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2022年5月11日 (水)

<スピンオフ>私の横須賀 ~FATE GEARのミュージック・ビデオ撮影現場より


Marshall BlogにFATE GEARの最新の動画撮影のレポートを掲載した。
ありがたいことにFATE GEARのリーダーのMina隊長から撮影の現場となった横須賀や三笠に関して「好きなように脱線して構わない」という許しを得たので自由に書かせて頂いた。
やっぱり自分で興味を持っていることは思う存分書きたいからね。
ところが一旦記事を構成してみたところ、さすがにあまりにも長くなってしまったので、少々割愛してコチラに引っ越すことにした。
それでもMarshall Blog史上最大の脱線となった。
肝心なことはソチラに書いてしまったので、コチラは「副教材」的にご覧頂ければありがたいと思います。
 
では今日は海上自衛隊の基地の横にある…10ヴェルニー公園から。200_2園内にある胸像。
この人がヴェルニーさん。
嘉永6年に黒船でペリーが来航して「開国せんかいッ!」と幕府を揺さぶりに揺さぶった結果、「コリャ、拙者どもも西洋スタイルの軍備をジャンジャン取り入れて自衛しないとマズいんじゃん?」ということでフランスに協力を仰いで造船所を作ることにしたのね。
当時は飛行機なんてなかったから…まずは海なワケ。
その技術指導をしたのがこのレオンス・ヴェルニーというフランスのオジちゃん。
幕府はアメリカやイギリスにも指導をお願いしたけど断られた。
アメリカは南北戦争でそれどころじゃなかったし、イギリスはトマス・グラバーを介して長州と組んでコソコソと倒幕をもくろんでいたので幕府に協力するワケがない(←私の想像です)。
170v「当時は飛行機がない」と書いたけど、実は世界で一番最初に飛行機の原理を発見したのは日本人だったと言われているのことを知ってた?
二宮忠八という人がタマムシの飛行にヒントを得て、ライト兄弟より20年も前に飛行器(当時は「器」)を製作していた。
人を乗せて飛ぶほどの動力がなかったため、その開発資金の提供を軍に依頼したが、日清&日露戦争で忙しかった日本軍はそれを相手にしなかった。
もしこの時軍用の飛行機を開発していたら日本は世界の覇者になっていたかも知れないんだゼ。
このあたりのことは吉村先生の『虹の翼』という長編をご覧あれ。Sktb さて、そんなフランスと幕府の間を取り持ったのがこの栗木上野介忠順(おぐりこうずけのすけただまさ)。
ヴェルニーの隣に胸像が立てられている。
150v2人の胸像のついでに立てられた「開港碑」。
190vそれらの対岸にはヴェルニーの指導の下で造られた「横須賀製鉄所」…後に「横須賀造船所」がある。0r4a0015 公園の西側の入り口に展示されている砲身は戦艦「陸奥」に搭載されていたモノ。20陸奥は昭和18年6月、突然の大爆発音とともに瀬戸内海の海底に沈み1,121名が命を失った。
原因は自然発火とされているが、真相は謎のままらしい。
吉村先生は大ベストセラーの『戦艦武蔵』の他に『陸奥撃沈』という小説を書いている。
私は持ってはいるものの、残念ながらまだ読んでいない。Mt 園内には旧日本海軍に関連した記念碑がゾロゾロと並んでいる。
コレは「海軍の碑」。
明治維新以降、「富国強兵」の名の下、海に囲まれた日本は海軍の増強に努め、アッという間にイギリスとアメリカに並ぶ「世界の三大海軍」の中間入りを果たした。
それとともに三浦半島の一寒村にすぎなかった横須賀は、その海軍の増強とともに大発展を果たした。
何せ「鎮守府」のひとつですからね。
日本海軍は昭和20年の敗戦とともに消滅したが、それから50年を記念して、関わった人たちを偲び、永遠の平和を祈念するためにこの碑が立てられたそうです。30_2コレは軍艦「山城(やましろ)」の碑。
昭和19年10月、フィリピンのスリガオ海峡でアメリカ艦隊から壮絶な攻撃を受け、沈没直前まで砲撃を続けたが1,600名の乗組員とともに海底に沈んだ。
その犠牲者の慰霊と世界平和の願いを込めてこの碑が立てられた。50_2山城は日本で最初の超弩級軍艦だった。
「超弩級」というのは、いまでも頻繁に耳にする「超ド級」のことね。
この「ド」は何かというと、イギリスの軍艦「HMS Dreadnaght(ドレッドノート)」の頭文字「ド」のこと。
Marshall Blogでも触れた通り、「HMS」は「Her Majesty's Ship」、つまり「女王様の船」ということ。
「dread(=恐れ)」が「naught(=ゼロ)」なぐらい強い軍艦…というんだけど、なるほどデカいし強そうだ。
そして、これを上回る軍艦のことを「超ド級」と呼んだワケね。
反対にドレッドノート艦の出現以前の船は「前弩級」というんだって。
それほどこのドレッドノート艦というのは存在が大きな軍艦だったんだね。Hms_dreadnought代わってアコースティック・ギター。
「ドレッドノート」という形があるでしょ?
そのドレッドノート艦をタテに切って前から見るとこういう形になることからそう名づけられたんだよ。

Sdn昭和12年5月27日の海軍記念日に除幕されたという「国威顕彰記念塔」。
この年、軍部は盧溝橋事件がを引き起こしていて、軍国ムードが横溢する社会情勢の中、海軍の偉業と意気を表すために立てられたのだそうだ。
手前の一番下、銘板が引っぺがされた後があるが、ココには「八紘一宇」の文字が掲げられていたらしい。
ヤダね~。60v_2この石碑のメカニカルなデザインは重巡洋艦「高雄」の艦橋の形を模しているそうだ。
もちろん、その高雄はこの横須賀海軍工廠で建造された。
工廠(こうしょう)というのは軍付属の工場のことね。
「陸軍被服廠」なんてのは軍服を作る工場のこと。
来年100周年となる関東大震災では、東京で6万人が命を落としたとされているが、そのウチの3万人は横網にあった陸軍被服廠で焼死したという。
避難した人たちでギッチギチになったところに火が燃え移り、そこに強風が入ってしまったからだそうだ。
当時はまだ日本髪を結った女性が多く、整髪するために髪に塗っていた油に引火して頭から燃えたらしい。
 
下が高雄。
こうして見てみると似ている…似ているのか?Stakao こっちは軍艦「長門」の記念碑。
前面の碑文は「ありし日の 聯合艦隊旗艦長門の姿を ここに留めて 昭和の激動の時代を偲ぶよすが
とする」となっている。70_2揮毫(文字を書くこと)は海軍中将 新見政一。
この人、オックスフォード大学で学んだ知英派で、太平洋戦争の要因のひとつともなった「日独伊三国同盟」に反対した良識派。
映画『英国王のスピーチ(The King's Speech)』で描かれたイギリスのジョージ6世の戴冠式にも列席したそうだ。
一方、撰文(文章を書くこと)は阿川弘之。
阿川佐和子のお父さんね。Mim長門は41cmの主砲を装備した世界最大、最速の軍艦だった。
この2番艦(同型で2番目に造られた艦)は「陸奥」。
この2艦が一時期連合艦隊の旗艦(フラッグシップ)を務めた。
そして、この後に出てきたのが46cm砲を搭載した呉の「大和」と長崎の「武蔵」だ。
しかし、こうして見ると長門も強そうだな~。
私は戦争反対第一だけど…こうして見ると確かにカッコいいわナァ。
生まれた時から「天皇陛下のために戦って死ぬべし」と教育された子供たちは、この勇ましい姿にウットリし、自分も立派な兵隊になって花と散るんだ!と願ったことだろう。Ngtコレは敷設艦「沖島(おきのしま)」の碑。
敷設艦(ふせつかん)というのは機雷を海中にセットするための船のこと。80_2「横須賀や 只帆檣(ほばしら)の 冬木立」
こんな正岡子規の句碑もあった。
「帆檣」とは「帆柱」のことね。
明治21年に横須賀を訪れた子規が港に停泊している船の帆柱を木立に見立てて詠んだ句だってよ。

90_2ヴェルニー公園からの遠望。
駅前にはどデカイ商業施設が立ち並ぶ。110_2さて、やってきました記念艦「三笠」。
210_2三笠の詳しいことはMarshall Blogの<本編>をご覧ください。
コチラ⇒Marshall Blog

Shige Blogでは副教材的に<本編>に載せきれなった写真を掲載してツマらないことを書き記しておきますね。220_2三笠の艦尾の横に立てられている「軍艦」の歌碑。
「軍艦」とはおなじみの「軍艦マーチ」のことね。
「♪守るも 攻めるも黒鉄の…」
私は1962年、すなわち敗戦から17年後の昭和37年の生まれなんだけど、ホントにこの部分だけとはいえ知らないうちにアタマに入っているんだよね。
こういうことは度々あって、自分って本当に古い人間になってしまったと実感する。
今の若い人はせいぜい「パチンコ屋のテーマ・ソング」として認識している人が少しいるぐらいか?
イヤ、ビートルズすら知らない若い人たちが「軍艦マーチ」を知っている道理はないわな。
今回のコロナ騒ぎでも「音楽には人の心を動かす力がある」みたいなことをよく聞いた。
よくわかる…でもね、「愛」だの、「希望」だの、「勇気」だのなんて言っているより、パチンコ屋の開店時に「軍艦マーチ」を流す方がよっぽど「音楽の力」を感じるわね。
ワーグナーの「ワルキューレ」なんかもそう。
しかし、この「パチンコ屋」と「軍艦マーチ」のコンビネーションを思いついた人は天才だと思う。

225音楽の勉強の一環として下のような本を読んでみたり、芥川隆行のナレーションが入った「ああ、なつかしの軍歌」みたいなCDを買い込んで来て聴いてみたりしたけど…「軍歌」っていいんだよ。
十把ひとからげの凡百なロックを聴いているよりはるかにオモシロイ。
何しろテレビもステレオもなかった時代でしょ?
軍歌はラジオの他、ほとんど口コミで広まったっていうんだよね。
つまり曲のクォリティが極めて高いということが言えるワケ。
それもそのハズ、音楽の勉強をしたチャンとした作曲が作った魅力的なメロディを政府だか軍部が作者にダマって勝手に軍歌に替えていたっていうんだから。Gk甲板に上がり艦首を臨む。230_2三笠の主砲、「30cm砲」の砲身。260_2その砲弾がコレ。
重量400kg、最大射程距離は10kmだった。
コレで400kgもあるのかナァ?

280_2一方、コレは船外に展示してあった戦艦「大和」の主砲の砲弾。
「大和」と「武蔵」は当時世界一大きな46cm砲を装備していた。
この弾が40km先まで飛んで行った。
東京から横浜まで飛んじゃうんだぜ。
残念ながらほとんど目標に命中しなかったらしいけど。
というのは、ちょっとした湿度の変化なんかで弾道が大きく変化してしまうので、机上の計算だけで命中度を上げることは不可能だったのだそうだ。285v艦首部分甲板。
240この翌日、FATE GEARのビデオをココで撮影した。

0r4a0415 今度は艦首から艦橋を臨む。
艦橋に上ってみよう。250v上って来た。
前方はアメリカ海軍基地。320ココに東郷平八郎元帥他が集まって艦隊の指揮をした。340_3三角関数を使って目標物までの距離を測定する「側距儀」。
現在では手で持ち運べるコンパクトなヤツがあるらしいが、「大和」や「武蔵」に搭載されていたヤツはこの筒の幅が15mもあったそうだ。350_2銘板がひっつ付いていたので見てみると…「ELSWICK WORKS NEWCASTLE-ON-TYNE」とある。
おお!コレ、ニューカッスルで作られたのか!
ま、「三笠」はイギリスで建造したので、イギリス製の機器が装備されていても全く不思議はないが、目の前のアイテムが自分が行ったことがある場所で120年も前に作られていたモノかと思うとロマンを感じる。
「Elswich Works(エルジック・ワークス)」は19世紀からあるイギリスの兵器メーカー。
今は「Newcastle upon Tyne」がニューカッスルの正式名称となっているが、この頃は「on-Tyne」だったのか?
「upon Tyne」というのは「タイン川流域の」という意味。
360_2操舵室も見学できる。370通信室。
<本編>で紹介した半藤さんの本によると、太平洋戦争の時は日本の暗号がアメリカに筒抜けになっていたが、日露戦争の時にはまだマシだったらしい。
410_2コチラは信号旗を管理する部屋。380_2「三笠」の甲板に記念撮影用にデカデカと飾られている絵。
指揮を執る東郷元帥の左後方にはためいている4色の旗が「Z旗」。Zf「皇国の興廃この一戦にあり 各員一層奮励努力せよ」というのはZ旗を掲げた時の有名な東郷元帥の言葉。
 
「Z」はアルファベットの最後の文字であることから、コレをしくじったら後がないぜよ!という意味で「Z旗」とされた。
ま、日本人ならイロハ四十八文字が五十音で行きたかったんだろうが、双方最後は「ん」。
「ん旗」じゃカッコつかないもんな~。
とにかく、この「Z」で気合が入っちゃって見事世界最強と言われたバルチック艦隊を駆逐したワケ。
それ以来難事を打開する際には「Z旗を掲げる」と言うようになったらしいが、私は聞いたことがない。
最近騒いでいる「ロシアのZ」は関係ない。

Zそれより、昔イヴ・モンタンの主演で『Z』という映画があったよ。
残念ながら観ていないんだけど、チラシがウチにある。

0r4a0746それでは、艦内に移動してみましょう。

400_2甲板からひとつ下がった階が展示スペースになっていて、「三笠」に関するありとあらゆるアイテムが展示されていて見ごたえ十分。
前日に入ってジックリ見ることができたのはラッキーだった。
420_2コレは戦艦の鼻っ先だけに付けられる菊のエンブレム。
本物だって。0r4a0141艦長室。430_2御真影、すなわちこの時は明治天皇のポートレイト。
万が一の時には何をおいても、まずこの写真を携えて避難しなければならない。
船員の命より格段に大切なモノだった。440_2スゲエ、こんな写真も飾ってある。
明治44年、1911年のジョージ5世の戴冠式の時に取られた写真。
ジョージ5世は今のエリザエス女王のおジイちゃん。
コレ、場所はウエストミンスター寺院かしらん?バッキンガム宮殿かな?
ヴィクトリア女王、エドワード7世王と、イギリスが栄華を極め、「世界の一等国」の名を欲しいままにした直後の時代だけあって、その式典はイギリス史に特筆されるほど盛大なものだったらしい。
ああ、私も列席したかったナァ。
前列向かって左端が乃木希典大将。
真ん中が東伏見宮親王。
前列右端が東郷平八郎大将。
それにしても昔の人って立派に見えますナァ~。
あ、よく東郷元帥と言われ、私も今回の記事に書いているけど、「元帥」というのは階級の名称ではなくて、優れた業績を残した大将だけに授けられるアダ名みたいなものなのです。470東郷平八郎(最前列の白いジャケット)と乃木希典(その隣のヒゲ)の両大将が軍服でない平服姿で一緒に写っている写真はメチャクチャ珍しいんだって。450_2艦内神社。
日本の軍艦には武運を祈念して神社が設営されたした。「建立」っていうのかな?
「三笠」は天照大神を祀った「三笠神社」だ。
「武蔵」は氷川神社だった。
ナゼかと言うと氷川神社は「武蔵の国の一宮」だから。
490v軍楽隊が使用した楽器の展示コーナーなんてのもあるよ。
520 こっちはその楽譜。
古くから軍隊と音楽は切っても切れない縁があるからね。530_2各国から贈られたエンブレム。
コレはイギリスからのもの。540_2「日本海海戦」をシミュレートしたゲーム・コーナーなんてのもある。550_2

560_2存外にオモシロかったのは「VRで体験する日本海海戦」とかいうヤツ。
東郷元帥と一緒に艦橋に立って、360度のスケールでヴァーチャル体験することができる。
私が来た時は平日の夕方でやっている人が1人もいなかったが、こんな行列のスペースがあるところを見ると休みの日には大分混雑するようだ。570_3コレは昨今の「ウクライナ危機」以前からある展示コーナー。580_2あ~、ジックリ見せて頂きました。
<本編>で紹介した通り、日露戦争関連の吉村昭先生の本を読んでいたのでとてもオモシロかった。

590_2<本編>はコチラ⇒

600_2(一部敬称略)

2022年3月 4日 (金)

キセキミチコ写真展~The place

 
いつもGRANRODEOのコンサートの時にご一緒させて頂く女流フォトグラファーのキセキミチコさん…イヤ、違うな。
「ご一緒させて頂く」なんて書くと聞こえは良いが、実はそうではなくて、Marshall Blog用の写真を撮影するために、GRANRODEOのオフィシャル・フォトグラファーを長年務めるミチコさんの「邪魔をしている」という表現の方が適切だろう。
先日Marshall Blogでレポートした今年1月のGRANRODEOの東京体育館の時にそのミチコさんから写真の個展のご案内を頂戴した。30r4a0201 私も何やらバタバタと忙しく、その時から大分時間が経ってしまい、終了間際で恐縮であったが会場に赴くことができた。
場所は地下鉄丸の内線「四谷三丁目」駅から歩いて5分のところ。
以前はココにある「Sokehs Rock」というライブハウスに時折訪れていたが、コロナ以降はパッタリとご無沙汰となってしまい、このエリアにはかなり久々の往訪となった。
「四谷三丁目」の交差点に聳え立つのが「四谷消防署」。
ココには「消防博物館」という無料で見学できる施設があって、コレがなかなかにオモシロい。
残念ながらコロナの関係で閉館していた。10_2新宿に向かって「新宿通り」をチョット言ってヤマト運輸の角を右に入る。
しばらく行ったところの左側の建物の2階に見覚えのある写真のポスターが!…ハハン、ココだな?20会場となっているのは「ギャラリー・ニエプス」。
コレが入り口。
奥でミチコさんがこっちを見てる!40早速、中に入ってみる。
ズラリと並んだミチコさんの作品。
展示会のタイトルは「The place」。
  
いつも世界に翻弄されている香港。私はその世界に魅了された
 
…とはミチコさんの言葉。
「The place」…「place」に定冠詞の「the」が付けられているということは、その「場所」がミチコさんにとって「たったひとつの場所」ということだろう。
その場所こそが「香港」なのだ。50今回展示された写真は、2019年に勃発した「民主化デモ」の後の香港…つまり「香港の今」を伝えるモノ。
現在の香港の日常を切り鋭く取ったA2サイズのモノクロ写真からは「あの時を忘れない」という迫力が伝わってくるようだ。
また、ベルギーで生まれ、幼少期をフランス他の海外で過ごしたことによって培われた独特な国際感覚を放っているようにも感じ取れる。
60撮影したのは昨年。
もちろんコロナの真っ只中だ。
ミチコさんは現地での14日間の強制隔離を経て香港の街に飛び出した。
大変だよ~、海外でひとりぼっちでどこへも行かず、誰にも接せず2週間も過ごすなんて…私にはとてもできない!
それほどの使命感に燃えて敢行した撮影なのだ。
そんなミチコさんの活動が注目されて3月3日、NHKの『国際報道2022』という番組に出演しインタビューを受けた。

70会場では展示品を含めてミチコさんの写真の即売をしている。
90平日の午後だと言うのにひっきりなしにお客さんが入って来るのよ。80_2 コチラがキセキミチコさん。

110 手にしているのは、今年上梓された2019年の激動の香港での8ヶ月の滞在の記憶と記録を綴った写真集『VOICE香港2019』。
3年前はまさに「戦場カメラマン」だったのだ!
そして、この時の仕事が今回の「The place」につながるワケだ。

120 私は14年間の間に約3,000本のMarshall Blogを書いた。
その間、どう少なく見積もっても100万枚を軽く超える写真を撮ってきたが、それらは全てMarshall Blogの記事ためのライブやモノや景色の写真であって、あくまでも記事の内容を魅力的にするための一種の報道写真だった。
ライブ写真については、アーティストの皆さんを少しでもカッコよく撮ろう、ライブの迫力や楽しさを正確に伝えよう…ということだけを考えて来たつもり。
どちらかと言うと、写真を撮る事よりも文章を書くことの方が好きというか、性に合っているというか…。
でも、こうして何かのテーマを決めて、それについて徹底的に写真を掘り下げて撮る…ということは極めて尊く魅力的な作業であることを知った気がする。
私もナニかやってみようかな?
私の「The Place」はどこだ?
 
ミチコさん、写真集の出版並びに個展の開催おめでとうございます!
100『The Place』の開催は3月6日まで。
あとほぼ2日しかないけれど、興味のある方はミチコさんのウェブサイトで場所を確認してゼヒ足をお運びください!

キセキミチコの詳しい情報はコチラ⇒公式ウェブサイト

130v

2021年8月16日 (月)

香川京子と『ひめゆりの塔』と沖縄

 
昔の女優さんは本当に美しい人が多かった。
時代が変わって、言葉も変わり、食べ物の嗜好も変化し、気候すら以前とは異なる環境で育った昨今の若い女優さんと比べてたところで意味のないことかもしれないが、昔の女優は何というか…ただ美しく可愛いだけではなく、品があって高い知性を感じさせてくれる。
そうした雰囲気が女優を「女優然」とさせ、女優を一般市民とは何もかもが異なる「雲の上の人」たらしめていたのだろう。
今みたいにそこらへんで見かけることができるカワイコちゃんなど及びもつかなかったのだ。
もっとも、「映画」というエンターテインメント自体の存在意義が今とは全く違った時代なので比べようもないのだが…。
そんな女優さんたちのなかにあって、私はとりわけ香川京子が好き。
130v可愛くて、おしとやかで、品があって…。
いわゆる「女の子らしい女の子」とでも言おうか。
香川さんは茨城の行方市のご出身で、デビューする前は「こんな田舎にこんな可愛い娘がいるとは!」と驚かれたらしい。
とか言っても、私は音楽と同じく映画も洋物専門で、熱心に観た日本映画といえば黒澤作品ぐらいなので、日本の女優さんについて多くを語る資格はない。
10vでも最近、歳を取って昔の日本映画をよく観るようになりましてね。
小津安二郎なんて昔は観ているとイライラして来ちゃってとてもガマンできなかったが、最近はと言うと…いいよね~。
実にいいよ。
古い映画って昔の東京の景色が写っていたりするでしょ?
私にはそれがまたタマらなくうれしいのだ。

Sd さて、香川さん。
初めて意識したのは大学の時に観た『赤ひげ』かな?

20p_2店子を3人も殺したという大店のお嬢さんの役。
いわゆる「狂女」。
「あたし…とてもコワイ目に遭ったの…」
愛らしい町娘姿も魅力的だが、声がまたカワイイんだよね。
この加山雄三に接近するシーン!…ココモノすごい長回しで撮っていて、緊張感が生半可じゃない。
30それが一変して本性を現した時のこの恐ろしい顔!
もちろんここはカット割りを入れ、メークし直して撮っているんだけど、その迫真の演技がとても印象に残った。
ちなみに山本周五郎の原作はほとんど映画と同じ。
反対か…『赤ひげ診療譚』を読むと黒澤さんが本当に忠実に原作を映画化していることに驚かされる。
私、コレも20回ぐらい観ていて、正確ではないにしろ、だいたい出て来るセリフが頭に入ってるから。
ところが、映画を観た山本さんは「なんだよ、オレの本より映画の方がいいじゃねーか」と言ったとか。

40『天国と地獄』の香川さんもヨカッタ。
観たのは『赤ひげ(1965年)』よりもこっちの方が先だったかな?
香川さんも『天国と地獄(1963年)』の方に先に出演されている。
すると、会社役員の奥様を演じた時は32歳…コレはわかる。
上の『赤ひげ』の町娘の時は34歳だったのか!
それであのカワイさ!信じられんな。
50p_2誘拐事件に巻き込まれる権藤夫人の役。
「身代金を支払って裸一貫やり直せばいい」と言う奥さん。
「貧乏の経験がないお前が貧乏暮らしに耐えられるワケがない!」と主人に切り返される。
そう、いかにも上流家庭に育った奥様感がでてるんだな。
香川さん、とっても上品だから。
仲代さんが最高にカッコいいんだよね。「戸倉警部」ね。
三船敏郎、三橋達也、伊藤雄之助、藤田進、加藤武、木村功、千秋実、志村喬…この映画に出ていた男優陣は仲代さん以外全員鬼籍に入られたのかな?
イヤ、山崎勉とマグマ大使がご存命だ。
仲代さんは香川さんと同じ歳で今年89歳になるそうだ。
コレも軽く20回は観ているのでほとんどのセリフを覚えている。
60『どん底』も何回も観たナァ。
特にオモシロイわけじゃないんだけど…超豪華なキャストなのでその演技を楽しむといったところかしらん?

70p_21957年、香川さんが26歳の時の初の黒澤作品。
も~、どうしようもなく汚い長屋が舞台にあって、可憐な一輪の花のような「かよ」という若い娘を演じる。
山田五十鈴とか中村鴈治郎の存在感がスゴクてね。
山田さんが香川さんをイジめるんだよ~。
黒澤作品においては山田さんも『蜘蛛巣城』ではレディ・マクベス、『用心棒』では河津清三郎演じる女郎屋の楼主・清兵衛のおカミさんでスゴイ演技をしているからね。
この『どん底』もヨカッタ。
対する香川さんもクライマックスで爆発的な演技を見せてくれる。
なつかしいでしょ、左卜全。
卜全さんはオペラ歌手でもあるんだよね。
『七人の侍』をはじめ『醜聞』、『白痴』、『生きる』、『生き物の記録』、『赤ひげ』、そしてこの『どん底』と、7本もの黒澤作品に登場する。
私が子供の頃は「老人と子供のポルカ」が大ヒットしてしょっちゅうテレビに出てたけどな。
この『どん底』ではすごくいい役を演じている。
スゴイ個性だよね。
間違いなく「替えがきかない役者」の代表のひとりでしょう。
この撮影の時、左さんは63歳。
ナンダよ、今の私とそう変わらないじゃん。
80_2そして、『悪い奴ほどよく眠る』。
私はコレ、1回しか観たことがなくてあんまりピンと来ないんだよな。90p_2ただ、ファースト・シーンで香川さんがお嫁さんの姿がすごく印象に残っている。
足が不自由なんだね。
確かそれをクローズ・アップするんじゃなかったかしらん?
この後、香川さんはズッと経って『まぁだだよ』に出演された。
確か香川さんは最も多くの黒澤作品に出演した女優さんなんじゃなかったかな?
一度も黒澤さんに怒られたことがなかったんだって。
キャワイイからだよ。

100それと『東京物語』。
チョットしか出てこないけど存在感はシッカリ出してる。
疲れてブッ倒れちゃった東山千栄子扮するお母さんに娘の香川さんが団扇をあおいであげるシーンなんかとても板についていた。
老夫婦が熱海へ行くシーンがあるでしょう?
隣の部屋の団体さんがドンチャン騒ぎをして、麻雀を初めてしまい老夫婦はうるさくて眠れない。
アレを見ると本当にゾっとしちゃうんだけど、私なんかどちらかと言うとあの団体さんの世代なんだよね。
昔の社員旅行ってまさにあんな感じだった。
私はアレがイヤで、イヤで…。110p香川さんは大女優、原節子と共演できたのがすごくうれしかったのだそうだ。
ああ、原さんもいいナァ。
息子未亡人の役でね。すごく優しくて…それを原さんが演じるもんだからタマらない。
 
「ううん、私、お父さんのそばにズッといたいの」
「あ~、それはイカンな」
コレは何だったっけ『晩春』か?
小津作品はレギュラーの役者さんたちの配役があまりにもダイナミックでオモシロイ。
同じ人が平気で親になったり、兄弟になったり…。
東野英治郎が笠智衆の恩師なんて配役もあったでしょ?
で、杉村春子が東野さんの娘だったりして。
さすがにムリがあるでしょうにッ?
コレは『秋刀魚の味』か?
嫁に行かない娘に対する親の心配な気持ち、親が心配でお嫁に行けない娘の気持ち…こんな今の若い人にわかるワケないわな。
昔は若くてもこういう映画を観ていたワケよ。
社会がそうなっていたからね。
古い?…いいえ、今の世の中が間違いなく狂っているだけです。

120 つい先日「戦争の記憶と記録を語り継ぐ映画祭」というイベントがあることをパンタさんのフェイスブックへの投稿で知って予約を入れた。
会場は新橋の「内幸町ホール」。
ソーシャル・ディスタンス・スタイルでの開催。
席数が半分であったことと、出遅れて予約したこともあって取れた席は前から2列目の一番端っこだった。150催しは1953年の今井正監督作品、『ひめゆりの塔』。
イベントのタイトル通り、戦争のことを少しでも学びたかったのと、ここのところ沖縄の戦争関連の本を読んでいたこと、さらに主演の香川さんのトーク・ショーがあるということで行かない手はなかったのであります。160v会場の廊下のイス。
フィルム・リールがいくつも置いてあった。170「黒い所で見づらいが見える」とか「見えない」と書いた付箋が貼ってある。
こんなんでいいのッ?
日本はこうしたフィルムの管理体制が絶望的に整っていないからね。
実際、このフィルムも盛大にノイズが画面に乗っていた。
膨大な経費をかけてフィルムを保存しているアメリカの映画なんか1930年代の映画でもノイズひとつ入ってないもんね。180ココで映写機用のリールに巻替えをしていたワケ。
映画会社から借りたフィルム・リールを映写用のリールに引っ越しするワケ。160場内に設置された2台の映写機。190_3 カラカラカラカラカラと映写機が回る音の中で映画を観たのは小学生の時以来か?
近所の公園での映画上映会ね。
しかし、実にうまく映写機のリレーをするもんだナァ。
こんなこと今まで考えたことなかったけど、どういう仕組みになっているんだろう。
調べてみると、リールが終わる3分前と10秒前に画面に印が出て来るのだそうだ。
映写技師はそれを確認すると、少しの間同じ個所を2台映写機で同時に写し、次の映写機にリレーするんだって。
200_2終戦直前、アメリカ軍の侵攻により南へ南へと追い詰められていく軍とそれに看護婦として追従した「ひめゆり学徒隊」の姿を描いた作品。
作品はDVDになっているので、詳しいことを知りたければ実際に映画を観てチョーダイ。
終戦から8年後、アメリカ軍の占領が終わってすぐに制作されたがあまりに暗い内容であったため、東映の首脳部は制作に難色を示した。
ところが、公開してみると映画は大ヒットを記録し、倒産の危機にあった東映を救ったという。
1953年度「キネマ旬報ベスト・テン」第7位。
第1位になった『にごりえ』も今井正の監督作品。『東京物語』は第2位。
黒澤年表的には『生きる』と『七人の侍』の間に位置する。
だからこの映画の主演の津島恵子は小津さんの『お茶漬けの味』、今井正の『ひめゆりの塔』、黒澤明の『七人の侍』という順番でキャリアを重ねたことになる。
その間にも他に4本の作品に出演しているからね~、昔の映画の盛況ぶりが窺えるというものだ。
210v
この映画、タイトルの最後に火薬屋のクレジットが入っているんだけど、ホント、火薬の使用量がハンパじゃないのよ。
大泉の東映撮影所内のオープン・セットでその盛大な爆破/爆撃シーンを撮ったそうだ。
私も一度だけその撮影所に行ったことがあるんだけど、あんなところでドッカンドッカンやっていたなんて信じられない。
もっとも当時の大泉なんて田舎も田舎で何にもなかったんでしょうけど。
何しろ小田急線沿線の成城が「江戸時代の舞台設定の撮影がセットなしで撮れるところ」だったんだから。
この火薬量、いかにアメリカ軍の爆撃がスゴかったかということなんだけど、実際は全くこんなモノではなかったということだ。
ちなみにアメリカ軍の姿は、ほんのチョット軍艦が映るだけでガマ(自然の洞穴)に隠れた軍人や住民に投降を呼びかける声以外は全く出てこない。
 
物語の設定は夏なんだけど、実際に撮影した時期は冬でとても寒かったそうだ。
そのままセリフを言うと白い息が写ってしまうので、氷を口に含んで口内の温度を下げてからセリフを言った。
しかも、水浴びのシーンまで出て来る。
コレも当然寒いさ中のロケで、場所は千葉の佐原だったそうだ。
佐原といえば、伊能忠敬の生地ね。
空襲がなかったので、今でも古い町並みが残っているステキな町だ。
出演しているのは俳優座の役者さんたちばかりで、映画出身の俳優は香川さんと津島さんと関千恵子の3人。
風邪をひかなかったのはこと3人だけだったという。
「映画出身者は鍛えられているわね~!」と談笑したそうだ。220香川さんは、1953年の「五社協定」の前にフリーとなっていたので、映画会社にとらわれず色々な作品に出演する権利を持っていた。
「五社協定」というのは、松竹、東宝、大映、新東宝、東映の間で結ばれた「俳優は自分が契約した映画会社の作品にしか出演できない」という協定。
また、この協定により映画会社間で監督や俳優の引き抜きや貸し出しができなくなった。
そんな権利を持っていたので香川さんは映画会社の枠を飛び越えて数々の大監督に作品に出演することができた。
撮影時、今井監督は演技について全くナニも言わなかった。
そんなだから香川さんはラスト・シーンを演じるに当たって家でずいぶん練習したそうだ(どんなシーンかはネタばれになるのでココには書かない)。

230逃げ回ってばかりいる設定なのでとても撮影中はいつも緊張していたという香川さん。
その通り重厚な作りで、見ている方も緊張を強いられるが、男性陣は怒鳴っているシーンが多く、半分ぐらいのセリフが正確に聞き取れなかった。
できれば字幕を入れて欲しかったナァ。250以上がトーク・ショウ香川さんが語られた内容。
聞き手は共同通信の方。
2014年の同じ方とのインタビューで香川さんは「戦争がまた近づいているようでイヤだ」とおっしゃっていたそうだ。
今年89歳になられる香川さんは終戦時13歳。
それでも茨城で勤労奉仕をさせられたそうだ。
松の木の根っこを掘り出すのが任務。
燃料が枯渇していた日本は、松の木の根から採れる油を燃料代わりにしていたそうだ。
そんなんでアメリカに勝てるワケねーだろ!
 
下の写真は他の講演会の時のモノ。
今回もこんなお姿だった。
お母さんが大柄だったという香川さんは、映画の中で見るよりも背が高くシャキっとしていて若々しく、とても来年「卒寿」になる方のようには見えない。
おだやかで品のある話し方や声は権藤夫人そのものだった。

260vコレはその共同通信の方がトーク・ショウで紹介した香川さんの著書。
今は入手がなかなかムズカシイらしい。
でも、私は持ってるのよ。
だから持って行った。270終演後、このイベントの主催者にお願いして香川さんにサインをして頂いた。
私のあたらしい宝物。

280戦争の記憶と記録を語り継ぐ映画祭の詳しい情報はコチラ⇒昭和文化アーカイブス

Sa さて、終戦記念日にちなんで少し沖縄のことを書いておく。
まずはひとこと…我々は沖縄県のことをナニも知らない。
特に先の大戦で沖縄の人たちが日本政府から見捨てられ、どんなにヒドイ目に遭い、今でも基地問題で苦しんでいて、政府がズッとほったらかしにしていることを知るべきだ。
 
時々Marshall Blogで紹介している岩波の「ジュニア新書」。
内容は全然ジュニア向けではないから大人が読んでも大丈夫。
小難しい文章が苦手な私なんかこれぐらいがちょうどいい。
この『戦争と沖縄』は沖縄の苦難の歴史をとてもわかりやすく説明している。
沖縄は元々は違う国だったからね。
薩摩藩なんかも実にヒドイことをしているんよ。

310b同じく岩波ジュニア新書から。
コレはドンズバでひめゆり学徒隊の方の体験記。
現実は映画の何十倍も何百倍も悲惨だったことがわかる。
映画には一切出てこなかったけど血と膿みと悪臭と蛆虫のオンパレードよ。
こういう本こそ、学校で生徒の読ませりゃいいんだよ。
自分と同世代の子供たちがどんな目に遭ったかを知れば少しは政治にも興味を持つようになるんじゃないの?
ま、政府は戦争と英語を教えたがらないからナァ。

290b_2コレは最近読んだ吉村先生の戦記物の短編集で、沖縄を舞台にした作品が3編収録されている。
ひとつは「太陽を見たい」という1編。
映画『ひめゆりの塔』の中である女子学生が「太陽だ!お日様が出て来た!」と叫ぶと、泊めてもらった民家からみんなが喜んで表に飛び出してくるシーンがある。
で、キャベツの玉でバレーボールをやるのね…破滅前のほんの一瞬の楽しい時間よ。
そのシーンの直前までは豪雨の中を行軍する場面が続いていたので、雨がようやく止んだことで女学生たちは喜んでいるのかと思っていた。
この小説を読んで私の解釈が間違っていたことを知った。
「敵前逃亡」というのは潜伏している同胞に降伏するよう説得する任務を米軍から負わされた捕虜の少年兵の話。
少年は解放されて友軍の元に戻りまた共に戦うことを決心するが…。
ヒドイ話よ。
もうひとつは宇垣纏(まとめ)という8月15日の玉音放送の後に沖縄沖のアメリカ軍艦に特攻した海軍中将の話。
300bもうひとつ吉村先生の沖縄戦もの。
14~16歳の少年兵で部隊を構成した「鉄血勤皇隊」の少年の話。
生まれた時からお国のために殉ずることしか教わって来なかった15歳の比嘉少年が入隊して戦地で見たものは…。
悲惨すぎる。320bとにかく沖縄は気の毒だ。
アメリカだけでなく、日本政府が何を沖縄にしたのかを知っておくべき。 
しかし…こんなんでこの先この国は一体どうなって行くんだろうね。

2017年12月29日 (金)

井上苑子×teena いっしょに歌おうプロジェクト2017

よく耳にはするけど、今回初めてお邪魔したのが昭和女子大学人見記念講堂。
恥ずかしながら、どこにあるのかも知らなくて、神田のあたりにあるのかと勝手に思い込んでいた…って、完全に共立講堂とゴッチャになっていたのね。
そしたら三軒茶屋だっていうじゃん?いつもグレープフルーツムーンに行く時、三宿の交差点を右折しちゃうからわからなかったんだな。
イヤ~、スゴイ設備でビックリしちゃったよ。
ホールももちろんスゴイけど、目を惹いたのは入り口のホワイエに設置してあるコレ。
「楚形昭韻」というのだそうだ。「そけいしょういん」っていうのかな?
意味は「中国の楚の時代にあった形そっくりの昭和女子大学に響く鐘の音」ということらしい。
コレを演奏している所をテレビで見たような記憶があるような気がするが、どんな演奏になっていたのか全く覚えていないところをみると、勘違いかも知れない。
R_0r4a1589 それで、ナゼ人見記念講堂にお邪魔したかというと、井上苑子という若いシンガーソングライターのライブの撮影だったのね。
正確に言うと、そのコンサートにゲスト出演したESPの生徒さんと苑子さんの共演シーンの撮影。
イヤ~、コレがですね、結構緊張しっぱなしでしたわ。
というのも、チャンスは2曲。
相手は10人。
ビビったのは悪天候時の富士山頂を軽く凌駕するであろうスモーク!
もしかしたら今年のスモーク大賞だったかもしれない。
ただ、こういう大きなホールはピンスポットがシッカリしているので、撮りたいところにライトを送っていてくれれば濃霧も恐るるに足らず…なんだけど、まずそうはうまく行かないんだよね~。
それでも何とかトライさせて頂いて、そのライブのレポートがアップされたので紹介させて頂く。

R_0r4a1813 とにかく生徒さんたち、大会場のステージに上がって興奮しまくりなんだけど、一生懸命で可愛いんだわ!
でも歌は上手だったよ~。
私はと言えば2曲でヘトヘトになっちゃったよん!

当該のライブ・レポートはコチラ ↓  ↓  ↓
井上苑子×teena いっしょに歌おうプロジェクト 2017 Report 

本番の写真を担当しました。


2017年2月26日 (日)

Gacharic SpinのDVD

飛ぶ鳥を落とす勢いのGacharic Spin。
残念ながらまったくMarshall系の楽器をお使い頂いてはいないが、ナンダカンダで結構昔から何度もそのステージを拝見させて頂いて来た。
そして、昨年結成7周年を記念するツアーを実施し、その千秋楽をTOKYO DOME CITYホールで迎えた。
そのコンサートの撮影のお仕事を頂戴した。
それは、いつも『NAONのYAON』で私が撮影しているGacharic Spinの写真に高いご評価を頂いたからであった。
そして、このTOKYO DOME CITYホールの模様がDVDになって去る2月22日にリリースされた!
下の写真はその初回限定版。
DVDが2枚と写真集が封入されている。

1_img_0105下がその写真集。
この日、スチールの撮影を担当したのは私だけではなかったが、この写真集の中に自分でもビックリするほど私の写真をご採用頂いた。
表紙からして私が撮ったもので、うれしいなったらうれしいな!
チョット前にもMarshall Blogに書いたが、こうして自分の写真が使われて何かの形になるのはとてもうれしいことだ。
しかし百も二百も承知がしていたけど、マァ、とにかく見せ所はテンコ盛りだし、動きはブッ速いしで、本当に一時もステージから目を離すことができないかなり多忙な仕事だった。
でも楽しかったナ…。
6月24日には日比谷野音で大暴れするそうだ。
その前に4月29日の『NAONのYAON』がありますな。
また撮影させて頂くのを楽しみにしておりやす!

Gacharic Spinの詳しい情報はコチラ⇒Official Web Site

1_img_0108

Marshallを使っていなくてもこうして写真のお仕事を承っております!


(敬称略)

2015年4月 2日 (木)

【DAY 3】 5 DAYS ART CHALLENGE

3日目はライブ写真以外のものを…。

「あ、ウッシ―、ちょっとアー写撮ってくれへん~?」
…とメッチャ軽めのSHARAさんからのご依頼で撮ったのがmintmintsのこの写真。
「よくあるやん、半分影になっとるヤツ」
というのがSHARAさんのオーダー。いわゆるハーフ・シャドウ。
…とくれば頭に浮かぶのは当然『With the Beatles』。
アレはビートルズのハンブルグ時代の友人、アストリッド・キルヒヘルのアイデアを元にロバート・フリーマンという写真家が撮影したもの。
ま、図々しくもアレをイメージして撮った。
場所は向山テツさんが営む新代田のロック・バー、「ブギー・ストック」。
超忙しい4人のこと、要するにmintmintsのリハーサルで集まったついでに撮ってっちゃおうって…という流れね。
一応全員のハーフ・シャドウは撮ったんだけど、こうして見るとsun-goさんとてらちんは別の写真を使ったんね。
いつもMarshallの方で仲良くして頂いている4人なので撮影も楽しかったな。
そこら中でこの写真を使って頂いているだけでなく、SHARAさんは特大ポスターにもしてくれた。
もちろんそのポスターは私の大切な宝物だ。

この時の様子はコチラ⇒【Marshall Blog】mintmintsフォト・セッション!~寺沢功一誕生日スペシャル!

3_001_logoカレンダー。
モデルは女性ギタリストのTomoko。

1_3_20元の写真はコレね。
私のライブ写真に惚れ込んでくれたある方の紹介でお仕事を頂戴した。
ある喫茶店にストロボ2燈を持ち込んでの撮影。
思いっきりブライトで撮ってみようということで、バックにちょっとした仕掛けを施した。
いくらギタリストといはいえこういうシチュエーションで女性を撮ることは少ないので結構緊張した。
相当な枚数を撮らなければならないかな?と覚悟していたが、Tomokoさんは予め、イメージをビックリするほど明確にを頭の中に描いていて、それに合致するものが撮れると一発でOKを出してくれる。
この時も「コレコレ!こういう風に撮って欲しかったんです!」というのが何枚も撮れて案外サッパリ撮影を終了することができた。
それらの写真をお気に召して頂き、この後の機会にも撮影させて頂いたが、その時も自分でスケッチを描いてきて、「こういう風にしてください」とか「コレはできますか?」とか実に的確なオーダーを出してくれた。実にやりやすい!

一度Marshall Blogにも登場しているのでギタリストのTomokoさんもご覧頂きたい。
コチラ⇒【Marshall Blog】GO GO TOMOKO!~バースディ・ライブ2014

1_3_30vもうこうなると「アート」じゃなくてただの宣伝か自慢になっちゃうな…。
静物も撮ります。いわゆる「ブツ撮り」。
コレは昨年の暮れに上梓されたMarshallの図鑑。
本文の翻訳のチェックと監修をさせて頂いた。イヤ~、コレは本当に苦労したわ。
今、「もう一回やってくれ」と言われたら、断らないけど、ウマい魚が食べられる源泉かけ流しの温泉に3回以上行って、まずリフレッシュさせてもらわないととてもできん。
ま、そんなときでも結局パソコン持って行って一日中Marshall Blogを書くことになるんだけどサ。

3_40v撮影はウチのスタジオ兼ガレージ兼Marshall、NATAL、EDENの倉庫、通称「Shige Studio」。
この撮影の仕事は自ら買って出たものだ。
ところが、コレがまた苦労の連続でさ…。
実は四角くて大きなものをスクエアに撮るのってすごく難しい。
「四角くてスクエアなもの」…といったら何と言ってもMarshallよ!
2年前に出版された『Marshall Chronicle(シンコーミュージック刊)』に掲載しているMarshall Museum Japanのコレクションの写真もすべて私が撮ったのだが、あの時はスペースも広かったし、ストロボの数も豊富で、アイテム数の多さを除けばテクニック的な苦労は少なかった。
今回は何せ狭い!自業自得なんだけど…。
家内にレフ板をミリ単位で調節してもらったりして何とか撮り上げた。
本当は表4の背面の写真の方が表1の数倍難しかったんだけどね。
ホント、写真撮影だけでなく、この本の仕事では絶大なる援助を家内に強いてしまった。だから前書きに感謝の言葉を入れておいたよ。ご褒美もお楽しみに!

本の詳しい情報はコチラ⇒【Marshall Blog】新しいMarshallの本!~The History of Marshall The First Fifty Years

1_cover_photo つづく…あと2回!

2015年3月25日 (水)

【DAY2】 5 DAYS ART CHALLENGE

さて、2日目。
私はチョー幸運にもSHOW-YAのライブのオフィシャル・フォトグラファーを務めさせて頂いている。
この、世界でも稀なる最高にカッコいいフィメイル・バンドは、時を経るごとにそのカッコよさを増している。
こっちだって負けてはいられない。完全に同じ年頃なのだ。
「熟男ナメんなよ!」と声を大にしたいところだが、いつも恵子さんたちのパワーには押されっぱなしだ!
それでも汗をフキフキ、少しでもカッコいい写真を撮ろうと七転八倒しているのである。
そんな努力が実ってか、うれしくも面白いことが起こった。
昨年の11月から今年の1月末まで開催された居酒屋の全国チェーン「庄や」と「SHOW-YA」のコラボ企画のポスターに私の写真を使って頂いたのだ。
コレはうれしかったね~。
全国の庄やさんだからね。

2_10ポスターの元となったのがこの写真。
コレは確か、PVを撮影しているところを撮ろうとして、ワザとビデオカメラをフレームの右に入れたハズ。
もちろん恵子さん、グラスは手にしていない。
ウマくアレンジするな~。
でもね、もっとウマいのは、このキャンペーン中、限定のメニューで恵子さんが考案したという「ショウガ鍋」。めっちゃウマい!
ネギタップリのサッパリお鍋で、コピーしていまだに家でよく食べております。
恵子さん、ありがとうございます!

2_15SHOW-YAつながりでsun-goさん。
これはAra ProIIがプロデュースしているsun-goさんの新しいシグネチャー・モデル、「Fairy」の雑誌広告。

2_20コレが元の写真。
ギターの広告用写真ということではじめから狙って撮った。
ところが、コレがなかなかに難しい。
派手に動くsun-goさんのことだから、ギターがハッキリ丸ごと正面を向く瞬間がなかなか訪れない。
今だ!と思ってシャッターを切った瞬間、照明の色が変わったりストロボがたかれたり…。
しかも、ギターのボディに描かれているブルーの妖精が照明によって色がコロコロ変わってしまうので、白いライトの時しか撮影のチャンスはない。
専門がアンプとはいえ、私だって楽器のプロだ。商品はきれいに撮ってシッカリ見せられるようにして差し上げたい…。
また今だ!と思ってシャッターを切ると今度はsun-goさんの顔が髪の毛で隠れてしまったりするのだ。
sun-goさんの写真ということでは他にお気に入りがたくさんあるが、ギターとsun-goさんを主役にしている写真という意味では、最高に気に入っている。
荒井貿易さん、ありがとうございます!

2_25 D_Drive、2012年8月の東京での初ワンマン・コンサートのもようを収録したDVD『D_Drive LIVE IN TOKYO(アトスインターナショナル刊)』のジャケット。
D_Driveは4人4様の個性が出ていて撮っていていつも楽しい。
ところがこの時は大変だった。
会場は立錐の余地がまったくない超満員。一旦プレスピットに入ってしまったら最後、終演までそこを抜け出すことはまずもって不可能。
それなのにアレがやって来たのだ、アレが…。
ハライタ。
「渋り腹」っていうのかな?とにかくハラが痛くなっちゃって往生した。
お客さんをカキ分けてトイレに行くのはいいが、シャッターチャンスをいいように逃してしまうじゃんか。
それでもトイレに駆け込むべきか否か…迷ったね~。
まさかプレスピットで用を足すワケにもいかんし…。
で、どうしたか…ってガマンするより選択肢がない!脂汗タラタラ…。
しかし、「心頭滅却すれば火もまた涼し」…何とか乗り切りましたよ。
それで出来上がったのがこのジャケット…ああ愛おしい。

2_30コレらが元の写真。
Seijiさんの立ち位置はナゼか、いつどこの会場でも照明の条件が比較的よくて撮りやすい。

2_40 Yukiちゃんもたくさんの表情を持っていて撮っていて楽しいな。私の写真では笑顔が多いんだけど、これはシリアス!難しいパートの真最中かな?

2_50vしまちゃんは実はすごくフォトジェニック。この写真はそうでもないが、いつもポーズがビシっとキマっているのだ。

2_60vChiikoちゃん、いつも照明の条件が悪くてうまく撮れずにゴメンね。
とにかくドラムはムズカシイ。
照明が暗い、動きが速い、ポジションが同じ、楽器で顔が見えない…こんなに撮影に不利な楽器は他にないだろう。
実は鍵盤楽器も難しいと常日頃思っているのだが…。
でも、そういう被写体こそ撮り甲斐があるってもんよ!

2_70vちなみにこの時に撮ったこのShimataroちゃんの写真は彼の教則DVDの表紙にもなった。

2_80 こんな感じ。

2_80v
つづく

2015年1月19日 (月)

SHOGUN LIVE!

今から何年前かな?
ギターのブリッジで有名なWilkinsonってあるでしょ?私はここの社長のTrevor Wilkinsonさんに仲よくして頂いていて、Liverpoolから40分ぐらい内陸に入ったSouth Portという街にある家に遊びに行ったことがあった。
その日はお嬢ちゃんのKateの結婚パーティで、近所の人が大勢来ていて、日本人が珍しいのか色々と質問攻めにあった。
しきりに鯉の話しをしている人もいれば、やたら昔の話しを持ち出してくる人もいた。
もう、ステレオタイプ丸出しの話しで、一体どこでそんな話しを仕込んだのかと問うと、『将軍Shogun』だと言う。
コレは三船敏郎や島田陽子が出演していた1980年のアメリカのテレビ・ドラマのこと。私は観ていなかったので、何とも対応に困ったのをよく覚えている。

そのアメリカのテレビ・ドラマより先に、日本の人気テレビ・ドラマの主題歌を歌うグループとして誰もが耳にしたバンドの名前がSHOGUNだった。
そのサウンドを初めて聴いた時、てっきり外国のバンドかと思った。

もう発売して大分時間が経ってしまったが、2014年10月27日にSHOGUNのライブDVDがリリースされた。
タイトルはそのもズバリの『SHOGUN LIVE!』。
私はこのDVDのスリーヴとリーフレット用のスチール写真を撮らせていただいた。

10dvd場所は満員の目黒Blues Alley。

20ステージに上がったのは…
芳野藤丸

30v長岡道夫

40
岡本郭男

60v_2
佐倉一樹

50v渡邉純子

70v_2鈴木正則

80v_2竹野昌邦

90v藤丸さんの歌とギターで名曲がつづられていく。

100v何しろ曲のクォリティが高いのなんのって!そして、演奏も非の打ち所がまったくない完璧状態!

110_2昔、原田の喧ちゃんの紹介で藤丸さんにAVTを使って頂いた時期があった。今は違うけどね。
その後もよくマサやんのコンサートでご一緒させて頂いた。

120v_2アルト・サックスの藤野美由紀が登場。

95
美由紀さんがまた素晴らしく図太い音色とすさまじいアクションでカッコいいのなんのって!
藤丸さんとの絡みも最高!

130ミッチ―さんもボーカルを披露!

I_img_0146 やっぱり「Bad City」や「Lonely Man」の時にはひときわ大きな歓声が!
もちろんDVDにも収録されている。

140_2藤丸さんも空間系のエフェクターを上手に使って大人のギター・ソロを繰り出してくる。
私は、「この世の名曲10選」を挙げろと急に言われた時に困らないように普段から考えているのだが、アレもいい、コレもいいとなかなか定まらないでいる。
しかし、The Kinksの「Waterloo Sunset」とQueenの「Bohemian Rhapsody」あたりは完全に固定していて揺らぐことがない。
そして、もうひとつ絶対的な曲がある。それは太田裕美の「木綿のハンカチーフ」。コレは何人(なんぴと)も否定できまい。

150vあの有名なダブル・ストップのイントロ。もちろんそれだけではないが、あの曲のギターを弾いているのが藤丸さんと知って感激したね。
アレは何かのテレビ番組の収録だったと記憶しているが、「アドリブでなく書き譜」だったとおっしゃっていた。
後世に残る名曲が次々と生まれていたいい時代の話しである。

160vやっぱり、海外の音楽がもっともクリエイティブだった時代に自己研鑽された方々の音楽と言うのは厚みが違う。
まったく素晴らしいコンサートだった。それがDVDになっている…今こそいい時代か?

170DVDの詳しい情報はコチラ⇒アトスインターナショナル公式ウェブサイト

180dvd(一部敬称略 2014年7月25日 目黒Blues Alley Japanにて撮影)

ichiro Session ~ Dear Blues #1

チョット最近はご無沙汰だけどMarshall Blogでもおなじみのichoro。
でも今日はいつもとはチョイと様子が違う。
イヤ、ichiroちゃんはいつもと同じ。
様子が違うのはコチラの方。だからMarshall BlogではなくてShige Blogにご登場頂いている。

10_2この日のライブはichiroちゃんがブルースをトコトン演奏するというシリーズで残念ながらMarshallの出番はなし。
パフォーマンスが収録され、それがDVDとなっている。そのスリーブ&リーフレット用の写真撮影のお仕事で参加させて頂いたというワケ。
これがそのDVD。2014年9月の発売。

20dvd出演はichiro。

30_2ベースは元The Street Slidersの市川"JAMES"洋二。

40vドラムに元The Easy WalkersのJAH-RAH。

50_2ゲストでとうじょうしたるは佐藤タイジ!

60vレパートリーはブルースのスタンダードからオリジナルまで多種多彩。でも、そのどれもがブルースに根差している。

70vそれが実にichiroちゃんっぽい。

80v「やりたいことをやって、それが芸術性が高いワリには大衆に受け入れられて、ビジネスとして成功している」…こういう人こそ「アーティスト」と呼んで然るべきだと思うんだけど…その代表としてよくPar Methenyの名前をMarshall Blogで挙げていることはご愛読頂いている方はご存知だと思う。
ナンカね、このイキイキと演奏するichiroちゃんの姿を見ていると、日本ではichiroちゃんがそれかな?なんて思ったりもするのである。

90タイジさんとのギター・バトルはもちろん大きな見所のひとつ。
「ストラト対レスポール」すなわち「ゴジラ対ガメラ」…決着は永久につかない。会社が違うから戦えない!ウソウソ、両方強力だからだ!
しかし、この世に色々なものがあって、それぞれ日進月歩で進化を遂げているのに、一体ギターって何だろうね?100…と思うこともあるけど、変わらないからいいんだろうね。
最近は若い人たちが聴く音楽もスッカリ変わっちゃったからギターもいいところを見てもらえなくてかわいそうな気がするね。
ichiroちゃんが決して口にださないけど「ギターのカッコよさはコレだぜ!」とギターで叫んでいるようだ。

110ゲスト・ボーカルのSara Rector。

I_img_0062パワフルな歌声でここも素敵なシーンのひとつとなった。

I_img_0115タイジさんも代表曲「ありったけの愛を」を歌ってくれた。
タイジさんは昔、渋谷のBOXXで開催された『Marshall Night vol.2』というイベントに登場してくれた。
その時、愛用のビンテージの1959にナイロン・ギターをつないでド迫力のサウンドをクリエイトしていたのが印象的だった。

120v小気味よいタイジさんのアコギのバッキングにナチュラルに溶け込むichiroちゃんのメロディアスなソロ!

140ブルース・ロックとMarshallの関係については後日Marshall Blogで…ね。
130v
商品には『仲間とギターとブルース。人生に、これ以外の何が必要だろう』というキャッチコピーが付けられてるが、まさにその通り。
楽しく、激しく、美しく、ギターの魅力を存分に発揮したステージだった。

150そんな演奏がギッシリ詰まったDVD。おススメです!
あ、写真にも注目してチョ!

DVDの詳しい情報はコチラ⇒アトスインターナショナル公式ウェブサイト

160dvd(一部敬称略 2014年6月7日 三軒茶屋Grapefruit Moonにて撮影)

2014年5月19日 (月)

How to fix Okonomiyaki~Hiroshima Style

For Grace....

<Ingredients (top to bottom, left to right)>
Egg
Pork
Yam (if possible but not important)

Cabbage
Dried bonito powder
Beansprout
Deep fried squid (junk confectionery)
Green onion

Flour for Okonomiyaki
Otafuku Sauce (sweet Worcestershire sauce)
Deep fried squid (junk confectionery, sorry just one is enogh)
Noodle for fried noodle (yakisoba)

Img_0008_2Important gredients for Hiroshima style.

Img_0009<Making dough>
Put suitable quanyity of flour into a bowl.

Img_0010Add water to the flour.

Img_0011Stir, stir, stir ...

Img_0012If the dough seem to be too hard, please add extra water.

Img_0013The softness is like this.

Img_0018Add the yam.

Img_0019Peel the skin.

Img_0020Get another bowl and put water.  Add few amount of vinegar into the water.

Img_0021Dip the yam for a couple of minutes.  If you skip this process, the yam makes your hands itchy.  Also it turns into black quickly.

Img_0023Grate the yam.

Img_0024Add the grated yam into the dough.

Img_0026Stir the dough again.

Img_0028The yam makes the dough much sticker.
To tell you the truth, this is too sticky and I added some extra water.
Also this Yam part is not so important.  I think yam is not easily available in your country, so you can skip this part.

Img_0030Chop the vegitables in advance.  Shreded cabbage, round sliced green onion and beansprout (as is).

Img_0031Heat the hot plate and put oil. 

Img_0033Meanwhile, heat the noodle.  Just heat it with few water for steaming.Img_0036Put the dough on the hot plate.

Img_0037Spread it with spoon's sole.

Img_0038Dust the dried bonito powder.

Img_0040Put the cabbage.

Img_0043Put the beansprout.

Img_0046Smash the deep fried squid....

Img_0048and pile them on the beansprout.

Img_0053Put the pork.

Img_0054Put the few of dough.  

Img_0055The first hurdle comes.
Flip over the dough.
One, two.....

Img_0057Three!! 
Yes!!  Good job, Shige!!

Img_0058Push the scattered cabbage under the dough.

Img_0060Place the lid and steam for a couple of minutes.

Img_0061Put the pre-jeated noodle next to the dough.

Img_0062And move the dough on the noodle.

Img_0064Easy.

Img_0065Then put two eggs next to the dough and easily break he yolks.

Img_0069Put back the dough on the eggs.

Img_0070Easy, easy!

Img_0072Again put the scttered things under the dough.

Img_0072_2Sorry I failed to take a picture of one stage.  Please flip over the dough once more.  Then all process is done.

Put the Otafuku souce.

Img_0078Depends on your taste, please put the green onion on the okonomiyaki.

Img_0079Looks nice!!

Img_0080Have it with beer.  I miss English ale!!

Img_0083

 

2013年10月11日 (金)

ストレンジ・デイズ 11月号

以前Steve Hackettの時にもお世話になったストレンジ・デイズさん。(Steve Hackettのライブ・レポートはコチラ
2013年11月号の表紙はMike Oldfieldの『Crisis(邦題:ムーンライト・シャドウ)』。

Kt_img_5691ひ~っさしぶりLPをに引っ張り出して聴いてみたけど、A面はすごくよろしいな。スッカリ忘れてた。やっぱSimon Phillipsいいな~。
B面は何といっても最後の「Shadow on the Wall」。歌うは元FamilyのRoger Chapman。この人も日本ではまったく受け入れられなかったね~。聴いているこっちのノドが痛くなって来るようなシャウトっぷり。それにこの不必要なまでに振幅の大きいビブラート。一声聴けば夜中にうなされそうな強烈な個性だ。
Rogerは1989年の『Live in Berlin』というアルバムでもこの曲を収録している。かつてMarshallのデモンストレーターを長いこと務めたGeoff Whitehornが参加しているので、大分前にこのライブ・アルバムをゲットしたのだが、収録時間が30分程度という「アレレ?」状態のアルバムだったな。

Kt_img_5696 イヤイヤ、Mike Oldfieldのことは実はどうでもよくて、肝心なのは本号の中身。
Marshall Blogでもレポートしているが、寺田恵子さんが生誕50周年を迎えるにあたって企画されたカルメン・マキ&OZの曲を歌うコンサートを前にしてのインタビューが掲載されている。
私なんかは完全に同世代なので、ウンウンとうなずきながら拝読させていただきました。

しかも!1ページを覆い尽くすのは私が撮ったステージ写真。やっぱ恵子さんはカッコいい!

さらに本をひっくり返してみると、そこにはその恵子さんのコンサートの広告が!
この恵子さんの写真も私が撮らせていただいたもの。うれしいです!

Kt_img_5694 ところが!10月14日に開催されるこの世紀のコンサート、私行かれないので、みなさん、私の分まで楽しんできてくださいね!

2013年8月 5日 (月)

プログレはうれしい

先日、Marshall BlogでレポートしたSteve Hackettの来日公演。

日本を代表するプログレッシブ・ロックッ雑誌、ストレンジ・デイズ2013年9月号(No.166)にもその模様が掲載されている。

そして、私が撮影した写真がガッツリ使われているので是非見てみてね!好きな表紙はRobert Wyatt。

Sd_img_0472 好きなプログレッシブ・ロック関連の媒体に撮った写真が使われるなんてうれしいにゃ~!

<Marshall Blogの記事はコチラ>
★前編 : Steve Hackett GENESIS Revisited 2013 Japan Tour

★後編 : Steve Hackett GENESIS Revisited 2013 Japan Tour

2013年7月28日 (日)

寺田恵子生誕50周年記念興行『QUEENS BIRTHDAY』

イヤ~、昨日もSHOW-YAはホントに素晴らしかった!
恵子さんの生誕50周年記念興行『QUEENS BIRTHDAY』!
Marshall Blogでも紹介したように、24日には22年ぶりのシングル『V.S. MYSELF』も発売され、いいように盛り上がっちゃった!

これがそのシングル『V.S. MYSELF』。
うれしいことに今まで私が撮ってきたライブ写真がふんだんにちりばめられている。
それに『NAONのYAON』完全収録しているDVDもうれしいね!私を探したりしないでよ!
もちろんSHOW-YA史上最速という新曲『V.S.MYSELF』も出色の出来だ。

Vs_img_9557_2 さて、昨日のコンサート。レポートはMarshall Blogにもちろんゆずんるんだけど、とにかく密度の濃い素晴らしい演奏だった。
やっぱり、最初の音が出た瞬間、ゾワーっと鳥肌がたっちゃうんだよね、この音圧に!

恵子さんもお誕生日コーナーもあって、最高に楽しい内容だった。ここで書けないのが残念!マーブロ待っててね。

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そのほかにも企画がテンコ盛りで、次作のジャケットにお客さんの写真を載せちまおう!というのがスゴかった。撮りも撮ったり350人以上!
卒業アルバムじゃあるまいし、こんなにたくさんの方を一度に一枚一枚撮影したのははじめて。イヤ~、人間の顔ってものすごいバリエーションですな。ご協力いただいたお客さま、ありがとうございました。

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そして、昨日の様子が今日のスポーツ報知、サンケイスポーツ他に掲載されている。写真は私めが撮ったものでやんす。
自分で撮った写真が新聞に使われるのは初めてではないけど、うれしいなったらうれしいな!恵子さんの記念すべき50回目のお誕生日ということもあいまってそのうれしさも倍増!

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でも、新聞用の写真って時間の制限があるし、いいのが撮れているかどうかわからないし…結構緊張するのよ。

それではMarshall Blogでのライブ・レポート乞うご期待!

Vs_img_9562SHOW-YAの詳しい情報はコチラ⇒SHOW-YA Official Site

(ライブ写真:2013年7月27日 赤坂BLITZにて撮影 新聞記事はスポーツ報知、サンケイスポーツより抜粋)

2013年7月23日 (火)

『カイズ』~クルベラブリンカのセカンド・アルバム

2013年3月15日 初出

久しぶりにレコード会社に勤める仲良しと昼食を摂った。彼は仕事がら新しい音楽メディアに精通しており、いつもいろいろと教えてくれるそっち方面の私の師匠だ。

そして、いつも話題になるのは「CDの終末」に関すること…。私はご覧の通り音楽が大好きで、「人生一度はレコード会社で仕事がしてみたかった」、あるいは「してみたい」…と思っている。ところが、その友達の前でそんなことを口にしようものなら、「絶対やめた方がいい!」と彼はまるで自殺を押しとどめるような勢いでいつも私を諭すのである。

「CDは本当になくなってしまいますよ…」

これが理由だ。もちろんこんなことは今までもあちこちで耳にしてきていることだし、アメリカに行けば本当にCD屋がないことも知っているし、ロンドンもHMVをはじめ、ジャンジャンCD屋が消滅していることも目の当たりにしている。

それでも、「まさか…元祖はエジソンだぜ…」という気持ちが先行してあまり実感がわかないのは、あまりにも自分の人生の深い部分にレコードやらCDが当たり前に入り込んでいるからかもしれない。それとCDというフィジカル・プロダクツの最後の砦がなくなってしまう悲劇を信じたくないという気持ちもあろう。

彼の話しの中でショックを受けたのは、今年中には日本に入ってくるとかいう新手の配信サービス。その配信サービスは4大レーベルと契約していて、月額いくらか払えば、1500万曲の中から好きなだけデジタル・オーディオ・プレイヤーやスマートホンにダウンロードできるという。

コイツのおかげでiTunesも近い将来駆逐されてしまうんだと。そりゃCDもなくなるわ。

ま、好きなようにやってくれればいいけど、音楽ってここまで「どうでもいいモノ」になり下がってしまったんだな~。音楽にはお金は使う必要はありませんよ~!と言っているようなものだ。

今、今年1月に上梓された『誰がJ-POPを救えるか?』って本を読んでいる。もちろん(?)私みたいな音楽変態にJ-POPは死んでも無用のものだが、同書の中では私がマーブロに書いているようなことにも触れていて、加えて世の中の音楽マーケットのしくみが見えてきてなかなかおもしろい。

やっぱ大変そうだからレコード会社はやめておこう。好きなCDを買い続ける一方、外野で音楽業界に対して文句を言っている方がはるかに楽しそうだ…。読後、思うところがあればまたここで論じてみたいと考えている。

私なりの結論としては、フィジカルな商品を買いたくなるような音楽がないからCDが売れない…コレに尽きると思っているし、その本がそう結論付けてくれることを期待している。

さて、前置きが長くなったが、ここからはお金を出して買いたくなるCDの話し…。

クルベラブリンカのセカンド・アルバム『Kaizu』がそれだ。

Kaizu
リフやらソロやら、正統派ロック的な魅力がふんだんに詰め込まれている。特にこのバンドは前作(ライブを除いて)『KRUBERABLINKA』の「太陽」のような鋭利で奇抜なギターリフが素晴らしい。

少し前にマーブロでメロディに対する持論を吐いたが、もっというとギター・リフというのはロックにおいて、ましてやハード・ロックにおいては第一印象もいいところで、ギター・リフさえカッコよければ1曲カッコよく仕上がっちゃうといっても過言ではないでしょ。みんなディープ・パープルもUFOも好きでしょ?それがここにある。

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ロックはギターと野太いボーカルでしょ。いつそれ聴くの?今でしょ?

『Kaizu』があるんだから!とにかくこのアルバムにはそうしたロックの魅力が満載しているのだ。一聴して自分たちが目指すべき音楽を心から愛し、丁寧に自分たちの音楽を作っていることがわかる。気持ちいいですよ、こういう作品は。

で、加えて歌詞がまた実にスリリングなのだ。

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あのね、ちょっと前にある音楽評論家がボブ・ディランの歌詞のことを書いていたんですよ。その方は、しばらく海外にいて少々歌詞の英語がストレートに頭に入ってくるようになったんだって。

そして、ボブ・ディランを聴いて驚いたというのだ。「連中(英語圏の人たち)はこれを聴いてストレートに歌詞を理解していたのか!」とショックを受けた。

コレ、めちゃくちゃわかるんですよ。いつも書いているようにビートルズの魅力のひとつはメロディと同時に味わう歌詞にあると思うし、エルトン・ジョンもしかり。おそらくキング・クリムゾンやピンク・フロイドの音楽を歌詞カードや辞書なしに耳と頭で味わえたら、その世界はケタ違いに奥が深くなると思うよね。ザッパなんかなおさらだ。

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こういうのはいくら後で歌詞を調べて意味を取っても魅力が半減してしまう。メロディと同時に歌詞の意味が理解できてそれを口ずさめないと味わったことにならないんですよ。

じゃ、お前はどうなんだ?って?ダメダメ、ようやくビートルズがようやくストレートにキャッチできるようになってきた程度。でもね、私はそうしてビートルズを人生で2回楽しんでいるんですよ。

それにクルベラブリンカがあるからね。「いったいこの歌詞はどういう展開になるのか?」…ハード・ロックでこんなことを期待させるバンドはまずないでしょう。
これはレトリックの問題もさることながら、あの言葉がCazさんの声で、そしてあの歌い回しで並べられるから耳に入ってくるんだろうけど。

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昔からハード・ロックは、演奏のカッコよさと歌詞のバカバカしさのギャップがいつも問題になっていたと思うんね。英語で歌っちゃ意味ないし、卑怯な感じがするし(箱根駅伝にエチオピア人を出すみたいナ…)、歌詞を重視すれば歌謡曲になっちゃうし…いつもこのジレンマにミュージシャンたちは悩まされ続けてきたのではなかろうか?そうした問題を忘れさせてくれる曲と歌詞のバランスがクルベラブリンカの曲にある。

だいたい1曲目の「宇宙は滾れ」って、「は」はスゴイ。ここ普通の感覚では「は」は持ってこない。「は」に「れ」ですからね。これ英語だと「Universe must boil」かな?ホラ、つまらなくなっちゃった!イヤ、英語にはならないでしょうな。こういう感覚がおもしろい。

ふざけているように思われるかもしれないが、今は忙しくてそう時間はかけられないが、文章を書いていて助詞ひとつに悩むことって結構ある。「が」にするか「は」にするか…みたいな。でもそんな悩みは読者には一切通じないのが普通だ。しかし、こうして歌の一部に組み込まれたが最後、たった一文字が曲の雰囲気を変えてしまわないとも限らない。だから音楽はおもしろい。

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どの曲も出来がよく、1曲ずつ紹介しているとキリがないので、その作業は割愛するがひとつだけ…。

最後の「野ばら達へ」 。バラード。これおもしろい。ちょっとコード進行をコピーしてみたんだけど、なんというか、どうもシックリこない。「アレ?こっち行っちゃうの?」みたいな…。久しぶりにこんな作業したからかな?

コード譜を全部載せたいところだけど、怒られちゃうかもしれないからダイジェストで…。

曲中に出てくるイントロのBm/Db7|D/D#dimのこのディミニッシュがタマらん。いつかCazさんがメタルはディミニッシュよ!みたいなことをおっしゃっていたが、それとは意味が違う「パッシング・ディミニッシュ」という手法。ただ滑らかに次のコードに進むために使うだけなんだけど、こうした曲にでてくるとギクっとする。

この曲のメインのキーはBmなんだけど、部分的にサブドミナントがダイアトニック・コードのEmではなくEになるもんだから曲がメジャーに聴こえてしまったりする。

また、これは特殊でもなんでもないんだけど、ドミナントのGb7を強調することでドラマチック度をアップさせている。

そしてさらにギターソロで転調。これがまた実に自然に聴こえる。よくできていますな~。カッコいいわ~。

クレジット見てみると作詞も作曲もCazさん。訊いてみると、ピアノで作った曲だとか…。やっぱ違うんだよね、ギタリストが作る曲と…。

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CDに使われている写真は昨年10月に東京キネマ倶楽部で私が撮影したもの。かくも素敵にレイアウトしてくだすったことにこの場をお借りして心から感謝申し上げます。

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…とそんな順風満帆のクルベラブリンカなのだが、悲しい知らせが届いた。音楽性の相違を理由にキーボードの岡田英之が脱退した。

ジャケットのスリーブの表4に使われている写真を撮る時、岡田さんにモデルになってもらいずいぶん手伝ってもらった。

誠に残念なことだが、双方のますますの活躍を祈念すりばかりである。

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そして、クルベラブリンカは新しいキーボード・プレイヤー、片岡祥典を迎えて活動している。

その布陣で3月20日、クルベラブリンカが目黒の鹿鳴館に登場する。普段は関西を中心に活動しているバンドなので東京圏のメタル、ハードロック・ファンの皆さんはお見逃しなきよう!

クルベラブリンカの詳しい情報はコチラ⇒KRUBERABLINKA facebook

こういう良質なCDがリリースされる限り、日本人の良識をもってすればこの国からCDが消え失せるということはないであろう…と信じたい。
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嗚呼HMV

2013年1月16日 初出

年が明けて最初のシゲ・ブログ。終わったかと思ってたら大間違い!マーシャル・ブログのサポート・ブログとして続けていきますのでよろしくお願いします。

で、年が明けて最初の話題が湿っぽくて申しワケありません。今、ちょうどニュースでやってたもんだから矢も楯もタマらずポストしてしまった。

英HMVが経営破綻。

理由は配信によるフィジカル・プロダクツの販売不振だという。この問題の根っこは配信ではないとマーブロにも書いてきたが、実にイヤな気分だ。

HMVについてはマーブロの『イギリス-ロック名所めぐり』でやろうと思っておたのでここでは詳しくは触れない。ちょっとだけ…。

ここはロンドンの繁華街のひとつ、オックスフォード・ストリート。左のFoot Lockerという靴屋はかつてHMVの第1号店だった。左下のブルー・プラークがそれを表している。詳しくは後日マーブロで。

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名盤『Relaxin' at IWAKI ALIOS』の宣伝ポスターを持つ広規の後ろに見えるのが現在のオックスフォード・ストリートのHMV。これもなくなってしまうのか…。

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それにしても本当にこのままCDというものがなくなってしまうのだろうか…。みんなでよ~く考えた方がいいと思うけど…。

 

 

北のエレキガール、Tomokoカレンダー撮影

2012年12月19日 初出

Tomokoという北海道出身のベンチャーズ弾きがいる。北のエレキガールTomoko。キャリアも長く、ノーキー・エドワーズとの共演も果たした実力派ギタリストだ。

で、あるツテで2013年のカレンダーの撮影をご依頼いただいた。

とても楽しい撮影だった。

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私が担当させて頂いたのは2か月分と表4。

Tomokoさんにはもうキチッとしたイメージがあって、それに近づけていくというような進行だったので実に撮影もスムースに進んだ。

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ステージ・ライトと格闘しながら刹那刹那を切り取るライブ写真の撮影も最高にエキサイティングだけど、こうしてひとつの目標に向かってジワジワと作り上げていく作業も実に面白いものだ。

どんなことでも何かを作り上げていくということは実にやりがいのあることだ。
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Tomokoの詳しい情報はコチラ⇒tomoko 北のエレキガール

桑名正博さんのこと

2012年10月27日初出

ある年の大みそかの晩、突然携帯電話がなった。原田喧太からだった。

「道がわからないんでちょっと案内してくれない?」

ふたつ返事で指定された浅草のすし屋通りの日本そば屋へ赴いた。2階の座敷には喧ちゃんはもちろんのこと、桑名さん、後藤次利さんたちがそばをたぐっていた。これが桑名さんとのはじめての出会いだった。彼らは浅草ロック座で開かれた「ニュー・イヤー・ロック・フェスティバル」に出演するところだったのだ。

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はじめてお会いする桑名さんは、そのままテレビから出てきたような感じで、「よろしく!」ととても気さくに接してくれた。

それからというもの、喧ちゃんと共演するライブにマーシャル・ブログの取材でよくお邪魔させていただいた。

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私は残念ながらファニー・カンパニーには間に合わなかった世代だが、元来桑名さんの声が好きで、ライブに行けば行くほど、男が聴いてもウットリするようなその美しい歌にハマった。

曲がいいのは当然だが、桑名さんは声だけで聴く者ををトコトン酔わすことができる究極のシンガーだった。

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基本的にマーシャルの人ではなかったが、愛用のB.C. Richで奏でる音数の少ないギターも素晴らしかった。ストン、ストンと選び抜かれた音で構成された味のあるフレーズをアーシーなリズムの中に散りばめて歌い上げていくスタイルが実にいい感じなのだ。

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喧ちゃんの結婚式で披露してくれた1曲も感動的だった。原田家の餅つき大会でもよくご一緒させていただいた。

桑名さんは自分が掲載されているマーシャル・ブログの記事を読んでおいでで、ある時取材でコンサーtお会場に行き、楽屋に挨拶にお邪魔すると私に向かってこう言ってくれた。

「ジブン…エエ写真撮るナァ~。使わせてもろてもええか?」

「桑名正博」が私にそう言ってくれたのである。超一流の著名なカメラマンに撮られ慣れている「桑名正博」がですゾ!うれしかった。コレは本当にうれしかった!

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2011年7月22日、喧ちゃんのお父様、原田芳雄さんの告別式に参列させていただ日、晩にも桑名さんにお会いした。その晩は森さん(森園勝敏)や大二さん(岡井大二)のライブがあって私は告別式の後、原宿のクロコダイルに取材にお邪魔していた。楽屋で森さんとおしゃべりをしていると、桑名さんが楽屋に入って見えて森さんに悲痛の声をもらした。

「告別式の後、ジョー(ジョー山中氏)のところへ行ったんや。芳雄さんやろ(正確には桑名さんが原田さんのことをどう呼んでいらしたかは記憶していない)、ジョーやろ…もうホンマ、こんなんタマランよ!」

それからちょうど1年後、桑名さんが病床に伏してしまった。この不幸なニュースを聴いた時、まっ先に桑名さんがクロコダイルの楽屋で話していらしたことを思い出して軽いめまいを覚えた。でも、必ず桑名さんは復活されると思っていた。

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私は桑名さんの音楽には「ブルース」を感じた。それは関西の人だけが持っている一種独特の感覚で、東京の人には絶対に出せないオーラのようなものが漂っていた。それは「●●ブルース」というタイトルが付いているとかいないとか、曲が3コードでできているとかいないとか、そんな形式的なものではなく、魂が「ブルース」という意味だ。しかも、桑名さんはこの「ブルース」という言葉を平気で「ロック」という言葉に置き換えてしまうことができるアーティストだった。または、ロックがブルースでできているということを証明する音楽の神の使者だったのかもしれない。つまり本物のロック・アーティストだったのである。

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そして桑名さんを失ってしまった今、我々や日本のロック界はとてつもなく大きな音楽的財産を失ってしまったことを悲しみ、そして深刻にとらえてしかるべきであろう。

もうあの歌声をナマで聴くことができないなんて不幸以外の何物でもない。もっともっと聴いておくべきだった。

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桑名さん、素晴らしい音楽を本当にありがとうございました。安らかにお眠りください。

桑名さんと少しでもお近づきになれたことを誇りに思います。

そして、そんなスゴイ機会を作ってくれた原田喧太さんに心から御礼申し上げ、桑名さん一家の一員としてますますのご活躍をお祈り申し上げます。
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(一部敬称略)

「様式美」でいこう!

 2012年9月7日初出

「様式美」…いい表現だ。

いつから「様式美」というロックのジャンルが定着したのかは浅学にして知り得ないが、こうして日本語で、しかも漢字で表現できる音楽ジャンルがある…ということがうれしい。

だって日本人って「英語崇拝主義」よろしく何でも英語化しちゃうじゃん?そのくせ英語表現を好む割には英語が苦手だったりする人が多かったりするでしょ?

前にもどこかに書いたかもしれないが、不思議なのは携帯電話が「ケータイ」という日本語名で定着していること。アレどうして英語で呼ばなかったのかな?最近は「モバイル・フォン」とか英語で呼んでいるけど、以前は「セルラー・フォン」って言ってたでしょ?「セルホ」、「モバホ」…両方ムリなく略せるし…。それなのに、スマート・フォンが出てきた途端、こっちは「スマホ」って呼んでるじゃない?どうして「リコー」にならないんだろうナァ。日本人独特のリズム感によるところなんでしょうな。

私だってやっぱり英語の表記がカッコいいと思うことが多々ある。でも、日本語で表記できるものは日本語を使った方がいいと思うし、何でもかんでも英語表記するのはキチンと英語の勉強をしてからの方がいいと思うんだよね。(でもどうしても英語単語を使った方がラクな時があるの。「クリエイト」とか「インスパイア」とかね)

せめて着ているTシャツにプリントしてある文言の意味ぐらいは知っておいた方がいい。

それと、日本分なのに外来語、もしくは海外の固有名詞の部分だけアルファベットにしてある文ってよく見かけるじゃない?あれも何だかナァ。日本語を話しているのにところどころ、キマって短い単語だけ本格的な英語になっちゃう帰国子女のコントがあるでしょ。アレみたい。(ああいうネタは大好きです)

シゲブログでもアルバムの紹介や『イギリス紀行』などでは英単語を交えることがあるけど、アレは固有名詞だけ。「原題」とか「原名」を尊重してのことで、ある部分だけEnglishでexpressすることはnothingなのdeath!

でもね、ドイツ人の友達にきいたけど、彼らもそうなんだって。ドイツ語表記より英語表記の方がカッコいいと思われているんだそうです。同じアルファベットなのにね!

日本語も英語も様式にこだわるところが美しいのだ!ってんで、今日のレポートは『Jill岡垣☆様式美大作戦』。

まずタイトルがいい!

出演は岡垣正志率いるJill's Project-EXとAphrodite。もうこの手のサウンドが好きな人にはタマらないであろうライブだった。

Jill's Project-Exの岡垣正志。やっぱり「様式美サウンド」にはキーボードが絶対に欠かせない!ロックにおける鍵盤楽器の使われ方としてもっとも重要で、もっともカッコいいsituation、あ、シチュエーションだと思う。ホントにこうしたキーボードが入っているバンドって少なくなった。

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ギターは足立"You"祐二と、

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日下部"Burny"正則。
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アンコールのみに登場したのが…

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KRUBERABLINKA(クルベラブリンカ)赤尾和重に…
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Strange, Beautiful and Loudの三宅庸介
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そうバーニーを除いてはみな岡垣さんのTerra Rosaに関わった方々だ。

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バーニーといえばレス・ポール。でも335もいいもんだ。ビグズビー付きというところがまた泣かせるね!実はこの日、バーニーが出るのを知らなくてビックリしちゃったんだけどね…。でも久しぶりに会えてうれしかった!
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相変わらずのド迫力ヴォイス!和重さん最高!

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三宅サウンドもいいように大炸裂!スンゲェ音の存在感!
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うちわ片手に爆笑MCを展開する和重さん。エエなぁ~。死ぬほどわろたわ~!

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短い時間ではあったが、コッテリ系の様式美サウンドは観る者の心をわしづかみにした!

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そして!来る10月13日、そんな仲間が集う狂熱の様式美の宴がまたも開催される!題して…

『クルベラブリンカと究極の楽師達@東京キネマ倶楽部はちょっぴりテラローザです』

クルベラブリンカ率いる和重さんの呼びかけで、この愛すべきサウンドを様式美あふれる会場でゲップが出るほど堪能しようと言う企画なのだ!
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出演は…ジム・マーシャルに次いでシゲブログのオープニングを飾ってくれた、アタシの大好きなクルベラブリンカ…赤尾和重(vo)、 鈴木広美(g)、 山崎浩一(b)、 泉谷賢(ds)、 岡田英之(key)。
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スペシャル・ゲストとして、Love Missile…足立祐二(g)、 瀧田イサム(b)、 山崎  慶(ds)。

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YOUさん、またマーシャル弾いてくれるといいネェ。他では聴くことのできない独特のサウンドがカイカンなのよ!

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さらに、これまた大好きなYosuke Miyake’s Strange,Beautiful and Loud…三宅庸介(stratocaster)、山本征史(b)、金光健司(ds)。
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「完成されたスタイル」という魅力を猛烈に教えてくれる三宅さんのギター。
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「ワン・アンド・オンリー」という言葉が実にシックリくるね。
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さらにさらに、岡垣さんも出演してくれるのだ!

そしてTerra Rosaの曲も演奏される!

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時は10月13日。会場は東京キネマ倶楽部。この凄まじくも素敵な連中が日本一様式美を誇る会場に解き放たれるのだ!ク~、タマランね~!
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これは見逃せないでしょう!

「様式美」と言葉でいうのは簡単なんだけど、実際にこの手の音楽を演奏することは決してたやすいことではない。過酷な鍛錬に耐え抜いた屈強な精神の持ち主だけが習得できる器楽演奏の技術をぶつけ合うのがこの手の音楽なのだ。「選ばれし者たちが奏でる音楽」といっていいかもしれない。そういうところがス・キ!
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チケットのお求めはコチラ⇒東京キネマ倶楽部メール受付
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(一部継承略 ライブ写真:2012年8月4日 目黒Live Stationにて撮影)

2013年6月19日 (水)

ヴィンテージ・エフェクターを引き倒せ!

2012年10月10日 初出

『ヴィンテージ・エフェクターを引き倒す!』というYOUNG GUITARの別冊がシンコー・ミュージックより上梓された。

今や洋の東西を問わず、エフェクター花盛り。目玉が飛び出しそうな高価なブティック・エフェクターから、オイオイ大丈夫なのかよ?と心配したくなるようなリーズナブルなものまでその幅はピンキリもいいとこですな。

昔はね、「エフェクターなんかに頼っちゃイケねぇ~」なんて『用心棒』の東野英治郎みないに厳しく言っていた人もいたもんですけどね。

一方では、とにかく足元にたくさん並べたくてサ…。

フランク・マリノが来日して後楽園ホールに出た時ななんか、開演前、ステージ前に黒山の人だかりになってたっけ。何しろ全長2メートルは優にあろうかという「エフェクターのプラットホームや~!」状態。ギター・キッズがみんな「スゲーな、スゲーな」とヨダレを垂らしながら観察していた…うちのひとりが、ま、私なんですけどね。この「ギター・キッズ」なんて言葉も死語だな。ギター・ソロがなくなった時に同時に消滅したんだろう。

考えてみると、エフェクターについて過去に何か書いたことはあったかな?マーシャル・ブログの時もなかったし、今回が初めてかもしれない。

ずいぶん買いましたよ、私も…。歪み系は言うに及ばす、コンプレッサー、フェイザー、コーラス、フランジャー、ワウワウ、オート・ワウ、ボリューム・ペダル、ディレイ、エコー・チェンバー、マルチ・エフェクター数種…。

あの頃はエフェクター・ボードだのケースだのなんてまったく売ってなくて、ボードはみんな自作だった。エフェクター用の短いケーブルなんてものもなかった。私は秋葉原でケーブルとプラグを買って自分で短いケーブルを作って、父からもらったコンパネの歯切れにアロンアルファでエフェクターを貼りつけて作った。

もう載せるエフェクターもなくなっちゃったんでボードは捨てちゃったけど…、アレ、どこへしまったっけナァ~。

(15分経過)

あった、あった、コレコレ!ボードにする前はプロの真似をして、カメラ屋さんに行ってジュラルミンのケースを買って、そこへエフェクターを出しちゃ入れ、入れちゃ出したりして悦に浸っていた。それがコレね。ギターを肩から提げて、このケースを自転車の荷台に乗せて街を跋扈したものですよ。かれこれ買ってから軽く30年以上は経つナァ。

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昔はここに色とりどりのエフェクターがビッシリ詰まっていたんだけど、ギターやアンプを買い直すために手放したりしているうち、こんだけになっちゃった。裏返しになっちゃってるけど、MXRのDistortion+なんて買った日にゃ大人になった気がしたもんですよ。
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そう!エフェクターは男のロマンなのだ。最終的に自分が求める音が出さえすれば使おうが使うまいが、ンなことは関係ない。エフェクターは何物にも代えがたい「男の趣味」なのだ!

時折考えるんだけど、趣味なんてものは大半が道具を集めるパートが楽しいもんでしてね…釣りもギターも楽しみ方は大して変わらん。

釣り竿がギター(サオだけに)、で、リールがアンプ。そして、エフェクターは仕掛けかな?なんて思ったりして…。(スミマセン、あたかも釣りが好きなような印象があるかもしれませんが、私マッタクやりません)

で、たいていどこの世界にもいるのが道具オタクね。やたらリールに詳しいのに磯釣りに行ったことがないヤツみたいな…。ヘタすると音楽をロクに聴かないクセに機材だけにはやたら詳しいヤツなんかもいたりするもんね。でもいいんです。「男の趣味」だから!

さて、この『ヴィンテージ・エフェクターを引き倒す!』をナゼここで紹介するのかというと、表紙を含め、写真という写真、すべてワタクシメが撮らせていただいたのです。

で、写真を撮るとなると当然実物を触るでしょ?それでどうにもギター始めたころがすっかり懐かしくなってしまいましてね…。一筆取らせていただいたワケ。ああ、私自身もすっかりヴィンテージなんだナァ~。

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ズラリと並んだ44種類の懐かしのエフェクターたち。詳細な解説だけでなく、付属CDで実物の音が聴けちゃうのですね。これは便利!ちょっといくつか見てみましょうか?

このOD1、高校の時、友達から安く買ったっけナァ~。後年、これを手放した時、エラク高くうれたんでビックリした。これと1959+1960AXを組み合わせてライブハウスに出てたの。自分が持っていたのはどういう世代のものかは知らないけど、この組み合わせで出て来るマーシャルの音が快感で大好きだった。将来マーシャルの仕事するのがわかってたら売らなかったんだけどナ…失敗した。

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生まれて初めて買ったエレキ・ギターと一緒に入手したのがこのグヤトーンのサスティナー。懐かしいな~。中2の時、ビートルズが好きで、いとこのマネをしてギターを始めた。そのいとこがこれを持っていたのでマネッコしたのね。「歪み」だの「ディストーション」だのなんていう言葉すら知らなかった。「なんかやたらジーっていってんな~」程度の認識だったからね。それにしてもこのデザイン…今にして思うとスゲエな。中国のこと言えんわ。

しかしですよ、歪み系のエフェクターってイッタイどれくらいの種類が存在したのであろうか?または、古今東西、発表されたエフェクター全体のうち、歪み系エフェクターが占める割合ってどれくらいかね?60%ぐらい?イヤ、80%ぐらいいってんのかな?もっとか?知りたいナ…。

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これはスキだったナァ~。今ではあって当然のエフェクターだけど、当時「コーラス」なんてもの自体珍しかった。「え?これ使うと12弦ギターになるの?」なんてマジで思ってたからね。

とにかくこれを使った小川銀次さんの音がすさまじくてさ…。当時、銀次さんはRCサクセションをやっていて、渋谷の屋根裏で清志郎さんの横でトコトン弾きまくる銀次さんが猛烈にカッコよくてあこがれた。

PANTA & HALの平井光一さんがこれをものすごく上手に使っていてアレにも相当あこがれましたね。

もうこの歳になると欲望もスッカリ萎えてしまって、撮影中も「ちょっとコレ試させて!」なんて見事にしなかった。ただただ懐かしかったナ…。この本に出ているエフェクターのほとんどは、当時、秋葉原の「○○無線」や大きな楽器屋さんに行けばゴロゴロしていた。しかもしょっちゅう楽器屋さんに行って、ヨダレを垂らしながらウインドウの中のこれらを眺めていたので、何やらこれらに対するレア感とかヴィンテージ感がものすごく希薄なんだよね、おなじみすぎる部分があるのですよ。

このあたりのエフェクターを森さんあたりに解説してもらうとさらに面白かったかもしれない。森園さんなら恐らくこれらが現役だった頃すべて試しているに違いないから…。

とにかく好きな人にはたまらない一冊のハズ…写真もいいし!是非みなさん書店でチェックしてみてください!
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『ヴィンテージ・エフェクターを引き倒す!』の詳しい情報はコチラ⇒シンコーミュージック公式ウェブサイト

それにしても今楽器屋さんに行くと、エフェクターの品ぞろえはホントすさまじいものがある。海外の人はみんなビックリするもんね。ヘタするとロンドンのデンマーク・ストリートの全店のエフェクターをかき集めても、東京の大型楽器店一店に展示してるエフェクターの数には及ばないのではないの?それだけ氾濫していると、失敬ながら当然、玉石混交であることは否めないでしょう。そして、どんどん淘汰も進み、本当に良いものだけが残って行くに違いない。

なので、皆さん、臍を噛む思いをしないように気になるアイテムは欲しい時にゲットすべきでっせ~!将来どう化けるかわかりまへんよ~!

2013年5月 3日 (金)

♪ シゲブログ、はじめました~

2012年4月17日

3年と9か月にわたり多くの皆さまに可愛がっていただいたマーシャル・ブログを脱稿して3か月と半月…もう書きたくて、書きたくて…。

毎日記事を書き連ねるのも、そりゃ死ぬほど大変でしたが、書けない方の苦しみの方が断然大きかったのです!知らない間に身体の一部になっていたんですね~。

加えて皆さまからのご支援!これはもう筆舌し難いほどのよろこびでした。相変わらずライブ会場をカメラ片手(最近は両手!)にウロチョロしている私ですが、その姿を見かけて声をかけてくださる方が多数いらっしゃいました。

「どうして止めちゃったですか?! もう復活しないんですか?!」

「またブログ始めてください!楽しみにしています!」

知り合いは言うに及ばず、お顔をまったく存知上げない方からも温かきお言葉をたくさん頂戴しました。

加えて、これまた多数のミュージシャンや音楽業界の方々からの応援も!

「またブログやってよ!いくらでも協力するよ!」

「やっぱり、アレがないとつまんないよ!」

こんなに皆さまから愛されていたなんて!

とうとう決心しました。

で、♪ シゲブログ、はじめました~

毎日の更新はかないませんが、いい音楽をご紹介するために、いいバンドをご紹介するために、色々な音楽や楽器にまつわる話題を以前のように写真テンコ盛りでお送りしていきたいと思います。

しばらくの間はお休みを頂戴していた間にホールドしていたライブやイベントのレポートを中心にお送りしたいと思います。

マーシャル・ブログの時と同様、皆さま方の末永いご厚情を賜り度く何卒よろしくお願い申し上げます。

記念すべきオープニングの写真は私の執務室を掲載させていただきました!

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