« イギリス紀行2019 その15 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.4> | メイン | イギリス紀行2019 その17 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.6> »

2020年3月 7日 (土)

イギリス紀行2019 その16 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.5>

 
『ロリータ』の後の作品ごとの展示は、『博士の異常な愛情』と『2001年宇宙の旅』をスッ飛ばして『時計じかけのオレンジ』へ。
いきなりアレックスの「ルドヴィコ療法」のバナーが目に飛び込んで来てイカす~!
イカすといえば、この映画のタイトル・シークエンスはメッチャかっこいいよね。
私は映画館で観たことはないんだけど、あの画面すべてが真っ赤になるオープニングを映画館の大きなスクリーンで見た日にはさぞかしインパクトが強かったことだろう。
アレックスのクローズアップから徐々にカメラが後退すると、アレックスに扮するマルコム・マクダウェルがミルクの入ったグラスを傾てユックリと口に運ぶでしょう?
あの所作はマルコムのアドリブで、キューブリックも絶賛したのだが、本人はコレを無意識にやっており、その動きに自分自身では気が付かなかったとか。
そしてココで使われている音楽は、17世紀のイギリスのヘンリー・パーセルの「メリー女王葬送曲」というバロック曲をアレンジしてシンセサイザーで演奏したモノ。
キューブリックはドイツのグラモフォン・オーケストラが演奏したテイクを使いたがったが、ウォルター・カーロスという音楽の担当者が自作のシンセ・バージョンを使うことを強く推した。
結果オーライでしょう。
十分に刺激的なサウンドだ。ホンモノのオケではああはならなかっただろう。
原曲をどうアレンジしているかというと、「怒りの日」というグレゴリオ讃歌のメロディが差し込まれているのね。
13世紀の以前に作られたメロディなのかな?
この「怒りの日」のメロディがベルリオーズの「幻想交響曲」やリストの「死の舞踏」でガツンと引用されているのは知っていたけど、モーツァルトも引用しているというのは知らなかった。
このメロディ、ナニかというと『シャイニング』の冒頭に使われている曲。
キューブリックお好みのメロディなのかしらん?
しかし、キューブリックの使う音楽って、「BGM」というよりもはや「小道具」だよね。
前回の「スパルタカス 愛のテーマ」にしても『バリー・リンドン』の「サラバンド」にしても、はたまたこの作品におけるベートーベンの「第九」にしても、も~、しつこいぐらいに出て来てグイグイと観ている者のアタマに入り込んで来る(この「メリー女王葬送曲」のオリジナル・メロディもヘンデルの「サラバンド」に似てる)。
一方では、『2001年』のシュトラウスとか、『アイズ・ワイド・シャット』の「Baby Dod the Bad Bad Thing」みたいに飛び道具的に一発で入り込んでくるタイプの音楽の使い方もある。
何回か前に紹介したように、まさに「音楽」を観客をノックアウトするための「武器」のように使っている印象を受ける。
そうそう、『オレンジ』の冒頭で酔っ払いのオッサンが歌っている歌もそう。
アレは「Molly Malone」というアイルランドのダブリンを歌ったアチラではとても有名な歌だ。

10そしていきなりコレ。
「コロバ・ミルクバー」のオブジェ…というかモロコの自動販売機やテーブル。

20映画の中にボタンを押すと乳首からミルクが飛び出すシーン(当たり前か…)があるが、アレはキューブリックの指示でホンモノの牛乳を使ったそう。
そんなもんを入れるもんだから、撮影中に牛乳が照明の熱で痛んでしまって、何度も中身を入れ替えなければならなかった。
もちろん展示のオブジェはホンモノだけどモロコは出ませんでした。

70コロバ・ミルクバーの絵コンテ。
何やらあの雰囲気が伝わって来る。
デザインは『2001年』の「スター・チャイルド」を手掛けたリズ・ジョーンズという若い彫刻家だった。

40モロコ・サーバーの概念図。
まだ初期の段階。50台座の部分のデザイン。
こうなるともうほとんど完成形か。

60映画の中では「ルーシー」という名前だった。

30アレックスの衣装も展示。
この映画はアンソニー・バージェスというイギリスの作家の同名小説が原作で、映画化するまで紆余曲折があった。
キューブリックが実際に映画化する前には、ミック・ジャガーがアレックスを演じ、他のローリング・ストーンズのメンバーがドルーグ(仲間)を演じる計画があったという。
結局、ストーンズが忙しくてこの計画はお流れになった。
私はマルコム・マクダウェルでヨカッタと思う。
ところでさっきから下線を付けているのは映画の中で使われた「ナッドサット言葉」と言われているモノ。
前にも書いたがほとんどがロシア語が元になっている。

80vアレクスの出で立ち。
カッコいい。
この衣装のアイデアはキューブリックとマルコムの共作だったそうだ。
そして、ある日マルコムがゴッツイつけまつ毛を買ってきてキューブリックに見せたところ、大いに気に入られ、両方に付けてみたが、「片方だけの方がいい」とキューブリックが判断し、あの右目だけのつけまつ毛のアレックスが出来上がった。

105vコレはキューブリックがバージェスの原作のオリジナリティを尊重して書いたという、レポートに2回目で紹介した『オレンジ』の台本。
英語の台本はト書きを左右に広げて、セリフは中央に寄せて書くのが普通なのだが、キューブリックはそれを反対にして書いたという。
190 アレックスの部屋の絵コンテ。100アレックスの部屋の置物も展示されていた。

90レコード屋で女の子に声をかける時のネタにした自慢のレコード・プレイヤーも展示。
アレックスはこの他にマイクロ・カセット・デッキを持っていて、「第九」のミュージック・テープをデッキに入れる時、ハッキリと「Gramophone(グラモフォン)」のロゴを見せたのが印象的だった。
なるほど、キューブリックは上の「メリー女王」のところに書いたようにグラモフォンのファンだったのね。
実際にマイクロ・カセットのミュージック・テープってあったのかしらん?

110マイクロ・カセットって今でも使われているのかな?
ところで、下の写真ね…真ん中がカセット・テープでしょ。
そのとなり、一番右のヤツって知ってる?
ソニーの「Lカセット」。
オープンリールのテープをカセット・ケースに入れたモノ。
要するにテープの幅が広いので普通のカセット・テープより格段に音がいいってワケ。
カセットの手軽さとオープンリールの音質の良さをハイブリッド(当時こんな言葉は日本になかった)させた優れものとされていた。
どうだろう…今から45年ぐらい前か?
秋葉原の「朝日無線」のカセット・デッキ売り場で熱狂的にフィーチュアされていた光景を覚えている。
結果は…思いっきりコケだ。
もちろん私も買ったことはないし、この年齢になるまで「Lカセットを使っていた」という人にお目にかかったことがない。
しかし、ナンだね。
IT技術の闖入によって、オーディオの愉しみも次世代にパスすることができず、人類は「本当にいい音で音楽を楽しむ」ことを抹殺してしまったね。
「いい音を楽しむ」とは、最低でもチャンとしたスピーカーで空気を振動させて音楽を聴くということを指す、と私は思っている。
一番滑稽に見えるのは、アナログ・レコードをデジタル機器で再生して、イヤホンで聴いて「ん~、やっぱりアナログの音は温かくていいナァ」と感動している方々。
5Aの神戸牛をハンバーグにして「やっぱりビーフは神戸に限る」と悦に浸るようなモノだ。

Ct
アレックスたちに非情な暴力を受けてしまう郊外に住む作家が使っていたタイプライター。
あの家、呼び鈴が「第五」になってるんだよね。
ルトヴィコ療法を受けたアレックスが、かつての仲間にボコボコに仕返しされて、運命のめぐり合わせでその作家の家にまた来てしまうでしょう?
そのボロボロのアレックスを抱きかかえていたマッチョマンは、後に『スターウォーズ』でダースべーダーを演ったデヴィッド・ブラウズという人。
ところで、この作家の家でのアレックスたちの目をそむけたくなるような超暴力(Ultra Violence)ね、不謹慎だけどカッコいいんだよね。
「雨に唄えば」を歌いながら暴行を働くアレックスはそれこそダンスをしているようだ。
あの暴力と「雨に唄えば」のメロディ…対位法ですな。
最初の方で、ビリー・ボーイがデヴォチカを強引にインアウトしようとするシーンの音楽はロッシーニの「泥棒かささぎ(The Thieving Magpie)」という曲。
壮絶なケンカのシーンにワザと柔らかく、ほのぼのとした曲をかぶせている。コレも対位法。
その「雨に唄えば」はマルコムのアドリブだったのだそうだ。
あのシーンで「知っている曲を歌いなさい」とキューブリックに言われ、歌詞を全部知っている曲が「雨に唄えば」しかなかったという。
でも、アレってチョッとメロディがおかしいんだよね。
「♪I'm singing in the rain, just singing in the rain」の「just singing in the rain」のところ。
素人さんがやりやすいミス。
それがキューブリックにとってはヨカッタんでしょうね。。
そしてエンディング…またスッカリ悪くなったアレックスのすさまじい表情のクローズアップに続くエンドロールでジーン・ケリーの声が聞こえるところはトリハダものだよね。
で、ここで疑問が生じるのは、この曲を歌うシーンが本当にマルコムのアドリブだとしたら、このエンドロールのアイデアは「マルコムありき」ということになるでしょ?
そんなんでヨカッタのかね?
このエンドロールは『博士』の「We'll Meet Again」と同じ効果を狙ったのかしらん?
 
『雨に唄えば』といえば、そのマッチョマンの人、あまりにもしゃべる英語のサマセット・アクセント(イギリス西部地方の強い訛りのひとつ)が強いので、英語のセリフは吹替えになってるんだって。
まさに『雨に唄えば』じゃんね!
120「ヘルス・ファーム」の「ミス・ウェザース」自慢の芸術品。
もちろん実際に映画で使われたモノ。
あのミス・ウェザースのシーンだけは他の暴力シーンとタッチが違うと思わない?
ひどく醜悪なのだ。

130ロケ地の解説。
一番上の段は下克上を試みるドルーグをアレックスがトルチュクする溜池のシーン。
グリニッジ天文台のもっと東のテムズ川南岸に位置する「Thamesmead(テムズミード)」という1960年代に開発された新興住宅地。
いつか行ってみたい。
 
一段飛ばして…上から三段目は郊外の作家の家のシーンを撮影したところ。
ヒースローからMarshallの工場に行く時、M1という高速道路(向こうではMotorwayという、無料)を使うんだけど、その途中にあるロンドンの北の郊外にある町が「Redlett(レッドレット)」。
そこにあのお屋敷があったし、今もある。
 
一番下は「ルドヴィコ療法」の施設。
コレって「Uxbridge(アクスブリッジ)」だったのねッ!
UxbridgeはMarshall発祥の地。
Marshall Blogにこんな記事があるのでゼヒどうぞ!
【イギリス‐ロック名所めぐり vol.2】 マーシャルの生まれ故郷<後編>
Speak of the Devil ~ ビックリしたな~モウ!

そのアクスブリッジにある「Brunel University London」がこのシーンのロケ地。
今度行ってみようかな?

140さっき飛ばした2段目の写真は例のレコード店のロケ地。
既に触れたキングス・ロードにあった「Chelsea Drugstore」。
天井のVerticoのロゴのことも書いた。
もうひとつ…この左下の写真では小さすぎてわからないと思うけど、左の写真のエサ箱の一番前にあるLPね。
コレ、『2001年宇宙の旅』のサントラ盤なんだよ!
キューブリックも案外チャッカリしてるな。
そして右のモノクロの写真が往年のChesea Drugstore。
今はマクドナルドになっちゃってるそうだ。
コレも今度行ってみよう。

150キングス・ロードというのはパンク・ムーブメントのファッションリーダーとなった「SEX」というブティックがあったように、ロンドン・ファッションのメッカだった。
それゆえ、ローリングストーンズが『Let It Bleed』の「You Can't Always Get What You Want」でこんなことを歌っている…3:07のところ。
「♪I went down to the Chelsea drugstore」って。
私はローリング・ストーンズを受け付けないのでゼンゼン知らなかった。

Lib一方、我がキングス!
1991年のEP、「Did Ya」。
いきなり「♪Went for a walk down the Old Kins's Road」と歌う。
そしてRay Daviesは「♪Now the Chelsea Drugstore needs a fix.  It's in a state of ill repair (今やチェルシー・ドラッグストアも修繕が実用だ。今じゃおかしなことになっちまってる)」とやる。
この曲には他にもロンドンの地名が出て来て…
「♪Did ya ever think it wouldn't last forever?  Did ya ever think that it would get this bad?(アレが永遠に続かないなんて思ったかい?アレがこんなにヒドくなるなんて考えたかい?)」と昔のロンドン・タウンを懐かしむ。
わかるな~、わかるぜ~、レイ。
私もこうして年を取ると、まだ都電が走っていたり、日劇や国際劇場や仁丹塔があった頃の光景を思い出すんだよね。
でもレイはロックのことを歌っているような気がするナァ。Kkこんなスゴイ動画を見つけた。
『オレンジ』のロケ地の今昔を比較している。
地名や施設の名前が出てこないのが惜しいが、『オレンジ』好きの方々なら十分に楽しめるだろう。

フランス語とスペイン語のロゴ。
「naranja(ナランハ)」はスペイン語で「オレンジ」のこと。160こんなペインティングも飾ってあった。
レイの郊外の作家に家に向かう途中のシーン。

170所変わって例の「デザイン・ミュージアム」のホワイエ。
オレンジ色の車が見えるでしょ?

175コレが映画の中で「デュランゴ95」と呼ばれていた車の同型。
アレックス達はコレをブッ飛ばして作家の家に向かう。
ホラショーで振動がガディワッツにビンビン来る」らしい。
実際の車は「Probe16」と言って、イギリスのAdams Brothers という会社が1969年にたった3台だけ製造したという超レアカーなのだ!
車に興味のない私には全くガディワッツに響かないけど。
車高が86cmしかないんだって。
ダメだ、そりゃ。
Marshallのスピーカー・キャビネットが積めないもん!
180こんなイラストレーションも。
この「ルドヴィコ療法」のシーンの撮影でのマルコムは大変だったそうだ。
目の辺りに麻酔をかけ、あの瞼を開きっぱなしにする器具取付けて頻繁に合成の涙を目にたらす。
ああしないと角膜が乾燥して失明してしまうのだそうだ。
撮影後、麻酔が切れると、両目に激痛が走り、我慢できず病院でモルヒネを打ってもらってしのいだ。
翌日、マルコムが包帯を巻いて撮影現場に行くと、その姿を見たキューブリックは驚き、「コレは大変だ!その目で撮影ができるのか?」と言ったそうだ。
マルコムの目を気遣う言葉はなかったとか…。
結局、マルコムはあの撮影で角膜を傷つけてしまったばかりか、治療の成果の発表会で無抵抗で受けるシーンで肋骨を折ってしまったそうだ。
また、警官になったかつてのドルーグに復讐され、水槽に顔を長時間浸けられるシーン。
本当は水の中で酸素が供給される仕組みになっていたのだが、装置が故障して窒息しそうになったとか。
コレはリアリティを出すために案外キューブリックがわざと装置を壊していたのかも?
とにかく、映画の中のアレックスの暴力は芝居なのに、実際のアレックスは本当にヒドイ目に遭ってしまった。

190_2ところで、「時計じかけのオレンジ(clockwork orange)」ってなんだ?
実はこの表現、コックニー・スラングのひとつで、「queer as a clockwork orange」という風に使われるらしい。
「queer」というのは「奇妙な」とか「風変わりな」という意味で、「時計仕掛けのオレンジみたいに変テコだね」となる。
この表現が意味するのは、「見た目は普通なのに中身がキテレツ」ということ。200そこで…手塚治虫の『時計仕掛けのりんご』というマンガを引っ張り出す。
ご存知?
長野県の架空の町が住民の知らない間に軍事クーデターのための被験地になっていた…という話。
外から見ればナンの変哲もない田舎の町の中でトンデモナイことが起こっていたというワケ。
それで長野だから「リンゴ」だ。
愛媛が舞台なら「時計仕掛けのオレンジ」になっていたか?
イヤ、「時計仕掛けのミカン」か。
はじめ、手塚治虫がこの映画を観て『りんご』を描いたのかと思った。
そこで調べてみると…『オレンジ』の日本公開は1972年4月、『りんご』の週刊ポストへの連載が始まったのがのそ2年前の1970年4月。
手塚治虫の方が先だったのだ。
手塚先生がアンソニー・バージェスの原作でこの表現を知って自分の作品に転用した。
原作本は読んでいなかったということだ。

Ringoそれと「しかけ」シリーズで言えばコレ。
四人囃子の「機械仕掛けのラム」。
名曲です。

Baoチョット、ごめんなさい。
本当は、今回次の展示コーナーの『アイズ・ワイド・シャット』までカバーするつもりだったんだけどコレでギブアップ。
好きな映画なもんだから調べに調べて、DVDで実際のシーンを確認して、脱線して…コレだけ書くのに2日半かかってしまった!
テンポが遅い「ゼンマイじかけのブログ」なのです。
次回は『アイズ・ワイド・シャット』や『シャイニング』をカバーしますのでお楽しみに!
 
<つづく>