シゲ・エッセイ Feed

2015年3月23日 (月)

【DAY1】 5 DAYS ART CHALLENGE

作家が自分の作品を1日3つずつ、5日間公表した後、知り合いのアーティストを紹介してバトンを渡し、アートの輪を広げていく『 5 DAYS CHALLENGE』というアート・ムーブメントがfacebookで展開されている。
Marshallのカタログや、GRANRODEOのツアープログラム、数々のCDジャケットを制作し、Marshall Blogでも「下町のヒプノシス」として何回かご登場頂いているデザイナーの梅村昇史さんからこの企画がバトンが送られてきた。
「ライブ・フォト・カメラマン」という触れ込みだ。
私がアーティスト?

イヤイヤ、生まれてからこの方、「自分がアーティスト」だなんて考えてみたことは本当にただの一度もない。
そもそも、AKBが「アーティスト」と呼ばれている時代である。
「言葉は生き物」であり、時代の趨勢に合わせて刻々と意味やとらえ方が変わることは理解しているし、仕方のないことだとも思う。
しかし、今音楽関連の仕事をしていて斯界を見回すに、「アーティスト」という6文字ほど意味が変わり、地位が下がった言葉は他に例を見ないのではなかろうか?
あ、「楽曲」があった。この言葉への仕打ちもかなりヒドイと思う。

私は自分が見たい写真やイメージしている写真、とにかくミュージシャンをカッコよく撮るために毎晩暗がりでシャッター・ボタンを押しているだけで、梅村さんのような「アーティスト」と一緒にしてもらってはあまりにも申し訳ない。
たとえ端っこの方でも、私を「アーティスト」というくくりに入れるのは言葉の誤用というものだ。

したがって、当然梅村さんからのご指名は分不相応と考えた。
でも、よく考えてみると私の写真は「fake」でも、そこに写っているギタリストはシンガーは見紛うことなき魅力的な「アーティスト」であることは間違いない。
つべこべ言って恐縮だが、私の回は、「アーティスト」と私の「ライブ写真」の「合わせ技」ということで自分を納得させて、いつもお世話になっている梅村さんのご指名を受けることにさせて頂いた。
梅村さん、お疲れさまでした。そしてご指名ありがとうございます。

さて、Marshall Blogをご覧の方々は「イヤ~~~!」というほどご存知だと思うが、何か思いつくと筆の抑制が効かない私である。
素直にfacebookに3点ずつ自分お気に入りの写真を掲載して5日間終わればいいのだが、それはできない。
解説を書かないと気が済まないのだ。
facebook上でゴチャゴチャ書くのもやりづらいので、写真の仕事をメイン・トピックスに据えているこのShige Blogのスペースを使うことにしたのだ。
ま、照れ隠しとか言いワケとかと捉えてご一読頂ければ幸甚である。
ちなみにこのShige Blogのバナーも梅村さんの作品だ。

5 DAYS ART CHALLENGE <DAY1>

1. 桑名正博さん

それでは、記念すべきひとつめ。
順番はほぼ意味なく掲載していく予定だが、最初の1枚はコレにしようとキメでいた。
桑名正博さん、バースデイ・コンサートのひと幕。
場所は渋谷のPleasure Pleasure。
このホールは照明が強く、露出合わせがなかなかに難しく、慣れるまで結構苦労した。
桑名さんは原田喧太氏と何度もMarshall Blogに登場してくださっており、この日も開演前に楽屋に赴き、桑名さんにご挨拶すると、「ジブン~、メッチャええ写真撮るな~」とおっしゃってくださったのだ。
私は、正式に写真の勉強をしたことなど一度もなく、Marshall Blogに掲載するための写真を撮るために、何万枚も失敗しながら、「どうすればよくなるのだろう?」と本当に一枚一枚研究しながらやってきた。今でもそのまっただ中にいる。
長年にわたって超一流のカメラマンの被写体となってこられた桑名さんにそんな言葉をかけて頂いたのである。
もう、最高にうれしかった。
そして、その日の本番。先の強い照明と苦戦しながら夢中で撮った一枚がコレ。
私も、我ながら「カッコよく撮れたワイ」と思っていたのね。もちろんMarshall Blogにも掲載した。
その後、それほどの時が経たずして、桑名さんは天国へ召されてしまった。

1_10「なんや、ジブンが撮ったんかいな!元のデータがみつからなくて苦労したんやデェ!」とは妹の晴子さん。
生前の桑名さんは、この写真を大層お気に召していらしたとお聴きした。
本当にうれしかった。
桑名さんは色々な形でこの私が撮った写真を色々アレンジしてお使いになられたそうである。
下のフライヤーはそのうちのひとつ。桑名さんがご自身で制作されたものだ。
ああ、桑名さんのナマの歌声が聴きたい!

現在閲覧できる桑名さんに関するMarshall Blogの記事はコチラ

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2. 三宅庸介『Orchestral Supreme』のジャケット写真

三宅さんも自分だけの音楽世界をギターで表現する真のアーティストだ。
それだけに三宅さんを撮るのは、いつもとても楽しい。
ただし、疲れる。
三宅さんが真剣勝負を挑んでくるからだ。
こっちは真っ向から受けて立とうとするが、すさまじいサウンドと気迫に圧倒されてしまう。
とにかく「今だ!」という瞬間を逃すまいと集中するのみだ。

コレは三宅さんのバンド、Strange, Beautiful and Loudのセカンド・アルバム『Orchestral Supreme』のジャケットの元ネタ。
撮影場所は東京キネマ倶楽部。
この日撮影した何枚かの写真の中から三宅さんが選んだのがこの写真。

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それが三宅さんの手にかかるとこうなる。
ありがたくも、いつも三宅さんからは私の撮る写真にお褒めの言葉を頂戴する。うれしい限りなのだが、まさか上を選んで下にするとは!
このセンスに座布団を何枚も差し上げたいと思うのはチト生意気か?

三宅さんがやっているような音楽が少しでも世の中に浸透することを願いつつ選出。

三宅庸介の詳しい情報はコチラ⇒Strange, Beautiful & Loud

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3. クリス・デュアーテ『LIVE』のCDジャケット写真

コレはね、死ぬほど驚いた。そしてすぐに生き返るほどうれしかった。
大好きなベーシスト、オガンこと小笠原義弘が参加しているクリス・デュアーテ・グループの2枚組CD『LIVE』。
写真はオガンちゃんの依頼で目黒のBlues Alley Japanで撮影したもの。
オガンちゃんからは「ライブ録音してCDになるかも知れへん」…と聴いていた。
それからずいぶん経って、あるアメリカ人から突然メールが届いた。
送り主の名前にはMike Varneyとあった。
「まいくゔぁ~に~?マイク・ヴァ―二―ってあのシュラプネルの?」…それでピンと来た。
クリスがシュラプネル・レコ―ズ・アーティストだということを思い出したのだ。
マイクはイングヴェイ・マルムスティーンを発掘した人とされ、主宰するシュラプネルといえば、アータ、ポール・ギルバートやらリッチー・コッツェンやらジェイソン・ベッカーやらが所属していたレーベルだ。
メールを開けてみると、案の定、この「クリスのCDに私の写真を使いたい」という申し入れだった。
もちろん即断即決。
するとアッと言う間に契約書が送られて来て、私は喜々としてそれにサインをした。(あ、もちろん文面はキチっと読んでます)

私はプロ・ギタリストにななれなかったが、まさか写真でシュレッド・ギター・ミュージックの名門レーベルと契約するなんて思ってもみなかった。
オガンちゃんありがとう!
私はシュラプネル・アーティストなのだ!

それにしても!

1_30このCDの元の写真は実はコレ。
かなり手を入れてある。
もちろん契約で、そういうこともOKしているので何ら問題はない。
しかし、コレを選ぶかね?
あのね、他にいいのがない、ということは絶対にあり得ないんよ。この日は私もかなり好調で、いいのがザックザック撮れたのだから。
特にクリスやオガンちゃんのソロの写真は自分でもホレボレするものが多かった。
それなの内ジャケに使われているソロの写真も「なんでやね~ん?」状態。
ん~、外人との感覚の違いをいいように味わった一件だった。

Chris Duarteの詳しい情報はコチラ⇒Chris Duarte Group Fans
小笠原義弘の詳しい情報はコチラ⇒DANCIN' FUNKY BASS!!!

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つづく



2013年9月 6日 (金)

我が青春のウッドストック <後編>

最初のころは動くジミやフー見たさに映画館に通っていた。
ところが、演奏シーンだけ観て、他の部分は寝ておくなんて器用なことはなかなかできない。
全編観なきゃならない。

そんな具合でこの映画、観る回数を重ねているうちに演奏シーン以外にも楽める個所が増えて来た。ま、「慣れてしまった」というか「観念したというか…。
映画を通じて当時のアメリカの若者の自由な言動に接することは驚きであり、そして憧れだった。

<映画『ウッドストック』のプログラムより>

Ws_img_1015 そして、あのカメラ・ワークと編集!
もちろんピート・タ  ウンゼンドが空中で止まるところや、サンタナの場面のハンド・クラッピング!鳥肌!
カントリー・ジョー・マクドナルドの大俯瞰、黒い鍵盤に置くスライのアップなど好きなカメラ・ワークは枚挙にいとまがない。
ジョー・コッカーのオルガンのイントロもスリリング。演奏以外のシーンでもノーマン・ジュイソンもビックリのマルチ・スクリーンも最高にカッコいい。
それもそのはずマーチン・スコセッシが編集スタッフに加わっているのだから。堂々たる出来である。

<映画『ウッドストック』のプログラムより>

Ws_img_1018 始めはおっそろしく長く感じた3時間半も何回も見ているうちに飽きるどころか、だんだん短く感じるようになっていった。
会場となったべセルの農場主、マックス・ヤスガーのスピーチも実に感動的。「マリワナ…」とささやくジェリー・ガルシアの姿も、「すごい人!」と驚くジャニスの姿も印象深く、オリジナル・バージョンに演奏シーンがないミュージシャンでも動く姿が見えるだけでうれしかった。

<オリジナル・バージョンを収録したレーザー・ディスク>

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その点、映画で未収録の映像が加わったバージョンはそういった流れを壊してしまうキライがあってチョイとなじめなかった。

<ディレクターズ・カットのレーザー・ディスク>

Ws_img_1030 そりゃオリジナル・バージョンでは見ることのできなかった、ジャニスやグレイスの演奏シーンが見れるようになったのだからうれしい限りなのだが、オリジナル・バージョンにあまりにも慣れ親しんでしまっている私は、こちらのバージョンは「記録」として捉えざるを得ない。つまり、一種のミュージック・ビデオ。「映画」ではないのだ。

<ディレクターズ・カットのDVD>

Ws_img_1027 サウンドトラックも最初に観てすぐにゲットした。LP3枚組で当時はかなりお小遣いを貯めなければならなかった。
でも、これも買って驚いたね。
だって映画と関係ない曲がワンサカ入っているワリにはリッチー・へヴンスの「ハンサム・ジョニー」やザ・フーの「サマータイム・ブルース」は入っていないわ、アーロ・ガスリーはテイクが違うわで「なんだコレ?」状態だった。

<オリジナル・サウンドトラック3枚組LP>

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<『Woodstock Two』の2枚組CD:これには何の思い入れもない。LPも買わなかった。大分後になってこのCDを買った>

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いったい映画のどこにジェファーソン・エアプレーンが出てたのよ?!…と子供心に不満に思った。
でもかなり聴いたナァ~。結局、このアルバムが大好きになった。

ジョー・コッカーの「With a Little Help from my Friends」のアレンジがジミー・ペイジによるものだったことを知った時にも結構驚いた。「や~っぱスゲェわ、ツェッペリンって」って。

さらに後年驚いたのは、実際のアーティストの出演順がリッチー・へヴンスを除いて映画と恐ろしくかけ離れていたということ。
これは少し幻滅させられたかな~。

<25周年を記念してリリースされた4枚組CD>

Ws_img_1006 そういえば1976年、「日本のウッドストック」的な触れ込みで「ローリング・ココナッツ・レヴュー」という捕鯨禁止キャンペーンのコンサートが開かれた。
リッチー・へヴンス、カントリー・マクドナルド、ジョン・セバスチャンなど本当にウッドストックに出てた連中がやって来るってんで観に行った。

会場は「晴海ドーム」とかいって後にも先にもこと時1回行っただけの車の展示会をやるバカでかいホールだった。
私が見たのは初日(だったのかな?)で、リッチー・ヘヴンスが出演して「Here Comes The Sun」を演奏していたのを覚えている。
最後はお約束の「Freedom」だった。感動したね~。ウッドストックの冒頭を飾った人が目の前にいるんだから!
自分が40万人の中にいるつもりで演奏に聴き入った。他にはエリック・アンダーソンやオデッタ、岡林信康(ファンだった!けど確か演奏中にトラブルがあったような…)、泉谷しげるなどが出演。

泉谷さんのセットではソロ・デビュー間もない(頃だったと思う)Charさんが白いスーツに白い帽子をかぶって登場した。ムスタングを引っさげてトレモロ・アームを上下する姿は筆舌しがたいカッコよさだった!

それとオデッタが演奏する時、(順番は泉谷さんより前)彼女は傍らでお香を焚いていたのだが、その香りが強烈だったのを覚えている。
また、曲の途中に彼女がパチンと手を打つ曲があって、何人かのお客さんがそれに合わせて手を打とうとするのだが、(彼女は一緒にやってくれなどとひとことも言ってない)タイミングが大幅にズレてたのが彼女には不快だったらしく、「チョット~、アンタら勝手に手ェ叩かないでよ」とあからさまに迷惑そうな顔していたのが印象的だった。
リッチー・ヘヴンスもオデッタももうこの世にはいない。

このイベント、ものすごい長丁場のわりには食べ物の供給が猛烈に貧弱で、売っているものといえば味も素っ気もないコッペパンくらい。究極的にハラが減ったのもよく覚えている。
加えて終演した時間も遅く、帰りのバスがなくなってしまい、銀座まで歩いて帰った。まだその時分は中学生だったので、「帰りが遅い!」と父にケチョンケチョンに怒られてしまった。
でも、ま、ウッドストックのトップバッターを努めたアーティストを間近に見たんだからよしとしようではないか!

Marshall Blogではブリティッシュ・ロックにまつわるイギリスの名所を行脚している。いつかマンハッタンでもこれをやりたいと思っている。アメリカはそれだけでいいかな~。
でも、もうひとつ、このフェスティバルが開催されれたBethelという場所のヤスガーさんの農場だけは生きている内にいつか一度は訪れてみたいと思っている。

文中には私が保有するウッドストック関連グッズを散りばめてみた。別にコレクターではないので珍しいものは特にないが、これまで結構投資したな。
ま、権利関係の問題が複雑に絡み合っているんだろうけど、チビチビ未発表音源やら画像を出されるのは辛い。

こちらは幾分レアかも?いわゆる映画の「チラシ」。A4の二つ折りになっている。どこでゲットしたのか覚えてないな…。

<映画『ウッドストック』のチラシ>

Th_img_1249 <チラシの裏面。A4判を半分に折った仕様になっている>

Th_img_1251_2 <同:解説には中村とうようさんが寄稿している>

Th_img_1252 フェスティバルのウンチクに関しては機会がある時にMarshall Blogの「Music Jacket Gallery」の中で触れて行きたいと思う。

それにしても、ウッドストックを通じてMarshallがロックの歴史の大きな1ページを刻んでいることを心から光栄に思う。
そして、あの映画館をかけずり回っていた時代がなつかしい。

さぁて、また観ようかな?

2013年9月 5日 (木)

我が青春のウッドストック <前編>

音楽に興味を持ち始めてからずいぶん時間が経った。

「Music Jacket Gallery」の植村さんには遠く及ばないが、売っちゃ買い、売っちゃ買いしたLPやらCDの数は「万」を下ることはない。
その間にずいぶん色々と好きなものキライなものに出くわした。双方枚挙にいとまがない。

そんな中で、とりわけ好きなものと言ったら「ウッドストック」…映画の『ウッドストック』のことだ。

一体何回観たことだろう。カウントしておけばよかった…。
映画館で観た回数に関しては、そう簡単に人後に落ちないつもりだ。「ぴあ」や「シティロード」をチェックしては東京中の名画座を駆けずり回った。DVDはおろか、ビデオすらなかった時代だから映画館に足を運ぶより他、観る方法がなかったのだ。

初めての『ウッドストック』は退屈だった…。ひたすら寝た。
その時は「バングラデシュ」とのダブル・フィーチュアだった。中学校2年生だったかな?
ビートルズこそロックだと思っていた頃だったので当然「バングラデシュ」を目当てに映画館に出かけた。
ところが、こちらの方も存外に退屈で、その証拠にこの時以来、一度も観ていない。ま、今観たらそうでもないんだろうけど…当時はまだ青かったから…。

子供ながら記憶に残っているのは、Ravi Shankarが「演奏中にはドラッグを控えて欲しい」と演奏前にアナウンスしたことと、George HarrisonがLeon Russellを紹介した時に、座ったままのLeonに向かって「立てよ、レオン」と注意したとこぐらいかな。演奏はほとんど記憶に残っていない。

「ロック映画」などというジャンルがあるのかわからないが、当時はこの手の作品がたくさんあって、ソウル系の『Wattstax』や『Fillmore: The Last Days』なんかがよく『Woodstock』と併映されていたように記憶している。

しつこいようだが、何しろまだビデオもない時代で、テレビで海外アーティストの映像が見られることが激レアな時代だったから、このようなフィルムが非常に重宝がられていたことは方々で語られている通り。
もっとも当時を振り返ってみると、「ロック」と「歌謡曲」というか軽音楽のジャンルが明確に分けられていて、いわゆる「日本のロック・バンド」をテレビで見ることの方が海外ロック・アーティストを見ることよりはるかにレアだったかも知れない。
それに矢沢永吉や井上陽水、荒井由美といったいわゆるニューミュージック系の大御所はテレビに出ることをかたくなに拒んでいた。今とは隔世の感ありだ。いまだにテレビに出ないのは達郎さんぐらいでしょ?

有名な「モンタレー・ポップ・フェスティバル」なんかも最初に見たのは九段会館だった。コンサート形式でありがたく拝見させてもらった。これはその時のプログラム。
Ws_img_1041 そういえばビデオが一般化した後年、大晦日かなんかにテレビで『ウッドストック』を放映していたことがあった。ビデオに録画しようにもあの頃は生テープがまだ殺人的に高かったっけ。

この「ウッドストック」が1969年に開催されたということは、ロックの試験があれば頻出問題になることは間違いないくらいの常識となっているけれども、考えてみると初めてこの映画を観たのは実際に開催されてからまだ10年も経ってない頃だったんだよね。
それがもう開催から40年以上も経った。自分も歳を取るワケだ。

<映画『ウッドストック』のプログラム>

Ws_img_1010<同:裏表紙。あるいはこっちが表紙かな?>

Ws_img_1011 <同:内容は出演しているミュージシャンの紹介がほとんど。オリジナルのイラストが間に挿入されておりなかなか凝った作りになっている。残念ながらオリジナルではない。何回か観に入っているうちにどこかの映画館で見つけて購入した。いつも取り扱われていたワケではないように記憶している>

Ws_img_1012 閑話休題。いよいよ思い出してみるに、あの頃はフィルム・コンサートというのが各地で頻繁に催されていて、ローリング・ストーンズのドキュメンタリー映画『Charlie is my Darling』を有楽町のよみうりホールに観に行ったことをハッキリと覚えている。この時が本邦初公開だった。1978年ぐらい?
どうしてこのことをハッキリと覚えているかというと、その当日、まれに見る大型台風が東京を直撃し、学校が半ドンになったのだ。当然家に帰って、家でジッとしていなければならないのだが、すでに少ない小遣いをはたいてでチケットを買っている。当然家にいるワケにはいかない。そこでロック好きの友人達とやや後ろめたい気持ちもありつつ出かけてしまったのだ。
司会は渋谷陽一だった。我々の仲間はみんなFM NHKの彼の番組を楽しみにしていたのでそれだけで大興奮だった。
その時、渋谷さんがストーンズの映画に先だって「今、一番ホットな新人バンドを紹介します」と上映したフィルム(今でいうPV)が日本デビュー前のCheap Trickだった。ものすごくカッコよかった。数年後、ライブ・レコーディングされた有名な武道館公演にも当然行った。

話しは戻って…今、英Marshallのスタッフとして働いているが、この頃からMarshallに縁があったのかナァ…と感慨にふけることもある。
「ウッドストックのマーシャル」といえば何といってもJimi Hendrix。あの朝日に浮かぶ1959のフルスタックの壁は荘厳ですらある。
そういえば、最初、「Purple Haze」の邦題が「紫のかすみ」となっていて、お兄さんたちが笑っていた。私には彼らが笑っているまだ理由がわからなかった。

<映画『ウッドストック』のプログラムより>

Ws_img_1017_2 Marshall社としても。あの場面に自社の製品が登場していることを誇りに思っているのだ。
それにしても残念なのはあの観客の数。押しに押しまくった進行がJimiの出番を一日遅らせてしまったのだからスケールがデカイ。
40~50万人いた観客がたったの3万。ま、これだけでも大変な数ではあるが…。
出演者中で一番高いギャラを取ったというのに!そして、仕事だからといってもジミを見ずに帰ってしまった人たち…いまだに臍を噛んでいるのではなかろうか?一時は出演がキャンセルとなったという噂があったようだし、あのジミの演奏は本調子ではないとよく言われているが、そんなこたぁ関係ない。
だって「え、ジミヘン?あ、オレ、ウッドストックで観たよ」…なんて言ってみたいものだ。

ホント、実際のジミのMarshallの音を聞いてみたかったナァ。熱心なヘンドリックス・フリークぶりで知られるウリ・ジョン・ロート曰く、「とにかくクリーンで美しかった」というジミのマーシャルの音。
Marshallのクリーンにはファンが多い。ウリは若かりし頃、2度ほどドイツでジミを見たと言っていた。

<映画『ウッドストック』のプログラムより>

Ws_img_1016_2 ちなみに今はディレクターズ・カットになって、ジミの出番は彼がアナウンスに合わせてマーシャルの影から出てくるところから「Voodoo Chile」が始まりが、劇場版はこの前のジミとは関係のないシーンにギターの音が重なって「来た、来た、来た!」という演出になっていた。
何しろここあたりのシーンまで延々3時間くらい待ち続けるのだからジミの出番は喜びもひとしおだ。
そして「アメリカ合衆国国歌」…タマらん!なぜかこのジミのところだけコマ落としになっていて、ジミの動きがザクザクになっている。これもまたカッコよかった。
「Purple Haze」の後、あの美しくももの哀しい「Villanova Junction」にそのまま突入し、映像はフェス終了後のあたり一面ゴミ野原と化した会場のようすに変わる。
ここはこれでジミが写ってなくてもまたよし。不思議なことに「ジミを映せ!」という感情にはならない。少なくとも私はこれが美しいと思っている。
ただ、あのシーンでいつも思っていたのは、靴をなくした若者が捨て置いてあるスニーカーを拾いサイズを確認するところ。アレ履いたら中が濡れてて気持ち悪いだろうに…と今でも思ってしまう。それとあのスイカ。あれは食べれな。あのふたり、よっぽど空腹だったんだろう。

<40周年を記念してリリースされたDVD。Greatful Dead他、未発表映像が満載されたが私にとっては「記録」であり、「映画」ではない。
尚、Marshall Blogの「ミュージック・ジャケット・ギャラリー」でおなじみの植村和紀氏はこの40周年記念の6枚組CDの制作に関わっている>

Ws_img_1002 あの場に日本人はいたのだろうか?
有名な話しでは故成毛滋さんがいらっしゃったそうで、開催された当時の「ニュー・ミュージック・マガジン(当時)」を紐解くとそのレポートが掲載されている。かなり面白いので興味のある人にはオススメだ。(『ミュージック・マガジン増刊 スペシャルエディション パート1』に掲載)
どこかの記事で読んだが、夜、暗くなってからひとたびトイレに行くと、明るくなるまで自分の席に帰ることは不可能だったとか…。

何しろ「ものすごい人」だったとかで、ウッドストックに在住していた私の知人のフォーク・ミュージシャン(ボブ・ディランの先輩格にあたるかなり有名な人)にその様子を尋ねたことがあった。その人は実際にサブ・ステージへの出演を依頼されていた。
何しろウッドストックに住んでいるワケだから、出番に間に合うように「んじゃ、チト行ってくるわ」ってな調子で家を出たらしい。
ところが、道が混んでいて到着が大幅に遅れ、また、人がいっぱいでとうとうステージにたどり着けなかったそうだ。
それからどうしたかって?そのまま家に帰って来ちゃったんだって!!ちなみにこの人もあのフェスティバルがこんなに歴史に輝くものになることが予めわかっていたら是が非でもステージに立つべきだった!と残念かっていた。そりゃそううだ。

 話しを元に戻すと、先日亡くなったアルヴィン・リーもマーシャルを使っている。何しろあの時は ピンスポが当たっている場所以外は真っ暗なステージなので演奏中にハッキリと確認できるワケではないが、最後にスイカを担いでステージを降りようとしているときにフルスタック、UNIT3(1959の3段積み)の姿が確認できる。
それにしても初めてテン・イヤーズ・アフターを見たときはブッたまげたゼ~。いい気持ちで寝ていたのがいっぺんに飛び起きてしまったんだから!

<映画『ウッドストック』のプログラムより>

Ws_img_1013 マーシャル・プレイヤーということでもうひとつ言えば、ジェフ・ベック・グループが出ていればもっとよかったのにナァ。

<映画に収録されていない画像を収録した『ウッドストック・ダイアリー』のレーザー・ディスク。3日分がリリースされたが高くて全部は買えず。観たかったThe WhoとJanisとSlyが収録されているこの日の分のみを買った>

Ws_img_1029 <後編につづく>

2013年7月23日 (火)

アメリカ、ひっさしぶりだ~!

2013年1月23日 初出

アメリカに来るのは5年ぶりぐらいかナァ~。

ここのところイギリスばっかりだったから、てっきり昼ごろ飛行機が飛ぶのかと思ったら夕方だった。

ロサンゼルスまで9時間。ロンドンより3時間ぐらい早くてメッチャ助かる。この老体にとって、座りっぱなしの3時間の差はかなり大きい。

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ホテルの部屋から撮った外のようす。これは朝焼け。

この5年の間にエラク年取ったような気がするのは、時差がメチャクチャつらくなったこと!ロンドンの場合は昼に成田を発って夕方ヒースローに着くので、そのまま寝ちゃえばそう問題ない。どうせ飛行機の中ではグッスリ眠れないのですぐ眠れちゃう。

今回はシンドイ。成田を夕方発って、ロサンゼルスに着くのが前の日の朝9時。激疲れの状態でもう1回一日をやり直さなければならないからね。帰りは帰りで昼にロスを出て、成田に着くのが朝の5時。アメリカ往復ってこんなにつらかったっけ?

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ホテルの廊下。出てくる数日前に「シャイニング」を観ちゃったもんだからつい…。ダニーが三輪車で走り回った廊下みたいでしょ?おっと!部屋番号は?大丈夫、237ではありません。

私、実際にあの「シャイニング」のホテルに泊まったことがあるんよ。イヤ、正確にはモデルとなったホテルなんだけど…。キューブリックの演出を気に入らなかった原作者のスティーブン・キングがテレビ版を作った時にロケで使われたホテルね。詳しくはまた別の機会に。
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そう、今回の訪米はNAMMショウに参加するためなのです。

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NAMMには何回も来てはいるものの、まさか正式なマーシャルのスタッフで来る日が来るとは夢にも思わなんだ。

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着々と準備が進む。

NAMMの詳しい情報はコチラ⇒マーシャル・ブログ

今晩はみんなでメキシコ料理。案外好きなんだ~、メキシカン。楽しみ!
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(2012年1月22日 ロサンゼルス・アナハイムにて撮影)

2013年7月18日 (木)

友遠方より来る

仲良しのアメリカ人が遊びに来てくれた。洋の東西を問わず気の合う友達と会うのはとても楽しい。
よせばいいのにお土産まで持ってきてくれた。
Pu_img_4756 Hotties Guitarsというその友人がやっているギター・ブランドのハムバッキング・ピックアップ一式。
もう全然ギターなんか弾いてないのに…。
昔はこのピックアップのように燃えてたんだけどな~。
Pu_img_4785 うれしいナァ。ピックアップだけじゃくて、彼の気持ちが…。
またギター弾こうかな…。
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2013年6月10日 (月)

イギリス紀行2012 その19~ロンドン5 <さらばUK!>

2012年9月14日 初出

今日は広規さん達と分かれて別行動。天気予報によると久しぶりにいい天気なりそう!ということで、『ロック名所めぐり』取材がてら、まずは街中をブラブラすることに。

ここはチャリング・クロス・ロードからちょっと入った路地。

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セシル・コート(Cecil Court)といって古本、古地図、中古楽譜屋さんなんかが集まっている通り。東京でいう神保町だ。ゼンゼンこっちの方が小さいけどね。
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イギリスはウィリアム・シェイクスピアやアガサ・クリスティを生んだ日本に並ぶ読書大国。本の装丁にも並々ならぬ技術とこだわりを見せる。
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他にも専門書店が軒を連ねる。
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ここは音楽書を専門に取り扱っているお店。神保町にもあるよね。
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こっちもそう。クラッシック関連の書籍が多かった。
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ここは車やオートバイ関連書籍のお店。
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チャリング・クロス・ロードに戻る。もう数えれないくらい歩いているエリアだけど、こんな建物気がつかなかったな。抹茶テイストでおっしゃれ~!

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やっぱりロンドンの街並みはすこぶる美しい。イギリスの田舎の風景もこの世の物とは思えないくらい美しい光景が広がるが、多くの人が認めるように、私もこのロンドンの街並みが大好きだ。ヒトラーがぶっ壊さなかったらもっときれいだったのかな?

それでもイギリスの連中に言わせるとベルギーの方がもっときれいだって言うね。イヤ、アタシャ、イギリスで大満足です!
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ピカデリーをブラついていたら宗教系のデモに遭遇。
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何を訴えているのかはわからないが、何しろすさまじい熱気!
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リージェント・ストリートもユニオン・ジャック一色だ。
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しっかし、ようやく晴れたナァ~。
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せっかく晴れたので何かロンドンならではの美しい景色を撮りたいと思い立ち再度リッチモンドへ向かうことにした。
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やっぱり抜群にきれいだった。

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まるで絵画。というか、画家たちがこれを絵にしたのだから絵画的で当たり前なのだ!

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それしてもいい天気!今度は暑くてしょうがない!
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久しぶりに顔を出したお日様のもと、お母さんと戯れる少女。きゃわいーなー。鳥さんもいいけどお嬢ちゃん、フンに気をつけるんだゼ!
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河畔のホテルもこの通りの美しさ!
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曇天下の前回のレポートとはえらい違いでしょ?

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この光景がウエスト・エンドから20分ぐらいのロケーションに広がっているとはにわかには信じがたい。
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ま、せっかくここまで来たので有名なKew Gardenでも見てみようと、おとなりのキュー・ガーデン駅で下車。キュー・ガーデンまでは駅から歩いて10分かからないぐらい。自慢の美しい庭園をカメラに収めようと重い足を引きずって行ってみた。たけーの、入場料。やめた。
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で、ナニもしないで駅までもどってホームのベンチで電車が来るまでの間、この2週間のこをボ~~っと思い出していた。

明日は最後か…。ずいぶん色々あったな~。楽しかった。みんなにホント~に良くしてもらった。最高の友達たちだ。感謝感謝。彼らが東京へ来たらどうやってもてなしてやろうかな?楽しみだな~。

ジムを送り出す会、ヨーク、エジンバラ、ニューキャッスル、サウス・シールズ、ダイアモンド・ジュビリー、ポールの歌…。あまりの天気の悪さに寂寥感が芽生え、途中で帰りたくなっちゃったけど広規さん&くり子と合流して復活!やっぱりアッという間だった。

なんて感傷的になってロンドンの中心街へ戻って行った。
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そして次の日、私は機上の人となって、愛すべき祖国へ向かったのであった。

これにて『イギリス紀行2012』を脱稿させていただきます。広規さんシリーズも含め、23回にも渡ってご覧いただきましてどうもありがとうございました。

でもね、肝心なものはまだ出していないのです。それはこの旅でゲットした「ロック名所」ネタ。こちらも近日公開致しますので是非ご期待くださいませ!
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<おまけ>

ここ数年の円高は対ポンドにおいても猛威を振るっていて、観光には実にうれしい環境を作り出してくれている。10年ぐらい前には£5のCDを買うのに1,150円払っていたのを今では625円でゲットできる。実は私はロンドンで本はよく買うけど、イギリスでCD買ったことがほとんどなかった。

そんな円高を味方にCDをツラツラと見て回り、少し買いこんで来た。

このアリス・クーパーのライブ盤は見たことがなかった。£5だったので即ゲット。これは1975年、ロスアンゼルスでのライブ。名盤『Welcome to my Nightmare』の発売直後、つまり今でいうレコ発ライブだったのだろう、同アルバムから「The Awakening」を覗いて全曲演奏している。もちろん「I'm Eighteen」、「No More Mr Nice Guy」、「School's Out」、「Billion Doller Babies」等も演奏している。完全にショウ仕立てになっていて、71分の収録時間が短く感じる。音もよくて625円。
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大好きな大好きなセンセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンド。1976年の『SAHB Stories』と1978年の『Rock Drill』の2 in 1。「好きな割には2 in 1かよ」と笑わば笑え。ゼンゼンへっちゃらよ。だってSAHBって中古でほとんど見かけないもん。(『Next』とか『The Impossible Dream』ばっかり) 体裁にこだわって聴けないよりも、早いとこ内容を楽しんだ方がいいでしょ?もう残された時間があまりないのだ!2 in 1といっても2枚組で£10。

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The Whoのメモラビリア。音源はナニも入っていないコレクターズ・アイテム。相当売れ残ったんだろうな?元の値段の半額以下で£15。契約書やらチケットの半券のレプリカがゴロゴロ入っていて楽しい。それにブックレットの写真がすこぶるカッコいい。The Whoなんて撮ってみたかったよな~。この4人のライブの写真すべてが私の教科書のうちのひとつなのです。(それとジム・マーシャルにセシル・ビートン)
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これは人気音楽誌「UNCUT」の別冊。UNCUTは1997年創刊の総合音楽雑誌で、本誌は新しいミュージシャンを中心に編まれている。ところが、そんな雑誌でもこうして過去のブリティッシュ・ロックの遺産に関する別冊を時折出すのだ。こういうところがエライ!読むのはかなり骨だが、写真も多く、ページをめくっていてワクワクしてくる。なによりもこうしたブリティッシュ・ロックに関するアイテムを本場イギリスで手に入れることに快感を覚えるってワケ。これ東京で見かけても高いし、絶対買わんよ。ジョン・レノンとフーは数年前に買ったもの。今回はツェッペリンの特集だったので迷わずゲット。£6.99。

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ヒッチコック大好き!作品をひとつひとつ解説した豪華本。£30が£8で売っていた。これも多数のメモラビラが収蔵されていてうれしいなったらうれしいな!
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極めつけはコレ!£19.95の定価でゲット。古今東西のミュージシャンの写真が雑多に掲載されている。そこには何のテーマも見受けられないが、ま、参考書的に持っておいてもよかろうという判断が働いた。それよりもこの表紙を見たら義務感が湧いてきて買わずにはいられなかった。
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完全にMG15DFXだもんね~。マーシャルの社長に見せたらなんじゃこりゃ的に「見たことないナ~」と驚いていた。それにしても、滅法重くてさ。ヒッチコックの本とこれだけでもう超へヴィ級。買って買いたい本は他にも山ほどあるんだけど、重量を考えるとイヤになっちゃうんだよね~。デザイン・ミュージアムで見つけたソール・バスの作品集も欲しかったんだけど、とても持って帰れる重さではなかった!

飛行機で預かってくれる荷物の重量は23kgまで。それを超えると4,000円ぐらいの超過料金を払わなければならない。ところがANAなんかは2個まで無料で預かってくれるので、この超過料金を払うより8,000円以下のバッグを買って荷物を分けた方が全然利口なの。ヴァージンは1個しか預かってくれないので注意ね。

この他。マイルス・デイヴィスの自伝のペイパーバックが£3だったので買ってみた。

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『イギリス紀行2012』これにてすべて終了!長い間お付き合いくださいましてありがとうございます。