」や長野の「権藤商店街」や富山の「総曲輪通り商店街」とはチョット違う。

190_4コレが反対側の入り口。

200_4「The Ape and Apple」というパブ。
「リンゴをかじる類人猿」というのは「堕落」を意味するらしい。
イヤ、それよりもこのパブが面している通り…「ジョン・ダルトン通り」という。

210_3こんなプラークが付いていたので立ち止まったんだけど、「ジョン・ドルトン」って聞いたことあるでしょ?
何回か前の「科学産業博物館」のレポートに出て来た物理学者。
体温計を特注した人ね。
ココでは偉大な化学学者になってる。

230_2それと目に入ったのがこの赤と白のゴミ袋。
さっきは青だったでしょ?
どう分別しているのか気になる。220_3「Virgin」って最近は金融もやってるのね?
2003年からだそうです。
奥に見えるのは例の市庁舎。240_3あ~、ダメだ!
ウェザースプーンでエールを飲もうと思ったけど超満員!

250_4お、こんなのあるのね?

260_4コレは偶然通りかかったので入ってみた。

270_4「マンチェスター市立美術館」
ま、ココもステキなエントランスだこと!

280_4展示室は2階。
もうこのエントランスのホールから展示室みたいなもんだけどね。

290_5ホラ、ウェッジウッド。300_4黒いのカッコいいね。

310_4ツボの上に乗っているのはプロメテウス(確か、コレは英語では「プロミシュース」と発音するのではなかったか?)。
火を盗んで、人間にシェアした廉で鷲に肝臓をついばまれちゃうだよね。
趣味の悪い意匠だナァ。
370v_2ハイ、またハチ。
隣は鯛焼きか?

340_2ココね、チョットおもしろい絵が多かったのよ。

320_3どれもこれもゼンゼン知らない画家の作品だったけど、なんかジックリ見てしまった。

330_3絵って「おお~、ゴッホ~」とか「フェルメール~」とか、「有名な人の作品」なら問答無用で「スゴイ」とか「やっぱいいね~」みたいに思ってしまう向きがあるでしょ?
かく言う私もそうです。
ブランドに弱い。
ヘタすると絵そのものよりも、絵につけられた銘板を見てる時間の方が長かったりして…。

350_2でも、こうしてそういったブランド志向を完全排除して素直に気に入った絵を見て歩くってのはいいもんだ。
コレなんかスゴい迫力だったよ。

355ベン・ハーか、はたまたメッサラか。
白馬だからジュダ・ベン・ハーだね?
ちなみにベン・ハーは「ベン」ではなく「ハー」にアクセントを置くのが正しい発音。

360_3存外にオモシロかった。
 
かつて植草甚一さんがニューヨークに行った時、撮った写真は全部ゴミだった…という話を聞いたことがあったが、わかるような気がするんだよね。
ゴミは生活の鏡だから。
こういう風にゴミ箱が並ぶ光景って日本にないでしょ?
だからこの写真を撮った。
「ゴミ箱」英米で色んな言い方があって、こういうのをイギリスでは「dust bin」という…ハズ。

380vブラブラと歩いてホテルに帰ろう。

385まだまだ出て来るスゴイ建物。
コレは「Boodres」という1798年にリヴァプールで開業した宝石店。
素晴らしいね。

390_4コレもすごい。

400_4イヤ~、今日もたくさん歩いて色々見たな~。
ローマの遺跡やら、博物館やら、美術館やら…とても楽しかった。
朝のピカデリー・ガーデンズが何日も前のことのようだ。

410_4ただいま~。
ホテルに帰って来た。

430_4今晩は豪勢に地下のイタリアン・レストランで夕食。
オッソロしく愛想のいいオバさんが出て来て案内してくれた。

440_2え?…まさかの家庭用エアコン。
建物が極端に古いので地下には空調の設備が施せなかったんだろうね。

450_3こういう時は無難にスパゲティ・ミートソース。
何回か前の回に書いた通り、アルデンテを期待してはダメね。
それとペローニにガーリック・トースト。

460_3ね、柔らかいからフォークでクルクルすると麺がこうして短くなっちゃう。

470_3とはいえ美味しかったです。
海の家のラーメンみたいなもんだ。
チップを置いてさようなら。

480_2アララ!晴れた!
マンチェスターで初めて見る青空!

490ただ今、夜の9時。

500_2うれしかったので外へ出てチョコっと写真を撮って来た。
明日はミルトンキーンズへ帰ります。

510 <つづく>
 
(2019年6月15日 イギリス マンチェスターにて撮影)

 

2020年5月24日 (日)

イギリス紀行2019 その31 ~ マンチェスター vol.7:見逃せない大聖堂

 
今回は博物館の別館をご案内。
改装中なのか、2棟のうち1つは閉まっていた。10_3こっちの展示はデカいものばっかり。

20_3まずは飛行機関連。

30_3

40_2馬車。

50_4

60_3自動車。
コレかっこいいナァ~。

70_4コレもいい。

80_3この辺りのアイテムはゼンゼンわからないので、今日はズラっと写真を並べるだけでご勘弁。

90_3

100_3

110_3こういうの、好きな人にはタマらないんじゃないですか?

120_3

130_3軍用機コーナー。

140_4デカい!

160_3

170_3エンジンの類。

180_3

190_3…とマァ、マンチェスターの「科学産業博物館」はこんな感じ。
タップリ3時間は拝見させてもらいました。
帰り際に「Souvenior Guide」を買った。
博物館や美術館の、「図録」っていうのかな?
要するに「ガイドブック」ね。
アレのことをイギリスでは「スーヴェニア・ガイド」っていうんだけど、最近は値段と内容が折り合うようであれば必ず買うのだ。
コレが記念に一番いい。後でブログを書く時に役立つし。
ココのスーヴェニア・ガイドは£4.0だったかな?
安いだけあってかなり薄手に作ってあるんだけど、大雑把で内容も薄いことこの上なし。

195次に向かったのはコレ。
メッチャ天気悪し。
まだマンチェスターへ来てほとんど青空を見ていない。
それどころか雨がドンドン強くなって来てやがる。
寒いっつーんだよ!

200_3「Manchester Cathedral(マンチェスター大聖堂)」です。
イギリス各地に行ってこういう施設がある場合は必ず訪れるようにしている。
「ナントカ大聖堂」の類ね。

220v_2ホラ、またハチ。

230v_2もちろん入場料は取られないが、館内の写真を撮りたい場合は£1支払う。
寄付の意味合いね。
とてもいいシステムだ。
ココのリーフレットは厚紙で大きくて立派だ。

235vココもナントまぁ美しいことよ!
建造が始まったのは1421年かららしい。
0r4a0755大戦中にはドイツ軍の空襲でかなり大きなダメージを受けたため、ステンドグラスなどは新しいモノなのだそうだ。
戦後、何しろ復旧に20年を要したというんだから相当大きなダメージだったのだろう。
250_3マンチェスターは工業都市だからね、ドイツも徹底的に爆弾を落とした。
300v「古いモノではない」ということを知ると一気に取り扱いが軽くなる悪いクセ。
310_3木製の天井が素晴らしい!
聖堂の天井が高い理由はご存知ね?

260_3目を惹く祭壇のパイプオルガン。

270_3ピッカピカ~。

0r4a0769それもそのはず、2017年に新しくしたばかりなのだ。
製作は「Kenneth Tickel and Company」というノーザンプトンの会社。
かなりの老舗かと思いきや、ナント最初のオルガンをリリースしたのが1982年!
新米だ。

290_3「Stoller Organ」と名付けられているのはNorman Stoller(ノーマン・ストーラー)という人の寄付によって据え付けられたから。
ストーラーさんは1934年生まれのビジネスマンにして慈善家で、MBE、OBE、CBEを拝し、2010年にナイトになっている。
「Norman Stoller Charitable Trust」という慈善団体を組織して、これまで色々な先に5千万ポンドを寄付しているっていうんだからスゴイ。
5千万ポンドって今の情けないポンドの為替レートで計算しても685億円だよ。
そういえばHikakinっていう人、コロナの医療支援として1億円を寄付したんだって?
私は世代が古いので、ユーチューバーなんて職業は全く容認できないけど、大したもんですよ。
もっとウンとホメてあげなきゃ!
そこへ行くと日本の大富豪や政治家の情けないことよ。
「ノブレスオブリージュ」の精神皆無。295コレが操作室…イヤ、鍵盤。

320_2このオルガンのお値段、250万ポンド…3億4千万円也。
案外安いな…そうでもないか!

0r4a0784カッコいい~。

0r4a0783足元のようす。

330_2素晴らしい木工の装飾。
中世の楢材の彫刻。

0r4a0771もっと奥に進む。350もうひとつパイプオルガンが!

0r4a0797ハンフリー・チェサムという、17世紀にやはり織物で大成功を収めた商人の像。
この人もタンマリと寄付をし、病院や図書館を創設したことでその名を残した。

340v_2今度は脇へ移動。

0r4a0777すぐ脇には「Regiment Chapel(レジメント・チャペル)」という礼拝堂がある。
ココもすごい雰囲気だ。

0r4a0773よくお寺でこういう窓を見かけるでしょう?
コレは実際の日本のどこかのお寺の窓の写真。
こういうのは「火灯窓」とか「源氏窓」とかいうらしい。
上の部分が「火」の形を模しているのだそうだ。
だから「火窓」だ。

12fw そして、教会やこうした聖堂のステンド・グラスの形ってこうなってるでしょ?
コレ「Fire Window」すなわち「火窓」って言うんだって。

0r4a0778今度は本堂(?)の反対側の脇。
ココは「Jesus Chapel」という礼拝堂。
カフェになってた。

0r4a0765…と、ココも見ごたえタップリでした~。

380_3外へ出て見ると相変わらず天気悪し!
すると、どこからか雄々しい歌声が…。

390_3ナンカのスポーツのチーム?
大騒ぎしながら行進していた。

400_3街中へ戻ろう。

410_3ハーフティンバーのステキな建物が並ぶ「Exchange Square(エクスチェンジ・スクエア)」。
パブがゴチョゴチョあるようだっただったが入らなかった。

420_3次の目的地はココ。
470_2「Chetam's Library(チェサム図書館)」だ。
「チェサム」というのは「マンチェスター大聖堂」のところで出て来たハンフリー・チェサムのこと。
「チェサムの寄付で作られた図書館」というのがまさにコレ。
イギリスで一番古い図書館。
1653年だって。
日本だといつぐらいかと言うと、4代将軍徳川家綱のころだからいい加減古い。
指定建造物の「最高に重要な建造物」の「Grade I」で「世界遺産」。
「イギリスで一番古い」だけでなく「英語圏の国で一番古い」とされているらしい。
じゃ、「世界で一番古い図書館」はどこか?
調べてみると、モロッコのフェズにある、現存する世界最古の大学である「カラウィーイーン大学」の図書館で、オープンが859年だって。
カラウィーイーンはアラビア語で「جامعة القرويين‎」、ベルベル語で「ⵜⵉⵎⵣⴳⵉⴷⴰ ⵏ ⵍⵇⴰⵕⴰⵡⵉⵢⵢⵉⵏ」だそうだ。
でも、これはパブリックではなくて、公に解放されたのは4年前のことだそうだ。
そこへ行くとチェサムは最初からパブリックだったから「世界最古の無料の公の図書館」ということではチェサム図書館が優勝するのかも知れない。

480vチェサムの病院や音楽学校も併設されている。
さっそく入ってみよう!
楽しみ~!

11_img_0409_2 クソ!休みだったわ…。
ココ、平日しか入れないので要注意。
しばらく見ていたら楽器を抱えた子供たちが数人出たり入ったりしていた。

11_img_0412

<つづく>
 
(2019年6月15日 イギリス マンチェスターにて撮影)

2020年5月23日 (土)

イギリス紀行2019 その30 ~ マンチェスター vol.6:線路はつづくよ、この地から

 
コレは前回のレポートの舞台となっていた建物の外観。

10_2博物館はド~ンと奥の方まで続いている。
地面に埋め込まれた線路に沿って歩いて行く。

20_2もちろんコレは飾りでも何でもなく実際に使われていた線路。

40vココを汽車が行き来していた。

50_3そしてたどり着いたのがコレ。
世界で最初に2都市間を結んだ鉄道路線「リヴァプール・アンド・マンチェスター鉄道」が1930年に開業したことは前回の記事の冒頭に書いた。
そこで下の写真…「1830 STATION」とあるように、コレはその時の駅そのもの。
「世界最古」の駅だから「世界最初」の駅。
ロンドンにある駅の方が古そうな感じがするけどそうではない。
ロンドンで一番古い駅は「Deptford(デトフォード)」というグリニッチの方にある駅で開業が1836年。
ロンドンの中心では「ロンドン・ブリッジ」駅が一番古くてデトフォード駅におくれつこと数が月、同じ1836年の開業だ。
60_2つまり、ココって「明治村」のようにどこか他の場所から移設したのではなく、反対にこの駅が元からあった場所に博物館を作っちゃったワケよ。

80_2線路の脇には倉庫がズラリと並んでいて、原材料、燃料、製品等、ココで荷物を捌いていた。

70_3しかし、駅の形なんてモノは200年経ってもそうは変わらないもんですな。
コレより他にやりようがないもんね。90_2ホームと同じ階にある1等車の乗客のための待合室。
キレイに改装はしてあるものの、暖炉等、当時の設備がそのまま残っている。
当時、汽車は3時間おきに出ていて、発車の時刻まで金持ちの商人、政治家、有名な役者たちはココでくつろいだとさ。

100_2下の階に行ってみよう。

11_0r4a0579 階段を降りたところはチケット・カウンター。
ただし、ココでチケットを買えるのは1等車のお客さんだけ。
チケットを買ったら1等車のお客さんはココで荷物を預けてさっきの上の階の待合室に入って汽車を待つ。

110_2ココは2等車のお客さん用のチケットカウンターがあったところ。
当時はココに階段があってホームに上がれるようになっていた。
カウンター・デスクは取り払われ、キレイなギャラリーになっているけど、昔は汚かったんじゃなかろうか。2等だから。

120_2我々は生まれた時から車や電車があって、乗り物に乗って驚くなんて経験はほとんどないでしょ?
せいぜい子供の時ぐらい。
ところが、当時の人たちは、馬が引っ張る以外の乗り物に乗るのは超レアな体験で、蒸気機関の動く音や、猛烈な向かい風、強烈な揺れ、どれもが想像を絶するショッキングな出来事だったらしい。
何せ日本ではまだ寛政年間だからね。
だから、汽車という乗り物にどうやって乗るか…なんてことも知っている人もいなかった。
そこで活躍したのがこの鐘。
コレはリヴァプール・ロード駅で使われていたオリジナル。
カンカンとコレを鳴らして乗客を列車内に誘導した。

130_2駅で使われていた日時計(sundial)。 
「時は金なり」で、この鉄道が開業したおかげで商人たちはマンチェスターとリヴァプールの間を日帰りで往復できるようになり、一層商売に拍車がかかったのだそうだ。

150ところがこの日時計、場所によって時刻にズレが出てしまうため、乗客たちには大変不便だった。
マンチェスターでは3時ちょうどなのにリヴァプールでは3時5分だとか…。
そこで鉄道会社は「スタンダード・タイム」というモノを設けて駅ごとに日時計を設置した。
コレは1833年製のマンチェスター用の日時計…ということだと思う。
いずれにしても、この日時計の使用は実用的ではなく、長続きはしなかった。11_0r4a0603 この絵の説明によると、「火薬と人力でリヴァプールの町の下に2kmのトンネルを掘った」っていうんだよね。
いわゆる「手堀り」という原始的な工法。
トンネル工事というのは「水との戦い」だから、地盤が岩盤のイギリスではトンネル工事がし易かったのかもしれないけど、コレはロンドンの地下鉄の33年も前だからね。
にわかには信じがたいわ。

140_2駅舎の下。

160_2積み荷の移動に使用したのか立派な通路が設けられていた。

11_0r4a0612 駅が大きすぎるのか、展示物が不足しているのか、こんな何にもない部屋もあったな。

180_2ココから隣の展示施設に移動。

190_2このエリアは放送やオーディオや映像関係の機器の歴史を展示していた。
230vコレは1928年、オランダのフィリップス社製の真空管ラジオ。

200_2このあたりはBBCの機材。
後の「BBC GMR」は「BBC Greater Manchester Radio」の略。
カッコいいね、このマイク。

210_2オープン・リールのテープレコーダーなんて久しく見ていないな。
高校の時、ギターのコピーをするために古いデッキを買ったことがあった。
普通にレコードを録音して、回転を遅くして再生するとオクターブ下でユックリ再生してくれるワケ。
確かそれでScorpionsの「The Sales of Charon」をコピーしたわ…ほとんどできなかったけど。
ディメオラはすごくコピーしやすかった。
遅い回転でも音の粒立ちがハッキリして聴こえるのね。
反対にTempestの「Foyers of Fun」にトライしたけどホールズワースは全く聞き取れなかった。

220_2テレビ関連のアイテム。

240電話関連。
260_2電話を発明したのはグラハム・ベルじゃん?
さて、どこの国の人でしょう?
答えは「スコットランド」。
訊いたことはないけど、イングランドの人に尋ねたら「UK」って言うかも知れないけど、スコティッシュに訊いたら間違いなく「スコットランド」って答えるハズ。
もちろん我々は「イギリス」っていう認識でOK。

250_2電話のポール。
今は田舎に行かない限り、イギリスで電柱や電線を見かけることはないが、昔はこんなのを使っていたんだね。
電信柱は電線網を作るのに最も安価な方法だ。
日本は地震があるから電線を地中に埋めることができない。災害時の復旧にも電柱を使用しておくのが一番有利なのだとか…。

11_0r4a0630カメラ関連。

270_2「Muirhead-Jarvis Photo Transformer」という機械。
1950年ごろのモノ。
写真を送受信する機械。
ファックスみたいなモノか。
そんなモノが1950年からあったんだ…どういう仕組みになっていたんだろう?
主に新聞社で使われたようだ。11_0r4a0637 コレは印刷機のコレクション。

280_2昔の印刷機の類ってデザインがカッコいいんだよね。

11_0r4a0651 いかにも「マシン」という感じがする。

11_0r4a0647 活版印刷を発明したグーテンベルグなんてね、「印刷」と言えばドイツだけど、文学の国イギリスも負けちゃいない。
印刷技術の歴史は聖書普及の歴史だ。

290_2エジソンの蝋管式蓄音機。
「National Phonograph Company」というエジソンがらみのアメリカの会社の1905年あたりの製品。
この小型の蓄音機は家庭用としてよく売れたのだそうだ。300_3SPレコードが出来る前の録音媒体はこの蝋管だった。
コレは何も音溝が入っていない生蝋管。
パッケージがカッコいい。

310_2「Dictapnone(ディクタフォン)」のコレクション。
ディクタフォンはエジソンの蝋管蓄音機の系統の今でいうヴォイスレコーダー。

320v昔はこんなにデカかった。

330vテープレコーダーが出て来る前の話。
この「Stenorete」というドイツ製のディクタフォンは、1950年代にとても人気のある機種だったんだそうです。

11_0r4a0665 1955年頃に生産されたディクタフォン。
これにスタンドとケースが付いていた。

340コレはピアノ線を録音媒体にした「ワイヤー・レコーダー」と呼ばれるモノ。
やはり1950年の製品。
ワイヤー・レコーダーが活躍した期間は第二次世界大戦後から1952年までそう長くはなかった。

11_0r4a0668 いよいよ登場したテープレコーダー。

350v_2ヘッドだのピンチローラーだの、今と仕組みは変わらない…というか、今はもうないか!360そして、1888年にドイツのエミール・ベルリナーという人が「Gramophone(グラモフォン)」と呼ばれる円盤型蓄音機、すなわちレコード・プレイヤーを発明すると一気に音楽が一般大衆の間に浸透していった。
1913年にはイギリスの1/3の家庭にグラモフォンがあったというのだからその勢いが窺い知れる。

370v「グラモフォン」というクラシックのレーベルがあるでしょう?
こういう黄色いタイトルがついたジャケットが目印のドイツのレーベル。
下は下北沢の古本屋で買った私のクラシックの愛聴盤のひとつ、ピエール・ブーレーズ指揮のバルトークの「管弦楽のための協奏曲」と「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」のカップリング盤。
すでに同じ曲が入ったCDを2枚ほど持っていたんだけど、どうしてもこのジャケットのヤツが欲しくて買った。
100円だったし。
このグラモフォンを1898年に創設したのがエミール・ベルリナー。

Gra_bar「グラミー賞」という名前もグラモフォンから来ている。
記念のトロフィはこんなヤツでしょ?
この上に乗っかっているのが「グラモフォン」。

Gaそれと上のパネルの下の写真は、おお~!
ストックポートの「ストロベリー・スタジオ」ではありませんか!
やっぱり「ロンドンから遠く離れた本格的なレコーディング・スタジオ」と紹介されている。
ストロベリー・スタジオ体験記はコチラ
  ↓   ↓   ↓
【Marshall Blog:イギリスロック名所めぐり】10ccに会いに行く <前編>
 
【Marshall Blog:イギリスロック名所めぐり】10ccに会いに行く <後編>

380_2プレイヤーや…

390_2テープレコーダー等のオーディオ機器がゾロゾロと展示されていた。

400_2この辺になるとナンの違和感もないわ。
当たり前すぎて懐かしいとか、珍しいとかいう感情が湧いてこない。

410_2場所が変わって、コレは除雪のツール。

420_2コレにてこっち側は終わり。
あ~、ジックリ見た。
オモシロかった~。
次回はお隣の大きな展示物のコーナーをご紹介。

430_2<つづく>
 
(2019年6月15日 イギリス マンチェスターにて撮影)

2020年5月22日 (金)

イギリス紀行2019 その29 ~ マンチェスター vol.5:「世界最初のXXX」

 
さて、やって来ました「Science+Industry Museum(科学産業博物館)」。
1969年に開設された「North Western Museum of Science and Industry」を母体に現在の形になったのは1983年というから決して古いモノではない。

10入り口前の歩道に記されたEUの選挙のお知らせ。
これからどうなるんだろうね~。

450 博物館の前の光景。
左側の建物も博物館の一部。元々コレがメインだったのかな?
この辺りだと、どこからでもビーチャム・タワーが見える。30コチラの施設には大きなアイテムを展示していた。
後でまた来る。

40入場無料。

20館内に入っていきなり目に飛び込んでくるのは古式ゆかしい蒸気機関車。50_2「Rocket」号なる世界で最初の旅客用鉄道、「Liverpool and Manchester Railway(リバプール・アンド・マンチェスター鉄道)」を走った蒸気機関車。
また、この路線はこれまた世界で最初に2つの都市を結んだ鉄道路線で、以降世界中がこの路線をお手本とした。
そして、このロケット号、D51(デゴイチしか知らない)どころか、この後に作られたすべての蒸気機関車の仕組みが基本的にコレと同じだっていうんだからスゴイ。
最初から完成していたんだね。
もちろん設計は有名なロバート・スチーブンソン。
フム、スチーブンソンはノーザンバーランドの出身なのか…ニューカッスルの近く。
1930年9月15日、ロケット号がデビューする日、ひと目その動く姿を見ようと黒山の人だかりができたそうだ。
それもそのはず…今の我々は何とも思わないが、この当時の人は、人か馬以外の動力で動くモノを見たことがなかったっていうんだから。
メッチャ盛り上がったらしい。

60鉄道の名称通り、リバプールの港とマンチェスターの工業地帯の間、約50kmを片道4時間半かけて行き来し、旅客の他、原料や製品を流通させた。

70_2「ロケット号」が作られたのは1829年。
おかしいと思わない?
蒸気機関車だってなかった時代、「ロケット」なんて想像すらできない時代でしょう。
それなのに「ロケット号」だなんて。
我々は「ロケット」というとすぐにアポロとかソユーズみたいなヤツを想像するけど、言葉として「rocket」というのは「火矢」とか「打ち上げ花火」という意味があるようだ。
だからこの「ロケット」は空を飛ぶヤツではない。
すると「ロケット花火」というのは「打ち上げ花火花火」ということになるのか。

80リムとフレームが木で出来てる!

90大分前に「SLブーム」なんてのがあったよね。
今でも人気なのかな?
私は全く興味がないんだけど、こういう原始的なモノを間近で見ると何とも言えない迫力と魅力を感じるね。
このシリンダー!
ナンカいいじゃない?

100運転席…イヤ、操縦スペースには席も囲いもなかった。
いくら石炭がすぐそばで燃えているにせよ、またスピードは45km/hしか出せなかったにせよ、風を切って冬のイギリスを走るのは大変だったろうナァ。

110上にロケット号のお披露目が1930年の9月と記したが、それに先立つこと11ヶ月。
マージ―・サイドの「レインヒル」というところで「Rainhill Trial(レインヒル・トライアル)」なる機関車のコンペが開催された。
実は、初めからロケット号がリバプール・マンチェスター線を走ることが決まっていたワケではなく、そのコンペで他の機関車と性能で勝負して競り勝ったんだね。
コンペに出走した機関車は5台。
中には機関車の中に入っている馬がベルトの上を走って動かしているヤツとか、部品が途中でスッ飛んでいるヤツとかで、まさに「チキチキマシン猛レース」状態!
ロケット号と同じスピードを出した機関車もあったが途中で壊れて棄権。
結果、ロケット号が見事勝ち抜き、世界で最初に2都市間を走った蒸気機関車となったとさ。
 
下はそのコンペに時にレールの上に置いて機関車に潰させたコイン。
コラコラ!そんなことしちゃイカンぞ!ナンでそんなことしたんだ?…と思ったら記念だそうです。
いいアイデアだ!
昔コレを総武線の新小岩でやったヤツがいて、こっぴどく叱られていた。私ではありません。120コレはお定まりの記念コイン。
イギリスはコイン鋳造の技術に優れていて、ユーロのコインもイギリスで作っていると聞いたことがある。
そのせいか、何かというとすぐコインを作って記念しちゃう。
金貨の図柄はロケット号。
銀貨の方のオジちゃんはジョージ・スチーブンソン。「鉄道の父」と呼ばれたロバートのお父さん。

130オープ二ング・セレモニーの招待状。
青いカードはVIP様向け。
汽車を飾った旗と同じ色だったのだそうだ。
VIPの中には前回紹介した、時の総理大臣、ウェリントン公爵も含まれていた。
で、リバプール選出のウィリアム・ハスキソンという代議士がウェリントン首相に挨拶しようと汽車から降りた時に反対側から来た汽車に轢かれて片足を切断、そして死亡。
コレが世界で最初の鉄道の事故になったそうだ…って世界で最初に走った汽車の事故なんだからそりゃ当たり前だわな。140『きかんしゃトーマス』にはこのロケット号をモデルにしたキャラクターが出て来るんだってね。
名前は「スチーブンソン」だそうです。11_syephen目を惹く近未来的なオブジェ。

150vLEDディスプレイがたくさんくっついてる。

160イギリスを代表する科学者たち。
ナニせ「世界最初のXXX」が多い国だからね。

180Marshall Blogによく出て来るアラン・チューリングは科学者ではないけれど、コンピューターの基礎を作ったよ。

190そこら中にビンテージ感あふれるマシンが展示してある。
「マンチェスター」というと多くの人はまず「サッカー」が思い浮かぶらしいね。
ロックファンならOasisだのJoy DivisionだのThe Smithだの。
私は全く両方とも興味がなくて、やっぱり「産業革命(Industrial Revolution)」かな。
恐らく高校の世界史の授業で教わったんだろうけど、カケラも記憶にない「産業革命」。
確か人間がやっていた仕事を機械化することで爆発的に工業化が進んだ…とかいうヤツ。
せっかくそのルーツであるマンチェスターへ行ったので少し勉強してみたらコレがメチャクチャ面白い!
ああ、若い頃に何でももっと勉強しておけばヨカッタ!
 
博物館にはその当時の機械がゾロゾロと展示してある。
こういう古いモノってのはいいもんだね。
見て回るだけでも十分に楽しい。
「古いヤツほど古いモノを欲しがるものでござんす」なのだ…今の人たちはこんなの知らないか。

200チョット簡単におさらいしておくと、上に書いた通り、それまで家の中で手作業でやっていた仕事を機械こなすことによって人々は工場で働くことになったんだね。
イギリス人って、割合「とりあえずやってみよう!」とか「コレがダメならこうしてみよう」みたいなチェレンジ精神が旺盛で、この工業化には「世界発の」というたくさんの発明があった。
そもそも原爆だって元はチャーチルだからね。核の開発に関してはアメリカはゼンゼン甘ちゃんでイギリス人の科学者がいなかったら原爆を作ることはできなかった。
確かにイギリス人と仕事をしているとそういう気風を感じる時がある。

11_0r4a0441で、産業革命の背景はと言うと、イギリス派世界中に植民地を持っていたでしょ?
それを使って「三角貿易」という商売をやっていた。
「東インド会社(East India Company)」なんて懐かしいね。
この商売の仕組みは、イギリスからアフリカに武器や雑貨を持って行って、そこで黒人を船に積んでアメリカに運ぶ。
アメリカからは当時ヨーロッパでは貴重品だった砂糖、他にタバコや綿花を運ぶ。
アフリカに銃が行きわたるとイギリスは売るものがなくなり、今度は植民地であるインドから綿織物を買って、それをアフリカに転売して商売を続けたがちっとも儲からなくなってしまった。
そりゃそうだ。
商売の原資となった綿織物をインドから買わなきゃならないワケだから。インドはコレでボロ儲け。
それじゃつまらん!それなら綿織物を自分のところで作ればいいじゃんか!となったんだね。
それではナンでそれがマンチェスターだったか…。
ひとつには奴隷貿易港であったリヴァプールが近かったこと。
もうひとつは、産業革命の前に起こった農業革命という動きで、農作地を負われた農民があぶれていて、労働力が余っていたからなのだそうだ。
ちなみにこの貿易は「太西洋三角貿易」と呼ばれていて、もうひとつ「アジア三角貿易」というイギリス、インド、中国(当時は清)のバージョンがあった。
コレがアヘン戦争、アロー戦争のベースだね。
イギリスってのはホントにヒドイことばっかりして来たんだよ。
イヤ、イギリスだけじゃなく、欧州列強ってのは全くヒドかった。

11_0r4a0440真空管なんかもそうなんだけど、こういう前時代的なモノっていうのはいいね。
「洗練されたデザイン」の近代的なモノもカッコいいっちゃカッコいいけど、この重厚なルックスにはどう逆立ちしてもかなうまい。
210100年にもわたって栄華を誇ったマンチェスターの綿工業は1945年には廃れてしまう。
それと同じころに世界で最初にマンチェスターに出現したのがファイバーグラス。
コレはそのファイバーグラスを生産する機械。
この繊維がコンコルドの先っちょに使われたのだそうだ。

11_0r4a0447こういう小物もゴロゴロ展示されている。
コレは1870年ごろにジョン・ベンジャミン・ダンサーという人が発明した「ダンサー分光器」というモノ。
真鍮製の筒の真ん中についてついているモノはプリズムで、燃えている物体をコレで除くとその物体の組成がわかるらしい。

220この細長い紙きれは「ビーヴァース・リプソン・ストリップス」という。
何でもコレがX線解析の計算を簡単にしたのだとか。
コレを使って大きな成果を上げたのがフランシス・クリック、ジェイムズ・ワトソン、ロザリンド・フランクリンという人たち。
ナニをしたかというと、DNAの「二重らせん構造」を発見したんだと…コレで?
このことによってワトソンとクリックは1962年にノーベル生理学医学賞を獲得した。230コレは温度計。1820年ごろのモノ。
ジョン・ドルトンという物理学者の特注で作られた。
この人は先天性の色覚異常で、自分でそのことを発見したことにより、「先天性色盲」のことを英語で時として「Daltonism(ドルトニズム)」と言うそうだ。
それぐらい巧妙な学者だったらしい。

240v繊維のコーナー。
さすがにココは充実していた。
紡績だの、機織りだのなんてことは全く興味がなかったけど、この博物館を見てスッカリこのあたりのことに染まってしまった…繊維だけに。

250そもそも「紡績」なんて言葉すらついぞ口にしたことがないじゃん?
ま、繊維に関係している言葉であることはわかっているけど、正確な意味なんて知る必要もなかった。
コレ、受験をする人は世界史と日本史で学ぶんだろうけど…私は勉強していませんから知らなんだ。
「紡績」とは糸を紡ぐこと…コレはわかる。
でも「紡ぐ」ってどういうことだ?となる。
そこで、Shige Blog式にやるとココで出て来るのが黒澤明。
シェイクスピアの『マクベス』を原作にした1957年の『蜘蛛巣城』。

Kj 三船敏郎扮する鷲津武時と千秋実演ずる三木義明が合戦の帰り(だったかな?)、道に迷って森の中で出くわすのが小さな庵。
その中を覗き込むと薄気味悪い婆さんがクルクルと輪っかを回している。
『マクベス』で言えば「きれいは穢い、穢いはきれい」の3人の魔女だ。
この婆さんが実は妖怪で、武時が「いずれ一番大きな城の主となる」ことを予言する。
それを聞いた悪妻の浅茅が武時をたきつけ、次々と悪事に手を染め、やがては身を滅ぼす。
浅茅、つまりレディ・マクベスを演ずる山田五十鈴がいいんだわ~。
 
この妖怪の婆さんが庵の中で何をしているのかというと…糸を紡いでいるんだね。
つまり、糸を作っているところ。
このシーン、黒澤さんの仕事にしては、リアリティにかけていることになる。
どこが変かというと、まず左手に糸の原材料である綿を持っていない。
したがって、綿を撚って(よって)いない。
結果的に、糸が作られていない。
きっとこの婆さんは「妖怪の仮の姿」だから黒澤さんはワザとこうしたのであろう。
…とカッコつけて思ってみたけど、コレは絹糸か?

それにしても、綿をネジネジして引っ張ると糸になるんですってね~。
恥ずかしながら私はコレを知らなかった。
この輪っかをクルクルする作業は、毛糸を丸めるように、糸がはじめからあって、輪っかを回すことによってそれを糸巻に巻き付けているのかと思っていたのだ。
ちなみに「紡績」は綿から糸を作ること。
一方、「製糸」は蚕の繭から糸をつくることね。Mfさて、テキスタイル関連の展示室に入る。

260何時間かに1回、紡績教室が開講される。

270ね、お姉さんがお客さんに渡しているのは「綿」。
イギリスの人の衣料は、綿素材が作られる前はほとんどウールで、他の素材と言えば麻ぐらいだった。
下着まで身に付けるモノは全部純毛。
さっき出て来た三角貿易で、アフリカにこのウールを売れば話は簡単だったんだけど、さすがに全く売れなかった…それでインドから綿織物を買うことになったんだね。
ところで、いくらイギリスの緯度が高いと言っても夏は気温が高くなるからね。
夏場に毛織物じゃいくら通気性がよくてもモ~暑くて暑くて大変だったらしい。
オマケに向こうの人は日本人と違って滅多に風呂に入らなかったので、その体臭たるや凄まじかった。
だからフランスあたりでは香水が発達したりもしたんだろうけどね…ということは、やっぱり向こうの人も臭いことを自覚していたということだね。
そこへ行くと日本人はスゴイよ。
江戸の町人なんて一日4、5回風呂に入ることも珍しくなかったっていうんだから。

280実際に紡績機を稼働させて係のオジさんがそのようすを説明してくれる。
もう機械が回り出したら「ギョインギョイン」っというノイズで英語なんかナニも聞き取れん!
もちろん電気で動かしているワケだが、昔は蒸気だったんだね。
0r4a0463蒸気機関というのはトマス・ニューコメンというイギリス人の発明家が産業革命より前に発明していた。
蒸気機関は、ストーブの上のヤカンのフタのような「上下の動き」の仕事は得意だったが、「回転」系の仕事ができなかったんだけど、それを克服したのがジェイムス・ワットだったんだね。今の£50札のオジさん。
この辺りが産業革命を実現させた文字通りの「原動力」となった。
最初に出て来たロケット号も蒸気の力を借りた機関車に原材料と製品を載せてセッセとマンチェスターとリヴァプールの間を行き来していたワケだ。

11_tails_2 ワットの発明により、紡績の仕事が飛躍的に効率化された。
蒸気の前は動力に何を使っていたと思う?
「水」ね。
水車を使って動力を確保していた。
水の前は「人力」。

0r4a0481その人力の時代にものすごい発明があった。
それは、前回の記事のパブのところに掲載した写真に出ている。
「機織り機のパーツかなんか」という説明を添えたが、アータ…コレってとんでもないモノだった!
げに知らないというのは恐ろしい。
最も機織りのことなんか「鶴の恩返し」じゃあるまいし、知ってるワケがないさね。
11_img_0270下のヤツがナニかおわかりになりますか?
コレは「飛び杼(とびひ)」と言って、英語では「Flying Shuttle(フライング・シャトル)」と言う。
繊維というモノはタテの糸とヨコの糸を格子状にして編まれているでしょ?
手順としては上下にタテの糸を別々に張っておいて、その間を縫うようにしてヨコ糸を通す。
そのヨコ糸を通す作業が厄介で、糸が引っ掛かったりしてメンドクサイ上に、大きな布地を作る時などは2人がかりでこの作業をやらなければならなかった。
そして、ジョン・ケイという人が発明したのがこの「飛び杼」。
「ジョン・ケイ」なんて言うと「Steppen Wolf」を思い出しちゃうけど、この「飛び杼」が文字通り「ワイルド」な発明だったワケ。
この船のような形をした木片にヨコ糸のボビンを入れておいてピューっと上下のタテ糸の間に放り込む。
するとヨコ糸は飛び杼の勢いと重みで瞬時にして反対側に到達するというワケ。
ま、知らない人はこの説明でわかるワケないと思うけど、とにかく当時は想像を絶する大発明で、飛び杼の出現によって作業の速度が4倍になったという。
何がしかの動力を使わないでそれだけの成果を出したんだからスゴイ。
そこで「しめた!コイツでひと山当ててやれ!」と思ったのが当のジョン・ケイ。
瞬く間に飛び杼は普及したが、ジョン・ケイの商売はうまくいかなかった。
あまりにも大きな進歩を実現させてしまったため、たくさんの織り工が仕事を失ってしまい、大きな反感を買ってしまったのだ。
そして、晩年は不遇な暮らしを送ったという。
しかし、この飛び杼の発明は産業革命の一端を担ったと言われているそうだ。
あ~、偶然とはいえ見ておいてヨカッタ。
博物館にもあったんだろうけどね。

11_2img_0270他にも綿を加工して紡績工程に送る機械他…

290どれもがピッカピカの状態で保存されている…というか、現役で使えるんだと思う。

310機織り機もスゴイ迫力。

360v編み込みパターンのパンチカード。
原始的だ~。
しかし、18世紀には世界の最新鋭だったんだから。

370こうした工業化によって家でやっていた仕事は工場へと移動し、規模が拡大するにつれて人手が必要となった結果、子供たちも工場に駆り出されるようになった。

380もちろんこうした工場で働かなければならないのは貧しい家の子で、口減らしの意味もあって、貧乏な家庭が9~10歳の子供を工場に売ってしまうことも珍しくなかった。
「あゝ野麦峠」とおんなじよ。
イギリスの場合、その仲介をしたのが教会の牧師だったっていうんだから驚く。
オイオイ、吉原に出入りしている女衒じゃねーんだぞ!…と言いたくもなるが、恐らくコレも理屈としては「人助け」の慈悲の心によるところだったんだろうな。
気の毒なのは子供たち。
学校にも行かせてもらえず、わずかな食料と10時間以上の労働で皆健康を害してしまった。
しかも…
400当然、工場の中は大量の機械が発するケタ違いの騒音が充満していた。
それで工員たちはみんな難聴になってしまったそうだ。
下のサキソフォンみたいなヤツは「Brass ear trumpet」と名付けられたアコースティック補聴器。
そんな騒音環境だからとなりの人がしゃべっていることすら聞こえないため、白い部分を耳に入れて、ラッパの部分で集音して使う。
聴診器みたいなモノだから、ただでさえヤカマシイところでこんなモノを使えば耳が余計に悪くなるにキマってる。
320騒音だけでなく、場内は綿ボコリが嵐のように吹きすさんでいて、容赦なく従業員の肺を攻撃した。
セキやぜん息に苦しめられた従業員たちへの治療は怪しい薬だけ。
下はその薬が入っていたビン。
いかにもチープでいい加減そうな薬が入っていそうなルックスだ。330ランカシャー地方の綿工業の従事者の半分以上は女性だった。
下のウールのショールはその女性労働者が通勤時に身に付けていたモノ。
寒かったんろうな~。
当時はまだ「女性は家にいるもの」という時代であったが、女性たちは働きたがった。
そして、家族はそのお母さんの稼ぎを大いに頼りにしていたのだそうだ。340v1870年頃の子供用の木靴。
この木靴を所有していたのは子供でもその親でもなく、子供が通う学校だった。
当時のマンチェスターは子供に靴を買ってやるほどの経済的余裕がなく、学校が貸し出していたのだ。
工場の賃金は低い上に、操業が安定していなかった。
原材料の綿の入荷が滞ったり、売り上げが減って在庫がダブつくとすぐに工場は操業を停止し、従業員たちは職場を失った。
当然、給料をもらうアテもなく、食べ物を買うのが精一杯で、子供に靴を買ってやることが出来なかったのだ。

350v次のコーナーへと進む。
ジョセフ・ホイットワースという19世紀の技術者の工作機。
この人は「BSW(British Standard Whitworth)」という世界初のネジの規格を作ったのだそうです。

410ホイットワースは銃やら大砲やら兵器の開発でもよく知られているそうだ。
アラ~、この人、ストックポートの出身だわ。10ccと同じ。

420最初の方に書いた通り、「世界最初のXXX」というと、もうイギリスの独壇場だわな。
エジンバラの博物館に行っても、スコットランド出身者による「世界最初」自慢ばっかりよ。
ココはチョットしたコンピューター・コーナー。

430ハイ、さっそく出ました。
「1948年、マンチェスターは世界最初の近代コンピューターの開発競争で優勝しました」
また「世界最初」。
展示は「Baby」とアダ名されたその優勝したコンピューターのレプリカ。
実際の「Baby」のパーツ使われているそうだ。
460この真空管で「モダン」ですからね。
いい時代です。
「Baby」には500本の真空管が使われていた。440日本では「ウイリアムス管」と呼ばれる真空管。
正式には開発者の名前を採って「Williams-Kiburn Tube」という。真空管というよりブラウン管なのか…。
コレは「Baby」のメモリーの回路に使われたそう。

450別棟に移動する。
科学博物館にありがちな「体験コーナー」。

470子供たちが喜ぶところね。

480ギアの力を使って車を持ち上げてみよう!…みたいな。
私は座ってここのWi-Fiを利用してメールのチェック+休憩。
博物館見学はまだ続く。

500<つづく>
 
(2019年6月15日 イギリス マンチェスターにて撮影)

2020年5月12日 (火)

イギリス紀行2019 その28 ~ マンチェスター vol.4:「ウェリントン・ブーツ」と「セント・ジョージ & ザ・ドラゴン」

 

ホテルは素泊まりなので、チョット早めに部屋を出て朝食を摂りがてらホテルの周辺を歩いてみた。
 
部屋の窓から見えていた立派な建物は裁判所だった。
1871年の竣工だそう。A10_2すぐそばにカナルが通っていた。

A20ホラ、こんなところにもロック(Lock=閘門)。

A30船は見当たらなかったが、水門を動かして水量の調節をしていた。

A40水門の向こうとこっちではこんなに水位が違う。

A50そのカナルの脇にはLGBTの皆さんのためのクラブが。
調べてみると、「ゲイ・ヴィレッジ」という触れ込みだった。
ゲイ=同性愛の人が集まる地域のことを「ゲイ・ヴィレッジ」っていうのか…あ、だからアレって「ヴィレッジ・ピープル」だったのね?今知ったわ。
ひと晩じゅうココで騒いでいたんでしょうね。
「ああ~、よく呑んだ。昨日は楽しかったナァ」とやっていたのかどうかは知らないが、早朝から店の前でグデ~っとしてる人たちがいたよ。

A60_2この日も朝からPRET。
ハムとチーズを挟んで焼いたパン。
おいしいんだけど、私にはしょっぱすぎるんだよナァ。
それとジャム入りのクロワッサン…コレがおいしい。
コーヒーを付けて、マァ1,000円ってとこか。

A70この日は行くところがキマってたの。
前日は半日の間街をブラブラして、ホテルから歩いて行ける範囲の主だったエリアを把握していたので今日ス~イスイのハズ。

80_2まずはすぐ近くのこの「ピカデリー・ガーデンズ」というところを通り抜ける。
100_2ホテルのあるポートランド・ストリートから入ってすぐ目につくのがこの像。
ワーテルローの戦いでナポレオンをやっつけたアーサー・ウェルズリー初代ウエリントン公爵。
ニックネームは「アイアン・デューク」。
ヘビメタの皆さん、新しいバンドの名前にいかが?

ところで、『コレを英語で言えますか?』みたいな本がよくあるでしょう?
そうなんだよね、普段から身の回りにあるんだけど、英語で言えそうで言えないモノってものすごくたくさんあるよね。
例えば「ガム・テープ」。
アメリカではどう言うのかは知らないけど、イギリス人はアレを「ガッファ・テープ」と呼ぶ。
「ガム・テープ」では絶対に通じない。
じゃ「輪ゴム」は?
「エラスティック・バンド」という。
コレはジム・マーシャルがフランクフルトの展示会のサイン会でクルクル巻いたポスターを留める時によく口にしていたので自然に覚えた。
ちなみに向こうの輪ゴムってとても質が悪くて、チョット伸ばし過ぎただけですぐにプツンと切れちゃうんだぜ。
さて、本題。
「ゴム長」ってイギリスで何て呼ぶか…。
いわゆる雨の日に履く長靴のことね。

90「ウェリントン・ブーツ(Wellington Boots)」って言うらしい。
語源はもちろんこのウェリントン公爵。
公爵は馬に乗る騎兵のスネにキズが多いことに気づき、スネを覆う背丈のブーツを特注した。
ナポレオンをブッ飛ばしたウェリントン公爵の人気もあって、「コイツぁカッコいい!」と19世紀の紳士たちの間で大流行したのがはじまり。
はじめは皮製だったが、その後はゴム製に変わっていった。
「ゴム長」vs.「ウェリントン・ブーツ」…どちらの名前をカッコいいと思うかはアナタ次第だ。

コレを書いた数時間後、イギリスと毎週やっている電話ミーティングがあったので、早速訊いてみた。
果たしてイギリス人はゴム長のことを本当に「ウェリントン・ブーツ」と呼ぶのか?
相手は若い2人だったんだけど…本当にそう言うそうです。
他に「Rain boots」とか「Rubber boots」とも呼ぶけど、ゴム長を指して確かに「Wellington Boots」って言っているんだって。
そういえば昔々、セメントの仕事をしていた時、私もよくウェリントン・ブーツを履いて工事現場へ行ったもんですよ。
ルックスはどうあれ、コレって履いてみるとモノスゴク便利なんだよね。

Wbところで、ウェリントン公爵はこの長靴をロンドンのセント・ジェイムスズ通りにあった王室ご用達の靴屋に発注したっていうんだな。
コレがセント・ジェイムスズ通り。
正面に見えているのはセント・ジェイムズ宮殿。
エリザベス女王のいとこのプリンセス・アレクサンドラや長女のプリンセス・アン(Marshallに来てくれてMarshall Blogにも出てくれた人)のロンドンの住居で、チャールズ、ウイリアム、ヘンリーが住んでいたロンドンで最も古い王室の宮殿。

Img_7481この写真を撮ったのはもう8年も前のことなんだけど、人出が多いでしょ?
いつもはこんなに賑やかじゃない。
Img_7487警備のお巡りさんもワンサカ。
実はコレ、エリザベス女王の在位60周年を記念してバッキンガム宮殿の前庭でコンサートが開催された時なのね。
ポール・マッカートニーやらエルトン・ジョンやらがココらに来ているワケ。
コンサートは観たかって?
ウン、宿の小さなテレビでね。
どっかから入れそうな感じがしたので少し見て回ったんだけど、ネコの子一匹通さない厳重な警備体制だった。
当たり前か…昔の野音じゃあるまいし。

Img_7490仕方なしに諦めて帰ろうとして前を通りかかったのがこのカッコいい靴屋。
ロンドンの街を歩いているといかにも高級そうな靴屋とか、鞄屋とか、ステッキ屋とかに出くわす。
一生買わないであろう品々だけど、「どんな金持ちが買うんだろう?」と見て歩くのも楽しいモノだ。
この「LOBB」という靴屋もそう。

Img_7479玄関には2つの立派なエンブレム。
向かって左は…
「His Royal Highness The Duke of Edinburghに任命された靴屋でございます」
The Duke of Edinburgh=エジンバラ公とは「フィリップ王配」のこと。
「王配」というのは、女王の配偶者のこと。
つまり「エリザベスのとーちゃん」です。
向かって右は…
「His Royal Highness The Prince of Walesに任命された靴屋でございます」とある。
ウェールズ公はチャールズ皇太子。
ウィリアム王子もウェールズ公なのでチャールズだけでなく2人の靴を作っているのかも知れない。
すると先日王室を離れたヘンリーはサセックス公なんだけど、ココでは作っていないということか?
ABCマートか?
 
話を戻して…ウェリントン公爵が発注したセント・ジェイムスズ通りの靴屋とはこのことか!
と思ったら違った。
発注先は「The Hoby Familiy」というところだった。
無駄な時間を取らせてスミマセン。

Img_7478イギリス人の嗜好なのか、ヨーロッパ人の趣味なのか、向こうの人は像(statue)が好きだよね~。
そっこら中に建ててあったり、建物に埋め込んだり…。
この公園にもウェリントン公爵の他にジェイムズ・ワット(蒸気機関を進化させ、今のイギリスの最高額の紙幣である50ポンド札に刷り込まれている人)やら色んな像があったらしい。
それと下の写真。
まず背後に偶然写り込んでいる「Zizzi」というのはイタリアン・レストランのチェーン店で、ミルトンキーンズで何回か入ったことがあった。
イギリスで食べるパスタはすべて伊勢うどんよりも柔らかくフカフカで、とても食えたもんじゃない。
そこで、このお店のウエイトレスに「茹で過ぎずに、麺を固く茹でてください」と何度も説明したけどムリだった。
「アルデンテ」なんて言葉を知る由もなく、もはや「固茹で」という発想すら皆無なんだね。
出て来たパスタの麺は、ああ懐かしや、給食のソフト麺だった。
そう!それで分かったのが、イギリスのこういうレストランのスパゲティって、多分乾麺の状態から茹でるのではなく、最初から茹でて冷凍してあるヤツを湯がいているのはないか…?
なんてことはどうでもヨカッタんだ。
この像ね。
写真に写っている像は背面で、向こう側にはヴィクトリア女王の像が鎮座ましましている…ということを日本に帰って来てから知った。
産業革命により巨大な富を築いた時代の大英帝国の君主だからして、それこそヴィクトリア女王の像ってどこへ行っても出くわすのです。
無敵艦隊を駆逐してイギリスを世界の一等国にのし上げたエリザベス一世、万国博覧会かなんか開いちゃってイギリス最高の栄華の時代を統治したヴィクトリア女王、歴代在位最長記録を更新し続け、今尚イギリスを世界の第一等国として君臨せしめるエリザベス二世…人気の女王トリオだ。

11_0r4a0286この像にチョコんと乗っかっているヤツ。
それはコレ、TOTOの『Hydra』のA面の2曲目。
そう、「St.George and the Dragon」。
『TOTO IV』のレコ発ツアーで学生の時、Totoのファンだった今の家内と武道館へ観に行ってね。
私は特段好きではなかったんだけど、この「St. George and the Dragon」って曲は好きで、レコード通り「Hydra」からつなげて(だったと思う)演ってくれたのがすごくうれしかったのを覚えている。
とてもいいコンサートだった。
やっぱりジェフ・ポーカロやら若き日のルカサーとかカッコよかったよね。
それから仕事で2度ほどTOTOのコンサートに行ったけど、ある事件を目撃した以外はあんまりピンと来なかった。
多分、その武道館公演があまりにも素晴らしかったからだろう。

Thで、その「聖ジョージとドラゴン」、どんなのが乗っかっているのかはインターネットから借りて来た下の写真をご覧あれ。
私の頭の中では、『アーサー王と円卓の騎士』とゴッチャになっていたんだけど今回ハッキリさせておいた…関係なし。
しかし、コレもヒデエ話でね~。一体キリスト教ってどうなってんだ?と思ってしまうような伝説。
舞台は11世紀から12世紀あたりのカッパドキア(トルコ)のアンチ・キリスト教の村。
ココに毒を吐いたり、人に噛みついたりと性質の悪い竜がいた。
人々は毎日2頭のヒツジを竜に捧げて大人しくしてもらっていた。下の写真からすると相当な大食漢である。
ところがそう毎日ヒツジを捧げることもできず、ヒツジの在庫が切れてしまった時点で仕方なしに人間を捧げることにした。
クジで誰が生け贄になるかを決めたんだけど、不幸にして当たりを引いてしまったのが王様のお嬢さんだった。
マジか~?まずそんな民主的な王様はいないとは思うがな。
王様は「宝石をあげるからウチの姫だけは勘弁して!ノーカンにしてチョ!」と民衆に懇願するがダメよダメダメ。
王様は8日間の猶予を得たが(この間竜はさぞかしひもじかったハズだ)、どうすることもできない。
そこへ通りかかったのはゲオルギウスという聖人…要するに「聖ジョージ」ですな。
「聖人」だから「St. George」。
いつかMarshall Blogかこのブログに「聖人」のことを書いて説明したけど、キリスト教の中にあってはメッチャ位の高いポジションね。
さすが聖人、王様が困っているのを知って「わかりました。私がお助けしましょう!」と竜に戦いを挑んだ。
竜が毒を吐こうと口を開けたところにジョージは持っていた剣をブスッ!
案外弱い。
それでも竜は死なず、そこでトドメを刺せばいいものを、ナゼか聖人はその竜を村に持って帰って来ちゃう。
「チョチョチョ、聖人、なんで竜を連れて来ちゃうのよ!殺しちゃって、殺しちゃって!」と村人が聖人に竜の始末を頼む。
すると「この竜を殺して欲しければ、村人全員キリスト教に改宗することを約束しなさい。それがオッケーなら竜を殺してあげる」と言うじゃない。
コレってヒドくない?ズルくない?強引すぎない?
そして村ごとパッケージでキリスト教に改宗したんだとさ。
その後、ジョージは異教の王様に捉えられて色々あった挙句殉教する。

11_sgd以前Marshall Blogでも紹介したけど、三浦綾子の『海嶺』という小説ね。
江戸時代に漂流した漁師が1年2ヶ月もの間、太平洋を漂流して北アメリカに漂着、その後紆余曲折があって日本人として初めてロンドンにまで行ってしまう、いわゆる「にっぽん音吉」の話。
私はこの小説に出て来るドイツ人宣教師の「ギューツラフ」という人を知りたくて読んだんだけど、これが破天荒にオモシロかった。
音吉たちは方々でキリスト信者に親切にしてもらう一方、悲惨な奴隷の姿を目にしてショックを受ける。
で、実際に敬虔なクリスチャンである三浦綾子が音吉に言わせる。
「アーメンの連中は我々にはあんなに親切にしてくれるのに、どうして奴隷みたいなヒドイことを一方でしてるんやろうか?」
そうなんですよ。
上の聖ジョージの「そんじゃ、キリスト教徒になってチョーダイ」だとか、奴隷制度だとか、十字軍だとか、あるいは連中はキリスト教のためならガンガン戦争して殺し合って来てるでしょ?
新約聖書で「右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ」とか言っているワリにはアコギなことを随分してるように見えるんだけど、ココの辺りはどう説明するんだろうか?…と、いつも不思議に思ってしまう。
三浦綾子の小説は読んでいて気持ちがいいね。
主人公がみなマジメで一生懸命で…『泥流地帯』2作なんて心が洗われるわい。Kr一方、警察に拷問されて殺された小林多喜二のお母さんの姿を本人の独白体で描いた『母』なんてのは泣けるよ~。
『蟹工船』もスゴイけど。
昔の警察ってのはヒドイことをしたもんですよ。
多喜二のような事件を知ると、今、日本がドンドンおかしくなっているのが本当に恐ろしい。

Kks_2

Kks_1 ハイ、脱線終わり。
ウワ!
まだ朝晩は大分寒いのに噴水の中を歩いている子がいるわ!

110あ、ココにもあった。
「SHORYU」という豚骨ラーメンのチェーン店。
ロンドンで何軒か見かけたが、マンチェスターにも進出していたのね。
4年前とはガラリと様子が違ってホントにイギリスはラーメン屋が増えた。
特に豚骨系が優勢のような感じだ。
スラープ(slurp:ズズズと音を立てて吸い込むこと)もできないのにラーメン食べておいしいのかね?
以前、イギリス人の友達とニューカッスルのラーメン屋にい入った時、やはりどうしても音を立てないで麺をすすることはできないので、「音を出してもいいか?」とその友人に許可を求めた。
すると彼は「おお!やってやって!」とすごくオモシロがってくれたので、盛大にズバ~っとマズイ麺を吸い込んで見せた。
スープは化学調味料の味しかしないシロモノだったが、長い間離れていた「汁に入った麺類」だったゆえ、とても美味しかった。
しかし、私はあっさり醤油系のラーメンが好きなので、イギリスにおける豚骨系以外のラーメンの地位が心配なのだ。
ラーメンは醤油です!
ま、イギリス人が煮干しだし系のラーメンを喜んで食べるようにも思えないんだけどね。

130_2昨日見た市庁舎の横を通って…

140_2鉄道会社の倉庫の角を曲がる。

160_2この建物、ホントすごい。
ズ~っと向こうまでつながってる。
そしてデザインがいいよね。170_2今向かっているのは街中からホンの少し外れた「Castlefield(キャッスルフィールド)」というエリア。

180_2キャッスルフィールドはマンチェスターの起源なんだそうで…。
別にそれに興味があったワケではなく、ただ行きたい場所がそのエリア内にあるということ。

190_2やっぱりロンドンとは建物がゼンゼン違っていてコレはコレで実に素晴らしい。
とにかく街を歩いていて飽きない。
あんなに苦しんだヒザの痛みもこの頃は大分和らいでいたし…。

200_2さっきの鉄道会社のビルの反対側のハジッコ。
コレは1898年に竣工したイギリスで最初に作られた鉄骨の建造物のウチのひとつらしい。
大きさは81mx66mだっていうんだけど、そんなもんかナァ。
その倍はありそうな感じだ。

210鉄道の駅に出くわした。

225大きな通りの名前にもなっている「Deansgate」という駅。
カッコいい~!
1849年の開業だって。
例によってやってみると、1849年と言えば…日本は嘉永2年。
ペルリが黒船で浦賀にやってくる4年前。
イギリスはもうこうなっていた。
イギリスはこの年、東インド会社が「シク王国」というのを強引に併合して、インド全土を完全に植民地化した。
そうか、イギリスってもっとズッと前からインドを植民地にしていいたのかと思っていた。
ナニせ、現在世界で起こっている紛争の根源ってほとんどイギリスのせいだからね。
7つの海を支配していたんだから当然のことか。

230_2チョットだけ中を覗いてみる。
いい感じ。

240_2このエリアにはカナルがいくつも交差していて、見たかったんだけど天気が悪いので諦めた。
も~、とにかくマンチェスターの2日間は天気が悪かった。
…と思ったら、マンチェスターというのはイギリスで最も雨が多いところのひとつなんだってよ。

220_2カッコいい橋を発見!

250_2階段が付いていたので上まで上がってみた。

280_2廃線になった路線の鉄橋だった。

290_2反対側はそのスペースを利用した駐車場になっていた。

300_2エレベーターが付いていたので帰りに使おうと思ったけど、何となくコワかったので階段で降りた。

310v降りてきた。
さっきから見えている高層ビルね。

370_2「Beetham Tower(ビーチャム・タワー)」というホテル(ヒルトン)とオフィスの複合ビル。
47階建てで2018年まではマンチェスターだけでなく、ロンドン以外のエリアで最も高いビルディングだった。
デザインのモチーフはもちとん「テトリス」。
これぐらいデカいヤツがすき間にはいったらさぞかし気持ちよかろう。
あ、「モチーフがテトリス」というのは想像です。

375v鉄橋の下に入ってみる。

340_2橋脚がスチールなんだよな。
コンクリートでない理由がナニかあったのだろうか?
鉄筋コンクリートが出て来たのは19世紀後半と言われているけど、この橋脚はそこまで古くないだろうし…知らんけど。350_2フーム、この辺りで駐車代が1日1,000円弱か…安くないな。
街の中心からは大分あるからね。

360_2そして、すぐとなりのローマ時代の遺跡。

315マンチェスターの語源ともなった「マムキオン」とか「マンクニウム」と呼ばれたローマンの砦の跡。
ナント建造は紀元79年だって。

320_2スゴイね~、ローマからはるばるココまで来てたんだから。
ロンドンのシティなんかもモダンな街並みにいきなりローマ時代の遺跡が出てきたりして実にオモシロい。
アレは「自慢」っていうのかな?…こうしたローマ時代の遺跡についてはうれしそうな感じで話す人が多いんだよね。
例えば「この通りをローマ軍が行進したんだぜ!」みたいな。

330_2さて、ようやくこの日のメイン・イベント。

380ココに来たかったのです。

390「Science+Industry Museum」というマンチェスターの産業革命に関する博物館。

400_2入り口にはいかにもらしいオブジェ。
420_2次回はココからお送りします。

410v<つづく>

(2019年6月15日 イギリス マンチェスターにて撮影)

2020年5月10日 (日)

イギリス紀行2019 その27 ~ マンチェスター vol.3 :コレってホントに図書館なの?!

 
朝、ミルトン・キーンズのホテルで食事をして、それからナニも食べていない。
さすがにお腹が空いたんだけど、食べたいモノがないので空腹がそれほど苦じゃないんだよね。
飽き飽きしているモノを強引に詰め込むより、お腹を空かせている方がラクなのだ。
海外へ来るといつもこう。
今回の旅では3週間で6kgぐらい痩せたかな?
心配ご無用。
アッという間に元通りになっちゃうから…というか、今回はオツリが来ちゃって、今ダイエット中…と言いたいところだけどゼンゼン体重が減らないわ。
 
で、この時は他の記事にも書いたように、もうPRET(Pret a Manger:プレタマンジェ)一辺倒だった。
というのは、お昼になるとPRETが熱いスープを店頭に並べることがわかったのだ。
朝の熱いアイテムはポーリッジ(牛乳の麦がゆ)。
私はポーリッジが好きではないので、クロワッサンかホットサンドにコーヒー(アメリカーナ)。
そして、昼はそのスープと何がしかのパンばっかりを食べることになった。
この時は下はトマトのスープ。おいしいの。
ロサンゼルスの空港にPRETが入っていて、先日コレと似たようなスープをそこで見つけて何のためらいもなく買ってみたら、塩っ辛くてとても食えたシロモノではなかった。

06アレ?
もう4時半を回っているのか…。
食事の周期がメチャクチャなので時間の感覚がますます狂ってしまう。
それとイギリスの6月は1年で一番日が長い月なんだけど、ズッ~と曇っているので日の傾きがサッパリわからないのだ。
ハイ、到着。

20これまたオッソロしく重厚な建物でしょう。
「後期ヴィクトリアン・ネオ・ゴシック」というスタイルらしい。

0r4a0273「John Rylands Library(ジョン・ライランズ・ライブラリー) 」という図書館。

30入り口は建て増しされたモダンなビルから。

40v床を見下ろすと、「Plan of Peterloo」という大きな地図が描かれていた。
前回出て来た「ピータールー虐殺事件」ってそんなに大きな出来事だったのね?
日本人で知っている人は多いのだろうか?
向こうの人にとっては「民衆の自由を弾圧した」ということで許すまじき事件だったということか?
そう考えると、やはり民主主義の歴史も意味も日本とは大きく異なることを思い知るね。

11_0r4a0261本体に入るといきなりこんな感じ。
コレは決して教会ではありません。

50上の写真では左側、下の写真では右側にいくつかの展示室があって、レアなアイテムがゾロリと展示されている。
そこで「Rylands Papyrus 52(ライランズ・パピルス52)」と呼ばれる「世界最後の新約聖書の断片」なんてのを見て来た。
この辺、思いがけず今日のハイライトです…一番オモシロいところ。

6019世紀の最後半、オックスフォード大学の研究者が、エジプトのナイル渓谷の近くに山積みになっていたゴミの中からいくつものパピルスの断片を発見。
「パピルス」というのは古代エジプトのパピルスと呼ばれる葦の一種から作られた紙のことね。
そのパピルスは目録にされることなく放置されていたが、他の学者がその中にあった9cm×6cmほどの断片を見つけて注目した。
その断片の両面に書かれていた文字を見てビックリ。
書き込まれていた文字はギリシア語で、その内容が今の人たちが読んでいる新約聖書と同じ文章だったんだネェ。
…となると、その断片がいつ頃のモノか正確に調べなきゃならん。
で、専門家に頼んで書体や字画などから2世紀前半のモノだということを割り出した。
2世紀前半というと、その断片に出てきている「使徒ヨハネ」の死後から数十年しか経っていない頃だっていうんだよね。
すると、新約聖書ってのは、一部の内容が史実とほぼリアルタイムで書かれていたということか?
「イヤ、コレは2世紀半ばのモノだ」と、この研究に異論を唱える学者もいるらしんだけど、ジョン・ライランズに展示されている断片は、現存するギリシア語聖書の写本の最古のモノなのだそうだ。
ちなみに「新約聖書」はギリシア語で書かれたんですってネェ。
ギリシア語で「新約聖書」は「Καινή Διαθήκη」という…まったく読めませんね~。
「カイネー・ディアテーケー」とかいうらしい。
内容がチンプンカンプンでわからない時、「It's Greek to me!(それは私にとってギリシア語です!)」って言ったりするけど、まさにコレ。
 
それで、この断片のおかげでスゴイことが2つ明らかになったんだって。
それは何かと言うと、ひとつは聖書の形態。
当時、書き物のスタイルは巻物状か冊子状になっているのが普通で、聖書がどっちの方式だったかがわからなかった。
しかし、このパピルスには両面に文字が書かれていて、聖書が「冊子」の形をしていたということがほぼ判明した。
普通、巻物は両面に書かないからね。
ビラビラっと広げる巻物と異なり、冊子式は書物をコンパクトにすることができるから携行するのに便利でしょ?
コレがキリスト教が世界中に広まった大きな要因のひとつだったっていうんですよ。
もうひとつ。
上でチョット触れたけど、この2000年前に書かれたモノと今のモノがドンピシャで同じ内容なんだって。
つまり2000年もの間、内容がアレンジされることなく、オリジナルのままその内容が今の世に伝わっていることがわかったのだそうだ。
リレー・ゲームだったら大変なことよ。
2000年の間にどれだけ内容がひん曲がっていたことか!
 
残念ながら展示室は撮影厳禁だったので写真を持ち帰ることができなかった。
そこで、インターネットで見つけたそのパピルスを私がハンドメイドで再現してみた。
素材は葦ではなく段ボール箱とボールペン。
雰囲気だけどうぞ。 

11_3pp どこもかしこもスゴイんだわ~。

70vコレは200年前の印刷機。
マンチェスター大学の研究者による実演を見せてくれることがあるらしい。
見たい!90v階段をグングン上がる。
ク~、一体コレのどこが図書館なんだ~?

100順路に沿って一番上の階まで来た。

110v丸い吹き抜けが一番上の天井をのぞかせる。
何たる造形美!120ココが見学のメインとなるポイントの入り口。

130ドワ~!
「ロング・ホール」と呼ばれる大部屋。

135天井がまたスゴイ。

140どこもかしこも「大聖堂」という感じで、「台東区生涯学習センター」とは似ても似つかない!
「池波正太郎記念文庫」はなかったけどな。
 
開館は1900年。
1972年にマンチェスター大学図書館と合併した。
入館料は無料。

150この図書館の名前になっているジョン・ライランズは、紡績工場を経営し、大儲けしてマンチェスターで最初の億万長者になった人。
とても敬虔なクリスチャンで、財力を活用して社会奉仕活動にも力を注ぎ、孤児院や女性用老人ホームを造って庶民の生活の向上に貢献したのだそうだ。

170で、図書館を作ったのはジョンの奥さんのエンリケッタという人。
ご主人のメモリアルとして、この図書館を建造しマンチェスター市民に贈ったっていうんだからスゴイ。
ITビジネスでひと山当てた日本のにわか億万長者とは心持ちが天と地ほど違う。
でも、その内出て来るけど、紡績工場で働いていた庶民の暮らしはかなり悲惨だったんだぜ。160上の写真に見える両側のアーチの部分ね…その中に本があった。

180机やイスは自由に使ってOK。
ようやく図書館らしくなってきた!

11_0r4a0246イヤ、ゼンゼンなってないな…。
ヤッパリどう見ても大聖堂だわ。
ジョンもエンリケッタも熱心なキリスト教信者だったため、エンリケッタが「教会っぽいデザイン」をリクエストしたんだって。

200このオジちゃんがジョン・ライランズ。

210v入ったのが4時半でジックリ見ていたらアッという間に5時になり、追い出されてしまった!

220図書館の前の「Deansgate(ディーズゲイト)」という通りを歩く。

230こういう光景は実にいいね。

240ジョン・ライランズ図書館の並びにある「Forsyth(フォーサイス)」という楽器屋さん。
ウェブサイトを見ると「世界的に知られる楽器店」とあったが、そうか?
でも、開業は1857年と長い歴史を持っており、今でもフォーサイスさんの家族で運営しているのだそうだ。

250画廊の前を通りかかって目に止まったのが…

260コレ。
タイトルは「Rocket Man」。
近所の国のエライ人じゃないよ。

270よく見ると、小さなロケットが敷き詰められてるの。

280マンチェスターのキャス・キッドストン。
やっぱり「50% off」のバーゲンをやってる。
ロンドンの店舗もすべてこのバーゲンをやっていたので、家内と「コリャおかしいね?」って言ってたの…11か月前の話ね。
そしたら、先月キャスの日本の法人が自己破産宣告をしたじゃんね。
そしたら…イギリスも「プレパック式」というスタイルの破産申告をしたそうだ。
この「プレパック」というのは、今はコロナの影響でイギリスの全店舗を閉めているが、営業を再開することなく、このまま譲渡先に店舗を明け渡す方式と理解した。
ところで、この「Cath Kidston」、日本では「キャス・キッドソン」て呼ばれていたようだが、ロンドンのお店のお嬢さんに直に確認したところ。正式には綴り通り「キャス・キッドストン」と発音するとのこと…ということは以前他のところにも書いたことがあるが、このネタももう使えなくなってしまった。

290得意のGREGGS。
でもマンチェスターでは1回も入らなかった。

300「Ladbrokes(ラドブロークス)」もチャンとある。
オッズ屋っていうのかな?
何でも賭けにしちゃう賭博会社。

310さて、もういい頃合いなのでパブ・タ~イム!

320「Sawyers Arms(ソーヤーズ・アームズ)」というお店。

330どれをオーダーしたのかサッパリ覚えていないが…

340カンパイ!
ココもニコルソンズの系列か…。

350古くからあるパブにきっとある「歴史自慢」。
このビルはGrade II*の指定を受けている。
実際マンチェスターでも最も古い建物のひとつで、1700年代からあるらしい。
営業ライセンスを取得したのは1730年代のことだったっていうんだけど、その頃からライセンス制だったのか…。

360コレは上で紹介したジョン・ライランズの工場で使っていた機械のパーツ。
ジョン・ライランズと図書館の簡単な説明が添えてある。
 
隣のテーブルは男女混合の5人グループで、ダマって見ていたら、やってる、やってる!…あの順番制ね。
女性を除いて、男性が「次、オレね」と代表して全員の飲み物を買いに行っていた。

370ココもよさそうだね~。

390vこの「Royal Exchange Theatre(ロイヤル・エクスチェンジ・シアター)」も有名な劇場らしいんだけど、入りづらそうだったのでパスした。

400「Market Street」を歩く。

410左の「Dr.Martens」の前を通りかかると…

420こんなディスプレイ!430Dr. Martens+The Who+Marshallのコラボレーション!
でもピート・タウンゼンドがMarshallを使っていたのはたった4年なんだけどね。

440こんなん初めて見た。
スイート・コーン屋さん。とうもろこしね。
「Hot Sweetcorn」、ミディアムが£1.50、ラージで£2.0です。
買ってみようかと思ったんだけどヤメておいた。450ロンドンのファッション系デパート「DEBENHAMS」。
イギリス、デンマーク、アイルランドを中心にインターナショナルに店舗展開している。
「デベンハムズ」って読むのかと思っていたら、発音は「デベナム」だった。
創設者の「ウイリアム・デベナム」から。

460お巡りさんとホームレス直前風の男の人の小競り合い。
男の人がすこぶる激しく弁舌を奮っていた。

470おお~立派なハープティンバー。
古いモノではなさそうだ。

480看板を見れば店の名前はすぐにわかる。
「Shakespeare's Head」でしょ。
あ~、どうせ私のアタマもシェイクスピアですよ。
最近はシェイクスピアが他人とは思えないからね。
…と思っていたら「The Shakespeare」という店名でした。
ココはGreene Kingの系列だった。

490帰りのラッシュ・アワーで路面電車の駅は大混雑!

500黒人のオジサンがナンカの演説をしていた。
歩き疲れたのでナニか食べるモノを買ってホテルへ帰ることにした。

510しかし、食べるモノがなくてサ…。
近くのスーパーでフライドチキンみたいなヤツを買ってビールで流し込んだ。

520テレビでやっていたバラエティ番組を見ていてビックリ。
スペシャル・ゲスト扱いではあったけど、ごく普通にFleetwood Macのミック・フリートウッドが出て来たのよ!
 
こうしてマンチェスターの最初の夜が更けていったとさ…おやすみなさい。

530<つづく>
 
(一部敬称略 2019年6月14日 イギリス マンチェスターにて撮影)

2020年5月 8日 (金)

イギリス紀行2019 その26 ~ マンチェスター vol.2:スゲエ建物ばかり!

  

楽器屋さんを出てブラブラとマンチェスターの街を見に出かける。
しかし、我がホテル、見た目は立派だナァ。
コレがかつては倉庫だったとはねぇ。
左のポールには見覚えのある女性の姿が…。

10_2「街を見る」と言っても「ここへ行かなきゃ!」というようなお目当ての場所はあまりない。
街を歩いて歴史的な建物を見て歩いているだけでも楽しいにキマってる。
それでも闇雲に歩くのもナンなので、後で困らないように外で偶然見つけた地図を携帯で撮影しておいた。
コレがエラく役に立った。

15ホテルから歩いてすぐのところにチャイナ・タウン。

20_2…と言っても、中華料理店が数軒並んでいるだけの通り。

30_2「wasabi」というのはロンドンでもよく見かける寿司と弁当のお店。
2003年に開業して、現在はイギリス国内で60店舗を展開している…案外少ないな。もっとあるのかと思ってた。
創業者は韓国の人だそうだ。
試したことは一度もない。

40_2なんかいかにも「外国の下町」っぽくていい感じ。

50_2イヤ~、またロンドンとは違う街並みが素晴らしい。
でも、ロンドンともっとも異なる点は、街に有色人種の数が多いことだ。
特に黒人。
一見してそれがわかる。60_2ドワ~、スゴイのが出て来た!

70_2マンチェスターのシンボル「Manchester Town Hall(マンチェスター市庁舎)」。
1868年に着工して9年後に落成した。
例の「Listed Building(指定建造物)」の一番上の「Grade I(最も需要な建造物)」に指定されている。

80_3さすがGrade Iだけあってナントまぁ荘厳なことよ。

90_2前が広場になっているんだけど工事中で近寄れず。

100_3改装中で中も見れず。

110_2パブ周辺のの風景はロンドンと変わらない。
あ、この店ってウェザースプーンだったんだ…道理で混んでると思った。
翌日に寄ってみたけど、混んでいてとても入れなかった。
ウェザースプーンは安く飲めるパブのチェーン店。
好きなんだけど、街中の店はいつも混んでいて困る。

120_2ハイ、次。
丸いのが出て来た。

Z15コレは「Manchester Central Library」、つまり「中央図書館」。
1930年から4年の歳月をかけて建設された。
コレも我がホテルと同じく「Grade II*」の指定がかけられている。

11_0r4a0123エントランス・ホールからして超立派!

Z20フト天井を見上げると…スゲ~!

Z30vこのあたりの教区の紋章やら何やらで飾っている。

11_0r4a0131フロアにはそれぞれの紋章を解説している案内板があるんだけど、キリスト教の専門用語みたいヤツだらけでよくわからん。

Img_0268そして部屋の入り口には大きなハチ。
駅舎にもハチのマークが付いていたように、ハチはマンチェスターのシンボルなのだそうだ。
産業革命発祥の地らしく、「働き者」というイメージでハチをシンボルにしたらしい。

Z40一階はどうってことない感じ。

Z502階がスゴかった!
巨大な閲覧室。
アンソニー・バージェスは学生時代、頻繁にこの図書館へ来て勉強していたそうだ。
バージェスは『時計仕掛けのオレンジ』の作者ね。
The Smithのモリッシーもよく勉強しに来ていたらしい。

Z60お、「ミュージック・ライブラリー」なんてのがあるゾ。
「ヘンリー・ワトソン」というのは地元マンチェスターで音楽業界の仕事に携わり「Henry and Co.」という会社を興す傍らピアニストとしての名声を高め、ケンブリッジ大学で博士号を取得し、最後はマンチェスター大学の教授まで務めた人。
貧しい家庭に育ったため、音楽は独学だったという。
その苦労は並大抵のモノではなく、後進に自分がしたような苦労をさせまいと、個人で今とは異なる場所に「音楽の図書館」を開設したのが1904年。
1947年に現在の場所に移って来た時は、そのオープニング・セレモニーでジョン・バルビローリが演奏したのだそうだ。

Z70こういう書架がドバ―っと向こうまで続いているんだけど、全部音楽関連の書籍。
もちろんクラシックが主だけど、ポピュラー音楽のアイテムも何ら分け隔てなく収められている。

Z80ココでできることは「Create, listen and learn」。
譜面や音楽書籍や雑誌を自由に閲覧し、貸してもらうことができる。
コンピュータが設置してあって、それを使って音楽を作ることができる。DJのミキサーもあったな。
他にヘンデルやヴィヴァルディの直筆楽譜をコレクションしている。
所有しているCDで実際に音楽を聴くことができる他にオンラインでも音楽に接することができる。
提携しているんでしょうね、特にNAXOSのコレクションが充実しているようだ。

0r4a0136チョット脱線。
NAXOSは香港に設立したドイツのクラシック音楽のレーベル。創業者はクラウス・ハイマンという実業家で奥様は西崎崇子というヴァイオリニスト。
無名な音楽家を使って値段を抑えた廉価版レーベルということになるんだけど、私、コレが大好きなんですよ。
クラシックと言っても、もちろん私のことだからベートーベンやらモーツァルトの類にはほとんど興味がない。
「ホントにこんな人いるのかよ?」みたいな、NAXOSがなければ一生知らないで過ごしていたであろうマイナーな作曲家のアルバムをバカスカとリリースしているところにメチャクチャ魅力を感じるワケ。
で、ナニがオモシロいかって、国内盤に強引に付けているかのようなオビに書かれている簡単な解説がいいのよ。
どんなゲテモノでも「ウワ!オモシロそう!」と思わせちゃうんだな。
例えばコレ。
ま、モンティの「チャルダッシュ」は誰もが知る有名な曲だけど、完全にオビの惹句に惚れて買った。
どういうのかと言うと…
●遅いところでは甘く悲しいメロディに心を込めた「演歌弾き」
●早い(ママ)ところではノリに任せてなりふり構わぬ「突撃弾き」
●合奏してるのか、各人勝手に弾いてるのか不明な珍アンサンブル
…みたいな。
コレには吹き出してしまった。
「突撃弾き」って一体ナニよ!
でも、実にわかりやすい。
実際に買って聴いてみると、ホントにオビの惹句通りで、一体どういう感覚で合奏しているのか理解に苦しむ…なんてことよりもっぱら笑える。
主旋律を弾くヴァイオリニストやソリスト(ハンマー・ダルシマーみたいなヤツ。コレがヤケクソにカッコいい!)とその伴奏をするピアニスト以外の人は全員好き勝手に別々の曲を弾いているようなのだ。
演奏技術がすこぶる高い分、The Shaggsより性質が悪い。
ところが、コレを聴いた音楽に詳しくない人に言わせると、ナニが変なのかがわからない…というのだ。アレには驚いたナァ。
とにかくNAXOSがなければ、イヤ、オビの宣伝文句がなければ恐らく一生耳にする機会がない音楽だった。
ありがとう、NAXOS!

Csardas…っていうことで、先日Book Offでこんな本を買ってみた。
2007年上梓のNAXOSのディスク・ガイド。
ここ最近買った本の中で一番オモシロかった。
著者の松本大輔さんという方はWAVEやHMVのバイヤーをされていた方で、現在は「アリアCD」というレコード店を営んでいらっしゃる。
NAXOSのオビよろしく、この人の解説がメチャクチャ面白く、普段は絶対に興味を示さないようなバロック期のアルバムですら「聴いてみようようかな?」と思わせちゃう。
ジャズで言えば故中山康樹さんの文章かな?
とにかく、ムズカシイことをやさしく、オモシロく書いてくれる。
そこへいくと「ライター」と呼ばれる先生方が書いている最近のロック関係のディスクガイドはオモシロくないね~…もっとも教わりたいことなど有りはしないので読むこともないんだけど。
「等身大」とか「自己の投影」とか…どうでもいいことえをムズカシく書いているようにしか見えない。
音楽の内容が薄いからそれも仕方のないことなんだろうけど。
私は幸運にも伊藤広規さんのアルバムのライナーノーツを6枚分ほど書かせて頂いたけど、ムズカシイことは一切書かなかった。
とにかく「スラスラ」と「飽きず」に読めてタメになる文章を目指した。
この松本さんのガイドブックを開いて、そこで紹介されているアルバムを片っ端からSpotifyで聴くのが目下の一番の楽しみなのです。11_2naxosライブラリーにはギターやドラムスも置いてあって無料で使うことができる。
このオジさんはピアノ。
ガンガン音を出して練習してた。

Z90下の2枚のレコードは「One Copy Library」というこの図書館とSeed Studiosというところが共同で展開しいるプロジェクトの展示アイテム。
私が読んだ英文の解釈が正しければ…やはりこの先「音楽」の媒体というものは完全にデジタル配信に打って変わり、音楽はレコードのように「形」を持たなくなってしまうだろう…ということを表現したアイテムだそうだ。
上はThe Lovely EggsというパンクバンドとJackie Hagenという詩人のコラボレーション作品…なんだけど、このレコードには音が入っていない、というかレコーディングという作業を一切排したレコードなんだって。
要するに形だけ。
今のデジタル一強時代へのイヤミということか。

Z110

11_0r4a0140まぁ立派なコレクションで、やはり芸術先進国の層の厚さを思い知るね。
日本の図書館の音楽コーナーとはゼンゼン違う。
最近、テレビの音楽番組の予告編(本編はまず見ることがない)なんかに接すると、こうした状況を作っているのは、残念ながら日本国民の芸術に対する民度の低さだと思う。
クラシックやジャズは強いのに、ポピュラー音楽に関しては圧倒的に幼稚だ。
音楽を作る方じゃないよ、音楽を聴く方レベルがあまりにも幼稚なの。
聴き手の耳が肥えれば作る側のレベルは上がハズだ。
その聴き手のレベルの差が欧米とは格段の差があって、こうした文化施設の充実度にも大きな差が出ていると思う。
Z120本も珍しいモノがたくさんあるらしい。
日本にいる時に下調べして来ればヨカッタな~。
でも、日本を出る時にはマンチェスターへ来ることさえもキマっていなかったもんな~。

Z130都市計画の方針が異なっていたのか、歴史が違うからなのか、ロンドンのように同じ形の建物がズラ―っと並んでいるような光景がなく、個性的な建物がゴロゴロしていて街を見て回るのがすごく楽しい。

130_2ホラ、またスゴイのがでてきた。

140_2「Midland Hotel」という1903年オープンのホテル。
ココもGradeII*の指定になっている。

150_2中はバッチリ改装されていてモダンなようす。

160裏に回ってみる。
210_2こっち側も立派なルックスなの。

170入り口もこんな。
と思ってフト後ろを振り向くと…

180_2こんなヤツが向き合ってる。
体育館かなんかと思っていたら、コレは「Manchester Central Station」というマンチェスターで一番大きな駅だったのだそうだ。
「だった」というのは、今はもう駅として使われていないから。
駅としての使命を終えてからはこのスケールを利用して展示場として活躍していた。
「していた」というのは、今はもう展示場として機能していないから。
では、今現在はナニに使われているのかというと…3月下旬、イギリス政府はココを4月中旬から1,000床のベッドを擁するコロナウイルス感染者のための救急病院として使用するということを発表した。
だからもう稼働しているかも知れない。
この建物もGrade II*だ。190_2ちなみにココから電車に乗って行き着くロンドンのターミナル駅は「セント・パンクラス」だった。
セント・パンクラスはこんな感じ…どれもこれも向こうの駅は一体どうなってんだ!

10 ミッドランド・ホテルの隣は1911年落成の「St.George's House」というビル。

200_2コレまたテラコッタをあしらったナント美しいビルだことよ!
かつてはYMCAが使っていたが、今は普通のオフィスビルになっているそうだ。

11_0r4a0166 その隣は「Theatre Royale(シアター・ロイヤル)」。
現存するマンチェスター最古の劇場ビルディングで、オープンはナント1845年!
日本で言えば天保年間。スゴイね~。
ところが周囲に劇場が林立してしまい1921年には早くも「劇場」としての使用を辞めてしまった。
それからは映画館になったり、ビンゴ・ホールになったり、ナイト・クラブになったり…。
今は空き家になってた。
モッタイないな~。中を見てみたいな~。

260キリがないんだけど、そのまた隣が1856年に竣工した「Free Trade Hall」という建物。
1856年といったら安政2年、ハリスが下田にアメリカの領事館を設置し、12月には島津家から天璋院篤姫が第13代将軍、徳川家定に嫁いだ年よ。
お、赤いプラークが付いてる。

240_2「St. Peter's Fields  The Peterloo Massacre(聖ピーター・フィールズにおけるピータールー虐殺事件)」とある。
この前の通りをピーター・ストリートというんだけど、1819年8月16日、ピーターズ・フィールドというところに当時の不況や悪政の改革を訴える演説会が開かれ8,000人が集まった。
そこへ当局の騎兵隊がサーベルをむき出しにして襲いかかり、15人の死者と600人のケガ人を出した。
コレが「ピータールー虐殺事件」。
どっかで聞いた話だと思ったら、やはり「イギリスの天安門事件」と言われているらしい。
「Peterloo」というのは、この事件の4年前にナポレオンを駆逐した「Waterloo(ウォータールー、フランス語ではワーテルロー)の戦い」をモジったもの。
皮肉ですな。250_2よくテレビなんかで「The Guardian」というイギリスの大手新聞の名前が出て来るでしょう。
アレは元々「マンチェスター・ガーディアン」と言って、このピータールー事件を目の当たりにした人がこの事件をキッカケに創刊した新聞なのだそうだ。Tg それと…音楽。
「イギリス労働者組合会議(trades Union Congress)」という団体が1968年に創立100周年を迎えた。
この団体の最初の会合がマンチェスターで開かれたことより、マンチェスターを代表する事件、「ピータールー」を題材にした曲を作ることになり、イギリスを代表する作曲家であるマルコム・アーノルドに作曲を委嘱した。
それが「ピータールー序曲(Peterloo Overture)」。
実際に聴いてみると、特段事件の悲惨さを表現している感じではなかった。
それよりもこのマルコム・アーノルドという人よ、オモシロいのは。

Po ちゃんとしたクラシックの作曲家なんだけど、映画音楽をいくつか手がけていて、そのウチのひとつがデヴィッド・リーンの『ホブソンの婿選び(Hobson's Choice)』。
私、この映画大好きなの!
でも、音楽に注目したことはなかった。
そういえば、この作品の舞台はマンチェスターだったわ。
こんなの誰も知らんわね。
それじゃ…

Hc_1_3コレはどうだ!
小学校の時、下校の時間になると流れたデショ?
「ボギー大佐」とかいう曲名になっていた記憶が…。
『戦場にかける橋(The Bridge on the River Kwai)』ね。
アーノルドはこの映画でアカデミー作曲賞を獲得した。
ところが!複雑なことに、この「ボギー大佐(Colonel Bogey March)」という曲自体を作ったのはアーノルドではなくて、ケネス・ジョセフ・アルフォードという人。
何やらブルボンみたいな名前だけど、アーノルドは原曲を「クワイ川マーチ(The River Kwai March)」として編曲して、他にオリジナル・スコアを提供した。
そういえば、この作品の監督もデヴィッド・リーンだった。
小学生の時にもう夢中になって観たな。
この2人は名コンビだったのか…じゃ、他のリーンの代表作、『アラビアのロレンス』や『ドクトル・ジバゴ』や『ライアンの娘』はどうか…。
コレらの音楽を担当したのはモーリス・ジャールなんですね~。
一時期すごく人気があったジャン・ミッシェル・ジャールのお父さんね。

Hc_2_2 で、チョット脱線して…すでに脱線中ですが…。
『戦場にかける橋』で日本軍の親分、斎藤大佐を演じた早川雪舟ね。
私はこの映画でこの日本人俳優を知り、他の作品は全く知らなかった。
せいぜい「セッシュウする」なんて業界用語を知っていたぐらい。
コレは撮影をする時に背丈が足りない役者さんを台に乗せることによって背を高くして見せる技法(?)を表す表現。
いつも散歩している途中にあった谷中の古本屋で下の本に出くわして何となく気になったので買って読んでみた。
コレが驚きの内容でね~。
この人、欧米で信じられないぐらいの人気があったっていうんですよ。
何せ、水たまりがあると、白人の淑女が雪舟のクツを汚してないけないと毛皮を脱いでその水たまりにかぶせたって言うんだよね。
ハリウッドに豪邸を構え、毎晩毎晩、酒池肉林の宴を繰り返したらしい。
ホンマかいな?
何しろセシルBデミルの作品で有名になったというんだからスゴイ。
ちなみに雪舟は身長が170cmぐらいあって、特に「セッシュウ」する必要はなかったらしい。
どっから「セッシュウする」なんて表現が出て来たんだろうね?
ハイ、マルコム・アーノルドに戻って…

11_hs コレならどうよ!
ディープ・パープルの『Royal Philharmonic Orchestra』。
仕事がら私の周囲にはリッチー・ブラックモア・ファンのミュージシャンが多いが、『Come Taste the Band』が話題に上がっているシーンにはよく出くわしても、このアルバムについて語っているところは見たことがない。
当然、島ノンちゃんに振れば熱く語ってくれるだろうけど…。
ハイ、マルコム終わり!

2rphお、ビルの横で大騒ぎしてる。

11_0r4a0167バスから誰かが下りてきているところだった。

220_2ナンだろう?
サッカー選手かなんかかな?

230_2ハス向かいにBREWDOGのパブを発見!
コレはスコットランドか?
PUNk IPA美味しいよね。
帰りに寄ろうと思って忘れちゃった。

270その並びがコレ。

280_21階は入り口が藤の花で彩られたレストラン。

290_2上は「Albert Hall(アルバート・ホール)」という劇場になっている。
1908年のオープン。

300_2ウェブサイトから写真をお借りすると…中がスゲエ!
ま、コレ魚眼で撮っているので実際よりは広く見えているハズなんだけどそれでもスゴイ。
さぞかしビッグなミュージシャンがコンサートをココで開いて来たんだろう。
でも調べたけどわからなかった。
チャーチルがココで演説をしたそうだ。

Ah 街中で見かけたヨーコ・オノの姿。
MIFというのは「Manchester International Festival」の略。
このイベントのオープニングでヨーコさんがナニかスピーチをすることになっていたようなんだけど、どうもキャンセルになったらしい。
「オーノー!ヨーコ・オノがイベントに出席できなくなりました」なんて記事を関連のウェブサイトで見た。

310v_2知らない街を歩くのは楽しいな~。
コレは1846年開業の「Great Northern Railway」という鉄道会社の倉庫だった建物。

320_2コレがまたアホほどデカい建物。
汽車の車庫になっていたのかな?

330_2その近くにあったのがオペラ・ハウス。

340_2オープンは1912年。

350_2「オペラハウス」の名前がついているけど、ミュージカルも数多くかけられているようで、1958年には『ウエストサイド物語』のヨーロッパでのプレミア・ショウはココで上演された。

360_2ココに出演していたであろうコメディアンや役者のプラークが掲げられていたけど、ゴメン、全部わかりません。

370v_2街歩きはまだ続く。

390_2<つづく>

(一部敬称略 2019年6月14日 イギリス マンチェスターにて撮影)

2020年5月 6日 (水)

イギリス紀行2019 その25 ~ マンチェスターへの旅 vol.1:歴史的ではないホテル

 
直前の往訪地、ストックポートからローカル線に乗って2駅で着いたのがこの旅の目的地。
 
「ストックポート」についてはMarshall Blogに詳しく書いたので興味のある方はコチラをどうぞ。
   ↓   ↓   ↓
★【イギリス-ロック名所めぐり】vol.43 ~ 10ccに会いに行く <前編>
★【イギリス-ロック名所めぐり】vol.43 ~ 10ccに会いに行く <後編>

10着いた先はマンチェスター。
「マンチェスター」の名前が付く駅は他にもあって、一番大きな駅が「マンチェスター・ピカデリー」。

20ローカル線のホームはデカいスーツケースを持った団体さんでゴッタ返していた。
パキスタン辺りからの方々かしら?

25長距離電車のホームを横切る。
上野駅で言うと「低いホーム」ってヤツだな。
ま、どこの駅でもこの景色は大差ない。

30コレがターミナル。
日本で「ターミナル駅」と言うと「たくさんの路線が入り込んでいる大きな駅」というイメージがあるが、コレは間違い。
本来「ターミナル」は「終点」という意味。
だからイギリスで言うところの「ターミナル駅」にある線路のハジッコは必ずこの写真のようになっている。
日本は路線をつなげちゃうのが得意なので、こうした光景を目にすることはあまりない。
それこそJRでは上野駅の低いホーム、それから私鉄の始発&終点駅ぐらい?
昔は房総線の起点だった両国駅なんかにもこういうのがいくつもあった。
日本はイギリスの鉄道を手本としたけど(地下鉄はブエノスアイレス)、今ではイギリスが日本の鉄道の乗り入れシステムの研究をしているというんだから日本はスゴイ。
ココで言う「乗り入れシステム」というのは、JRと地下鉄がつながっているようなスタイルのことね。
でも、このシステムって運行距離が長くなる分、トラブルが増えるんだよね。
見てごらん、レールの幅が狭いために他の路線と乗り入れができず、いまだに浅草と渋谷の間を行ったり来たりしているだけの日本最古の地下鉄銀座線は運行障害で止まることがほとんどない。
日本の地下鉄は、間違いなく銀座線が一番カッコいい。
40これが駅舎。
1842年の開業だってのになんだよ~、コレは。
イギリスを代表する大都市、歴史ある産業革命の地元、マンチェスターの駅舎がこんなんじゃイカンな。
もっと古式ゆかしい歴史的な施設かと思っていた。
ガッカリ。

50ほら、ハチのマーク。

60駅舎を出てすぐのところにある「Victory Over Blindness」と題された像。
第一次世界で従軍し、戦地で失明した軍人は3,000に上り、退役後は光を失った新しい生活を強いられ大変な苦労を背負い込むことになった。
11_img_0249この像は「Blind Veterans UK」という国営の自然団体が設置したもの。
お国のために務めて盲目となった退役軍人のケアをする大きな組織なのだそうだ。
日本で「ベテラン」という言葉は、「ある事に長年携わって、その分野において人並外れたスキルを持っている人」ということを意味するが、英語の「veteran」はまず「退役した軍人」を指す。
日本のライブハウスに連れて行った外人に、若い腕の立つミュージシャンを指して「彼は若いけど、ヘビメタのベテランなんですよ」なんて言うと「OMG!あの若さで?」なんてことにもなりかねない。
コレね、この言葉にはいつも苦労するんだよね。
「ベテラン」ってどう言い表せばよいのか…。
「experienced」とか、「long careered」とか、「skillful」とか、その都度色んな言い回しをしているんだけど、ナニを言っても通じているようなので、日本語の「ベテラン」に相当する確固たる英単語が今でも曖昧のままでいる。Bv 駅から出て来ていきなりコレだからね。
結構ビックリするよ。
イギリスの街を歩いているとそこら中に戦争の英雄の像が飾られていたりするけど、反対にこういうことをして戦争の悲惨な面も伝えている…と私は見た。

11_img_0248まずはホテルに向かう。
路面電車が走っているのか…。

80早速、立派なホームに出くわす。
いいな~、こういうの。
私は都電復活を望んでいる…出来ても滅多に乗らないだろうけど、バスより良い。

90駅前にあった地図を参考にして難なくホテルに到着。
この時はポケットWi-Fiを借りて来なかったからね。

100_2この「The Britannia Hotel Manchester」に2泊。
実は前の日になってようやく予約したの。
私は「自然を満喫する」ような趣味が全くなく、外国へ来たならばとにかく街…すなわち文化や歴史を見て回りたいのね。
そういう意味でイギリスはメチャクチャ面白くて、できればすべての街や村を見て回りたいと思っている。
イギリスならそれほど言葉で苦労をせずに現地の人と意思疎通ができるし、長い歴史があるので見どころも満載だ。
パリやローマにも興味があって、もちろん行ってみたいとは思うのだが、言葉がね~…。
やっぱり言葉が通じると旅の楽しみが倍増するからね。
だからズ~っとイギリスでいい。
イギリスだけ見て回ってもいいと思ってるの。
ところが…今回は2日ほど時間を取って、どこか行ったことがない街を訪ねる計画をしていたのだが、どうも行き先が定まらない。
しばらくかなり忙しくしていたので、考えているヒマがなかったのだ。
数か月前に山谷の居酒屋で知り合ったカップルがいるグラスゴーへ行ってみたいけど、スコットランドは遠すぎる。
ウェールズに行ったことがないのでカーディフも訪れてみたい。
ピンク・フロイドのケンブリッジも魅力的だが2日もかける必要がない。
ニューカッスルがオモシロかったけど、2回行くのももったいない。
ヨークは次回あたりに家内と行こうとキメているし…。
そこで…コレが一番大きな動機だったんだけど…どうせどこかへ行くならMarshall Blogでやっている『イギリス-ロック名所めぐり』の取材ができそうなところにしよう、と思い立ちマンチェスターにキメた。
そう決心したのは実際にココにくる2日前。
この時はそんな旅だった。

110行き先が決まったら次は宿。
Marshallの事務所にいる時にサササとインターネットで調べてみた。
お手頃な値段のホテルは遠くてどうにもならない。
迷っていても仕方がないので、素泊まりで1泊13,000円と、決して安くはなかったが「ド真ん中にあるトラディショナルなホテル」という触れ込みに誘われてココにしてみた。
ビクトリア様式のカッコイイ建物というのがうれしいじゃん?
 
コレが入り口。
「ブリタニア」という名前も気に入った、チェーン店だけどね。

120入り口から入るといきなりコレ。
おお~!
レット・バトラーの家か?!…みたいな。140おお、ホテルのレセプションも風情があっていいね。
130チェックインを済ませたら早速シャンデリアの様子をチェック。
上を見上げると…
150ウワ~!
5階まで吹き抜け(stairwell)になっていて、シャンデリアは最上階の天井からブラ下げられている!

160vエレベーターで最上の5階に上がる。
いかにも古い感じのホテル…でも、そうでもなかったんだな、コレが。
このことはまた後で記す。

170vアレ?
5階が一番上のハズなのに、まだ上に部屋がある。
まるで船の中みたい。

180無料で配っているホテルの絵ハガキでチェックしてみると、大きな窓の付いた屋根裏部屋みたいなモノがあるようだ。

190私が2晩お世話になる部屋。
決して心地よくないニオイ。
一応全館禁煙になっている。
古いホテルに泊まるとこの類のニオイがするような気がするんだけど、考えてみるとコレはタバコのニオイを消すためのモノだね、きっと。
要するに「消臭力」とか「消臭元」みたいなヤツをジャンジャン振り撒いているんじゃないかしら?

200セマい!
でもマァ、これぐらいの部屋に驚いてなんかいられない。
そもそも寝るだけなんだし。
でもひとつだけイヤなのは、部屋の照明が暗いことなんだよね。
本が読めない。
今回は2泊分の着替えだけで、パソコンすら持って来なかったから本は大変重要な時間潰しのアイテムなのだ。

Img_0261部屋からの眺め。
天気悪いナァ。
午前中のストックポートではあんなに晴れていたのに。

210バスルーム。

220チャンとお湯が出るかを確認。
おお、こんなの初めて見た。
ひとつの蛇口から水とお湯が混ざらないで別々に出てる!

230荷物を置いて、早速部屋から出る。
もうあの吹き抜けが気になって仕方ないのだ!
これが私の部屋がある最上階の踊り場。

240あの吹き抜けを見下ろす。
おお~!スゲ~!

250当たり前だけどシャンデリアがあんなに下に見える!

260vコレが天井との接合部分。
案外貧弱。

270vこの階段のデザインがステキじゃないか!
あ、今日の記事の主役は完全にこの階段ですから。

280当然歩いて降りてみる。

290各階の踊り場。

300この構造のデザインも素晴らしんだけど、各所の装飾がまたキマっている。
さぞかし古いと思いきや…建物自体は1856年の竣工と確かに古い。164年前の建物で、国が「GradeII*」として「特別に重要な建造物」に指定している。
元々は「Watts Warehouse(ワッツ・ウェアハウス)」という「S&J Watts」という繊維会社の織物の倉庫だった。
この会社の創設者はジェイムズ・ワッツといって、かつてはマンチェスターの市長だった人。
何しろ産業革命の本場だからね。
そして、産業革命というのは繊維だから。310v御多分に漏れずマンチェスターの繊維工業が下火になり、この建物が不要になると、1972年には取り壊しの対象になったが、何とかセーフ。
1980年代に入って、内装のかなり部分をそのままに残しながら大改装が行われ、1982年に「ブリタニア・ホテル」が建物を買収。
初めは25の客室でスタートしたんだって。
今は363室で運営しているそう。
 
ズンズン階段を下りて行く。 
310もう知らないウチにニヤニヤしちゃうぐらいどこもかしこもステキ!

320しかし、倉庫時代はどんな風だったんだろう?
そっちも気になる。

330大分下まで降りて来た。
シャンデリアはすぐ上から見るとこうなってる。

340このシャンデリアは建設当初から残っているモノらしい。
マンチェスターも当然「Blitz」…すなわちドイツ軍の大空襲があったからね。
よくこの建物が残っていたものだ。

350地上階まで降りて来た。

360そして、今グルグルと階段を回って降りて来た吹き抜けを見上げる。
やっぱりスゲエな。

370v階段の裏にあるレセプション。
このホテル、一応「Free Wi-Fi」って言っているんだけど、部屋で使えるのは1日20分まで。
それ以上は有料。
でも、このレセプションのエリアは終日Wi-Fi無料。
キタね~!
で、急ぎの用事でメールする時にはワザワザ5階の部屋からココまで降りて来て携帯電話をイジったよ。

380ホテル内のバー。

390なかなか立派で、イッパイやりに来ようと思ったけど忘れちゃった!

400と、ひとしきり吹き抜けを堪能したところで外に出てみる。

410ホテルの前には「DAWSONS(ドーソンズ)」という楽器店がある。

430さっそく入ってみる。

440ホホウ、Marshallのメイン・ディーラーだったのね?
昔、本国のMarshallは「メイン・ディーラー」制っていうのを取り入れていてね。
ココはMarshall Blogではないのでコレ以上は書かないけど、懐かしいな。
Img_0490カウンターはとてもいい感じだよ。

450<つづく>
 
(2020年6月14日 イギリス マンチェスターにて撮影)

2020年4月25日 (土)

イギリス紀行2019 その24 ~ ブレッチリ―は今日も雨だった…

05ミルトン・キーンズに戻って来て最初の朝食。
ハッシュド・ポテト、焼きトマト、煮豆、目玉焼き、ハムにトースト…一体、このメニューがこのブログに一体何回登場したことか。
でもチョット違うのは、コーヒーの隣のマグカップ。
日本から持って行ったカップスープなの。
こういうスープの類がとにかく恋しくなる。
日本ではまず飲まないせいか、こういう時は海の家かスキー場の食堂のラーメンのようにおいしいね。
「調味料(アミノ酸等)」がいい味出しとる!…ウソこけ。
朝食のたびにこのスープを飲むためのお湯を頼むもんだから、朝、ウエイトレスのオバサンが私の顔を見ると黙っていても熱湯の入ったポットを出してくれるようになった。10イギリスに厚切りトーストはない…というか、30回以上行っていて見たことがない。
実際Marshallの社長が日本に来た時にたまたま朝食で出て来た厚切りトーストを指差して大笑いしていた。
チョットしか食べなかった。
向こうはこういうトースト・ホルダーに収まる厚みに切ってあるのが普通。
添加物を入れない、小麦のいい香りがするイギリスの食パンは、薄く切ってバターを塗って食べるのが一番おいしい。
マーマイトは絶対にゴメンだ!
ウチは食パンを買う時は、必ず10枚切りにしている。

12th 今日&明日はMarshallの本社に出勤。

20

30ミーティングをしたり、空いている机を借りてMarshall Blogを書いたり。
空き時間にはみんなとおしゃべりをしたり…とても楽しいの。
こんなことするのは7年ぶりだ。503時には「カッパ、カッパ」とティー・タイム。

60茶しぶドバ~!
でも、イギリスで飲む紅茶はホントにおいしい。水が違うからね。

705時を30秒も過ぎれば事務所にはダレもいなくなる。
1人として、1分として残業する人はいない。
ホンの数人の管理職ぐらいだ。
最初はコレに驚いたが、今は勝手知ったるところなので、5時になったらサササと事務所から出て少し散歩…イヤ、パブに向かう。

ああ、この白い建物「For Sale」になっちゃった。
大分前にココでビターを飲んだことがあったが、あまりのヌルさに驚いた。
でも、それがおいしいのだ。
香りが強くてね。
ああ、イギリスのビールが飲みたい!

80この角のビルはSwanというホテルで1階がパブになっている。
私が知る限り、この辺ではパブが一番安い。

90でもそれを通り過ぎる。
隣はヒーター屋。
こんなシャレた建物。
この先にイギリスのコンビニであるところの「コーナー・ショップ」があって、私はそこで「soap bar」という言葉を覚えた。
コレ、ナニかと言うと、「固形石鹸」のこと。
「Soap」は言えても「固形」という部分が出て来ない。
身振りを交えて「Square soap」とか「Solid soap」とか言っていたら「Ah!  Soap bar!」とスリランカ人っぽい店員が教えてくれた。
「Barか!」
こういうのは一発で覚えて二度と忘れない。
ちなむにコーナーショップはインドとかスリランカ、パキスタン系の人の経営が多い。
あとロンドンでは中国人もよく見かける。今は韓国人も多いのかな?
日本人がやってるコーナー・ショップはまだ見たことがない。
コレ、以前どこかに書いたね。覚えてます。

100散歩がてらチョイと足を伸ばして「Pink Punters」まで様子を見に行ってみた。
「GAY」、「LESBIAN」、「BI-SEXSUAL」、「TRANSGENDER」の方々の社交場。
向こう式に言うと「LGBT friendly nightclub」ということになるそうだ。
ココはいつ来ても変わらないナァ。
でも今はコロナの早期終息を目指して完全に閉店しているそうだ。
恐らく「密」がウリの商売でしょうからね。
ちなみにこの建物がある通りは「ワトリング・ロード」といって太古の昔にはローマ人が進軍した道なのです。

94ちょっと戻ってこの辺りのメイン・ストリート、エイルズベリー・ストリートを往く。
ココを歩くのはもう5年ぶりぐらいか?
なんかいつも雨が降っている印象だな。
5年前も天気が悪かった。

95目的地はココ。
130「Bull and Butcher」というパブ。
イギリスには同じ名前のパブがいくつもある。
ウナギの「宮川」、そばの「やぶ」、ラーメンの「来々軒」みたいにパブもスタンダードな名前ってのがあるんだよね。
「Red Lion」が一番多いんだったっけかな?

110v_2全く知らなかったんだけど、このフェニー・ストラッドフォードというのは「Heavy oil Engine」が発明されたところで、このパブの向かいにある「デンマーク・ストリート」にはそれを記念するプラークが取り付けられた建物があるらしい。
今度行くことあったら見て来よう。
というのは、この「Heavy oil engine」というのは文字通り「重油を使うエンジン」で、日本では「焼玉エンジン」と言われているらしい。
ドイツ人のルドルフ・ディーゼルがコレを進化させて「ディーゼルエンジン」を作ったのだそうだ。

120久しぶりに入ってみる。

140前回はこの手前のスペースが混んでいたので奥の部屋でエールを頂いた。
あの時は「ブギー、ブギ―」と騒ぐお姉さんがいてオモシロかった。
田舎のパブはどこへ行ってもおジイさんとオッサンばっかりだ。
あ、私もオジさんだったわ。

150こういう所はどこへ行っても暖炉があるが、使われているのを見たことがない。
ガスヒーターが設置されているのが関の山だ。

160エールはありきたりのモノしかなかった。
でも飲みたい、イギリスのビール!

170中学生ぐらいかな?
近所の子なんだろう。
見ていたらこの子、投げたダーツの点数を数えるワケでもなしに、ひたすら投げるだけ。
あんなことをしていてオモシロいのだろうか?
ズ~っとクチを開けっぱなしにしていたな…いかにも勉強ができなさそうだった。
 
ん?待てよ。
このダーツ板の真ん中のところを「Bull」って言うでしょ?
コレと「Bull and Butcher」という店名ってナニか関係があるのかな?

180町はこんな感じ。

1905年前と変わっていない。

200_2「Plumbing」というのは「配管」ね。

210こういう古い建物を残したリノベーションが本当に上手なんだよな~。225お、このウェディング・ドレス屋、まだあった。
しかし、いつ見てもスゴいサイズだ!
ほとんど両国のライオン堂。230子供用も色々。
大人から子供まで向こうの人はこういう装束をまとうとホントにキレイでカッコいいからね~。
アレだけは本当に引け目を感じるわ。240今日の夕食はまたココにした。
「Fenny Fish Bar」というフィッシュ&チップス屋。

250店内はこんな感じ。
お店のオジサンはとても気さくで感じのいい人。

260Marshallで会議をやると、キマって1日はこのフィッシュ&チップスの出前がランチで出された。
インターネットでチョット見てみると、書き込みでの評判がすこぶる良いではないか!
確かに久しぶりに食べると美味しいけど、もうポテトはウンザリ。

270もう1日、Marshallの本社でお仕事。

280その日の朝食。
ハッシュド・ポテト、焼きトマト、煮豆、目玉焼き、ハムにトースト…家内が私の朝食を見ると必ず「殺風景だ」と言う。
我ながらそう思うよ。
飽きた~。
でも、ホントに卵がおいしい。
いつも書いてるけど、日本の卵とは風味が明らかに違う。
目玉焼きにすると一番よくわかる。
ベトナムに行った時も豚肉の味が日本と違っていて驚いた。「豚肉の味」がするのね。
あんまり美味しそうに食べていたので同じテーブルにいた見知らぬ女性に「ホントに美味しそうに食べるわね!」って笑われちゃったん位だったんだもん。

290家内からの言いつけの「毎朝のヨーグルト」を大盛りで。
ヨーグルトも日本のヤツより美味しいな。
それとこの皮ごと食べるぶどうね。
毎回ひと瓶ずつ使うハチミツもうれしい。

300いきなり夕方までタイムワープして…となりのスーパーのASDAに買い出し。
前月末からもう何回も来ているので数人の店員さんと顔見知りになってきた。

310この缶樽エール!5リットル入りかな?
コレ、なんとか輸入できないのかナァ。
こういうのを「keg」という。「小さい樽」と言う意味。
5リットル入りで15ポンドだから2,000円チョット。

320お!エコバッグが入荷してる!
麻で出来たASDAのオリジナル商品。
2週間前には置いてなかったの。

330コレも家内から頼まれていたのでゴソっと買っといた。
レジのオバサンがビックリしてた。

340それと下着の買い足し。
持って来たヤツを少し捨ててこっちに切り替え。
ああ、PRIMARKはホントに助かる。
左のユニオンジャックのブリーフと右のトランクスなんてバーゲンで、それぞれ3枚で400円チョットだからね。

350夕食の一部。
「ママ・カップ!」
一番無難そうな「チキン・フレイバー」。

360ナニが入っているのかな~?
小麦が77%、パームオイル、塩、砂糖、乾燥野菜、大豆たんぱく質、ココまではマァいい。
問題はその次。
「Flavour enhancer」というのは「うまみ調味料」のこと。
続けて「E621」とか「E635」ってあるでしょ?
コレはEUで定められている食品添加物に付けられる共通のコード。
通称「E Number(E番号)」。「E」は「Europe(ヨーロッパ)」の頭文字。
で、コレはEの後の最初の数字で添加物を分類していて、600番台は「調味料」を表す。
「E621」は、ハイ出ました「グルタミン酸ナトリウム」、通称「MSG」。
次の「E635」は「5'-リボヌクレオチドナトリウム」といううまみ調味料の1種。
その下には「E500」というのが見える。
500番台はpH調整剤か固化防止剤を表し、「E500」は「炭酸ナトリウム」だそうです。
下から2段目の「E466」。
400番台は増粘剤、安定剤、乳化剤を表す。
「E466」は「カルボキシメチルセルロース」という乳化剤だそうだ。
こんなのを知っちゃうとホントに薬品を食べる様な心持ちになるな。
しかし、解せないのは欧米では「MSG」の使用が禁止されているとよく言っているのに…使われているじゃんね?
でもね、「MSG天国」の日本と違って、スナック菓子なんかにはまず入っていないことは事実。
「入れなくてもいいモノには入れるな」ということなのかな?

370と思って、アメリカ代表で「Campbell's(キャンベル)のミネストローネ」を調べてみた。
こんなこともあろうかと思って以前食べた時にラベルを剥がして保存しておいたのだ。
やっぱり…。
赤い線で囲った「Monosodium Glutamate」というのはグルタミン酸ナトリウム(MSG)のこと。
ナンダよ、やっぱり入ってるじゃねーか!
やっぱりこういう類のモノには入れざるを得ない…か。
完全に禁止しているのかと勝手に思い込んでいたわ。
きっと向こうの人のことだから、「『ココにグルタミン酸ナトリウムが入っていますよ』と書いておきますから、食べても気にならない人だけお買い上げくださいましな。後で頭がおかしくなったり狂暴になったりしても知らんけんね」ということなのね?11_cam 入っていたのはMSGだけではなかった!
折りたたみ式フォークがうれしいじゃないの!380こんなの食べるのは何年ぶりだろう?
やっぱり美味しいね、グルタミン酸ナトリウムは!

390<つづく>

 
(2019年6月12&13日 イギリスにて撮影)

2020年4月23日 (木)

イギリス紀行2019 その23 ~ Leaving London!

 
今日のタイトル『Leaving London!』。
スッカリまたすぐにロンドンに戻れると思っていたけど、なんだかこのままずっと「leave」していなきゃならないような雰囲気になって来たぞ、コリャ。
行きたいな~、ロンドン。
昨日、イギリスからメールが来て「コロナの感染者が減ってせっかく状況がよくなったのにまた増えてしまったそうで残念ね」と言われた。
エエ!海外では日本がそういう風に報道されているの?
ダレだ?いい加減な情報を発信しているのは!
日本人はね、国民が英語ができないせいで先進国の中で「つんぼ桟敷」になってるんだよ。
国民が騒いで国際世論に訴えることもできない。
また、マスコミの劣化がどれほど恐ろしいことかもわかっていない。
そんなだから、情報の取捨選択がすごくヘタなんじゃないかな?
海外の人と話をすると、本当に自分が恥ずかしい。
福島原発の時なんて、ドイツ人は事故についてものすごく詳しかったからね。
それだけドイツでは日本の状況が報道されていたということね。
ヨーロッパの人たちは子供の頃から社会で、または世界でナニが起きているのか勉強するクセが付いているんだと思う。
学校でもやるしね。
芸能人のスキャンダルが引っ張り出されるとすべてを忘れてしまう国民とは基礎が違う。
あ、イカン…原稿を推敲しているウチについ書かなくてもいいことを書いてしまった!
 
さて、ロンドン、ロンドン!
ミルトンキーンズで6月1日に開催された『Marshall Live』の翌日からロンドンに入り、今回の滞在は10日ほどとなった。
カムデンでD_Driveのライブのお手伝いをしたり、ロンドンを起点に家内とオックスフォードへ足を延ばしたり、キューブリックを観たり、マズウェルヒルを訪れたり…ずいぶん色んなことをした。
そのロンドン滞在もいよいよ最終日。
実はまだロンドンでしたことがいくつかあって、それらはMarshall Blogでレポートをするつもりなので、Shige Blogのロンドン滞在は一足先にコレが最後。
ロンドン・タウンをブラブラして撮った写真を並べて一本編んでおくことにした。
 
ソーホーのディーン・ストリート。
有名なMarqueeの2号店があったウォードー・ストリートの1本隣の通り。

10このあたりの雰囲気ってのはいいですよ。
ココとかマリルボンからソーホーの間のフィッツロビアとかね。
水色の建物…

Img_9779 1851年から1856年までココにカール・マルクスが住んでいたんだって!
こういうのがオモシロイ。

30近くのオールド・コンプトン・ストリート。
「Poppies」というフィッシュ&チップス屋さん。
並んでいるところを見るとおいしいのかしらん?
それと、看板に白い文字で「FISH AND CHIPS」と出ている方ね、ココ大変なことが起こってるじゃんか!
その理由は後日Marshall Blogで解説します。

40普段ならフィッシュ&チップス屋なんて全く気にも止めないんだけど、「Poppies」というのは数日前にカムデン・タウンでこの店の広告をまとったタクシーに出くわしたのでアタマに残っていた。
タマタマの話なんだけど、その「大変なこと」をしるキッカケになった。

165私は数回前の渡航から、海外に行ったら絶対に日本の食べものを口に入れない…とキメていた。
食べものにウルサイ…というより神経質な私のこと、そんなことをしていると余計に食べ物の幅が狭まってしまうんだけど、とにかく最低日本の料理店には入らないようにしてきた。
もう15年以上も前の話だけど、かつてソーホーの日本料理店で1,600円相当を払ってカツカレーを頼んだら、ジャガイモもニンジンもガリガリでヒドい目に遭ったことがあった。
人生で一番まずいカレーライスだった。
それでカツカレーには凝りていたんだけど、この看板!
チキンでもポークでも、ナンでもいい…ヨダレが出て来ちゃったのよ。

50v_3「youme sushi」というファスト・フード寿司のチェーンで、普段なら絶対に近寄ることはないんだけど、店を通り過ぎてから考えが変わって、ワザワザ戻って店に入ってみた。
結果は……売り切れ!
あ~、売り切れでヨカッタよ…って、バカヤロ~!

60今歩いているのはトッテナム・コート・ロードの「Goode Street(グッジ・ストリート)」駅をすこし過ぎたところ。
このあたりは初めて歩いたんだけど、こんなデパートがあるのか…とおもったら「Heal's」という家具屋さん。

70ひと目で由緒正しい感じがしたんだけど、1840年からこの場所で商売をしているのだそうだ。80今回はくだびれちゃってとてもそんな気にはなれなかったけど、内装も素晴らしいらしく、次回行った時に見てみよう…と思ったど、なかなか行かれそうにないんだった!
コロナのバカヤロ~!

90オックスフォード・ストリートからそう離れていないのに雰囲気がゼンゼン違う。

100「American International Church」という教会だって。
このまま真っ直ぐ歩いてユーストン・ロードを行くのもいいんだけど、チョット右にスライスしてみた。

110そしたらコレ。
ドワ~、スゲエ建物!

115ナニかと思ったら「ロン大」…ロンドン大学。
「University College London」…略して「UCL」だって。
それの「Cruciform Building」とい施設で病院だそう。
「ロン大付属病院」って感じか?
「cruciform」というのは「十字形の」という意味。
ビートルズにジョンとポールだけで録音したという「Ballad of Jon and Yoko」って曲があるでしょ?
あの中でジョンが「♪They're gonna crucify me」って出て来る。
この「crucify」というのは「十字架にかける」という意味。
中学生の頃に気になって、辞書を引いて一発で覚えた。「若い」というのは素晴らしい。
で、「十字」といえば「cross」ですわな。
コレらはラテン語の「crux」という言葉の子孫で、元々「十字架」や「拷問」を意味するのだそう。
イギリスの人は「King's Cross」のことを「King's X」って書いたりする。
あの大型クルーズ船の「ダイアモンド・プリンス」の「クルーズ」もコレが元。
「クロス」ってのは「横切る」というイメージがあって、海を横切る(クロスする)のは、オランダ語経由で「cruise(クルーズ)」となったそうです。
「十字軍」の意味の「crusaders」もコレ。
「南十字星」は英語で「Crux」ともいう。

130そこで思い出した!
昔勤めていた会社の時、あの頃はまだ景気がよくて、接待の時にイッパイやった後でフィリピン・バーへ行く、なんてことが時々あった。
私は興味ないんですよ。仕事ですから。私は下宿へ帰ってギターの練習をしたいタイプだったから。
それで、そういう所へ行くと、十中八九の割合で「オニイサン、ティルソ・クルーズ二ソックリダネ!」と言われた。
ひどい時になると「チョット、ミンナ、来テ来テ!コノオ兄サン、ティルソ・クルーズ二ソックリダヨ!」と仲間を呼んで「似テル、似テル!」と騒がれたこともあった。
その時、そのフィリピン人が「ティルソ・クルーズ知ラナイ?フィリピンノ大映画スターダヨ!」と言う。
そう悪い気はしなかったな。
そのフィリピンの人は両手の人差し指を交差させてこう言った「『クルーズ』ッテイウノハ『十字架』トイウ意味ダヨ」。
やっぱりかつての宗主国がアメリカだけあって英語の基礎ができとるわ~。
当時インターネットなんてなかったから、そのティルソ・クルーズってのがどんな見てくれかも結局調べずじまいだったんだけど、今回いい機会なので検索してみた。

Tc 私をご存知の方…いかがでしょうか?
アホンダラ!ゼンゼン違うじゃねーか!
 
話を戻して…。
この建物は上から見ると「+」の形をしているんだって。
1826年設立の総合大学で、現在まで卒業生、教員、創立者から計29人のノーベル賞受賞者と3人のフィールズ賞受賞者を輩出しているのだそうだ。
そして、1859年にチャールズ・ダーウィンが「種の起源」を発表したことで世界的に有名なんだと。
スゲエな~。
日本の交換留学提携校は、まず東京大学…マァそうだろうネェ。
それから、国際基督教大学に早稲田大学だそうです。
明治じゃダメか~!

120電気工学部には「Pender Chair(ペンダー・チェア)」という特有のポジションがあるらしいんだけど、1899年にそれの初代の座に就いたのはジョン・フレミングだってよ。
フレミングってコレね。
「フレミングの左手の法則」の人。

Fh 上に書いたように、他にもOBがスゴイ。
イギリスの方々はようわからんけど、おなじみの名前だけ拾ってみると;
マハトマ・ガンジー、ネルソン・マンデラ(獄中で通信教育によって学位を取得)、グラハム・ベル、ダーウィンにフレミング。
日本からは伊藤博文、井上馨、夏目漱石、グッと下がって(失敬!)小泉純一郎。
これが本館。
アタシャ第二の国会議事堂かと思ったよ…コレ、学校だよ、学校!
明治大学も記念館を壊さなきゃヨカッタのにナァ。バカなことをしたもんだ。
でも日本は地震があるからね~。

140大学付属の「Grant Museum of Zoology(動物学博物館)」。

150結構歩いてヒザが痛くなっちゃったけど、なんとかホテルがあるキングスX(クロス)まで戻って来た。
夜は何を食べようか。
さっきのチキンカツカレーがあればナァ…と少しだけ思いつつ改めて周囲を散策するが、ピンと来るものがない。
で、思い出したのがコレ。

160_2「FIVE GUYS」というハンバーガー屋。
もちろん、ハンバーガーなんかにピンと来るワケはないんだけど、他のモノよりまだ何とかなるかと思ってサ。
日本で見たことがないし、少しは話題になるかと思って。
それに私は日本ではファストフードのハンバーガーは食べないようにしているもんだからタマにはいいかと思ったワケよ。

170トッテナム・コート・ロードでも同じ店を見かけたのを思い出して、「流行ってるのかな?」という期待もあった。
コレね。

2101986年、アメリカはヴァージニアで創業。
調べてみると、アジアでは香港のみに出展しているようだ。
店内のようす。
写真は撮らなかったけど、入り口に小麦の袋が積んであって、ハンドメイド感を演出していた。

180カウンターでオーダーをすると1個1個、その都度作ってくれるシステム。

190オーダーの際、最大15種類までのトッピングができるのが特徴か?
チーズだのピクルスだの…。

200_215種類から選んでいる余裕はとてもなかったので「全部乗せ」にしてもらったのがコレ。
味はどうかと言うと…ハンバーガーだった。
ま、ハンバーガーはどこまでいってもハンバーガーだわね。
1,000円ぐらいだったかナァ?
ただこの銀紙にクシャクシャって包んでくれるところなんかはいかにも美味しいそうだよね。
それでもハンバーガーだからハンバーガー止まりだね。
しかし、和食が恋しくなってから食べるハンバーガーのこのツラさときたら…。

215ホテルに帰って荷造り。
明日の午後にはロンドンを離れるのだ。

220遠くに見えるのはBTタワー。
世界最大規模の通信会社BTグループ(旧名:British Telecommunications)のシンボル。

230コレは2014年前に根元まで行った時に撮った写真。
別にココを訪れようと思って足を向けたワケではなくて、マリルボンからソーホーに向かってブラブラ歩いているウチに偶然ココに出ただけ。

11_img_0633このあたりは上にも出て来た「Fitzrovia(フィッツロビア)」という地区で、かつてはヴァージニア・ウルフやジョージ・バーナード・ショーが住んでいたという。
もうね、歩いた瞬間にこの辺りがいいエリアだということがわかる。
と思ったら、The Sunday Timesという新聞が2016年に「ロンドンで一番住みやすい街」としてフィッツロビアを選んでいるのだそうだ。

11_img_0647 こんなゴキブリがめり込んでいるビルだってステキだ。

11_img_0644翌朝、例の信じられないぐらい重いスーツケースを下に降ろす。
上げる時は地獄の苦しみだったが、下ろす時は簡単。
もうザーっと階段を滑らしてやった。
この後Marshallの本社へ電車で戻るので、ロンドン・ユーストン駅までスーツケースを押していかねばならない。
果たしてキャスターがもつかどうか…。
それが大きな心配のタネだった。

240vスーツケースをフロントに預け…といっても物置に入れさせてもらうだけで、そこには「荷物にもしものことがあってもウチ一切知らんけんね!」という張り紙が厳重にしてあって、却って不安をそそられる…The Kinksの曲にまつわる場所の写真を撮りにウエスト・エンドまで行って来た。
そして、ホテルに戻って、いよいよユーストン駅までスーツケースを押しながら歩く。
ああ、キャスターが心配だ。250とにかくキャスターに負担がかからないようになるべく平らでツルツルした歩道を選んで、ナントカ無事にユーストン駅までやって来た。
ロンドンの歩道って東京ほど整備がされていなくて、かなり苦労した…というか、アリャ歩道も古くてそう簡単に手が入れらなないのかも知れないな。
「無事に」と書いたけど、そういえば無事ではなかったんだ。
下の写真の右の方から駅舎に入ったんだけど、そこには階段があって、ナニをどうガンバってもスーツケースを持ち上げることができなかったのだ。
イヤ、困ったな、コリャ…正面に回るのは億劫だし、そもそもキャスターが心配だ。
と、立ちすくんでいたら、80歳を軽く超えているであろう、ヨボヨボの老婆が私と同じように買い物用の小さなカートを持ち上げられず困っているではないか…。
助けてあげたいけど、コッチもそれどころじゃない。
すると、ひと目で見て「コイツはヤバいぞ!」みたいなラリパッパ直前のデカい兄ちゃんが私に近寄って来た。
コ、コワイ!
何をするのかと思ったら、ダマって左手で私のスーツケースのハンドルを握り、そして右手でお婆さんのカートを手にし、いとも簡単に階段を上がって行くのだ!
ビックリしたよ。
同時に「オレは老婆と同じか!と情けなくなったが、兄ちゃんの親切とバカ力には驚いた。
そして、その兄ちゃんにはマジで心からお礼を言ったわ。
お兄さんは「ア~、ユア・ウエルカム…」とだけ小声で返事をして歩き去った。

255イヤ、私だってね若い頃はあんなスーツケースぐらい何でもなかった…と思う。
今、袋セメントは25kg入りだけど、昔は40kg入りだった(その昔は50kgだった)。
「何とか」にしても、それだって持ち上げることがてきたもんね。
今はもうテコでも動かせないな。Dc_3 ユーストン駅はもう何回も来ているので勝手知ったる所。
目的地のホテルに一番近い駅はMarshallの本社がある「Bletchley(ブレッチリ―)」なんだけど、泊まる電車がない。
仕方なく、「Milton Keynes Central(ミルトン・キーンズ・セントラル)」駅までいって、タクシーでホテルまで行くことにした。260おお、懐かしのブレッチリ―…って4年前に家内と来たばっかりか。

270Marshallの定宿、Double Treeに投宿。

280ホテルの窓からの風景。
そうか、また晩ごはんのことを考えなきゃ。

290ブラっと外に出る。
約10日前にはD_Driveが出演したMarshall Arena。
もはや懐かしい。
あの時は家内もいたのにナァ。
そんなことを考えると途端に寂しくなってくる。

300あ~あ~、ASDAのショッピング・カート。
ヒデエなぁ。

310もうパジャマを洗うのが面倒だったのでPRIMARK(プライマーク)で買って来た。
長袖の上下で5ポンド(700円ぐらい)。
ついでに下着も買っておいた
。Tシャツ型のヤツが3枚で6ポンド(800円チョット)。
もうね、これからはMarshallに行く時には下着は古いのを持って行って、捨てて来ちゃう。
それでこうしてPRIMARKで買うのが一番いいことがわかった。

11_img_0037 この晩、Marshallのカールがホテルに訪ねて来てくれた。
カールは数か月前に心臓の大手術をして仕事を休んでいた。
なので工場に行っても会えないので、わざわざホテルまで出向いて来てくれたのだ。
カールとももう15年以上の付き合いで、彼は日本のバンドが好きで、よくLuna SeaのCDを日本で買って持って行ってあげたの。
この時はJAPANの本を買って来て欲しいと頼まれて持って行ってあげた。
テーブルの上にある封筒の中身がそれ。
私が手に持っているのは…

320vピンク色のジン。
「本のお礼にナニがいい?」と訊かれたので、「そっちでしか手に入らないジンがいい」とお願いしておいたモノ。
ビールもスゴイけど、向こうはジンの種類がスゴイ。
ま、地酒みたいなモノだからね。
まぁ、とにかく連中はよくジンを飲むよ。
それにしても驚いたのは15年以上も付き合っていて、カールが私より年下だったってことを今回初めて知った。
ズッ~ト年上だとばかり思っていた。
 
このジン、チョット甘い香りがしてとても美味しかった。

330v<つづく>
 
(2019年6月 イギリスにて撮影)

2020年3月18日 (水)

イギリス紀行2019 その22 ~ スタンリー・キューブリック展 <番外編>

4604時間近く『キューブリック展』を観て、グッズを買って…もう足がガクガクになっちゃったんだけど、私が買った『キューブリック展』のチケットはレポートの『vol.1』に書いた通り、もうひとつの展示会と抱き合わせになってるからサ、モッタイナイので頑張ってそっちも観て行くことにした。

10それは『Making Memory』と題したデヴィッド・アジャイというイギリスの建築家のの展示。
ホールの整理をしていたオバちゃんが「そっちもとてもステキですよ~」ぐらいのことを言っていたのでチョット期待。
しかし、足が…。

20会場がある地下に降りると、おお!…ナントも座りやすそうなソファがあったのでしばし休憩。
すると隣にいたお嬢ちゃんを連れた日本人の家族が何やら怪しい雲行き。
お母さんが疲れてしまって、お父さんに文句タラタラなのだ。
わかるぜ~、お母さん。
でも何もそんなにムクれなくても…。
それでもナントカ次の行動が決まったようでお母さんを先頭にスタスタと去って行った。30アジャイはタンザニアの生まれで9歳の時にイギリスにやって来て、ロンドンの大学を卒業した。
だから創作物がこんな感じなのね。40この手はまったく門外漢なので、特に言いたいことなし。

80_3

70

90

100ところが、調べてビックリ!
このお方、「UK Holocaust Memorial and Learning Centre」というデカいプロジェクトの設計をなすってる。60こんなのあるの知らなかったナ。
エレファント&キャッスルに「帝国戦争博物館」というのがあって、そこにもかなり大掛かりなホロコーストの展示がある。
実際に見に行って結構ショックを受けたな。
チャンスがあればコレも見に行ってみよう。
しかし、向こうの人はこうした活動を通じて戦争の風化を防ぐ努力をしてるんだよね。
学校ではキチンと子供に戦争と政治に関する教育をするというし。
それは戦勝国だからできるんだろうけど、日本なんかはアメリカと戦争したことを知らない若者が平気でいるもんね(コレ事実)。
学校で教えないからだよ。
先々週もコロナ騒ぎで「東京大空襲」に関する報道はほとんどなかったでしょ?
敗戦国だからこそ戦争の悲惨さを伝承しなければいけないのに…。
50さて、アジャイさん、「Sir.」の称号を頂いている、コレだけじゃなくて、ワシントンDCにある「National Museum of African American History」や…

Ms_2 モスクワの「Moscow School of management SKOLKOVO」という大学院の設計なんかと手がけているトンデモナイ大物建築家だったのよ。
あ~、見ておいてヨカッタ…ウソこけ!
でも「UK Holocaust Memorial and Learning Centre」の存在を知ったのは収穫だった。

Ms_11階のロビーに戻る。110今度は上の階へ。

130足、ガクガク。

140上の階に来た目的はコレ。
キューブリックが『LOOK』誌のカメラマンだった頃の写真を展示していたのだ。150キューブリックが14歳の時にお父さんが与えたGraflexというカメラ。

160その時から「20世紀最高の映画作者」としてのキャリアがスタートした。
キューブリックはこのカメラで地元ニューヨークの日常を撮り続け、「LOOK」誌のカメラマンとして21歳の時にプロデビューした。
その時LOOKに売った写真の値段は21ドルだったらしい。

170それがこの写真。
『キューブリック展』でも紹介されていた。
落ち込んだ新聞売りのおジイさんの姿。
おジイさんのすぐ右に「F.D.R. DEAD」とある。
「F.D.R.」とは「Franklin Delano Roosevelt」のイニシャル。
つまりローズベルト大統領が死んだ日の様子だ。(一般的に「ルーズベルト大統領」と呼ばれているけど、発音記号を見ると「ローズヴェルト」だね)
その上に「Roosevelt Dead」とある。
ローズベルトが死んだのは1945年4月12日。
ひと月前に東京大空襲があった。
アメリカにしてみれば敵国の首都壊滅ということで、勝利までもうひと息というところ。
それでこのおジイさんがガッカリしている…という意味の写真だろう。
今度はおジイさんの上に「TRUMAN TAKES OFFICE」と出ている。
「take office」というのは「就任する」という意味。
トルーマンがローズヴェルトの後を継ぎ、4か月後に広島と長崎に原子爆弾を投下した。
その約20年後にキューブリックは米ソの冷戦を舞台に水爆投下をテーマに据えた『博士の異常な愛情』を撮ったのだ。11_0r4a0674 他の写真はこんな感じ。
すべて1945~1950年にLOOK誌のために撮ったモノ。180ナニを撮っているのか知らないけど、私にしてみるとなんじゃコリャ?って印象。
だって、どれも映画のスチール写真みたいでしょ?

190恥ずかしながら、私もライブの写真を撮る時は、シャッターを切る瞬間の前後まで撮っている気構えで臨んでいるつもりなのね。
ただパチパチやっているより、そういう気持ちだと撮った写真に物語性が出て来るような気がするのです…知らんけど。

210でも、コレって「物語」がありすぎでしょう?
すでに「映画的」って言うのかな?
写真の圧力で被写体の顔に目が行かないと言ったらオーバーだけど、実際に見ていて「アレ?コレ。シナトラじゃん!」ってなったよ。
こんな下からのアングルは『シャイニング』の食糧庫に閉じ込められたジャックを撮った時を思い起させる。
普通はこんなことしない。
200vコレもいい。
モンゴメリー・クリフトか…。
昔の俳優さんは男も女もキレイだったね~。
あ、シナトラは歌手ですから「ヘビ顔」でもOK。220v展示はこんなもん。
 
さらに上の階に行ってみると、これまたオモシロそうなのをやってた。
『コーンフレークからコーラまで』という1962~1977年までの「Sainsbury's(セインズベリー)」の自社製品のデザイン展。
セインズベリーはイギリスの大手スーパー。

Marks & Spenser、Waitrose、Sainsbury's、Morrisons、TESCO、ASDA、COOP等々、やっぱりイギリスのスーパーがいいね。
私は中でもMarks & SpenserとSainsbury'sが好き。
ちなみにMarksの創業者の孫は男爵で3番目の奥さんが寿子さんという日本人だったんだよ。
最近はLiDL(リドル)やALDI(アルディ)らのドイツ資本のディスカウント・スーパーに押されてイギリスのスーパーマーケット業界も混戦模様だけど、Sainsbury'sはTESCOについで現在第2位をキープしている。
TESCOは高円寺と新大久保にあったけど4、5年前に撤退したね。
このスーパーの格付けってのがまたオモシロイんだけど、それは別の機会に譲ろう。

230そうか…当たり前すぎて考えたこともなかったけど、お店で商品を自分で勝手に取ってカゴに入れてレジで勘定する…なんてシステムはスーパーマーケットができる以前にはなかったワケよ。
それが1950年、Sainsbury'sがロンドンの南のクロイドンに自分で棚から商品を取って生産するセルフ・サービス式のお店を初めてオープンさせた。
イギリスは第二次大戦後、1954年に配給制度が終了し、大量消費の時代が始まった。

240v
310そして、Sainburry'sの自社ブランドがジャンジャン送り出されてきたんだね。

250コレらはそうした商品のパッケージ・デザイン。

270

280

290時代を感じさせるナァ。

295v
320フォントの指定。

300Sainsbury'sが好きな理由はコレ…紅茶。
普通の紅茶はSainsbury'sで、ハーブティーはMarks & Spencerで買うようにしている。
よくお土産で買って帰るので、ココでは値段は明らかにしないが、安くて実においしい。
イギリスで飲むともっとおいしい。
水が違うからね。
このパッケージ、今はコレだけど…St 数年前まではコレだった。
こうしてパッケージを変えるのはこうした歴史があってのことなのね?

Sto さらに上の階へ…

330『Design Museum』の常設展。

340かなり広範囲なアイテムを集めてデザインの魅力を展示している。
もちろん無料。

350vバッキンガム宮殿にはたくさんの来客があってコロナの心配が大きいので、女王陛下もウインザーへ避難しちゃったね。
コレはイギリス王室が昔からやってきた手法。
昔のロンドンの衛生環境は劣悪だったため、疫病が流行ると王室のメンバーは居城を移すのが常だった。
かのヘンリー八世なんかもそう。
伝統を重んじるイギリスはそんな伝統も守られている…ってことはないか。

369

370広告のデザインや…

380工業製品の展示。
400

390ロゴサインも…。

410v

420v実際に製品の数々。

430楽器部門からはテレキャスターが飾られていた。

440こうしてひと通り見てから、ミュージアムのフリーWi-Fiでメールをチェックして次のポイントまで移動した。
外はまだガンガン雨が降っていた。

460_2これで『スタンリー・キューブリック展』のレポートを完了します。
長い間ありがとうございました。

イギリス紀行2019 その21 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.10:最終回>

 
『スタンリー・キューブリック展』のレポートもコレが最終回。
この後、まだもう1本<番外編>を編みますが、ひと通り終わったらMarshall Blogへ帰ります。
 
と、いうことで、残す1本は『2001年宇宙の旅』。
またまたアマノジャクで申し訳ないんだけど、私はコレ、そんなに好きなワケではありませんでね。
でもこうして展示のトリに持って来ているところなんかを見るとやっぱり世界的に「キューブリック=2001年」なんですな。
確かにまだ誰も見たことがない宇宙の様子を緻密に可視化したことはスゴイんだろうけど、映画として最終的にワケがわからん!
じゃ、どの作品が好きなのよ?と問われたら…今なら『博士の異常な愛情』が一番オモシロイと思っている。
2位が『オレンジ』。
3位が『シャイニング』か。
ま、3本ともよくわからないんだけどね…でも、いったん観始めたら最後まで付き合わせてしまう映像や脚本や音楽の力はスゴイよね。
黒澤作品もそうだけど、やっぱりスゴイ映画ってのは、何回観ていても最後まで観てしまう作品だろうね。

10_2実際、トリらしく展示のスペースも一番広々としていた。
50_2左は原作者で共同脚本制作者のアーサー C. クラークにキューブリックが送った「Telescope」に関する手紙。
「Telescope」は「望遠鏡」のこと。そんなのこの映画に出て来たっけ?
ひとつ飛んで、アーサー C. クラーク所有の原作本の初版本。

11_0r4a0589類人猿の演技に関するメモ。
一番上に「Dawn of Man(人類の夜明け)」、「Basic Movement」と書かれていて「ダイナミックに」と記されている。
類人猿の動きの指示があって、右のページには「体重」、「移動」、「リズム」、「腕」など動きの指示が細かく書き留められている。17「人類の夜明け」のセットの絵コンテというか、背景に使った写真の指示か?
あの原野の風景のロケハンには大変に苦労したそうで、最終的にはセットを作り、そっれぽい写真を拝見に入れて撮影した。
すぐ近くには普通に車やバスが走っていた空き地で撮ったらしいよ。
結果、誰も見たことがない未来のビジュアルより、何百万年の過去のビジュアルの撮影の方に手こずってしまったとか。

16類人猿の着ぐるみ。
ホンモノ。
ナンカえらく落ち込んでいる感じだナァ。
0r4a0599はじめキューブリックは、毛だらけのルックスではなく、もっとツルツルした人間っぽい仕様にしたかったらしいんだけど、引きで全身を撮る時に「お又」の処理がムズカシイということで断念した。20v類人猿が宙に放った骨が宇宙船になる…なんてセンスはスゴすぎるね。
あそこのシーンって無音なんだよね。11_0r4a0592この映画にはvol.3に書いたようにジェルジュ・リゲティの音楽が盛大に使われていて、あの無調というか、ノイズというか…とても刺激的かつ効果的な音響とは対照的に、木星に向かうシーンでは何とも美しく切ないメロディが流れてくる。
映画で使われているのはバレエ音楽「Gayane(ガイーヌまたはガヤーヌ)」からの中の「Adagio(アダージョ)」という曲。
作曲したのはロシアのアラム・ハチャトゥリアン。
「ガヤーヌ」は知らなくても、その中の「Sabre Dance」という曲は皆さんも絶対にご存知のハズ。
コレ、あの「剣の舞」。
下の田舎の生コン屋の社長みたいなオッサンがハチャトゥリアン。
日本では「剣の舞」だけがやたらと有名だけど、この人は他にも滅法いい曲をたくさん残している。
私は全く詳しくないが、聴いている限りでは交響曲も、ピアノ協奏曲も、管弦楽曲も、どれもロックっぽくて聴きやすくカッコいい。
そうえば『スパルタカス』なんて曲もあった。12ak チョット脱線。
Marshall Blogでも紹介したことがあるんだけど、ハチャトゥリアンの「ヴァイオリン協奏曲」はマジでカッコいい。
クラシックのガイド本で「20世紀に作られたヴァイオリン協奏曲の中でナンバーワン」というコメントを目にし、ダマされたと思ってイツァーク・パールマンのモノを買ってみた。
結果…全くダマされなかった。
ドライブ感満点のメロディがテンコ盛り!
楽器フェアでやっていたセールで譜面を見つけて買っちゃったよ。
クラシック・ネタを演っているロック・ギタリストなんかは、パガニーニだのヴィヴァルディばっかりじゃなくてこういうのを取り上げれば少しはオリジナリティが出せると思うんだけどナァ。
他にも2枚ほど聴いてみたが、このパールマン盤が一番ヨカッタ。
指揮はフランク・ザッパのかつての仕事仲間のズービン・メータだし。

Kp もうチョット、メータで脱線。
私はバーンスタインの「Candide Overture(キャンディド序曲)」に目がなくて、異なる音源を見つけては片っ端から聴いて楽しんでいるんだけど、先日、偶然見つけたメータ/ロサンゼルス・フィルの録音を聴いた。
最高にカッコいい。
馴染みのあるブロードウェイのオリジナル・キャスト盤もいいんだけど、メータの演奏はもう曲の深さが違う。
完全逆転優勝ですわ。

12zmc リゲティもハチャトゥリアンもいいんだけど、この映画で一番強烈なのは、実は「無音」のシーンではなかろうか?
キューブリックは「無音」を実にうまく使っていると思うのだ。
コレはヒッチコックも使った手法だが、「無音」というか「音楽なし」って、時としてスゴイ効果を生み出す。
例えば『引き裂かれたカーテン』で主人公のポール・ニューマンが「グロメク」という東ヨーロッパの監視役とケンカしてガスオーブンに頭を突っ込んで殺すシーンに音楽が全く音楽がついてないくてね…すさまじい緊張感だった。
ヒッチコックは『レベッカ』のような昔の作品では反対に美しい音楽を全編に流していて、コレもまたいいんだけどね。もちろんオリジナル・スコアだ。Tc みんなうれしそうに展示を見てる。
190_2展示品の紹介を続ける。
宇宙ステーションのドローイング。
コレが映画で出て来るヤツの元になったのかナァ。
それとも後から描いたのかナァ?わかりません。

18天井には「ディスカバリー号」他の模型が吊るされていた。
ゴメンナサイ!
コレが実際に撮影で使われたモノかどうかは定かではありません。

11_0r4a0629 そうそう、ディスカバリー号の中でだったかな?
フロイド博士が退屈しのぎに見ているテレビ番組って柔道の試合なんだよね。
当時の遠い未来は「柔道」がポピュラーになっているかも…という提示だったのかしらん?

70_2コレは最初にフロイド博士が宇宙ステーションに行く時に乗っていた宇宙船かな?
「オリオンIII号」っていうの?
映画のヤツとは後ろの部分のデザインが違うけど。
そして、「PAN AM」のロゴ!

80_3昔、まだ固定相場制でドルが360円だった頃、海外旅行が一般庶民には夢のまた夢だった時代、このパンナムのバッグは「海外旅行に行った者」だけに与えられる勲章だった。
コレって乗るともらえたのかしらん?そんなことも知らないほど、当時ウチの家は海外旅行とは縁がなかった。

Pnb 宇宙船乗務員のユニフォーム。
30vスチュワーデスがかぶっていた帽子ね。
足元は「Grip Shoes」ってのを履いてた。
あのペンが無重力で宙に浮かぶシーンがあったでしょ?
まだCGもなかった時代、あれだけでも観ていたお客さんはビックリだったんじゃないかしら?
ちなみにパン・アメリカン航空は、こうして映画の中でロゴが使われることを全く問題視しなかったらしい。
残念ながら同社じゃ2001年まで続かなかったけどね。
でも、アメリカという国を象徴するロゴ・サインのひとつであることは間違いないと思う。

40_2宇宙ステーションの中のセットのレプリカ。
様子はチョット違うがイスなどはホンモノ。
ここでも「HILTON」という企業名を出して現実味に拍車をかけている。
「HILTON SPACE STATION 5」か…今、HILTON社が実際に作っているぐらいかな?
ZOZOが行って泊まって来るといい。130_2映画の中でHILTONの向かいに設置してあるのが「HOWARD JOHNSON'S EARTHLIGHT ROOM」というサインが掛かったミーティングスペースだった。
「HOWARD JOHNSON'S」はアメリカとカナダにまたがるの大きなホテル&モーテルのチェーン。
1960~70年代には1,000軒を超すレストランのフランチャイズを展開していた。

11_hj「Howard Johnson's」の名前は、フランク・ザッパをちゃんと聴いている人にはおなじみのハズ。
1972年の『Just Another Band from LA』のA面を占める大作「Billy the Mountain」のビリーとエセルの会話にこういうクダリが出て来る。
"ETHELL, wanna get a cuppa cawfee?"

(Howard Johnson's! Howard Johnson's!
Howard Johnson's! Howard Johnson's!)

"Ahhh! there's a HOWARD JOHNSONS! Wanna eat some CLAMS?"

おお、アメリカでも「a cuppa」って言うのか。

LaそのHoward Johnson'sのお子様向けメニューが展示されていた。
こんな時代からシッカリとクロス・プロモーションが行われていたんですな。
子供もキューブリックで喜んだのかね?

19映画の中で使われた小道具。

140コレは映画の中に出て来たのかな?
テレビ電話自体はフロイド博士が娘に誕生祝いのメッセージを送るところで登場する。
あのシーンで誕生日プレゼントに欲しいモノを訊かれると、その娘は「Bush baby!」と答える。
するとお父さんは「Bush baby...」と言って反応するんだけど、その時の字幕が「猿か…」となっている。
「bush baby」ってホントに猿のことなの?
どうしても気になって調べてみた。

150_2答えはコレ。
「ガラゴ(galago)」というサル科の生き物なんだって。
コレって「リスザル」っていうヤツ?
要するに21世紀にはペットとして人気がある…ということを表しているのかな?

100558やっぱりコレがないとね。

160HAL 9000。
映画の中で「ハル、ドアを開けてくれ」とか「枕を下げてくれ、ハル」なんてやってるけど、アレって今「アレクサ」ってやつと同じじゃんね。
この「HAL」という名前は「IBM」の一文字ずつ先を採って付けられた…というのが定説だけど違うんだって。
原作者のアーサー C. クラークによると「HAL」というのは、「Heuristically Programed ALgorithmic computer」の頭文字だそうです。
「発見を促すようにプログラムされたアルゴリズムを持つコンピュータ」ぐらいの意味か?ナンのこっちゃ?

170_2しかし、考えてみると、『シャイニング』ってこの映画に似ていると思わない?
『博士の異常な愛情』もそうかも。
ジャック・トランスもリッパ―将軍もHALみたい。
IBMはキューブリックが「殺人コンピュータ」を描いたことが気に入らなかった。
確かに、まだコンピュータが全く普及していなかった時代に、この映画を観た人たちが「コンピュータっておっかないね」なんて固定概念を持ってしまったら商売に差し支えるもんね。
そこで、IBMはこの映画に使われていた「IBM」のロゴをすべて取り外すようにキューブリックに命じたそうだ。
でもいくらか残っちゃったのね。
そのひとつがディスカバリー号のコクピットの操作盤。
アソコですぐに「IBM」の3文字が見て取れる。180vもうひとつがコレ。
船外作業用のヘルメットと…
90_2宇宙服。

11_0r4a0618 展示にはなかったけど、腕に付けている操作盤にガッツリ「IBM」って入っちゃってる。
映画では左のをお腹に、右のヤツを背中にしょっていた。
キューブリックはIBMのエリオット・ノイエスという工業デザイナーとの共同作業でコレらのアイテムのデザインに取り組んだ。
その成果が今のタブレット端末のデザインに活かされているんだって。

100_2マァ、やっぱり芸が細かくてね、この3つの箱には上から「SYSTEM MODULE(システム・モジュール)」、「ELECTRONICS MODULE(電子モジュール)」、「EMERGENCY OXYGEN MODULE(緊急時酸素モジュール)」になってるの。
細かいな~。
そんなの誰も読まないし、読めないってば!
こういうところは『赤ひげ』で絶対に写らないにもかかわらず、薬箪笥の中に本当にを薬入れて撮影した黒澤明の感覚にソックリだ。

110vそして「スター・チャイルド」。

200_2実はコレもこの記事を書くためにもう一度観なおしてみた。
グイグイと引き込まれて最後まで観ちゃんだけど、やっぱりワケわからんな。
公開から長い時間が経って、これまでたくさんの人が作品の解説をして来たので、今となってはこの作品が意味するところを理解する人もいるんでしょう。
でも1968年の封切り時、コレが「絶対的な神の探求」をテーマにしていると思った人は一体どれぐらいいたんだろう?
私はそれを聞いてもわからんわ。
映画狂のウチの父も「サッパリわからないからキライ」と生前言っていた。
ウチはこの映画に関しては、親子二代でチンプンカンプンなのだ。
私のセガレたちもわかるワケないので「親子三代」だな。
一方、映像。
我々の世代は、宇宙ステーションがああいう形をしているイメージを持っていてるのでアレを見ても驚いたりすることはないけれど、当時の人たちはまるで実物の映像を初めて見たワケだから感動は相当大きかったと思うよね。
音楽にしてもそう。
「ツァラトゥストラはかく語りき」なんて曲は、一般の人の間では知られていなくて、突然「♪ドンガンドンガン」やっちゃった。
しかもそれをですよ、シネラマの大画面、大音響、そしてあの映像で体験したワケですよ。
この曲はキューブリックが有名にしたことになっているそうです。
「スター・ゲイト」のシーンもシネラマに爆音のリゲティだったからこそスゴかったハズ。
結果、「絶対的な神」がどうのとか、「モノリス」なんてことがサッパリ理解できないくても超ド級のエンターテイメントだったに違いない。

205ということで終わり。
出口にはあたかも映画のエンドロールのようにスタッフのクレジットが掲げられていた。
イキな演出だ。220_2ナンダカンダで4時間近く見てたかな?
足がガクガクになっちゃった。

230_2記念にナニかグッズを買っておこうと売店へ。

240_2色々と惹かれるアイテムもあるんだけど、イザとなると「コレ買って一体どうすんだ?」とか…

250「重いぞ~、まだ旅は半ばだぞ~」とか…

260_2「ココで買わなくてもインターネットで買えばいいじゃないか!」とかいう、悪魔か天使か知らんが、そういう声が聞こえてくる。

270で、結局買ったのは絵ハガキ数種と…

280鉛筆1本…

290それとキューブリックがロケに使った地点を記した簡素なロンドンの地図。

300この地図が結構トホホだったわ。

320〆て£10.0。
ま、こんなもんだ。
『シャイニング』のマグカップが欲しかったんだけど重いからね~…ヤメた。
 
ところで!
こんな映画があるなんてゼンゼン知らなかった。
2005年の『Color Me Kubrick』という映画。製作総指揮は『レオン』のリュック・ベッソン。
イギリスで「アラン・コンウェイ」という同性愛者がキューブリックを騙って数々の詐欺をはたらいた実話に基づく作品。
早速、DVDを取り寄せて観てみた。
タイトルには「A true…ish story(実話…みたいな)」という説明がくっつく。
そう、「ish」というのは「みたいな~」みたいな意味。
イギリス人と接していると、「Are you hungry?」「Mmmmm, ish」みたいに実際によく使われているのを耳にする。
で、コンウェイに関する記述を読むと、この映画があながちデタラメに作られていないことがわかる。
邦題は『アイ・アム・キューブリック!』。
またしてもツマらないタイトルを付けたものよ!とイラっと来たが、「アイム・キューブリック!」というセリフが出て来るシーンで大爆笑!どういう意味かわかっちゃったかな?
結果、この邦題…許す!
冒頭からロッシーニの「泥棒かささぎ」が流れたりして、音も映像もキューブリック作品のパロディがふんだんに詰め込まれていて、キューブリック・ファンは笑うか怒るかのどちらかだろう。
スリーブはコンウェイを演じたジョン・マルコヴィッチ。
キューブリックというより、ジャック・ニコルソンという感じがしないでもないが…。

Iskコレがホンモノ同士。
もちろん右がキューブリックですよ。
似ても似つかない!
ニューヨークタイムスの演劇の批評家までダマされてしまうシーンが映画に出て来るが、コレは本当だった。(その批評家の奥さんの役で『バリー・リンドン』の「レディ・リンドン」を演じたマリサ・ベレンソンが出てる!)
どうしてそれほどまでの人までがコロっとダマされてしまったのか。
この事件が起きた90年代の後半、キューブリックは『フルメタルジャケット』の撮影後、長期間にわたって人前に姿を見せていなかった。
そして、一般的にキューブリックには「ヒゲボーボーのイメージ」があったため、「ヒゲを剃った」と言われてしまうと疑いにくかったのだそうだ。
『ニュルンベルグ裁判』のスタンリー・クレイマーのクダリはオモシロかった。
コンウェイは1998年の暮れに心臓マヒで他界。キューブリックはその3か月後に同じく心臓発作でこの世を去った。

Asこれでレポートはおしまい。
この後「デザイン・ミュージアム」を紹介した<番外編>をアップします。
キューブリックがカメラマン時代に撮った写真なんかが展示されていたの。
興味のある人は少しだけお楽しみに!



2020年3月16日 (月)

イギリス紀行2019 その20 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.9>

 
今日は『バリー・リンドン』。
他の回でも触れたように、中学2年生の時に初めて観たキューブリック作品。
44年前の封切り時のこと。
私は13歳だったけれど、3時間の長大作をとりあえず飽きないで観た記憶がある。
80繰り返しになるが、映画館は有楽町の「丸の内ピカデリー」で、まだ日劇や朝日新聞の本社や東京都庁が有楽町にあった時分の話。
「ピカデリー」ね、その頃はナンのことか気にしたこともなった。
それが後にロンドンのピカデリー・サーカスに何度も行くことになるなんて夢にも思わなかったし、そんな場所が地球上にあることも知らなかった。
なんてことを書いているウチに当時のことがとても懐かしくなって、インターネットでその辺りの写真を探してみた。
あるわ、あるわ!懐かしいな~。
今日はいきなり脱線。
インターネットからそれらの写真をお借りして「わが青春の映画館めぐり<有楽町限定>」からスタートさせてくだされ。
ご同輩で映画好きに皆さんはご一緒にどうぞ~!
ご興味のない方はツラ~っとスクロールしてもらって結構です。
 
まずはその『バリー・リンドン』を観た「丸の内ピカデリー」。
有楽町/日比谷エリアの松竹系封切館のトップという位置づけだったのかな?
話題作は東宝系のそれである「日比谷映画」か「有楽座」かココで上映されることが多く、ずいぶん通った。
最後にココに入ったのは今の家内と観た『E.T.』だった。
1982年の公開だって…38年前か…。
地下には丸の内松竹という映画館があって、何度か入ったがナニを観たのか記憶がない。
『ロッキー』と『幸せの黄色いハンカチ』をダブルフィーチュアで観たのは覚えている。
超満員だった。
アレってなんでそんなカップリングだったんだろう?12aああ、懐かしいナァ~、日劇。
日劇自体は馴染みがないんだけど、地下に「丸の内東宝」があって、味のあるB級映画をよく観に行った。
『デアボリカ』とか『サスペリア』とか。
チャールズ・ブロンソンと奥方のジル・アイアランドの『ブレイクアウト』ってのはココで観たな。
メッチャ面白かった。
ジル・アイアランドもイギリス人だったのね?当時「Ireland」なんて名前はヤバかったんじゃないの?
向かって右側の黒いビルは朝日新聞の本社。
この辺りはいつもインクのニオイが立ち込めていてね、私はあのニオイが好きだった。
日劇の向かって右側に東宝のグッズを売る小さな店があって、その隣に「東宝カレー」というカレー・スタンドがあった。
映画を観た後、時々食べに行った。
それと、近くに「カントリー・ラーメン」という立ち食い店があった。そこはよく食べに行ったな。
45年前の当時で一杯100円とか120円とかだったかしらん?
ちなみに私の中では、一番古い記憶でラーメン屋のラーメンが80円だったのを覚えている。
小学校2年生ぐらいの時かな?…50年前よ。
この都バスのデザインも懐かしいね。
12b同じく日劇の地下なんだけど、別の入り口から入る「日劇文化」ってのがあって、ATG作品をよく上映していた。
中1の時、段々と興味が移行し、「映画」というよりも「音楽」という観点で『ビートルズがやって来る!ヤァ!ヤァ!ヤァ!』、『ヘルプ!』、『レット・イット・ビー』の3本立てを観に行った。
日劇文化に入ったのはこの時だけだったナ。
しかし、若かったんだネェ…今、3本立てなんてウンザリしちゃうもんね。
この時から45年経つ現在まで、一度もビートルズのこの3本を観ていないんだけど、結構覚えているもんでね…若いってのはスゴイ。
その後、急速にロックに傾き、映画館ではなく「Lo-Dプラザ」を目当てに有楽町に来るようになった。
後の日劇の看板…「三波伸介」が出てる。
「てんぷくトリオ」ってすごくいい名前だ…今でも思っている。「脱線」に「転覆」だもんね。音がカッコいいよ。

12c日比谷地区。
上にも書いた通り、東宝系の話題作は「日比谷映画」で封切られることが多く、何度通ったかわからない。
右端は「三井ビル」。かつて旭化成の本社が入っていた。
写ってはいないが、その手前にあったこのエリアで一番古い建物を「三信ビル」といった。
学校を出てそのビルに入っている会社と縁を結んだのは日比谷映画がスキだったからではない。

12d日比谷映画の隣が「有楽座」。
ココに通っていた頃はナンとも思わなかったけど、こうして見るとアールデコ調でナカナカの建物だったんだな。
もちろんロンドンあたりの老舗の映画館の足元にも及ばないけど、日比谷映画なんてなかなかいい線いってる。
有楽座は70mmが上映できたので、やはり話材の大作がかかることが多かった。
『大地震』なんてのはココで観たのかな?
チャップリンの『キッド』もココで観たわ。
一番印象に残っているのは黒澤明の『デルス・ウザーラ』かな?
ああ、そういえば家内との最初のデートで有楽座へ映画を観に来たんだった。
その時一番話題になっていた『エレファント・マン』だったわ。
ちょうど40年前の話ね。
日比谷映画と有楽座の間には喫茶店と映画のポスターやプログラムを売る映画グッズの専門店があった。

12e有楽座の向かいが「スカラ座」。
確か研ナオコはココで切符のもぎりの仕事をしていたんじゃなかったかしら?
『ウエストサイド物語』を初めてココで観た時は鳥肌が止まらなかった。
でも、ココはナント言っても『トミー』かな?
「クインタフォニック・サウンド・システム」とかいって、客席の後方にもPAスピーカーが設置され、すさまじい音響だった。
後年、まさかこの映画で「Fiddle About」を歌っている人のイトコが務めている会社で働くなんてことになろうとは、あの頃一体誰が想像できようや。

12f有楽町駅の隣の「スバル座」は今でもあるのかな?
小さい映画館でね。
フジテレビで毎晩12時ぐらいに放映していた映画の予告編を2本ほど流すだけの『洋画の窓』という実質5分にも満たない番組があった。
そこで見た映画が気になってこのスバル座へ観に来た。
まだブライアン・デ・パルマなんて誰も知らない頃でね…その映画は『ファントム・オブ・パラダイス』といった。
最高だった。
もちろん他にも何度も行っているが、他にナニを観に行ったのかサッパリ覚えていない。
そういえば、『ロッキー・ホラー・ショー』を定期的にかけていた「有楽シネマ」という小さな映画館があったけど、有楽町駅前の再開発でいつの間にか無くなったな。

12gチョット足を伸ばして東銀座地区。
「松竹セントラル」は「懐かしい!」と感動するほど訪れたワケではないが、Led Zeppelinの『永遠の詩』を観に来たことをよく覚えている。
つまり、ライブのパート以外が驚くほど退屈だった…ということを。
晴海通りをはさんだ向かいは「東劇」。
ココは大分前…調べてみると1975年に改築していて、今でも当時と同じ様相をしている。
改装後まもなくポール・ニューマンの『新・動く標的』を観たな。内容は何ひとつ覚えていないが…。
一方、『イナゴの日』はとてもヨカッタ。
アレはジョン・シュレシンジャーだったっけか?

12h今度は東銀座。
しばらく東京を離れている間に「テアトル東京」がなくなっていたのはチョットしたショックだった。
シネラマが上映できる大劇場でね、初めて入ったのは『パピヨン』を観に来た時だった。
『天地創造』とか『ディア・ハンター』とかもココで観たな。
でも、一番印象に残っているのは小学校の時、土砂降りの雨の中、父が見せに連れて来てくれた『七人の侍』だ。
もうパンパンの超満員だった。
そして、子供ながらに「この世にこんなにオモシロい映画があっていいものか!」と大感動した。
おかげで今でもしょっちゅう観てら。
地下には「テアトル銀座」という中型の映画館があって、何度か入ったがナニを観たかひとつだけ確実に覚えているのはシドニー・ポワチエとマイケル・ケインの『ケープタウン』という作品。
コレ、「観るとはなしに、フラッと映画館に入って観た映画」としては今までの人生で一番オモシロかった。12j以上。
お付き合いありがとうございました。
こんなことばっかりやってるからナカナカ先に進まないんだよ…わかっております。
気が済みましたので『バリー・リンドン』の展示に戻ります。
 
しかし、私なんかはまだラッキーな方だと思うよね。
お金を出して手に入れた音楽をちゃんとしたオーディオで聴く愉しみを知っているし、大きなスクリーンと大音響で映画を鑑賞する興奮もよく知っている。
エンターテイメントにお金をかけても満足できるゼイタクな時代だった。
『バリー・リンドン』もまだそんな時代に観た一作のひとつなのだ。

展示に戻って…と。 
ロゴのスケッチ。

100例によって詳細な絵コンテの数々。
前々作の『2001年宇宙の旅』は今から19年前の世界が舞台だったが(!)、キューブリック『バリー・リンドン』で140年前のアイルランドを舞台にして、その完璧な再現を目指した。
迷惑な話ですね~。
90ダニエル・ホドヴィエツキ(Daniel Niklaus Chodowiecki)という18世紀のポーランド生まれのドイツの版画家の著書『Von Berlin nach Danzig Eine Kunstlerfahrt Im Jahre 1773』。
製作総指揮を務めたケン・アダムとキューブックは18世紀の様子について、この本から大いにインスピレーションを得たのだそうだ。
この本はプロデューサーのヤン・ハーランの私物。
なかなかに貫禄のあるルックスだったのでよっぽど貴重なモノかと思ったが、偶然見つけた古本のオークション・サイトで付いていた値段は25ドルだった。

110ココで一旦プチ脱線。
『2001年』の「スリット・スキャン」のようにキューブリックは新しい撮影技術やアイデアを積極的に取り入れてきた。
『バリー・リンドン』の後の『シャイニング』では例の「Steadicam」を使った。
それから、ひとつ前の『オレンジ』で、屋根裏部屋に入れられたアレックスが下の階から聞こえてくる「第九」に苦悶して窓から飛び降りるシーンね。
アレックスが地面に落ちる寸前にほんの数秒カメラが地面を映す。
あのシーンは実際にカメラを落として撮影したそうだ。
それと、コレは脱線の脱線。
その階下で「第九」を大音量で鳴らしているあのスピーカー・キャビネットは、ロゴはハズしてあるがMarshallの製品に見える…ゴールドのビーディングと白いパイピングがそう思わせるのね。
で、早速Marshall本社のベテランの仲良しに写真を送って確認してもらったところ、確証はないが「多分Marshall製だろう」とのこと。
1970年当時はギター・アンプ以外にもものすごく多岐にわたった製品を製造していたのだ。
そのシーンがコレ。
この当時の人はもう工場にいないので話を聞くことはできないが、キューブリックがMarshallの工場にやって来て、ジムやケンに「アーダ、コーダ」と希望の仕様を説明している姿を想像するだけでも楽しいではあるまいか?
ちなみに『オレンジ』は映画史上初のドルビーサウンド作品で、そのほとんどが生録音の音声だ。

11_2cwo そして、『バリー・リンドン』で取り入れた新しいワザは「ローソクの灯りだけで撮影する」技術。
キューブリックは「自然光とローソクの灯り」だけで撮影することを標榜した。
映画では何回もローソクのシーンが出て来るが、そのどれもがとても美しかった。
コレは公開当時もすごく話題になっていたのを覚えている。
こっちは子供だったので、当時は「フ~ン、そんなもんかいな」程度のモノだったけどね。
展示会ではそのシーンをループで上映していた。

120コレがそのシーンを撮影したカメラ。
展示会の解説をそのまま引くと…

140v「このミッチェルBNC(Blimped Noiseless Camera=防音カバー付きノイズレスカメラ)は1940~1970年代中盤までの映画撮影に使用された標準的な機材だった。
このカメラは『バリー・リンドン』でローソクの灯りで撮影するためのツァイス製の超開放値レンズf0.7が搭載できるように改造が施されている」
150「この究極のレンズはNASAが宇宙空間を撮影するための6x6のハッセルブラッド用に製作された。
キューブリックは自分のミッチェルBNC 35mmカメラで使用できるようにCinema Products Inc.にレンズの改造を依頼。
まず、アイリスシャッターを取り外し、正確なピントが送れるように新たに焦点装置を取り付けた。
そのままだと50mmの画角しか得られないので、36mmの広角になるようなワイド・アングル・アダプターが取り付けられた」
170後年、ミロス・フォアマンが『アマデウス』の撮影のために、このレンズの拝借をお願いしたが、キューブリックは断ったんだって。
ケチ…。
フォアマンは「キューブリックは自分の機材をとても大事にする人なので当然のことだ」と言ったそうだが、コレは完全にイヤミでしょう。
一方、伊丹十三にはOKだったんだって。
というのは、弁護士が同じという間柄だったかららしい。

160vコレは今から45年も前の話だからね。
今では微細な明かりでもきれいな画像が撮れるまでに撮影技術は進歩したが、当時は大変だった。
ナニが大変かと言うと、乏しい照明で明るい画像を撮ることはもちろん困難を伴ったが、ピントを送るのが非常に難しかった。
f値が0.7だとかなり明るい画像を得ることはできるだろうが、被写界深度が極端に浅くなってしまって、ほんの数センチ前後にズレているだけの被写体に同じピントを送ることが出来なくなる。
確かに『バリー・リンドン』のローソクの灯りのシーンは、ピントを送っている前の方はまだいいんだけど、後の方はかなりボケボケだね。
「ワザとそういう風に撮った」と言われればそれまでだけど。
しからば、その反対の話。
黒澤明はパンフォーカスの画像が好みで、画面の隅々までピントが合っていないと気が済まなかった。
そう撮るにはどうすればいいか…。
『バリー・リンドン』の反対でf値を上げてやればいい。
f値を上げてやればやるほど被写界深度が深くなって画面の奥の方までピントが合うようになってくれる。
ところが、そうしてf値を上げれば上げるほど画像が暗くなってしまって撮影が出来なくなってしまう。
またまた、どうするか?
ジャンジャン照明をたいて明るくしてやればいい。
コレは香川京子がインタビューで語っていたんだけど、『天国と地獄』は室内のシーンが多く、ただでさえ暗いため、パンフォーカスで撮るために尋常ではない量の照明がたかれたのだそう。
照明をたけば当然熱を発するので、権藤さんのリビング・ルームは灼熱地獄だったらしい。
そして、役者さんはみんなその照明で目を傷めてしまった。
役者さんも大変だ。Tj_2実際に撮影に使用されたローソク。
キューブリックはローソクの灯りだけで撮影して18世紀の雰囲気を再現するために、この3本芯のローソクを特注した。
通常の1本芯より炎が大きい3本芯のローソクで少しでも明るさを稼ごうと思ったワケ。

130物語の舞台はアイルランドだが、ロケは広範囲にわたった。
『博士の異常な愛情』でも美術監督を務めたケン・アダムスのロケハンの記録。
『バリー・リンドン』ではセットを使用せずに歴史的な建物や場所で撮影が行われた。
はじめキューブリックはハートフォードシャーの自宅から近い場所にセットを作ろうとしていたが、すぐに計画が変更され、ロケはポツダム、ベルリンに飛んだ。
アイルランドで撮影された室内とドイツで撮影された外観が組み合わされることもあった。180例えばアイルランドの「ケルズ修道院」。
バリーがイングランド軍に入隊したシーン。190アイルランドのウィックロー州にある「パワーコート・ハウス」。
コレはリンドン卿が心臓発作を起こすシーンかな?
外観にはドイツのポツダムの建物が組み合わされた。
撮影の数か月後にこの建物は火事に遭い、修復はされたものの元の美しさを取り戻すことはできなかったという。

200コレはイギリスのドーセットの「イタリアン・ガーデンズ」。
レドモンド・バリーがリンドン夫人に初めて会うシーンで使われた。

210メイクとヘアの研究。
色々と試してみた写真。
カツラも様々なモノが作られ、バリーを演じたライアン・オニールの分だけで15個用意されたそう。
毛はホンモノの人間の毛で、離俗するために頭を丸めたイタリアの少女たちの断髪を使用した。
下のアイパッチを付けたオジちゃんね、「シュヴァリエ・ド・バリバリ―」…この役名に驚いたわ。
バリーの役は最初ロバート・レッドフォードが候補にキマっていて、キューブリックは実際に出演交渉もしたが、『素晴らしきヒコーキ野郎』に行っちゃったんだって。
アレも封切り時に映画館で観たけど私はオモシロくなかったな。

11_20r4a0569 実際に撮影で使用された衣装。
この作品はアカデミー衣装デザイン賞を獲得している。

230衣装でも徹頭徹尾18世紀が再現が追求された。
「それっぽいモノ」をデザインして作るのではなく、イギリスで手に入る限りの実物の18世紀の衣装を買いあさり研究に当たったのだ。
当時の人たちは現代の人よりすごく小さかった。
実際にイギリスの郊外で見つける200年ぐらい前の建物なんかは入り口がメッチャ小さいからね。
ま、寒さを防ぐために小さめに作られていたということもあるかも知れないけど。

240買い込んできたホンモノの18世紀の洋服を自前の工場に持ち込んで、分解して、型紙を作り、役者さんが撮影で着れるようなサイズに型紙を引き直して、新しく衣装を作ったのだそうだ。
要するに18世紀の衣装のサイズを大きくしたということか。

250v恐らく昔の人は背の高さだけでなく、骨格も違っていたでしょう。
そんな体形に合わせてデザインされた服は現代には着づらいにキマってるでしょう。
ということで、自由な演技ができるように、撮影前の段階でその衣装を身に付けて運動して身体に慣らしたのだそうだ。

260音楽については、この連載の3回目に書いたようにシューベルトの「ピアノ三重奏曲」を除いてはこの時代に造られた音楽が使用されているとされているけど、モーツァルトなんてこれよりズッと前だわね。ヘンデルもシューベルトより前じゃなかったっけ?
ま、いいか。
キューブリックはチーフタンズにホンモノの古楽器を使わせて録音しようとまでしたらしい。
私が中学生の時にこのサントラ盤を買った話も3回目に書いたが、実はお目当ての曲があって、それ聴きたさに買ったのね。
どの曲かと言うと、コレもシューベルトで「ドイツ舞曲第一番ハ長調(German Dance No.1 C Major」っていうヤツ。
今聴いても圧倒的にいい曲だわ。
 
この映画、初めて映画館で観た時にほぼほぼ飽きなかったと書いた。
その後DVDを買って、通してではないにしろ何回か観ているんだけど、イギリスに頻繁に行くようになってから圧倒的にオモシロくなったね。
ところが、キューブリックは自信満々だったにもかかわらず、興行的にはガックシだったらしい。

11_blst次はいよいよ本編の最終回。<番外編>もあるでよ。
最後に登場する作品はナ~ンだ?
 
<つづく>

(敬称略)

2020年3月15日 (日)

イギリス紀行2019 その19 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.8>

 
イヤ~、オモシロかったな~。
『博士の異常な愛情』は、これまで2回ぐらいしか観たことがなかったので、この記事を書くにあたり今一度観直してみた。
もうピーター・セラーズ最高~!
演技もさることながら、イギリス人のマンドレーク大佐、アメリカ人のマフリー大統領、そしてドイツ人の元ナチ、ストレンジラヴ博士を演じ分けた三人三様の英語がすごくいいんだ。
もちろん私がすべてのセリフを聞き取れるワケはないんだけど、「いかにも」という感じが実にオモシロい。
元々キューブリックはセラーズに1人4役演じることを頼んでいたらしい。
最後のひとりは、最後に水素爆弾にまたがって「ヒャッホ~!」と叫びながら地上に落下落ちていくB52の操縦士、コング大佐。
私は一種の「名人芸」みたいなノリでセラーズが1人で3役も引き受けたのかと思っていたのだが、本人にとってこの仕事はものスゴい労苦だったんだって。
そして、更にもうひと役演じるのは至難の業で「スタンリー、どうか許して欲しい」という手紙まで送ったが、キューブリックの執拗な説得で最終的にコング大佐を引き受けることになった。
結局、撮影に入ったものの、セラーズは初日に足を捻挫してしまい、B52のコクピットのセットに入ることができなくなり、急遽スリム・ピケンズという役者がその役を演じた…でも、あの人もとってもヨカッタよね。
で、セラーズがこの役を断りたかった理由はコング大佐が話す「テキサス訛り」だったんだって。
できないんだね~。
我々には同じように聞こえるけど…。
現にこの1月にアナハイムのフォー屋で「テキサン(テキサス出身者)」のオバさんと30分以上おしゃべりをしたけど、彼女の英語は私のバカ耳に何の違和感も感じかったけどね。
とにかくココでのセラーズは素晴らしい。
  
ところでこの作品のタイトルは『Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb(博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか)』でしょう?
映画史上もっとも長いタイトル。
『シャイニング』の「All work and no play makes Jach a dull boy」みたいに、キューブリックは海外での公開時に各国で勝手なタイトルをつけることを許可しなかった。
ウン、日本の場合、その方が絶対にいい。
さもなければこの作品は『愛と哀しみの水素爆弾』か『水爆を落としただけなのに』になっていただろう。
そこで日本の制作スタッフは原題の「Dr.」と「Strange」と「Love」だけ取り出して、「博士」と「異常」と「愛情」を組合わせたとか。
ウマい!と言いたいところだけど、キューブリックはそれでヨカッタのかね?

10展示するアイテムがなかったんだろうな…このコーナーのディスプレイはショボかった。
撮影時のスナップやスチール写真。

20絵コンテ等々。

30ところで、ピーター・セラーズもヨカッタけど、同じぐらい魅力的だったのはタージドソン将軍を演じたジョージ C. スコット。
いつも成田三樹夫を思い出しちゃう。
とにかくあの機関銃のようにまくしたてられるセリフ。
声のカッコよさも相まって、あの英語には丸っきりウットリしてしまう。
ヤケクソにカッコいい!
演出のことでキューブリックと衝突し、チェスで白黒を決していたのはこのシリーズの『vol.2』に書いた通り。
「よし、わかったジョージ。このシーンをどうするかはチェスでキメようじゃないか。もしキミが負けたら私の言うとおりに演じてくれよ」
「いいともスタン。誰か縁台持って来い!」
…なんて『笠碁』じゃあるまいし。
勝負のほどはキューブリックに分があったらしい。
11_0r4a0247 このコーナー、展示アイテムが少なくて書くことがないので脱線。
1961年、ポール・ニューマンの『ハスラー』。
ニューマンの悪徳マネージャーを演じるジョージ C. スコットがコワかった。
あのコワイ顔であくどい役回りを演じるのだからスゴイ迫力だ。
それと「ミネソタ・ファッツ」を演ったジャッキー・グリースン。
映画狂でビリヤード好きの父がこの役のファンで名前をよく口にしていたので、私は小学生の時から「ミネソタ・ファッツ」という名前に馴染みがあった。
この人、楽団を持っていて、TVのショウ番組も放映されていた…ってんで、いつかCDを買ってみたけど、トロットロなムード音楽でオモシロくもナントもなかった。
で、『ハスラー』…「オレを殺すなら形のわからないようにバラバラにしろ。それでもオレは骨と肉を拾い集めて必ずお前を殺しに戻って来る」って!
自分をヒドイ目に遭わせ、恋人を自殺にまで追いやったスコットに向かって言うニューマンのセリフ。
スゴイね。12hslコレはズルっこ。
映画を観てこのセリフを覚えていたワケではなく、先ごろ亡くなった和田誠さんが映画の名セリフを集めた著書『お楽しみはこれからだ PART2(文芸春秋社刊)』からの引用。
もう、この本大好きなの。
いつ買ったのは覚えていないが、「PART1」の奥付を見ると1975年の初版になっている。
何度も何度も読んで父と語りあったのを思い出す。
私はこの本で結構映画の観方を教わったな。
実はウチにはPART3までが2冊ずつある。
あんまり好きなものだから、古本で安いのを見つけた時に買い足しておいたのだ。
大分遅くなってしまったけど、この場をお借りして和田誠さんのご冥福をお祈りしたいと思います。
名著をありがとうございます。

11_2ok で、ジョージ C. スコットに戻る。
ま、何と言ってもこの人は『パットン大戦車軍団(Patton)』でしょうな~。
パットン将軍にお会いしたことはないけど、恐らくあんな感じだったんだろうな…と思わせてしまう存在感。
もうずいぶん長いこと観ていないけど、昔はビデオなんでなかったからテレビで夢中になって観たもんだ。
ところで、スコットは1959年に映画デビューし、『或る殺人』でアカデミー助演男優賞にノミネート、そして1961年には上の『ハスラー』でも助演男優賞にノミネートされたが、この時は速攻でノミネートを辞退。
そして、1970年の『パットン大戦車軍団』でアカデミー主演男優賞を受賞したが、これまたスッパリと辞退。
こんなの前代未聞だった。
今のマンガと怪獣と三流ヒーローばかりの映画界とはまだワケが違う時代で、アカデミー賞の威光にはスゴイものがあった。
でも、スコットは主催者へキチンと連絡して丁重に辞退を申し入れたそうだ。
でも別の所では「あんなモノは金のためにうまく仕組んだ緊張感を公にさらけ出すための2時間の肉の行進にすぎん」と言っていたそう。
そして、アカデミー協会も意地になったのか、1971年の『ホスピタル』でも主演男優賞にノミネートしたが当然これも辞退。
マーロン・ブランドも『ゴッドファーザー』で主演男優賞を辞退しているけど、この人は『波止場』でもらっちゃってるからね。
スコットは最後の最後まで一度もあの授賞式の壇上に上がることがなった。
一方、キューブリックはといえば、これまたこのシリーズの『Vol.2』に写真を掲載した通り、1969年の『2001年宇宙の旅』で特殊視覚効果賞を受賞しているが、やはり授賞式に出席しなかった。
その時の理由が「ロケハンのために火星にいるから」…だって!
んも~、ヘソ曲がりばかりなんだから!
 
それと、問題のリッパ―将軍を演じたスターリング・ヘイドン。
この人もヨカッタ。
ロシア人がウォッカしか飲まない説明をするところなんか、ピーター・セラーズのリアクションも相まってメッチャおもしろい。
やっている事は完全に狂気の沙汰なのに、至極論理的で、頭が狂っている風に見えない演出がまた実にいい。
スコットとともに軍人のステレオタイプとしてサタイア満点で描いているのだろう。
ヘイドンは196cmの長身で、まるでジョージ C. スコットのタージドソン将軍と「風神&雷神」みたいだが、この人はキューブリック作品では『現金に身体を張れ』にも出演している。
それよりもなじみが深いのは『ゴッドファーザー』でソロッツオと結託している悪徳警官の方がおなじみか。
ブルックリンのイタリアン・レストランでマイケルに殺されちゃう役ね。
アレがスターリング・ヘイドン。Ptさて、展示。
映画の大半を占めるアメリカ最高作戦室の模型。
部屋の構造が三角になっているのは、「爆撃に強い」というキューブリックの情報からの情報だった。
この映画って、リッパー将軍の事務所と廊下、B52の内部、そしてこの最高作戦室のほぼ3つしか舞台が出て来ないんだよね。
陸軍が攻め入る建屋は撮影スタジオの事務所かなんかで撮ったのかな?
あのシーンは「アメリカの夜」技法でしょう?
つまり昼間の明るいうちに撮影して現像するときにアンダーで焼いているんじゃないかしらん?
黒澤明の『用心棒』で三船敏郎が丑寅の家から這う這うの体で逃げ出すシーンなんかもそう。
40製作に当たっては、内容が内容だけにアメリカ空軍の協力を得られなかったために機密事項だったB52の内部の様子がまったくわからなかったが、最終的にホンモノとほぼ同じモノをセットで作り上げた。
完成前に空軍の人間を撮影所に呼んでそのセットを見せたところあまりにも正確でビックリしたらしい。
その情報はナント、その手の雑誌から得たのだそうだ。「アタマ隠して何とやら」ですな。

50そのB52の乗員に配られるサバイバル・キット。
映画はモノクロなのでわからないが、こんな色をしていたのか…。
45口径のピストル、爆薬、非常食4日分、抗生物質、モルヒネ、ビタミン剤、覚せい剤、睡眠薬、鎮静薬…。
さらに100ドル分のルーブル、金貨100ドル、チューインガム9個、口紅3本、ストッキング3足…それだけ当時ソ連は物資が不足していたということか。
加えてコンドームまで入っていて、徹頭徹尾ブラックなのがオモシロい。

60左の豆本は「聖書つきロシア語会話辞典」。
やっぱり表紙の色は「赤」だったのね。
そういえば、映画の中でタージドソン将軍は「ソビエト」ではなく「ロシア」という言葉を使ってたな。
当時は「ソビエト社会主義共和国連邦」で、日本では「ソ連」と呼んで、「ロシア」という言葉は民謡か料理ぐらいにしか使われていなかったような気がする。
でも、アメリカでは「ソ連」のことを「ロシア」って呼んでいたことがわかる。

70以下は、もう展示と関係ない脱線コーナー。
この作品の展示アイテムが少なかったので、「蛇足」で記事の嵩を増そう。
 
B52の爆弾の落下口の扉が開かないことがわかり、コング大佐が爆弾槽に降りていくシーン。
搭載された水素爆弾の底部に書かれた「Hi THERE!」と「DEAR JOHN」の文字。
よく戦闘機の鼻っ先にマンガが描かれているでしょう?
ああいうのを「Nose Art」って言うんだけど、この爆弾の底部の落書きを「Tale Art」という…かどうかは知らない。
とにかく「アメリカ人の茶目っ気」などとはとても呼ぶことができないあまりにも無神経な所業だ。
でも、このシーンでひとつ英語マメ知識を得ることができる。
「Hi there!」というのは「ヨォ!」みたいな軽い挨拶。
サミー・デイヴィス Jr.が「Hey There」という曲をコンサートのオープニング曲としてよく使っていた。
マメ知識は右の「DEAR JOHN」。
はじめ、こっちにはキューブリック自身が「LOLITA」と書いたのだが、前作の宣伝みたいでカッコ悪いということで却下。
この人、前々回紹介した『時計じかけのオレンジ』のレコード店のシーンに出て来る『2001年宇宙の旅』のサントラ盤みたいに案外子供っぽいことをしたがるのね。
で、その書き直されてお目見えした「DEAR HOHN」…コレはどういう意味か?
答えから先に言うと「さよなら!」という意味。
ナゼ「Dear John」が「さようなら」を意味するのかと言うと、手紙の書き出しから。
「Dear ~」ってやるでしょ?アレ。
ナゼゆえにJohnか…。
第二次世界大戦中、兵隊に行った夫の帰りを待つことにガマンできず、国に残った大勢の奥さんの方から離縁状が戦地の主人に送られた。
当時、「John」というのは最も多いファースト・ネームで、それらの手紙は当然「Dear John」で始まり、「お別れしましょう」という内容になる。
これを「Dear John Letter(ディア・ジョン・レター)」と呼び、いつの間にか離縁状のことをそう呼ぶようになった。
そして、「Dear John」は「さようなら」という意味になったのだそうだ。
つまり、この2つの爆弾で「こんちは!」⇒「さよなら!」ということを表している。
フザけてますな…キューブリックは反戦の気持ちを込めてフザけてるんだけど。
Htdjやっぱりタイトル・シークエンスがいいね。
この素朴なレタリングはパブロ・フェッロという人の仕事で、後に『恋愛小説家(出た!史上最低級の邦題の映画!私はこの映画が大好きで、全編ほぼ字幕なしで観ることができる数少ない映画のひとつ…原題は'As Good as It Gets'=最高に素晴らしい)』、『グッド・ウィル・ハンティング』、『メン・イン・ブラック』他、人気作のタイトル・シークエンスのデザインを手掛けている。
 
あ、音楽やってなかったね。
このタイトル・シークエンスで使われている曲知ってる?
知っていても言われなければ気が付かない人もいるんじゃないかしら?
実は私もそうだった。
オーティス・レディングの熱唱のイメージが強くて、コレが「Try a Little Tenderness」だって気が付かなかった!Dslt_2「I have a plan…(?)…I can walk!」
有名なラストのセリフ。
字幕では「総統」の訳語が充てられている(?)の部分がどうしても聞き取れなかったんだけど、コレは「Mein Führer(マイン・フューラー)」と言っているんだって。
この「歩けます!」はピーター・セラーズアドリブだったんですって?
さぞかし意味深なセリフかと思っていたんだけど…。
しかもナンの意味もないとか!
最後までフザけている映画なのだ!
しかし、その後の核爆弾の雨あられの映像。
ショッキングだよね。
その効果を倍増させているのがそこで使われている音楽。
リゲティでもペンデレツキでもない、「We'll Meet You Again」という戦時中のポップ・チューン。
悲惨な映像と正反対なムードの音楽を組みあせるキューブリック得意の手法。
歌ているのはVera Lynn(ヴェラ・リン)。
先の大戦中、エジプト、インド、ビルマ(コレ、対日本軍)で慰問コンサートを開き、「イギリス軍の恋人」と呼ばれた人…じゃなくて、呼ばれている人。
というのは、この方、1917年生まれだけどまだご存命。
今年103歳か。
1975年にはDameの称号を授かり、2000年には「20世紀の精神を最も具現化したイギリス人のひとり」と称された。
スゴイよ、2017年には100歳の誕生日を祝って『VERA LYNN 100』というアルバムをリリースしてイギリスのヒットチャートで一位になった。
いかにもイギリスらしい。
そして、キューブリックってつくづくイギリスなんですナァ。
Ep今回が字が多くなっちゃったのでココまで。
段々小出しになって来た!…だって大変なんだもん!
次回は『バリー・リンドン』で「We'll Meet Again」!

<つづく>

2020年3月13日 (金)

イギリス紀行2019 その18 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.7>

 

「今度のキューブリックってホラー映画らしいよ」
「へぇ~。キューブリックのコワイ映画か…どんなだろうね?」
「何でも『世界で一番怖い映画を作りたい』って言って作ったんだって!」
こんな会話をした記憶がある。
相手は昨年の『Marshall GALA2』にも足を運んでくれた安藤くんだ。
1976年、中学2年生の時、彼に誘われて丸の内ピカデリーに『バリー・リンドン』を一緒に観に行った。
まだ、日劇も朝日新聞の本社も東京都庁も有楽町にあった頃の話。
文芸大作の後がホラー映画ということで、その話を耳にして結構驚いた。
それが私の『シャイニング』とのファースト・コンタクトだった。
もちろん封切りになると映画館へ観に行った。
確かにコワかったね。
 
さて、展示はいよいよ『シャイニング』のコーナーへ。
一体、ナニが展示されているのかナァ~?
興奮する~!

110スティーブン・キングの原作本。
ライン・マーキングとメモ書きがスゴイ。
キングの原作とキューブリックの映画はほぼ別物であることはよく知られている。

120台本の綴り。

130「超極秘のあらすじ」と書いてあるが、ナニが書いてあるんだろう。

140コレが舞台となった「Overlook Hotel」。
写真の左側に注目。
工事中なのではなくて、映画に出て来るホテルの外観はすべてハリボテなの。
つまりセットなのよ。
スゴイね。150vそのセットのモデルとなったホテルがコレ。
映画の設定ではキングの原作通り「コロラド」になっているけど、この「Timberlibne Lodge(ティンバーライン・ロッジ)」があるのはオレゴン。
1937年の竣工。

Tlコレは展示にあった「Timberline Lodge」の古い絵ハガキ。
なるほど確かに『シャイニング』っぽい…というか、『シャイニング』がホンモノっぽいというか…

160ホテルの外観の絵コンテ。
「ココに木を2本植えてポールを隠す」なんて指示が書いてある。155結局、映画はイギリスのハートフォードシャーにある名門スタジオ「Elstree Studio(エルスツリー・スタジオ)」と「Pinewood Studios(パインウッド・スタジオズ)」で撮影された。

170ホテルの内装はヨセミテにある「Awahnee Hotel(アワニー・ホテル、現「Majestic Yosemite hotel」)」がモデルになった。
1927年の建設。
コレも立派なホテルですこと。
ここでも十分シャイニングれそうだ。

Myhコレはホンモノのホテルの内装。
ココでカメラを回したのでは?と思いたくなるぐらい雰囲気がソックリだ。
Myhコレなんかもそう。
『シャイニング』関係なしに素晴らしい。
一生行かないと思うけど。
でも…。

11_2isd行ったのよ。
既出の通り、キューブリックの映画はキングの原作とは別物ということで海外では『The Stanley Kubrick's The Shinning』として区別されるらしい。
キングはそのキューブリック版がお気に召さず、始終文句を言っていたが、映画の公開から17年後、自分の気がの済むようにテレビドラマ化を実現させた。
映画化権はキューブリックが持っていたので、キングは「映画版の悪口をもう言わないからお願い!」と約束して製作にこぎつけた。
自分が書いた原作なのに映画化権を売り飛ばしてしまった以上、原作者でも勝手に映画化できないのね?
そうしてテレビ版は原作に忠実にコロラドの山奥にあるホテルでロケが行われた。
それがこの1909年オープンの「The Stanley Hotel(サ・スタンレー・ホテル)」。
もちろんこの「Stanley」はキューブリックと関係ないただの偶然。
「Stanley Steamer」という蒸気機関のメーカーが建てた。
私はココに泊まったことがあるのです。

12shロッキー山脈を背後に控えたその威容はナニモノに代えがたい…と言いたいところだが、外で見たモノと言えば、ホテルの灯りとヘラジカの光る目。カモシカか?とにかくシカのデカいヤツ。
デンバーへ出張した時、「せっかくだから」と現地の方のご厚意で山間の道を長い時間かけて赴いたのだが、着いた頃には真っ暗になっていた。
売店で何か記念になるものを買おうとしたが、閉まっていてどうにもならない。
ホテルのボーイに相談したら「コレでよければ…」とポケットから取り出したキーホルダーから自分のカギを取り外し、キーホルダーだけ渡してくれた。
タダでくれるのかと思ったらいくらか取られた。
映画好きの下の子のお土産にしたんだけど、もうどこかへ失くしてしまったようだ。
そして、次の朝も早朝の便に乗るために暗いうちにデンバー空港へ向かったのでナニも見ていない。

12sh_2テレビの『シャイニング』はかなり「トホホ」だったけど、このホテルは素晴らしかった。
ロケの時の展示コーナーみたいなモノがあって写真を撮ったけどどっか行っちゃったナ。
確か「アメリカで現存する一番古いエレベーター」ってのがあったような気がする。
ちなみにキングは1999年にキューブリックが死ぬと、また映画版の悪口を言うようになったらしい。

Siもうひとつ、「ホテル」が主役みたいな映画だからいいでしょう?
展示会の解説によれば、ボールルームでジャックが幽霊のウエイターに服を汚されてトイレに連れて行かれるシーン。
あの赤い壁のトイレは、フェニックスにある「Biltmore Hotel(ビルトモア・ホテル)」をモデルにしたそうだ。
だからナンだ?でしょ?
ところがドッコイ、このホテル、フランク・ロイド・ライトの設計なのだ!

Bh さて、展示に戻る。
ナゼか『シャイニング』のコーナーにだけは映像ディスプレイがあって、映画の中の印象的なシーンがエンドレスで流されていた。180映画の中でも重要な役割を果たす「迷路」の前で談笑するキューブリックとジャック・ニコルソン。
キューブリックはジャックのことを「現在の映画界で最も偉大な俳優」と評価していたそうだ。

11_0r4a0498コレがその迷路の模型。
もちろんホンモノ。210実際の迷路はモデルとなった「Timberline Lodge」に存在しないどころか、原作にも登場しない。

195ダニーが夜の迷路の中でジャックから逃げる回るシーンと…

200同じくダニーがこの柄のカーペットの上を三輪車で疾走してアレに出くわしちゃうシーンはこの映画の中の見どころのひとつだろう。
あの「237号室」はコワかった。295vアレらのシーンを見ることができるのは下の写真でオジちゃんが身にまとっている「The Steadicam(ステディカム)」という新しい撮影機材のおかげ。
ああした素早い動きの被写体をブレなく捉えるために、以前はレールを敷いてカメラを乗せた台車を走らせなければならなかったが、このステディカムは撮影画像をブレなく固定したままカメラマンを素早く移動させることを可能にした。
しかも、この撮影ではレンズをダニーの目の位置まで下げることによって、映画を観ている我々はダニーの三輪車の後に乗っていたり、ダニーの目で迷路の中を走り回っているかのような臨場感に浸れるのだ。
下の写真と手紙は製作総指揮のヤン・ハーランがステディカムを紹介するためにキューブリックに送った手紙。
ヤン・ハーランは『アイズ・ワイド・シャット』のロケハンを担当したマニュエル・ハーランのお父さん。
そして、キューブリックの義理の弟さん。つまり、『突撃』の最後のシーンで歌を歌ったお嬢さんの実弟なのね。
ハーランのプロデューサーの仕事としては、ほぼキューブリック作品にのみ。
と、ココでハタと思い付くのが『シャイニング』の中の役名ね。
「ジャック・トランス」をジャック・ニコルソンが演じ、息子の「ダニー・トランス」をダニー・ロイドが演じた。
コレはキューブリックにとっても演出をするうえですごく有利だったらしい。
それともうひとつ、スキャットマン・クローザーが演じるあの「シャイニング」を持った黒人ね、名前が「ハロランさん」なんだよね。
残念ながら「ハロラン」の綴りは「Hallorann」で、「ハーラン」の「Harlan」と大きく異なるが、発音は結構似ているハズ。
こんな符合もとても面白い…なんて思っているのです。
私は好きな映画についてはこんなどうでもいい事まで考えて観るんですよ!バカでしょう?
11_0r4a0501オモシロいのがコレ。
上で紹介したセットのモデルとなったオレゴンのホテル、「Timerline Lodge」の支配人だったテッド・ミッチェルという人からイギリスのキューブリックに送られた手紙。
日付が1978年の4月9日となっていて、調べてみると『シャイニング』のクランクインが5月からなので、撮影直前のことだったようだ。
ミッチェルはわざわざイギリスに赴ていて、手紙はその時のキューブリックのおもてなしに対するお礼から始まる。
その後はキューブリックへの直訴状となる。
オレゴンの地元のマスコミが「我が町のホテルがキューブリック作品のモデルになった!」と喧伝して、迷路や「217号室」の幽霊のことを報じてしまった。
そうなると、お客さんが怖がって217号室に泊まらなくなってしまうので、部屋番号を実際には存在しない「237」、「247」、「257」のいずれかに変更して欲しい、とキューブリックに頼んでいる。
すると、この手紙は4月14日付でキューブリックやヤン・ハーランにコピーが渡され、「Please change the room number accordingly(この通り部屋の番号を変更してください)」とスタッフに指示が出されている。
「コピー」のことを「ゼロックス」なんて言っているのも懐かしいね。
私が社会人になった頃はまだ「ゼロックス」か「青焼き」か…なんてやってた。
さて、映画が公開されると、皮肉なことに「237号室」への宿泊希望が他の部屋より圧倒的に多かったそうだ。
しかしですよ、そうなると私なんかはどうして「237、247、257」の部屋がなかったのか?ってことがかえって気になるナァ。
不吉な数字なのかな?

11_0r4a0507それとどうしても触れておかなければならないのは、またしてもこの映画で使われている音楽ね。
タイトルシークエンスからいきなり「怒りの日」を改作したオリジナル曲。好きだね~。
おなじみのリゲティは「ロンターノ」という曲が使用されている。
でも今回はクシシュトフ・ペンデレツキの曲が大活躍している。
「De Natura Sonoris」なんてのは丸っきりスゴイ。まるで元々この映画のために作られた音楽のように聴こえる。
そもそもこの曲が「音楽」に聞こえるかどうかは普段の耳の鍛錬によるところか?
私もCDは持っているけどついぞ聴かんナァ。
コレに親しんでいたらフリー・ジャズが童謡に聞こえるかも知れませんな。
やっぱりクラシック音楽ってのはスゴイわ。
しかし…こうした現代音楽って一体の意味があるのか?と思うでしょ?
それがいいんだ。私は好きです…短い時間ならとても楽しめる。
そして、驚いたのがベラ・バルトーク。
ハンガリーは日本と同じく「姓⇒名」の順で名前を表すので、正確にはバルトーク・ベラと言うらしいのだが、スキになったのはここ数年のこと。
「中國の不思議な役人」とか「ミクロコスモス」なんてのは大分前から知っていたが、ハマるほどではなかった。
その後、ナンでハマっちゃったのかは覚えていないんだけど、とにかく民族音楽チックなところが気に入って下の写真の32枚組ボックスセットを買ってみた。
それで6枚目まで聴き進めた時に出て来た曲にぶブッたまげた。
「Music for Strings, Percussion and Celesta(弦楽器t打楽器とチェレスタのための音楽)」の第3楽章。
「コレって『シャイニング』じゃないの~!」
ドアタマのウッドブロック一発でわかった。
知っていて聴くのではなく、知らずに聴いていてナニかにブチ当たるこの感動!
ウェンディとダニーが迷路を散歩するシーンね。
一応言っておきますが、この曲、第一楽章と第三楽章が不気味なだけで、その他の第二&第四は実にカッコいい曲なのですよ。 
バルさんメッチャいいわ~。

Bb_2

うれしい小道具コーナーいってみよう!
 
まずはこのタイプライター。
「ADLER」というドイツのメーカーのモノ。
ちなみに『オレンジ』の中でアレックスの被害に遭う作家は最初赤いタイプライターを使っていたが、後半では変更していて、それはIBM製の電子式タイプライターだった。

220大きなホールで「パチパチ」とキーを叩くジャック。
ジャックがいない間にウェンディが原稿を除くと…

230原稿用紙には無限に続く「All work and no play makes Jack a dull boy」の羅列!
コレにはゾッとしたよね~。
240「All work and no play makes Jack a dull boy」ね。
もう少し詳しくこのことわざを調べてみよう。
ココで取り出したるは15年ぐらい前にロンドンのハマースミスにあった新古本屋で£2.99で買った「ことわざ辞典」。「Proverb」は「ことわざ」ね。
この本によると、「Time for recreation is essential to make a balanced and interesting person(気晴らしはバランスの取れたおもしろい人物を作るために欠かせない)」とある。
コレに「よく学びよく遊べ」の訳を充てたのはウマいナァ。

11_2pvそれと、ウェンディがこの原稿を見つけて小便チビりそうになっているところへ、背後から忍び寄ったジャックが「傑作だろ?」と声をかけるシーン。
もちろんウェンディが飛び上がっちゃう。
この「傑作だろ?」の字幕訳は素晴らしい。
ジャックは「How do you like it?(お気に召したかい?)」と同じことを2回言っているだけ。
こういう意訳は大歓迎だ。
それと、ウェンディが逃げ込んだ風呂のドアを斧でブチ破るシーン。
壊したドアの隙間から顔を突っ込んた時の「Here's Jonny」というセリフに「ジョニーだよ~ん」と字幕が入っていたような気がするが、コレはコレでオモシロイ。
でも、本当のオモシロみは伝わらない。
コレは今でも放映されている西海岸の深夜番組『The Late Show』からの引用。
1962年から30年間も司会を務めたJonny Carsonを呼び込むときに「ヒャ~~~~~~~ズ・ジョニー~!」とMCの人がやるんですね。
当時のアメリカ人なら誰でもわかるギャグ。
「Jack」も「Johnny」も「John」の愛称(deminutive)だから、ジャック・ニコルソンが自分のことを「ジョニー」と呼んでもいいワケ。
250さらに…「All work and no play makes Jack a dull boy」っておかしいと思わない?
主語が「work」も「play」も不可算名詞なので、2つ重なれば複数扱いになって「make」に「s」は付かないハズ…コレ、ずっと不思議に思っていて、今回がいい機会だと思って調べてみた。
すると、「All work and no play」、すなわち「仕事ばっかりで遊びなし」という状態をひとつの名詞句として考えているらしい。
となると三単現なので「s」が付くっていうんだよね。なんか強引なような気もするが…一応解決ということで…。
 
で、見て!
この「All work~」コレクション!

11_0r4a0516コレ、実は英語以外のバージョン。
キューブリックは各国の吹き替え版の制作にも並々ならぬこだわりを見せ、オリジナルの雰囲気が何ひとつ損なわれないように、ダビング作業の監督と声優の選択権を主張したそうだ。
展示会での解説によれば、キューブリックは各国語の吹き替えに厳密であっただけでなく、ジャックがタイプした「All work and no play makes Jack a dull boy」にもその国のことわざを当てはめ、タイプをした原稿をタイプライターにセットし、オリジナル版同様、大量の原稿用紙を箱の中に収めさせた。
ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語などだ。
え?
それで何の意味があるの?と思ったが、どうもあのタイプライターのシーンは音声だけでなく、原稿が大写しになるカットは映像も差し替えたようなのだ。
解説にハッキリそう書いてあったワケではないんだけどね。
そこで、そんなことができるんかいな?と思ってDVDでこのシーンをチェックしてみた。
確かにウェンディとハッキリ「All work~」が読み取れる原稿が同時に映っているカットが全くないのだ。
つまり、ウェンディが身に付けている服と時計があればいくらでも映像の差し替えが可能なの。
もしそうだとしたら、それを予め計算していたキューブリックはやっぱりスゴイ。
…誰かドイツやフランスで『シャイニング』をご覧になった方はいらっしゃいませんか?
コレ、日本版では不可能ですな。
このキューブリックのこだわりは『博士の異常な愛情』の時に大変だったらしい。それについてはまた次回。11_0r4a0512展示で例に上がっていたのがドイツ語。
ドイツでは「All work~」に該当することわざは「Was du heute kannstbesorgen, dos verschiebe nicht auf morgen」なんだそうです。
調べてみると、「今日できることを、明日に回さないで!」となるらしい。
私なんか「明日できることは、明日やる」クチなんだけどね。
コレって「All works~」と意味が同じなのかね?
こういうことに出くわすと、やっぱり映画でも音楽でもオリジナル版で楽しみのが一番だということがよくわかる。
その点、英語ネイティブの人にとって最も習得がムズカシく、英語から最も遠い位置にある「日本語」を話す我々は大変不幸なのだ。
もちろん、その反対に音も見た目も世界で一番美しい「日本語」という言語を自由に使えるシアワセがあるんだけどね。
11_0r4a0518次…。
もう、コレも見ただけでゾッとしちゃう。

280映画で使われた実物。

11_0r4a0534ダニーを演じたダニー・ロイドは5,000人もの候補者の中から選ばれたそう。
ダニー曰く、キューブリックは常に撮影するシーンの状況を説明して、わかりやすく演技指導をしてくれたのだそうだ。
『シャイニング』の後、テレビドラマに出演したが、俳優業からは撤退して、現在はケンタッキーの大学で生物学の教授をしているんだって。
優秀やな~。
でもチョットもったいないね。
あんなに可愛くて演技も上手だったから。
「アポロ11」か…あ、そうか!
あの月面着陸の映像はどこかのスタジオでキューブリックが撮ったっていう噂がまことしやかに流れたっていうからね。
このセーターはそのシャレか!
今わかった。

270「Hello Danny, come and play with us forever, and ever, and ever…」
あの双子の姉妹のインパクトもスゴかったよね。
私はシャイニングが全くないので、その手の経験をしたことはないが、もしナニを見てしまう時はあんな感じなのかな?というリアリティを双子のシーンに感じる。
でも、あの2人の女の子、リサとルイーズというバーンズさんのところのお嬢ちゃんで、双子ではなくて2歳違いの姉妹なんだって。
なるほどビビらないで落ち着いて見てみると、身体の大きさが違うもんね。290v上にも出て来たウェンディが立てこもったバスルームのドアをブチ破った斧。
クドいようだけどホンモノ。
撮影では3日間で60枚ものドアをブッ壊したというから、ジャック・ニコルソンもさぞかし大変だったろう。
そんなだからこうして予備の斧が用意されていたに違いない。300vそして、迎え撃つウェンディが手にしていたナイフ。
こうして見るとかなり立派なナイフだ。
きっとコレもキューブリックが慎重に選んだシロモノなんだろうね。
合羽橋の「釜浅」か「つば屋」に買いに来ていたらスゴイな…そんなバカな。
310vラスト・シーンでガ~っと寄ったカメラが捉える壁にかかったあの写真。
まさにこの写真、このプリントが実際に映画使われた。
このシーンで流れる曲は1934年のRay Noble and His Orchestraの「Midnight, the Stars and You」という曲。
歌っているのはAl Bowllyという人。
知らなかったけど、この人、「Goodnight Sweetheart」、「Close Your Eyes」、「The Very Thought of You」なんかを歌ってるスゴイ人!
曲はラストだけでなく、ボールルームでの幽霊の舞踏会のシーンでも流れる。
考えてみるとコレは『時計じかけのオレンジ』の「雨に唄えば」と同じ手法だね。
 
『シャイニング』終わり。
疲れた~。

320<まだつづく>

2020年3月 9日 (月)

イギリス紀行2019 その17 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.6>

 
今日は、精魂尽き果ててしまい前回のエピソードに組み入れることができなかった『アイズ・ワイド・シャット』。
キューブリックの遺作だけど、展示の順番がこうなっているので仕方ない。
「Eyes wide shut」…「目を大きく閉じろ」っておかしいでしょ?
「Eyes wide open」でなければおかしい。
反対は「Eyes shut tight」で「目をきつく閉じろ」。
ココでオモシロいのは開く時と閉じる時では語順が変わるということ。
開くのが「Eyes wide open」なら閉じる時も「Eyes tight shut」になるハズなんだけどそうはならない。
理由は知らないけど「イチニィサンシィゴーロクシチハチキュウジュウ」と「ジュウキュウハチナナロクゴーヨンサンニーイチ」みたいなものか?
そこで「Eyes wide shut」…。
言葉の並びとしては、前半は目を開けて、後半は閉じる。
どっちなのよッ⁈
一種の撞着かと思ったらさにあらず。
すなわち、「よ~く見て、イヤ、見ない方がいいよ」という意味になるらしい。
では『アイズ・ワイド・シャット』の展示をEyes wide openして見てみましょう!10この作品もやっぱり音楽が魅力的だよね。
まずはタイトル・シークエンスのショスタコーヴィチ。
いいんだよな~、「ジャズ組曲第二番」の「ワルツ」…なんて、あたかも昔から知っているかのように書いているけど、この映画で知った。
この曲は元々「Suit for Jazz Orchestra(ジャズ・オーケストラのための組曲)」といって、レニングラード市が、「ジャズ音楽の地位向上」を目的に企画したコンクールのためにショスタコーヴィチが作った曲。
「第一番」の初演が1934年、この「ワルツ」が含まれている「第二番」が1938年とされているんだけど、コレが実にややこしい。
この「第二番」は戦争の混乱で譜面がどこかへ行ってしまったものだから、全く関係ない「Suit for Variety Orchestra(ステージ・オーケストラのための組曲)」という曲が「ジャズ組曲第二番」になってしまった。
勝手に仕立て上げてしまったということか。
ところが、近年になってその「第ニ番」のピアノ譜が出て来ちゃった。
そこでイギリスのマクバニーという人がオーケストレーションを施した。
コレがナント2000年の話。
最近の話ヨ…なんて、あたかも昔から知っているかのように書いているけど、下のショスタコーヴィチの本で知った。
ブックオフで見つけたんだけど、あんまり安くなってなくてサ…清水の舞台から飛び降りるつもりで税込みで1,560円も出して買った。
CDは1,000円以上絶対に出さないけど、本の財布は比較的ヒモがゆるい。
「庸介」さん…三宅さんと同じ字だ。
11_2dsbだから1999年に公開された『アイズ・ワイド・シャット』のサウンドトラック盤(下の写真)のクレジットはまだ「Jazz Suit No.2」になっている。
しかし!言っておきますけど、「第一番」もかつての「第二番」も全編通して全くジャズじゃネェ。
ジャズ感のカケラもないんだけど、飛びっきりの佳曲が揃ってる。
もうチョット書くと、「第一番」ね、1曲目が「ワルツ」でこの『アイズ』のワルツの習作みたいな感じで(こっちが先なんだけど)、1934年のクルト・ワイルのミュージカル『Johnny Johnson』の「序曲」にソックリなんだよね。
メロディが似ているとかいうワケではないのにものすごく雰囲気が似ていてオモシロイ。
ワイルはショスタコーヴィチを聴いていたんじゃないかしら?
それと2曲目の「ポルカ」。
「キューピー3分クッキング」のテーマ曲あるでしょう?
アレはイェッセルというドイツの作曲家の「おもちゃの兵隊のマーチ」というのが元ネタなんだけど、ショスタコーヴィチはこの「ポルカ」で「おもちゃの兵隊のマーチ」をパクってるな。
あるいはパロディなのかな?
とにかくショスタコーヴィチはいいわ~。
交響曲、協奏曲、管弦楽曲、室内楽曲…もう聴く曲、聴く曲、知らないメロディが満載で、どれも今の私には新鮮に聞こえて楽しいのだ。
中学の時に夢中になってロックを聴き漁っていた時の感覚を思い出す。
私が言うぐらいなんだからロック・ファンにもイケます。
でも聴かないで!独り占めにしておきたいから!
 
『アイズ・ワイド・シャット』に戻って…冒頭のダンス・パーティのシーンで使われる曲の数々ね。
コレがまたいい。
「When I Fall in Love」、「I'm in the Mood for Love」、「Chanson D'Amour」、「I Only Have Eyes for You」等々…こういうのを見つけるのは楽しいナァ。
サントラ盤には「When I Fall in Love」しか収録されていないけど。11_2ewsしかし、この映画もコワかったね。
ニコール・キッドマンがステキだったナァ。それと当時の旦那様だったトム・クルーズの小柄っぷりがエラくフィーチュアされていたように感じた。
アレ、冒頭のダンパのシーンなんか、少しセッシューしてやればヨカッタのに…と思うけど。
あのチャイチーさはキューブリックにナンカの意図があったとしか思えん。
 
どうでもいいことなんだけど、映画の最初の方でクリスマス・プレゼントを用意するシーンがあって、ニコール・キッドマンが下のゴッホの本をギフト・ラッピングするんだよね。
オッ!と思ったのは、私もあの本を持ってるの。
「ゴッホ好きの家内へのお土産に」と、メトロポリタンかMOMAのミュージアム・ショップで買ったんだよね。
帰りにスッカリ荷物が重量オーバーになってしまって、ニューアーク空港でエライ目にあったっけ。
ちなみに「ゴッホ」は「Gogh」と綴るけど「gh」は発音しませんからね。
「ゴッ」って読んでくださいね。
55v_3さて、展示の方はというと、ロケについての解説が多かった。
『フルメタル・ジャケット』ではベトナムをイギリスに持って来た。
そして、この作品ではマンハッタンの街をロンドンに持って来ることになった。
予算がないワケじゃないんだから、ニューヨークへ行って撮影すりゃいいじゃねーか、と思うんだけど、キューブリックはそうはしない。
下の地図はグリニッジ・ビレッジ。
エクゼクティブ・プロデューサーのヤン・ハーランの息子のマニュエルが徹底的に調査して制作した。
付箋が貼ってあるのはロンドン・ロケで使えそうなブロックの目印。
それぞれに似ているロンドンの通りの名前が書いてある。
「トッテナム・コート・ロード」、「グッジ・ストリート」、「ブリック・レーン」等々、私でも馴染のある名前が挙がっている。
30そのロケ地の候補のひとつがロンドンの東部にある「Commercial Road(コマーシャル・ロード)」という通り。
そこを新兵器のパノラマ・カメラで撮影してより正確にその雰囲気をキャッチした。

40この「コマーシャル・ロード」というのはロンドンのターミナル駅のひとつ、リヴァプール・ストリート駅のすぐ近く。

10_3 近くにスピタルフィールド・マーケットという大きな市場がある。

11_img_0193 こんな感じ。
2015年に家内と訪れたんだけど、欲しいモノはなかったナァ。

11_img_0190 それに面しているのがコマーシャル・ロード。
大分前になるけど、私もずいぶんグリニッジ・ビレッジを歩き回ったことがある。3回ほど。
でも、コマーシャル・ロードでビレッジを思い出すことは全くなかったよ。
向こうの人に目には似てるように映るのか…?

11_img_0152スゴいパノラマでしょう?
こんなに苦労してロケハンしたのに、結局バッキンガムシャーにある「Pinewwood Studio(パインウッド・スタジオ)」で撮影したんだって。
バッキンガムシャーはMarshallの本社/工場があるミルトン・キーンズのエリアね。
でも、それでヨカッタんだって。
映画に出て来るマンハッタンは「複製」ではなくて、キューブリックの「オリジナル・マンハッタン:で、「幻想と欲望」という映画を通してのテーマにマッチしていた…ということらしい。

50こっちはロンドン博物館にほど近い「Hatton Harden(ハットン・ガーデン)」という通りの調査結果。
マニュエルったら、こんなに細かくやってくれたのね~!11_0r4a0460_2宣伝用のポスター。
アメリカの公開は1999年7月19日。
キューブリックはそれに先立つこと3月7日に心臓発作でこの世を去っている。
試写会の5日後のことだった。

60撮影時のスナップ集。
シドニー・ポラックがまたヨカッタね。
ポラックは『追憶』やた『トッツィー』の監督さん。
『愛と哀しみの果て』でアカデミー作品賞と監督賞を獲得した大監督。

70元々この役はハーヴェイ・カイテルが演じることになっていたらしい。
ポラックはキューブリックより6つ年下か…。
どういういきさつで出演することになったんだろう?

80ラッシュを見る3人。
トム・クルーズは台本を受け取って、ヘリコプターでキューブリックに家へ飛んだそうだ。
飛ぶ方も飛ぶ方だけど、ヘリがそう簡単に着陸できる家って一体どうなのよ。

90映画で使われたベネチアン・マスクたち。
不気味~!
そう、その不気味さを思いっ切り増長していたのがリゲティの「Musica Ricercata(ムジカ・リチェルカータ)」というピアノ曲。
「ricercata」とは「探求」を意味するイタリア語。英語で言えば「research」だね、コレ。
キューブリックが採用したのはその第二曲。
E#とF#の2音とそのオクターブだけで構成されるキテレツな曲。そもそも「E#」なんておかしいでしょ?
でもこの曲の譜面を見ると、EとFにシャープが付けられているの。普通はFとCでキーはDになる。
要するにE#(すなわちF)とF#の音しか使わないからそうしたのだろう。
ちなみに第1曲はほぼ「A」の音だけで作られている。
こういう「探求」が11曲連なっているのが「Musica Ricercata」。
結構いいのよ。
しかし、キューブリックはリゲティが好きなのね~。

100チョット、ゴメンナサイ!!
ココでもう1回切らせて~。
次回は『シャイニング』から。乞うご期待!
 
<つづく>

2020年3月 7日 (土)

イギリス紀行2019 その16 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.5>

 
『ロリータ』の後の作品ごとの展示は、『博士の異常な愛情』と『2001年宇宙の旅』をスッ飛ばして『時計じかけのオレンジ』へ。
いきなりアレックスの「ルドヴィコ療法」のバナーが目に飛び込んで来てイカす~!
イカすといえば、この映画のタイトル・シークエンスはメッチャかっこいいよね。
私は映画館で観たことはないんだけど、あの画面すべてが真っ赤になるオープニングを映画館の大きなスクリーンで見た日にはさぞかしインパクトが強かったことだろう。
アレックスのクローズアップから徐々にカメラが後退すると、アレックスに扮するマルコム・マクダウェルがミルクの入ったグラスを傾てユックリと口に運ぶでしょう?
あの所作はマルコムのアドリブで、キューブリックも絶賛したのだが、本人はコレを無意識にやっており、その動きに自分自身では気が付かなかったとか。
そしてココで使われている音楽は、17世紀のイギリスのヘンリー・パーセルの「メリー女王葬送曲」というバロック曲をアレンジしてシンセサイザーで演奏したモノ。
キューブリックはドイツのグラモフォン・オーケストラが演奏したテイクを使いたがったが、ウォルター・カーロスという音楽の担当者が自作のシンセ・バージョンを使うことを強く推した。
結果オーライでしょう。
十分に刺激的なサウンドだ。ホンモノのオケではああはならなかっただろう。
原曲をどうアレンジしているかというと、「怒りの日」というグレゴリオ讃歌のメロディが差し込まれているのね。
13世紀の以前に作られたメロディなのかな?
この「怒りの日」のメロディがベルリオーズの「幻想交響曲」やリストの「死の舞踏」でガツンと引用されているのは知っていたけど、モーツァルトも引用しているというのは知らなかった。
このメロディ、ナニかというと『シャイニング』の冒頭に使われている曲。
キューブリックお好みのメロディなのかしらん?
しかし、キューブリックの使う音楽って、「BGM」というよりもはや「小道具」だよね。
前回の「スパルタカス 愛のテーマ」にしても『バリー・リンドン』の「サラバンド」にしても、はたまたこの作品におけるベートーベンの「第九」にしても、も~、しつこいぐらいに出て来てグイグイと観ている者のアタマに入り込んで来る(この「メリー女王葬送曲」のオリジナル・メロディもヘンデルの「サラバンド」に似てる)。
一方では、『2001年』のシュトラウスとか、『アイズ・ワイド・シャット』の「Baby Dod the Bad Bad Thing」みたいに飛び道具的に一発で入り込んでくるタイプの音楽の使い方もある。
何回か前に紹介したように、まさに「音楽」を観客をノックアウトするための「武器」のように使っている印象を受ける。
そうそう、『オレンジ』の冒頭で酔っ払いのオッサンが歌っている歌もそう。
アレは「Molly Malone」というアイルランドのダブリンを歌ったアチラではとても有名な歌だ。

10そしていきなりコレ。
「コロバ・ミルクバー」のオブジェ…というかモロコの自動販売機やテーブル。

20映画の中にボタンを押すと乳首からミルクが飛び出すシーン(当たり前か…)があるが、アレはキューブリックの指示でホンモノの牛乳を使ったそう。
そんなもんを入れるもんだから、撮影中に牛乳が照明の熱で痛んでしまって、何度も中身を入れ替えなければならなかった。
もちろん展示のオブジェはホンモノだけどモロコは出ませんでした。

70コロバ・ミルクバーの絵コンテ。
何やらあの雰囲気が伝わって来る。
デザインは『2001年』の「スター・チャイルド」を手掛けたリズ・ジョーンズという若い彫刻家だった。

40モロコ・サーバーの概念図。
まだ初期の段階。50台座の部分のデザイン。
こうなるともうほとんど完成形か。

60映画の中では「ルーシー」という名前だった。

30アレックスの衣装も展示。
この映画はアンソニー・バージェスというイギリスの作家の同名小説が原作で、映画化するまで紆余曲折があった。
キューブリックが実際に映画化する前には、ミック・ジャガーがアレックスを演じ、他のローリング・ストーンズのメンバーがドルーグ(仲間)を演じる計画があったという。
結局、ストーンズが忙しくてこの計画はお流れになった。
私はマルコム・マクダウェルでヨカッタと思う。
ところでさっきから下線を付けているのは映画の中で使われた「ナッドサット言葉」と言われているモノ。
前にも書いたがほとんどがロシア語が元になっている。

80vアレクスの出で立ち。
カッコいい。
この衣装のアイデアはキューブリックとマルコムの共作だったそうだ。
そして、ある日マルコムがゴッツイつけまつ毛を買ってきてキューブリックに見せたところ、大いに気に入られ、両方に付けてみたが、「片方だけの方がいい」とキューブリックが判断し、あの右目だけのつけまつ毛のアレックスが出来上がった。

105vコレはキューブリックがバージェスの原作のオリジナリティを尊重して書いたという、レポートに2回目で紹介した『オレンジ』の台本。
英語の台本はト書きを左右に広げて、セリフは中央に寄せて書くのが普通なのだが、キューブリックはそれを反対にして書いたという。
190 アレックスの部屋の絵コンテ。100アレックスの部屋の置物も展示されていた。

90レコード屋で女の子に声をかける時のネタにした自慢のレコード・プレイヤーも展示。
アレックスはこの他にマイクロ・カセット・デッキを持っていて、「第九」のミュージック・テープをデッキに入れる時、ハッキリと「Gramophone(グラモフォン)」のロゴを見せたのが印象的だった。
なるほど、キューブリックは上の「メリー女王」のところに書いたようにグラモフォンのファンだったのね。
実際にマイクロ・カセットのミュージック・テープってあったのかしらん?

110マイクロ・カセットって今でも使われているのかな?
ところで、下の写真ね…真ん中がカセット・テープでしょ。
そのとなり、一番右のヤツって知ってる?
ソニーの「Lカセット」。
オープンリールのテープをカセット・ケースに入れたモノ。
要するにテープの幅が広いので普通のカセット・テープより格段に音がいいってワケ。
カセットの手軽さとオープンリールの音質の良さをハイブリッド(当時こんな言葉は日本になかった)させた優れものとされていた。
どうだろう…今から45年ぐらい前か?
秋葉原の「朝日無線」のカセット・デッキ売り場で熱狂的にフィーチュアされていた光景を覚えている。
結果は…思いっきりコケだ。
もちろん私も買ったことはないし、この年齢になるまで「Lカセットを使っていた」という人にお目にかかったことがない。
しかし、ナンだね。
IT技術の闖入によって、オーディオの愉しみも次世代にパスすることができず、人類は「本当にいい音で音楽を楽しむ」ことを抹殺してしまったね。
「いい音を楽しむ」とは、最低でもチャンとしたスピーカーで空気を振動させて音楽を聴くということを指す、と私は思っている。
一番滑稽に見えるのは、アナログ・レコードをデジタル機器で再生して、イヤホンで聴いて「ん~、やっぱりアナログの音は温かくていいナァ」と感動している方々。
5Aの神戸牛をハンバーグにして「やっぱりビーフは神戸に限る」と悦に浸るようなモノだ。

Ct
アレックスたちに非情な暴力を受けてしまう郊外に住む作家が使っていたタイプライター。
あの家、呼び鈴が「第五」になってるんだよね。
ルトヴィコ療法を受けたアレックスが、かつての仲間にボコボコに仕返しされて、運命のめぐり合わせでその作家の家にまた来てしまうでしょう?
そのボロボロのアレックスを抱きかかえていたマッチョマンは、後に『スターウォーズ』でダースべーダーを演ったデヴィッド・ブラウズという人。
ところで、この作家の家でのアレックスたちの目をそむけたくなるような超暴力(Ultra Violence)ね、不謹慎だけどカッコいいんだよね。
「雨に唄えば」を歌いながら暴行を働くアレックスはそれこそダンスをしているようだ。
あの暴力と「雨に唄えば」のメロディ…対位法ですな。
最初の方で、ビリー・ボーイがデヴォチカを強引にインアウトしようとするシーンの音楽はロッシーニの「泥棒かささぎ(The Thieving Magpie)」という曲。
壮絶なケンカのシーンにワザと柔らかく、ほのぼのとした曲をかぶせている。コレも対位法。
その「雨に唄えば」はマルコムのアドリブだったのだそうだ。
あのシーンで「知っている曲を歌いなさい」とキューブリックに言われ、歌詞を全部知っている曲が「雨に唄えば」しかなかったという。
でも、アレってチョッとメロディがおかしいんだよね。
「♪I'm singing in the rain, just singing in the rain」の「just singing in the rain」のところ。
素人さんがやりやすいミス。
それがキューブリックにとってはヨカッタんでしょうね。。
そしてエンディング…またスッカリ悪くなったアレックスのすさまじい表情のクローズアップに続くエンドロールでジーン・ケリーの声が聞こえるところはトリハダものだよね。
で、ここで疑問が生じるのは、この曲を歌うシーンが本当にマルコムのアドリブだとしたら、このエンドロールのアイデアは「マルコムありき」ということになるでしょ?
そんなんでヨカッタのかね?
このエンドロールは『博士』の「We'll Meet Again」と同じ効果を狙ったのかしらん?
 
『雨に唄えば』といえば、そのマッチョマンの人、あまりにもしゃべる英語のサマセット・アクセント(イギリス西部地方の強い訛りのひとつ)が強いので、英語のセリフは吹替えになってるんだって。
まさに『雨に唄えば』じゃんね!
120「ヘルス・ファーム」の「ミス・ウェザース」自慢の芸術品。
もちろん実際に映画で使われたモノ。
あのミス・ウェザースのシーンだけは他の暴力シーンとタッチが違うと思わない?
ひどく醜悪なのだ。

130ロケ地の解説。
一番上の段は下克上を試みるドルーグをアレックスがトルチュクする溜池のシーン。
グリニッジ天文台のもっと東のテムズ川南岸に位置する「Thamesmead(テムズミード)」という1960年代に開発された新興住宅地。
いつか行ってみたい。
 
一段飛ばして…上から三段目は郊外の作家の家のシーンを撮影したところ。
ヒースローからMarshallの工場に行く時、M1という高速道路(向こうではMotorwayという、無料)を使うんだけど、その途中にあるロンドンの北の郊外にある町が「Redlett(レッドレット)」。
そこにあのお屋敷があったし、今もある。
 
一番下は「ルドヴィコ療法」の施設。
コレって「Uxbridge(アクスブリッジ)」だったのねッ!
UxbridgeはMarshall発祥の地。
Marshall Blogにこんな記事があるのでゼヒどうぞ!
【イギリス‐ロック名所めぐり vol.2】 マーシャルの生まれ故郷<後編>
Speak of the Devil ~ ビックリしたな~モウ!

そのアクスブリッジにある「Brunel University London」がこのシーンのロケ地。
今度行ってみようかな?

140さっき飛ばした2段目の写真は例のレコード店のロケ地。
既に触れたキングス・ロードにあった「Chelsea Drugstore」。
天井のVerticoのロゴのことも書いた。
もうひとつ…この左下の写真では小さすぎてわからないと思うけど、左の写真のエサ箱の一番前にあるLPね。
コレ、『2001年宇宙の旅』のサントラ盤なんだよ!
キューブリックも案外チャッカリしてるな。
そして右のモノクロの写真が往年のChesea Drugstore。
今はマクドナルドになっちゃってるそうだ。
コレも今度行ってみよう。

150キングス・ロードというのはパンク・ムーブメントのファッションリーダーとなった「SEX」というブティックがあったように、ロンドン・ファッションのメッカだった。
それゆえ、ローリングストーンズが『Let It Bleed』の「You Can't Always Get What You Want」でこんなことを歌っている…3:07のところ。
「♪I went down to the Chelsea drugstore」って。
私はローリング・ストーンズを受け付けないのでゼンゼン知らなかった。

Lib一方、我がキングス!
1991年のEP、「Did Ya」。
いきなり「♪Went for a walk down the Old Kins's Road」と歌う。
そしてRay Daviesは「♪Now the Chelsea Drugstore needs a fix.  It's in a state of ill repair (今やチェルシー・ドラッグストアも修繕が実用だ。今じゃおかしなことになっちまってる)」とやる。
この曲には他にもロンドンの地名が出て来て…
「♪Did ya ever think it wouldn't last forever?  Did ya ever think that it would get this bad?(アレが永遠に続かないなんて思ったかい?アレがこんなにヒドくなるなんて考えたかい?)」と昔のロンドン・タウンを懐かしむ。
わかるな~、わかるぜ~、レイ。
私もこうして年を取ると、まだ都電が走っていたり、日劇や国際劇場や仁丹塔があった頃の光景を思い出すんだよね。
でもレイはロックのことを歌っているような気がするナァ。Kkこんなスゴイ動画を見つけた。
『オレンジ』のロケ地の今昔を比較している。
地名や施設の名前が出てこないのが惜しいが、『オレンジ』好きの方々なら十分に楽しめるだろう。

フランス語とスペイン語のロゴ。
「naranja(ナランハ)」はスペイン語で「オレンジ」のこと。160こんなペインティングも飾ってあった。
レイの郊外の作家に家に向かう途中のシーン。

170所変わって例の「デザイン・ミュージアム」のホワイエ。
オレンジ色の車が見えるでしょ?

175コレが映画の中で「デュランゴ95」と呼ばれていた車の同型。
アレックス達はコレをブッ飛ばして作家の家に向かう。
ホラショーで振動がガディワッツにビンビン来る」らしい。
実際の車は「Probe16」と言って、イギリスのAdams Brothers という会社が1969年にたった3台だけ製造したという超レアカーなのだ!
車に興味のない私には全くガディワッツに響かないけど。
車高が86cmしかないんだって。
ダメだ、そりゃ。
Marshallのスピーカー・キャビネットが積めないもん!
180こんなイラストレーションも。
この「ルドヴィコ療法」のシーンの撮影でのマルコムは大変だったそうだ。
目の辺りに麻酔をかけ、あの瞼を開きっぱなしにする器具取付けて頻繁に合成の涙を目にたらす。
ああしないと角膜が乾燥して失明してしまうのだそうだ。
撮影後、麻酔が切れると、両目に激痛が走り、我慢できず病院でモルヒネを打ってもらってしのいだ。
翌日、マルコムが包帯を巻いて撮影現場に行くと、その姿を見たキューブリックは驚き、「コレは大変だ!その目で撮影ができるのか?」と言ったそうだ。
マルコムの目を気遣う言葉はなかったとか…。
結局、マルコムはあの撮影で角膜を傷つけてしまったばかりか、治療の成果の発表会で無抵抗で受けるシーンで肋骨を折ってしまったそうだ。
また、警官になったかつてのドルーグに復讐され、水槽に顔を長時間浸けられるシーン。
本当は水の中で酸素が供給される仕組みになっていたのだが、装置が故障して窒息しそうになったとか。
コレはリアリティを出すために案外キューブリックがわざと装置を壊していたのかも?
とにかく、映画の中のアレックスの暴力は芝居なのに、実際のアレックスは本当にヒドイ目に遭ってしまった。

190_2ところで、「時計じかけのオレンジ(clockwork orange)」ってなんだ?
実はこの表現、コックニー・スラングのひとつで、「queer as a clockwork orange」という風に使われるらしい。
「queer」というのは「奇妙な」とか「風変わりな」という意味で、「時計仕掛けのオレンジみたいに変テコだね」となる。
この表現が意味するのは、「見た目は普通なのに中身がキテレツ」ということ。200そこで…手塚治虫の『時計仕掛けのりんご』というマンガを引っ張り出す。
ご存知?
長野県の架空の町が住民の知らない間に軍事クーデターのための被験地になっていた…という話。
外から見ればナンの変哲もない田舎の町の中でトンデモナイことが起こっていたというワケ。
それで長野だから「リンゴ」だ。
愛媛が舞台なら「時計仕掛けのオレンジ」になっていたか?
イヤ、「時計仕掛けのミカン」か。
はじめ、手塚治虫がこの映画を観て『りんご』を描いたのかと思った。
そこで調べてみると…『オレンジ』の日本公開は1972年4月、『りんご』の週刊ポストへの連載が始まったのがのそ2年前の1970年4月。
手塚治虫の方が先だったのだ。
手塚先生がアンソニー・バージェスの原作でこの表現を知って自分の作品に転用した。
原作本は読んでいなかったということだ。

Ringoそれと「しかけ」シリーズで言えばコレ。
四人囃子の「機械仕掛けのラム」。
名曲です。

Baoチョット、ごめんなさい。
本当は、今回次の展示コーナーの『アイズ・ワイド・シャット』までカバーするつもりだったんだけどコレでギブアップ。
好きな映画なもんだから調べに調べて、DVDで実際のシーンを確認して、脱線して…コレだけ書くのに2日半かかってしまった!
テンポが遅い「ゼンマイじかけのブログ」なのです。
次回は『アイズ・ワイド・シャット』や『シャイニング』をカバーしますのでお楽しみに!
 
<つづく>

2020年3月 5日 (木)

イギリス紀行2019 その15 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.4>

それでは、いよいよ作品ごとの展示のコーナーへ行ってみましょう。
 
まず最初に展示されていたのは『突撃』。
原題は原作同様、『Paths of Glory (栄光の小径)』。
1958年の戦争映画。
そのポスター…なのかナァ?製作スタッフのポートレート?
James B. Harrisというのはこの作品のプロデューサー。後の『ロリータ』の製作も担当した。

10この映画を観た人…どう思った?
話の設定にムリがありすぎると思うのは私だけだろうか?
それでもグイグイと見せちゃうのがキューブリックの手腕ということか?
簡単にストーリーを紹介すると、第一次世界大戦下のフランス軍がドイツの要塞に手を焼いていて、ムチャでアホなお偉いさんが主役のカーク・ダクラス扮するダックスに気合でその要塞を攻略するように命じる。
やってはみるんだけど、やっぱ、ム~リ~。ドイツ軍強ェんだもん。
するとそのお偉いさんは「なっとらん!」としてダックスが指揮する3つの部隊からひとりずつ選んで見せしめに軍法会議にかけて銃殺にするというんだな。
味方ですよ、味方。
その弁護を引き受けるのが弁護士が本職のダックス。
結果は惨敗。3人とも死刑。
そんなバカな!
ところが、かのウィンストン・チャーチルは(コレがホントの「Mr. Churchill Says」…The Kinksの曲ね)、「他のいかなる戦争映画よりも大戦の雰囲気を掴んでいる」と言ったそうな。
チャーチルは実際に第一次世界大戦に参加しているからね。
「命は鴻毛より軽し」と兵隊を無意味に戦地に送り出し、たくさんの命を奪った第二次世界大戦の日本軍も同じだ。
で、この作品、エンディングもチョット解せないんだよね。
捕虜となったドイツのお嬢さんがフランス兵の前で歌を歌うと、初めはからかい、嗤っていた兵士たちがその歌声にほだされて涙ポロポロ、シンミリしてしまう…という。
しかもアレってどう聞いてもドイツ語に聞こえるし。
要するに戦争の虚しさと無意味さを訴えているということなんだろうけど、映画としては脚本の強引さ目立ってしまうな~。
1958年というと、黒澤明でいえば『隠し砦の三悪人』だからね。
娯楽映画の作り手としては黒澤の方が格段に上だったな。
ところで、感動の歌を歌うその可愛いドイツ娘ね、クリスティアーヌ・ハーランというんだけど、直後に苗字がキューブリックになる。
この映画を通じでクリスティアーヌはキューブリックと結婚し、1999年にスタンリーが死ぬまで添い遂げた。
 
コレは現在入手できるDVD。Tg_2同じ会社の製品なのでジャケットのデザインがよく似ているが、こっちは1956年のロバート・アルドリッチの作品『攻撃(Attack!)』。
コレもアメリカ軍の内情をテーマにした作品なんだけど、ハッキリ言って『突撃』より『攻撃』の方がケタ違いにオモシロイし、映画としてよくできている。
さすがアルドリッチ!
あのね、あんまり言いたくはないんだけど、「シゲさんがおススメする映画にはハズレがない」ってよく言われるのよ。
♪ナ~ンでか?
私、人間がとても単純なんです。
わかりやすくて、本当にオモシロい映画しか観ないの。
その最高峰がアルドリッチ映画。
この作品は実は私の人生映画ベスト10の一角なのです。
キューブリックとは関係ないけどおススメ。
ちなみに『攻撃』のタイトル・シークエンスを手掛けたのはソール・バスです。

Kgアル・フィーシュフェルドのイラストが展示されていた。
カーク・ダグラスの顔がスゴイ。
まるで悪役!
フィーシュフェルドはアメリカのイラストレーター。20ハーシュフェルドの仕事はロック・ファンにはコレでおなじみでしょうな。
Aerosmithの『Draw the Line』。
『Rocks』の後に出て来たアルバムのジャケットがコレで当時結構驚いた。

30cdハーシュフェルドはブロードウェイのスターを描いたことでよく知られているが、こんなジャズのアルバムも手掛けている。
Mel Tormeの『And Friends』。

40cdDonald Byrdの後期Blue Note盤、その名も『Calicatures』。
コレは買ったことも聴いたこともないナァ。
ってんでSpotifyで聴いてみる…ガックシ。
私が最も聴かないタイプの音楽のひとつ。
『Fuego』だの『Byrd in Flight』だの『A New Perspective』だの立派なジャズ・アルバムを作ったお方がナニが悲しゅうてこうなってしまうんだろう。
「『Blackbyrd』の大ヒット」とやらのせいなのか?…ま、元々ファンキーっ気のある人だったからね。
でもジャケットはいい。

50cdThe Ritz、コレはジャケットほど内容はオモシロくなかった。

60cdさすがに『非情の罠』とか『現金に体を張れ』あたりの展示はなかった…イヤ、あるいはあったのかも知れないんだけど興味がなかったので目につかなかったのかも知れない。
ということで『突撃』のお隣は『スパルタカス』のコーナー。
「アーイム・スパルタカス!」ってか?
70v実際に撮影で使用された衣装。
キューブリックの長編の初のカラー映画だったけど、「すべてを制御できなかった唯一の作品」と、本人は悔いていたとか。
カーク・ダグラスの他、ローレンス・オリヴィエ、チャールズ・ロートン、ピーター・ユスチノフ、トニー・カーチス、ジーン・シモンズ等々、いい役者さんがたくさん出ているんだけど、私はこの作品も苦手。
そもそもカーク・ダグラスがね~、なんか立派過ぎちゃって…。奴隷のワリには髪の毛もキッチリし過ぎているし。

80『スパルタカス』撮影時の有名なスナップ。
もちろんクレーンの上にいるのはキューブリック。

90v死体に番号を記したボードを持たせている、コレも有名なスナップ。
撮影を中断して、再開する時にズレが生じないように配慮したのだそうだ。
再開時、役者さんたちはこのような写真を参考にして「オレ、258番だからアソコに倒れればいいのか…」とやったのだろう。
こんな写真がドカーンと引き伸ばされて展示されているもんだからスゴい迫力だった。

100そういえばこの映画のタイトル・シークエンスを担当したのは、上の『攻撃』のところで出て来たソール・バスなんだよね。
映画製作においてのソール・バスの偉業については枚挙にいとまがないので、興味のある方にはご自分で調べて頂くとして、ココではそれ以外にバスが手がけた企業のロコマークの実績のスゴさに驚いておきましょう。
ちなみに私が一番好きなソール・バスが作ったタイトル・シークエンスはヒッチコックの『北北西に進路を取れ(North by North West)』かな?
バーナード・ハーマンの音楽がまたいいからネェ。

Photo 音楽といえば、アレックス・ノース(前回『2001年』の所で触れた人ね)はこの『スパルタカス』でいい仕事を残した。
それはカークダグラス扮するスパルタカスとジーン・シモンズ扮するバリニアが顔を合わせる時に必ず流れる「Love Theme from Spartacus」という曲ね。
あ、火を吹いて血ノリをダラダラ流す皆さんの大好きなベーシストとは違いますよ!ベースはGene、コッチのキレイなイギリスの女優さんはJeanね。
そういえば、ローレンス・オリヴィエもチャールズ・ロートンもイギリス人だわ。
で、この曲がも~しつこいぐらいに出て来る。
でも、実に美しいメロディですな。
私なんかはBill EvansとJeremy Steigの『What's New』というアルバムで馴染みになったけど、最初にこの曲をジャズに持ち込んだのはどうもYusef Lateefらしい。ビックリ。

Wnこのキューブリック展、前から書いているように、後半は作品別に展示品が並べられている。
古い作品はスキップしているにしろ、『突撃』⇒『スパルタカス』の2作は時系列で展示品されている。
だけど、ナゼか次にいきなり『フルメタル・ジャケット』が来ちゃうんだな。
決してスペースの関係ではないと思うんだけど、ナニか意図があったんだろう。
まさかキューブリックの遺言か?130この作品は1年程度の比較的短期間にわたってベトナムに応召した兵士を描いた『The Short Timers』という小説が原作になっているが、キューブリックはこの小説の映画化権を手に入れるとすぐにその小説のタイトルを捨て去って『Full Metal Jacket』と命名したそうだ。
キューブリックはこの言葉を銃のカタログで偶然見つけて「美しく心に響く私的な言葉」としてとらえたんだと。
天才の感性ってのはわかりませんな。

175v2回目のレポートでカチンコを紹介したところで、キューブリックお抱えの撮影監督ジョン・オルコットの名前を出したけど、オルコットは健康上の理由でこの作品の製作に参加できなかった。
代わりにプロダクション・デザイナーとして起用されたのは、『エイリアン』の製作に携わり、後に『バットマン』でオスカーを獲得したアントン・ファーストという人。
そのファーストにキューブリックから与えられた仕事は「ロンドンにベトナムを持って来る」ことだった。
後半のフエのシーンね。
そこでファーストはロンドンの東のイースト・ハムにあった「ベックトン・ガス工場」というかつてはヨーロッパ最大のコークスの精錬工場に目を付けた。
その工場は取り壊しが決まっていたので、「好きなようにブッ壊していいよ」ということになり、キューブリックニンマリ。
解体作業のプロが常駐して、あさま山荘で有名になったあの鉄球の車を2週間借りて、担当者が建物のどこにブツけて穴を空けるかをオペレーターに指示したそうだ。
下はその「ベックトン・ガス工場」の俯瞰写真。140vそれぞれの建物の高さなどの情報が記録されている。
ナニをやるにも緻密なのよ。150ベトナム感を演出するために棕櫚(しゅろ)の木が200本ほどスペインから運び込まれてロケ現場に移植された。
それだけでは足りないので、プラスチック製の造花の棕櫚の木を香港から10万本運んできてボリュームを出したという。
キューブリックはどの棕櫚の木を使うか写真でチェックしたらしい。
コレが棕櫚の木ね。Shuro コレはロケ現場の写真。
チャンと棕櫚の木が植わっている。170「棕櫚の木」で思い出すのは吉村昭先生の『戦艦武蔵』。
コレについてはMarshall Blogで書いたので興味のある方はゼヒご覧あれ。
   ↓   ↓   ↓
激突!!SAITAMMER SLAM 第47戦 ~ 新生IOSIS登場

Mssしかし、何回も書くけど、あのシーンがロンドンで撮られていたなんてホント驚いたよね。
著名な軍史家の見立てによると、この映画はロンドンで撮影されている以外はすこぶるホンモノに近い」そうだ。
しかし、よくできてるよナァ。

160コレはキューブリックが、工事関係者であろうか、デレクという人に送った手紙。
「撮影が終わるまで、場内のガレキをそのままにしておいてくれないか?」という依頼状。
さらにキューブリックは「チョット小綺麗になりすぎているんで、もうチョット瓦礫を補充してもらえると助かんですが…ダメすかね?」なんてお願いしている。11_0r4a0393ジョーカーたちが被っていたヘルメット。

180もちろん撮影の時に使用された実物。

190やっぱりこういう実物は迫力が違うね。

200コレもジョーカーが身に付けていたメガネとミッキーマウスの時計!
 
前半のあのハートマン曹長のシゴキはスゴかったね。
いくら演技とはいえ、来る日も来る日も朝から晩までやたらと汚い言葉で怒鳴られて、俳優さんたちもかなり精神的にマイってしまったらしい。
一方、ハートマン曹長を演じたリー・アーメイは声を出し過ぎて一時期全く声が出なくなったばかりか、撮影現場で乗っていたジープが事故を起こし、片側のアバラ骨をすべて折って死にはぐったそうだ。

210前半のハートマン曹長も印象に残るけど、やっぱり後半がスゴいよね。
あの少女のスナイパーはあまりにもショッキングだった。
Marshall Blogでレポートした通り、2年前にホーチミンに行ったでしょ?
あの暑さは忘れがたいモノだったけど、もうひとつ忘れがたいのは「戦争証跡博物館」という、アメリカがベトナムにナニをしたかを歴史に残すための施設。
『ディア・ハンター』も『フルメタル・ジャケット』もいいけど、ああした負の記録を見ると少なくともアメリカが作ったベトナム映画の見方がガラっと変わるね。
そのレポートはコチラ ↓  ↓  ↓
ベトナムへ行ってきた!~私のホーチミン vol.3

230_2続いては『ロリータ』。

110あんまり展示はありませんでした。
もちろん観てはいるんだけど、私はそう興味がないもんで…。
今ならネルソン・リドルの音楽かな。
そういえば「ハンバート・ハンバート」っていう日本のバンドがいるんでしょ?
「ハンバート・ハンバート」はジェイムス・メイスンが演じるこの作品の主人公の名前。
『バーバレラ』の「デュラン・デュラン」みたいだね。
ちなみにイギリスの人たちは「デュラン・デュラン」ではなくて「ジュラン・ジュラン」と発音します。

120この辺りは書くことがないので脱線。
で、そのジェイムス・メイスン、『ロリータ』では情けない役を演じていたけど、さっきソール・バスの所で出した『北北西に進路を取れ』では最高にカッコいい悪役を演ってたよね。

Nbnもうひとつ。
それはジュディ・ガーランドの『スタア誕生』。
このメイスンもとてもヨカッタ。
今、『ジュディ』とかいうジュディ・ガーランドの伝記映画をやってるでしょう?
ナンで今頃ジュディ・ガーランドなんだろうね~?
私は彼女の声と気風のいい歌い回しが大好きでしてね、CDを何枚も持っているのです。
この『スタア誕生』は「The Man That Got Away」のシーンがアホほどカッコいい。
曲は詞がアイラ・ガーシュイン、曲がハロルド・アーレン。
悪いワケがない。
1954年、アメリカのエンターテイメントが最高だった時代だ。

Sb<つづく:次回は『時計仕掛けのオレンジ』から>

2020年3月 2日 (月)

イギリス紀行2019 その14 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.3>

 

続いて「FILMING」のセクション。
キューブリックの映画づくりの片鱗をうかがわせるコーナー。10執務室の再現。

20写真の保管箱。
コレがすごかった…几帳面で。
やっぱりナニかを成し遂げる人は間違いなく人間が几帳面だよね。
私は全くダメだわ、ダラしなくて。

30これらはナニかというと、ロケハンの写真。
キューブリックは制作時間が長いことが有名で、時にはそれが「悪名」だったりしたっていうんだけど、こういうのを見るとそれがよくわかる。
後の回で出て来る『フルメタル・ジャケット』とか『アイズ・ワイド・シャット』なんてスゴいよ。

40コレらは全部ロケハンの資料。

50やっぱりこうしてみると紙焼きの写真ってのはいいね。
もっとも、コレこそが「写真」というモノなんだろうけど…。

60ロケハンっていうのも実に大変な仕事だよね。
ま、私なんか「D_Driveのアー写を屋外で撮れ」とMarshall Recordsに指示されて対応しただけなんだけど、人様の迷惑にならないところで見た目がいいところを探すのは本当にムズカシイ。
そして、太陽の向きを考えなければならないので、何時ごろが最も適切かを調べなければならないし、必要とあれば撮影の許可を得なければならないでしょ。
それだけに、いいのが撮れればうれしいね。

70お、コレは『オレンジ』に出て来るレコード屋だ。
天井のVertigoレーベルのロゴに気付いた時は興奮したもんだ。
この店は、ロンドンはチェルシーのキングス・ロードにあった「Chelsea Drugstore」というお店だった。
キングス・ロードというのはロンドン・パンク・ファッションのメッカ「SEX」というお店があったことで有名。
私も一度だけこの通りを歩いたことがあるが、ゼンゼン普通の通りだった。
すぐ裏に国立陸軍博物館というのがあって、結構オモシロかったナ。
このキングス・ロードの1本北の通りは「フルハム・ロード」。
この名前にピンと来る人は私と同じ世代ぐらいか?
一時期、テレビでこの名前を聞かない日はなかった。
ちなみに渡辺香津美さんの1985年の『MOBO倶楽部』に収録されている「危険がいっぱい」という曲の元のタイトルは「疑惑の銃弾」だったハズ。
そういえばこのフルハム・ロードという名前が出て来る事件の主人公も「一美」さんといった。
90ナゼかウチにあるVertigoのトランプ。
どうしてもらったのかサッパリ記憶がないけど取り敢えず大事にキープしてある。

11_2vt_2コレは『アイズ・ワイド・シャット』だろうね。
アレもロンドンで撮ってる。 80こういうスナップ・ショットもうれしい。
『シャイニング』からの1枚。
仲がよさそうに見えるが、キューブリックとシェリー・デュバルはかなり険悪だったらしい…というより、キューブリックは役作りをさせるためにワザとそうなるように接していたという。

100『2001年』と『バリー・リンドン』から。

110コレは後にスピルバーグが製作した『A.I.』のスケッチ。
以下は展示の解説。
 
キューブリックは早い時期からのコンピューター賞賛者で、コンピューターをテーマにした作品に取り組みたいと思っていた。
そして、1982年にブライアン・オルディスという作家の『Supertoys Last Summer Long』という短編の映画化権を入手したが映画化の計画は実行されなかった。
当時の実写の技術では主人公のロボット少年をうまく描くことができなかったからだ。
そして、1993年にスピルバーグが『ジュラシック・パーク』を発表すると、そこに映画化の可能性を見出す。
キューブリックは『A.I.』の脚本を書き始め、クリス・ベイカーにスケッチや絵コンテの製作を依頼した。
1999年、キューブリックはスピルバーグの方が適任と考え『A.I.』を監督するように頼んだ。
が同年、期せずしてキューブリックが他界すると、スピルバーグは自分のビジョンに基づいて友人に準備させておいた素材を元に『A.I.』を完成させた。
スピルバーグ曰く「キューブリック本人抜きで、自分の感受性のフィルターを通して才能ある人のビジョンを代弁できるかどうかはスリリングな挑戦だった。その友人が間に入ってくれたことを名誉に思うよ。
正直、この作品に関わるのを許されたことを誇りに思っている。でもスタンリー・バージョンの『A.I.』を観ることができればどんなにヨカッタか…。きっとスゴいことをやらかしていたと思うよ」
 
上に書いた通り、キューブリックは製作に長い時間をかけるため、その間に主人公が大きくなってしまうのを避けようとロボットに演じさせようというアイデアまであったという。
ん~、でも私は『A.I.』ってどうもピンと来なかったな。
なんか辛気臭くて観ていて感情移入できなかった。
それよりも昨日紹介したキューブリックによるホロコーストものを観てみたかった。

11_0r4a0315撮影の計画表や予定表の数々。

120コレなんかは1957年の『Paths to Glory(突撃)』の工程表だからね。
よく残してるな~。
そういえばカーク・ダグラスが最近亡くなったね。
失礼ながらご存命とは知らなかった。

130コレは『2001年』。

140撮影機材の展示も興味深かった。
160v_2コレは1955年の『Killer's Kiss(非情の罠)』で使われた「Eyemo Camera(アイモ・カメラ)」。
アイモは1925年に発売され、それこそ1955年前後まで劇場用やテレビ放映用のニュース映画の撮影で世界的に使用されたそうだ。170『博士の異常な愛情』撮影中のスナップ。

180v『フルメタル・ジャケット』の後半。
クドイようだけど、コレがロンドンだっていうんだからね。190レンズもゴロゴロ。
レポートの第1回目に書いたようにキューブリックはプロのフォトグラファーだったからね。
当然、撮影技術にも長けていた。
コレはヒッチコックの本で読んだんだけど、あんまり監督が撮影の技術に詳しいと撮影監督がイヤがるそうで…。
ヒッチコックも撮影技術のノウハウを持っていて、アレコレ細かく撮影の指示をして「ハイハイ、ずいぶんと撮影に詳しい監督さんだね~」と煙たがられたらしい。

20050mmのハイスピード・レンズ。
元々は月を撮影するためのNASAのハッセルブラッドの6x6用に開発されたモノ。
カール・ツァイス製でF値は0.7!
キューブリックは『バリー・リンドン』のあのローソク明かりのシーンで使用した。
この辺りの話は後の回の『バリー・リンドン』コーナーでもう少し詳しくやるけど、当時はこの撮影がモノスゴク話題になってね~。
そんなことを思い出しながら舐めるように見入り、かつ、いつも使っているキャノンの5Dで夢中になって展示アイテムを撮影していた。
すると…230「スミマセン」と若い中国人の男性が英語で私に話しかけて来た。
ナニかと思ったら…以下はその男性とのやり取り。
「あの~、プロのフォトグラファーの方でいらっしゃいますか?」
「あ、ん~、ま~、コレで食べているワケではないですけど、お金を頂戴して撮影することも多いです」
「コチラの方ですか?」
「イエイエ、東京から来てるんですよ」
「エエエエ~!」
ナゼかものすごく驚いている。英語がウマいからかな?
「あの~、このレンズの展示…一体ナニがスゴイんですか?よかったら解説してもらえませんか?」
「エエエエ~!」とは言わずに対応してあげることにした。
ま、私はカメラ・マニアでは全くないので、ステージ写真を撮る時に必要な基本的な知識しか持ち合わせていないので、絞りとシャッター速度の関係とレンズの規格と『バリー・リンドン』の撮影について簡単に説明して差し上げた。
英語でカメラの話をする機会はあまりないので、こっちとしてはとてもいい英語の勉強の機会になった。
私の説明で納得してくれたらしく、ものすごく丁寧にお礼を述べてうれしそうにしていた。
あの人、武漢から来たっていってたかな?…ウソウソ。

220撮影フィルムの編集テーブル。240v実際に『フルメタル・ジャケット』の撮影に使用されたモノ。

250コレはわかるでしょう?
『2001年』の宇宙ステーションのシーンのセット。
このデカさ!
高さ12m。
こんなモノ作ってりゃ、そりゃ金がかかるわな~。
製作したのはイギリスの「ヴィッカース・アームストロング」という会社。
機関銃やら戦車やら軍艦やらのメーカー。
当時の金額で750,000ドル(当時の固定相場制の360円/$で2.7億円)かけて作られた。

270ヴェルナー・フォン・ブラウンというドイツのロケット科学者の技術情報を元にウィリー・レイというSF作家が描写したモノを実際に作ってしまった。

260コレだもん、『カプリコン・1』じゃないけど、アポロ11号の月面着陸のシーンはキューブリックがスタジオで撮ったってのもうなずける。
イヤ、どちらかというと、そうであって欲しかったりもする。
上で紹介した撮影機材はNASAから借用したモノもあって、そんなことからもこのウワサが流れたらし。
月面着陸か…。
あの時はもうスゴイ騒ぎだった。
万博のアメリカ館で「月の石」が公開されてね。
今では上野の科学博物館で「月のハナクソ」として公開されているけど、誰も興味を示さないんじゃないかしら…小さすぎて。
万博か…いい時代だったね。
携帯もインターネットもなくて。

280コレはその模型。

290

300

310「スター・ゲイト」のシーンで映画史上初めて使用された「スリット・スキャン」の図説。
後に『未知との遭遇』や『スタートレック』、『ブレードランナー』で特殊効果の手腕を見せたダグラス・トランブルのアイデア。
カメラと被写体の間に細長いスリットの入った板を入れてカメラを動かしながら撮影する…と言われても私はわからなかったけど、よく被写体がビヨ~ンと伸びたりする映像はこのテクニックによるもの。
今ではデジタル技術で瞬時にしてその効果が得ることができるが、『2001年』の製作当時はあの「スター・ゲイト」のシーンの撮影だけで半年を要したという。
何でもこの映画、全体で612のショットがあって、そのうちの1/3の205ショットが特殊効果のシーンなのだそうだ。

320下の写真みたいなヤツね。
「Jupiter and the Infinite」のシーン。
あのあたりの音楽…イヤ大抵の人には「音楽」には聞こえないかも知れないけど、アレはハンガリーの作曲家ジェルジュ・リゲティの現代音楽曲なんだね。
「レクイエム」という合唱曲から「アトモスフェール」という曲につながる。
リゲティはいい。
とてもしょっちゅう聴けたシロモノではないが、つまらんロックを聴いているより格段にスリリングでパワフルで刺激的だ。そして、コワイ。
ところがキューブリックはリゲティに黙ってこれらの曲を勝手に映画使っちゃったらしい。
もひとつ。
キューブリックは元々この映画の音楽をアレックス・ノースという『スパルタカス』を担当した人に依頼した。
ノースは苦心に苦心を重ねてオリジナル・スコアを書き上げたのだが、キューブリックは結果的にそのスコアを全部ボツにして、アタリで使っていたシュトラウスやらリゲティの既製曲を映像に当てはめた。
アレックス・ノースがこのことを知ったのがプレミアの時だったというからスゴイ。
ところが、そのオリジナル・スコアを読んだ映画音楽の大家でノースの友人だったジェリー・ゴールドスミスはキューブリックへの怒りをあらわにし、「キューブリックが選んだアレらの音楽のせいであの映画が台無しになった」と発言したそうだ。
そして、ノースの死後、ゴールドスミスは自らが棒を振って、そのオリジナル・スコアを録音したんだて。
聴いてみたい。
でもさ、みなさんあの映画の最初に使われるリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」って知ってるでしょ。
♪ドンガンドンガンドンガンドンガン…ってやるヤツ。
みんなあのファンファーレのパートは知ってるよね?
この曲って、キューブリックがこの映画で使って有名になったんだって!
あのファンファーレの後のパートって聴いたことがある人っている?
確認したことはないけど、ほとんどいないんじゃないかしら?
実はね、メチャクチャいいのよ。
『ティル・オイレンシュピーゲル』とか『アルプス交響曲』とか『英雄の生涯』とか、R.シュトラウスの曲ってやたらと大ゲサでしょ?
コレもそんな感じで非常に魅力的な曲なのです。
シュトラウスというとナチに協力した作曲家として知られているけど、奥さんがユダヤ人だったので仕方がなかったとか、色んな話があるみたいだね。
330一方…コレは以前Marshall Blogに書いたことがあるんだけど、最後の方の「Jupiter and the Infinite」のシーンはPink Floydの「Echoes」と完全にシンクロしているっていうんだよね。
で、実際に私も滅多に聴かない『Meddle』を引っ張り出して来てDVDとCDをせーのでスタートさせてそのシンクロ具合を確認したことがあった。
コレ、ホントにピッタリなの。
四人囃子が映画のこのシーンをバックに演奏するところを観てみたかったナァ。Medそれと、そのスリット・スキャンのシーンね。
アレを見ると立花隆の『宇宙からの帰還』という本を思い出す。
アポロ11号の乗員(他の宇宙飛行士も同じだったかな?)たちは宇宙に出た後、眠っている間にギュイ~ンって光がアタマの中を突き抜ける夢を見たんだ、っていうワケ。
イヤ、夢かどうかも確かではないらしく、とにかく3人が全く同じ経験をしたらしい。
こうなると火の鳥の出番って感じがするね。
でも、あのシーンはこの体験を連想させるんだな。Tt2…と、音楽のことを書いたけど、チャンと音楽のコーナーもあった。
キューブリックが音楽のことをどういう風に考えていたか。
以下、展示会の解説より…

11_0r4a0372 キューブリック曰く、「音楽というモノは観客を身構えさせ、自分が強調したいポイントを強化する最も効果的な手段のひとつだ。
音楽を適切に使うこと、あるいは使わないことは映画作家が自由に取り扱うことができる偉大な武器なんだよ」
キューブリックの時代考証の正確さは有名で、キューブリックは1962年から1968年のアメリカのビルボードのヒット曲を自分で採点し、Nancy Sinatraの「These Boots Were Made for Walking」やSam the Shamの「Wooly Bully」、Trashmenの「Surfin Bird」などを『フルメタル・ジャケット』に採用した」
最近では映画につける音楽ではクエインティン・タランティーノなんかもよく注目されているが、「時代考証の正確さ」という観点とは別に、キューブリックはこういう仕事がメッチャ上手でスマートだよね。
『アイズ・ワイド・シャット』なんかも「Baby Did a Bad Bad Thing」や「When I Fall in Love」が出て来たかと思うとショスタコーヴィチの「ジャズ組曲」の「ワルツ」が効果的に使われたりする。
何せカッコいい。
時代考証の話が続く。
 
「にもかかわらず、『バリー・リンドン』では舞台の半世紀も後に作られた1928年のシューベルトの曲が使われた。
このことはスペインの映画監督にこう説明している。
"手に入れることができる18世紀の音楽のレコード全てを聴く必要があったのかも知れない。しかし、18世紀の音楽には悲劇的な愛のテーマを持った曲がないということがすぐにわかったんだ"」
このエピソードはどうも有名らしく、他の本でも見かける。
そして、キューブリックはココで触れているシューベルトの曲をベタ褒めしている。
私は中学2年生の時に『バリー・リンドン』をロードショウ公開で観ていて、さほど映画に感銘を受けたワケでもないのにナゼかサウンドトラックのミュージック・テープを買ったんだよね。
13歳の子供がですよ!

2bl_1 実はコレの1年前に『スティング』を観て感動してサントラ・カセットを御茶ノ水の駅前にあった小さなレコード屋で買った。
「キミがこんなの聴くの?」と店員さんから訊かれたのを覚えている。
だから「マーヴィン・ハムリッシュ」だけでなく、「スコット・ジョプリン」の名前を12歳の時から知っていた。
私の音楽遍歴のスタートは映画音楽だったのです。ロックにノメリ込む前はこういうモノに夢中になっていた。
Bl_2 なので、「三つ子の魂百まで」…『バリー・リンドン』に使われている曲はだいたいわかっているつもりだったんだけど、100歳まではとてももたなかった。
このシューベルトの曲がどんなヤツかわからなかった。
執拗に出て来るあのメイン・テーマはヘンデルだし…(近々Marshall Blogでヘンデルとジミヘンの特集やります)。
そこでこのシューベルトの曲を調べてみた。
曲は「ピアノ三重奏曲 ホ短調 作品100」ということまではすぐにわかった。
でもそのピアノ三重奏曲か?
シューベルトのピアノ三重奏曲って4つあるらしんだけど、作品番号が付いているのは第一番と第二番だけ。
それじゃ第一番か第二番だ。
ところが、キーがおかしい。
第一番はDb、つまり「変ロ長調」。第二番は「変ホ長調」だからEb。しかも両方とも長調なのね。
おかしいな、キューブリックは短調の曲を使っているハズ…悩んでいても仕方ないので、「作品100」の第二番を第一楽章から聴いてみた。
そしたら、出て来た!それは第二楽章だったのです。
あのメロディ!
音楽ってのはスゴいもんだよ。即座にバリーの放蕩で財産を食いつぶされて行く惨めなマリサ・ベレンソンの顔が瞬時にして浮かび上がったもんね。
もうチョット続く…。
 
キューブリックは俳優たちの感情を揺さぶるためにも音楽を使用した。
『ロリータ』では「Irma la Douce」をかけてジェイムス・メイスンの目に涙を浮かばせたし、『ウエストサイド物語』でシェリー・ウインターズにおなじことをさせた。
ん~、ココは謎。
調べてみると「Irma la Douce」ってビリー・ワイルダーの『あなただけ今晩は』のことなんだよね。
ビリー・ワイルダーは大好きだけど、子供の頃に一度観ただけで映画自体は全く覚えていない。
でも、淀川長治の映画解説のラジオ番組のテーマ・ソングとしてこの曲が使われていたおかげで、曲はよ~く知ってる。
作曲はアンドレ・プレヴィンなんだよね。
プレヴィンって去年亡くなったのね?ご存命だとは知らなかった。
この人、シェーンベルグと卓球をやって圧勝したことがあるとか…。
また、ラフマニノフの生ピアノを聴いたこともあるとか…。
で、もしキューブリックが言うところの「Irma la Douce」がプレヴィンのこの曲だとしたら、ナンでジェイムス・メイスンが涙を流すのがサッパリわからない。
破天荒に明るくて賑やかな曲なのよ!
シェリー・ウインタースの「ウエストサイド」はわからなくもない。
小学校4年生の時に父が『ポセイドン・アベンチャー』を観せに錦糸町の江東リッツに連れて行ってくれたの。
それで、「あんなに太ったオバさんがよく映画に出れるな」と不思議に思っていたんだけど、「あの役をやりたくてワザと太ったんだよ」と父から聞かされた時はビックリしたわ。
その時シェリー・ウインタースの名前を覚えた。
 
ゴメンなさい!
こんなところでエラく長くなってしまった。
やっぱり「映画と音楽」となると思い出が多すぎて!

展示のこのコーナーはオモシロかった。
キューブリックがいかに音楽をうまく使ったか…ということを実際の画面を見せて解説してくれていたんだけど、字幕が消えるのが早すぎるんじゃ!

340「映画と音楽」…オモシロいね。
今は映画も音楽もピリっとしたモノがないけれど、昭和20~30年代は毎週撮り上がって来る映画につける音楽で作曲家たちはテンテコ舞いしていたっていう。
武満徹なんかもずいぶんゴーストをやったらしい。
そんなことがこの本に書かれていてオモシロかった。
師匠の早坂文雄が忙しすぎて、武満さんは『七人の侍』に結構スコアを提供したらしい。
勝四郎と志乃のロマンスのシーンの音楽は武満さんの作品だとか…。Ttひとつ疑問があって、さっきのリゲティとかペンデレツキとか、こうした現代音楽のネタをキューブリックはどうやって探していたのだろう?
あんなのを普段から聴いていたのかしら?
私も興味があってノーノとか、グレツキとか、グヴァイドゥーリアとかシュトックハウゼンとかのCDを買って来て聴いてはみるけど、1回しか聴かないよね。イヤ「聴けない」と言った方が正しいか?
「あ、こういうヤツね」と確認してCDが1枚終わるのをガマンしてる。
あ、ヘンリク・グレツキは結構イケます。そうは言ってもペンデレツキもモノによっては全然大丈夫。
少なくとも出がらし感満載のロックや単調なヒップホップより全然楽しめる。
やっぱり映画のイメージが出来上がると片っ端からレコードを聴いたり、専門家に相談して勉強するんだろうね。
私はバルトーク全集を聴いていて「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」の第二楽章を聴いた時ブッたまげたんだけど、本当に熱心にクラシック音楽を聴いている人々にとっては、まさに我々で言うところの『イージー・ライダー』や『スクール・オブ・ロック』、あるいは最近では『ボヘラ』みたいなモノなんでしょうね。
ああ、もっとチャンと音楽の勉強がしたい!350次回からは各作品の展示の紹介だよ。

<つづく>