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2020年3月 5日 (木)

イギリス紀行2019 その15 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.4>:『突撃』、『スパルタカス』と『フルメタル・ジャケット』

それでは、いよいよ作品ごとの展示のコーナーへ行ってみましょう。
 
まず最初に展示されていたのは『突撃』。
原題は原作同様、『Paths of Glory (栄光の小径)』。
1958年の戦争映画。
そのポスター…なのかナァ?製作スタッフのポートレート?
James B. Harrisというのはこの作品のプロデューサー。後の『ロリータ』の製作も担当した。

10この映画を観た人…どう思った?
話の設定にムリがありすぎると思うのは私だけだろうか?
それでもグイグイと見せちゃうのがキューブリックの手腕ということか?
簡単にストーリーを紹介すると、第一次世界大戦下のフランス軍がドイツの要塞に手を焼いていて、ムチャでアホなお偉いさんが主役のカーク・ダクラス扮するダックスに気合でその要塞を攻略するように命じる。
やってはみるんだけど、やっぱ、ム~リ~。ドイツ軍強ェんだもん。
するとそのお偉いさんは「なっとらん!」としてダックスが指揮する3つの部隊からひとりずつ選んで見せしめに軍法会議にかけて銃殺にするというんだな。
味方ですよ、味方。
その弁護を引き受けるのが弁護士が本職のダックス。
結果は惨敗。3人とも死刑。
そんなバカな!
ところが、かのウィンストン・チャーチルは(コレがホントの「Mr. Churchill Says」…The Kinksの曲ね)、「他のいかなる戦争映画よりも大戦の雰囲気を掴んでいる」と言ったそうな。
チャーチルは実際に第一次世界大戦に参加しているからね。
「命は鴻毛より軽し」と兵隊を無意味に戦地に送り出し、たくさんの命を奪った第二次世界大戦の日本軍も同じだ。
で、この作品、エンディングもチョット解せないんだよね。
捕虜となったドイツのお嬢さんがフランス兵の前で歌を歌うと、初めはからかい、嗤っていた兵士たちがその歌声にほだされて涙ポロポロ、シンミリしてしまう…という。
しかもアレってどう聞いてもドイツ語に聞こえるし。
要するに戦争の虚しさと無意味さを訴えているということなんだろうけど、映画としては脚本の強引さ目立ってしまうな~。
1958年というと、黒澤明でいえば『隠し砦の三悪人』だからね。
娯楽映画の作り手としては黒澤の方が格段に上だったな。
ところで、感動の歌を歌うその可愛いドイツ娘ね、クリスティアーヌ・ハーランというんだけど、直後に苗字がキューブリックになる。
この映画を通じでクリスティアーヌはキューブリックと結婚し、1999年にスタンリーが死ぬまで添い遂げた。
 
コレは現在入手できるDVD。Tg_2同じ会社の製品なのでジャケットのデザインがよく似ているが、こっちは1956年のロバート・アルドリッチの作品『攻撃(Attack!)』。
コレもアメリカ軍の内情をテーマにした作品なんだけど、ハッキリ言って『突撃』より『攻撃』の方がケタ違いにオモシロイし、映画としてよくできている。
さすがアルドリッチ!
あのね、あんまり言いたくはないんだけど、「シゲさんがおススメする映画にはハズレがない」ってよく言われるのよ。
♪ナ~ンでか?
私、人間がとても単純なんです。
わかりやすくて、本当にオモシロい映画しか観ないの。
その最高峰がアルドリッチ映画。
この作品は実は私の人生映画ベスト10の一角なのです。
キューブリックとは関係ないけどおススメ。
ちなみに『攻撃』のタイトル・シークエンスを手掛けたのはソール・バスです。

Kgアル・フィーシュフェルドのイラストが展示されていた。
カーク・ダグラスの顔がスゴイ。
まるで悪役!
フィーシュフェルドはアメリカのイラストレーター。20ハーシュフェルドの仕事はロック・ファンにはコレでおなじみでしょうな。
Aerosmithの『Draw the Line』。
『Rocks』の後に出て来たアルバムのジャケットがコレで当時結構驚いた。

30cdハーシュフェルドはブロードウェイのスターを描いたことでよく知られているが、こんなジャズのアルバムも手掛けている。
Mel Tormeの『And Friends』。

40cdDonald Byrdの後期Blue Note盤、その名も『Calicatures』。
コレは買ったことも聴いたこともないナァ。
ってんでSpotifyで聴いてみる…ガックシ。
私が最も聴かないタイプの音楽のひとつ。
『Fuego』だの『Byrd in Flight』だの『A New Perspective』だの立派なジャズ・アルバムを作ったお方がナニが悲しゅうてこうなってしまうんだろう。
「『Blackbyrd』の大ヒット」とやらのせいなのか?…ま、元々ファンキーっ気のある人だったからね。
でもジャケットはいい。

50cdThe Ritz、コレはジャケットほど内容はオモシロくなかった。

60cdさすがに『非情の罠』とか『現金に体を張れ』あたりの展示はなかった…イヤ、あるいはあったのかも知れないんだけど興味がなかったので目につかなかったのかも知れない。
ということで『突撃』のお隣は『スパルタカス』のコーナー。
「アーイム・スパルタカス!」ってか?
70v実際に撮影で使用された衣装。
キューブリックの長編の初のカラー映画だったけど、「すべてを制御できなかった唯一の作品」と、本人は悔いていたとか。
カーク・ダグラスの他、ローレンス・オリヴィエ、チャールズ・ロートン、ピーター・ユスチノフ、トニー・カーチス、ジーン・シモンズ等々、いい役者さんがたくさん出ているんだけど、私はこの作品も苦手。
そもそもカーク・ダグラスがね~、なんか立派過ぎちゃって…。奴隷のワリには髪の毛もキッチリし過ぎているし。

80『スパルタカス』撮影時の有名なスナップ。
もちろんクレーンの上にいるのはキューブリック。

90v死体に番号を記したボードを持たせている、コレも有名なスナップ。
撮影を中断して、再開する時にズレが生じないように配慮したのだそうだ。
再開時、役者さんたちはこのような写真を参考にして「オレ、258番だからアソコに倒れればいいのか…」とやったのだろう。
こんな写真がドカーンと引き伸ばされて展示されているもんだからスゴい迫力だった。

100そういえばこの映画のタイトル・シークエンスを担当したのは、上の『攻撃』のところで出て来たソール・バスなんだよね。
映画製作においてのソール・バスの偉業については枚挙にいとまがないので、興味のある方にはご自分で調べて頂くとして、ココではそれ以外にバスが手がけた企業のロコマークの実績のスゴさに驚いておきましょう。
ちなみに私が一番好きなソール・バスが作ったタイトル・シークエンスはヒッチコックの『北北西に進路を取れ(North by North West)』かな?
バーナード・ハーマンの音楽がまたいいからネェ。

Photo 音楽といえば、アレックス・ノース(前回『2001年』の所で触れた人ね)はこの『スパルタカス』でいい仕事を残した。
それはカークダグラス扮するスパルタカスとジーン・シモンズ扮するバリニアが顔を合わせる時に必ず流れる「Love Theme from Spartacus」という曲ね。
あ、火を吹いて血ノリをダラダラ流す皆さんの大好きなベーシストとは違いますよ!ベースはGene、コッチのキレイなイギリスの女優さんはJeanね。
そういえば、ローレンス・オリヴィエもチャールズ・ロートンもイギリス人だわ。
で、この曲がも~しつこいぐらいに出て来る。
でも、実に美しいメロディですな。
私なんかはBill EvansとJeremy Steigの『What's New』というアルバムで馴染みになったけど、最初にこの曲をジャズに持ち込んだのはどうもYusef Lateefらしい。ビックリ。

Wnこのキューブリック展、前から書いているように、後半は作品別に展示品が並べられている。
古い作品はスキップしているにしろ、『突撃』⇒『スパルタカス』の2作は時系列で展示品されている。
だけど、ナゼか次にいきなり『フルメタル・ジャケット』が来ちゃうんだな。
決してスペースの関係ではないと思うんだけど、ナニか意図があったんだろう。
まさかキューブリックの遺言か?130この作品は1年程度の比較的短期間にわたってベトナムに応召した兵士を描いた『The Short Timers』という小説が原作になっているが、キューブリックはこの小説の映画化権を手に入れるとすぐにその小説のタイトルを捨て去って『Full Metal Jacket』と命名したそうだ。
キューブリックはこの言葉を銃のカタログで偶然見つけて「美しく心に響く私的な言葉」としてとらえたんだと。
天才の感性ってのはわかりませんな。

175v2回目のレポートでカチンコを紹介したところで、キューブリックお抱えの撮影監督ジョン・オルコットの名前を出したけど、オルコットは健康上の理由でこの作品の製作に参加できなかった。
代わりにプロダクション・デザイナーとして起用されたのは、『エイリアン』の製作に携わり、後に『バットマン』でオスカーを獲得したアントン・ファーストという人。
そのファーストにキューブリックから与えられた仕事は「ロンドンにベトナムを持って来る」ことだった。
後半のフエのシーンね。
そこでファーストはロンドンの東のイースト・ハムにあった「ベックトン・ガス工場」というかつてはヨーロッパ最大のコークスの精錬工場に目を付けた。
その工場は取り壊しが決まっていたので、「好きなようにブッ壊していいよ」ということになり、キューブリックニンマリ。
解体作業のプロが常駐して、あさま山荘で有名になったあの鉄球の車を2週間借りて、担当者が建物のどこにブツけて穴を空けるかをオペレーターに指示したそうだ。
下はその「ベックトン・ガス工場」の俯瞰写真。140vそれぞれの建物の高さなどの情報が記録されている。
ナニをやるにも緻密なのよ。150ベトナム感を演出するために棕櫚(しゅろ)の木が200本ほどスペインから運び込まれてロケ現場に移植された。
それだけでは足りないので、プラスチック製の造花の棕櫚の木を香港から10万本運んできてボリュームを出したという。
キューブリックはどの棕櫚の木を使うか写真でチェックしたらしい。
コレが棕櫚の木ね。Shuro コレはロケ現場の写真。
チャンと棕櫚の木が植わっている。170「棕櫚の木」で思い出すのは吉村昭先生の『戦艦武蔵』。
コレについてはMarshall Blogで書いたので興味のある方はゼヒご覧あれ。
   ↓   ↓   ↓
激突!!SAITAMMER SLAM 第47戦 ~ 新生IOSIS登場

Mssしかし、何回も書くけど、あのシーンがロンドンで撮られていたなんてホント驚いたよね。
著名な軍史家の見立てによると、この映画はロンドンで撮影されている以外はすこぶるホンモノに近い」そうだ。
しかし、よくできてるよナァ。

160コレはキューブリックが、工事関係者であろうか、デレクという人に送った手紙。
「撮影が終わるまで、場内のガレキをそのままにしておいてくれないか?」という依頼状。
さらにキューブリックは「チョット小綺麗になりすぎているんで、もうチョット瓦礫を補充してもらえると助かんですが…ダメすかね?」なんてお願いしている。11_0r4a0393ジョーカーたちが被っていたヘルメット。

180もちろん撮影の時に使用された実物。

190やっぱりこういう実物は迫力が違うね。

200コレもジョーカーが身に付けていたメガネとミッキーマウスの時計!
 
前半のあのハートマン曹長のシゴキはスゴかったね。
いくら演技とはいえ、来る日も来る日も朝から晩までやたらと汚い言葉で怒鳴られて、俳優さんたちもかなり精神的にマイってしまったらしい。
一方、ハートマン曹長を演じたリー・アーメイは声を出し過ぎて一時期全く声が出なくなったばかりか、撮影現場で乗っていたジープが事故を起こし、片側のアバラ骨をすべて折って死にはぐったそうだ。

210前半のハートマン曹長も印象に残るけど、やっぱり後半がスゴいよね。
あの少女のスナイパーはあまりにもショッキングだった。
Marshall Blogでレポートした通り、2年前にホーチミンに行ったでしょ?
あの暑さは忘れがたいモノだったけど、もうひとつ忘れがたいのは「戦争証跡博物館」という、アメリカがベトナムにナニをしたかを歴史に残すための施設。
『ディア・ハンター』も『フルメタル・ジャケット』もいいけど、ああした負の記録を見ると少なくともアメリカが作ったベトナム映画の見方がガラっと変わるね。
そのレポートはコチラ ↓  ↓  ↓
ベトナムへ行ってきた!~私のホーチミン vol.3

230_2続いては『ロリータ』。

110あんまり展示はありませんでした。
もちろん観てはいるんだけど、私はそう興味がないもんで…。
今ならネルソン・リドルの音楽かな。
そういえば「ハンバート・ハンバート」っていう日本のバンドがいるんでしょ?
「ハンバート・ハンバート」はジェイムス・メイスンが演じるこの作品の主人公の名前。
『バーバレラ』の「デュラン・デュラン」みたいだね。
ちなみにイギリスの人たちは「デュラン・デュラン」ではなくて「ジュラン・ジュラン」と発音します。

120この辺りは書くことがないので脱線。
で、そのジェイムス・メイスン、『ロリータ』では情けない役を演じていたけど、さっきソール・バスの所で出した『北北西に進路を取れ』では最高にカッコいい悪役を演ってたよね。

Nbnもうひとつ。
それはジュディ・ガーランドの『スタア誕生』。
このメイスンもとてもヨカッタ。
今、『ジュディ』とかいうジュディ・ガーランドの伝記映画をやってるでしょう?
ナンで今頃ジュディ・ガーランドなんだろうね~?
私は彼女の声と気風のいい歌い回しが大好きでしてね、CDを何枚も持っているのです。
この『スタア誕生』は「The Man That Got Away」のシーンがアホほどカッコいい。
曲は詞がアイラ・ガーシュイン、曲がハロルド・アーレン。
悪いワケがない。
1954年、アメリカのエンターテイメントが最高だった時代だ。

Sb<つづく:次回は『時計仕掛けのオレンジ』から>