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2020年4月23日 (木)

イギリス紀行2019 その23 ~ Leaving London!

 
今日のタイトル『Leaving London!』。
スッカリまたすぐにロンドンに戻れると思っていたけど、なんだかこのままずっと「leave」していなきゃならないような雰囲気になって来たぞ、コリャ。
行きたいな~、ロンドン。
昨日、イギリスからメールが来て「コロナの感染者が減ってせっかく状況がよくなったのにまた増えてしまったそうで残念ね」と言われた。
エエ!海外では日本がそういう風に報道されているの?
ダレだ?いい加減な情報を発信しているのは!
日本人はね、国民が英語ができないせいで先進国の中で「つんぼ桟敷」になってるんだよ。
国民が騒いで国際世論に訴えることもできない。
また、マスコミの劣化がどれほど恐ろしいことかもわかっていない。
そんなだから、情報の取捨選択がすごくヘタなんじゃないかな?
海外の人と話をすると、本当に自分が恥ずかしい。
福島原発の時なんて、ドイツ人は事故についてものすごく詳しかったからね。
それだけドイツでは日本の状況が報道されていたということね。
ヨーロッパの人たちは子供の頃から社会で、または世界でナニが起きているのか勉強するクセが付いているんだと思う。
学校でもやるしね。
芸能人のスキャンダルが引っ張り出されるとすべてを忘れてしまう国民とは基礎が違う。
あ、イカン…原稿を推敲しているウチについ書かなくてもいいことを書いてしまった!
 
さて、ロンドン、ロンドン!
ミルトンキーンズで6月1日に開催された『Marshall Live』の翌日からロンドンに入り、今回の滞在は10日ほどとなった。
カムデンでD_Driveのライブのお手伝いをしたり、ロンドンを起点に家内とオックスフォードへ足を延ばしたり、キューブリックを観たり、マズウェルヒルを訪れたり…ずいぶん色んなことをした。
そのロンドン滞在もいよいよ最終日。
実はまだロンドンでしたことがいくつかあって、それらはMarshall Blogでレポートをするつもりなので、Shige Blogのロンドン滞在は一足先にコレが最後。
ロンドン・タウンをブラブラして撮った写真を並べて一本編んでおくことにした。
 
ソーホーのディーン・ストリート。
有名なMarqueeの2号店があったウォードー・ストリートの1本隣の通り。

10このあたりの雰囲気ってのはいいですよ。
ココとかマリルボンからソーホーの間のフィッツロビアとかね。
水色の建物…

Img_9779 1851年から1856年までココにカール・マルクスが住んでいたんだって!
こういうのがオモシロイ。

30近くのオールド・コンプトン・ストリート。
「Poppies」というフィッシュ&チップス屋さん。
並んでいるところを見るとおいしいのかしらん?
それと、看板に白い文字で「FISH AND CHIPS」と出ている方ね、ココ大変なことが起こってるじゃんか!
その理由は後日Marshall Blogで解説します。

40普段ならフィッシュ&チップス屋なんて全く気にも止めないんだけど、「Poppies」というのは数日前にカムデン・タウンでこの店の広告をまとったタクシーに出くわしたのでアタマに残っていた。
タマタマの話なんだけど、その「大変なこと」をしるキッカケになった。

165私は数回前の渡航から、海外に行ったら絶対に日本の食べものを口に入れない…とキメていた。
食べものにウルサイ…というより神経質な私のこと、そんなことをしていると余計に食べ物の幅が狭まってしまうんだけど、とにかく最低日本の料理店には入らないようにしてきた。
もう15年以上も前の話だけど、かつてソーホーの日本料理店で1,600円相当を払ってカツカレーを頼んだら、ジャガイモもニンジンもガリガリでヒドい目に遭ったことがあった。
人生で一番まずいカレーライスだった。
それでカツカレーには凝りていたんだけど、この看板!
チキンでもポークでも、ナンでもいい…ヨダレが出て来ちゃったのよ。

50v_3「youme sushi」というファスト・フード寿司のチェーンで、普段なら絶対に近寄ることはないんだけど、店を通り過ぎてから考えが変わって、ワザワザ戻って店に入ってみた。
結果は……売り切れ!
あ~、売り切れでヨカッタよ…って、バカヤロ~!

60今歩いているのはトッテナム・コート・ロードの「Goode Street(グッジ・ストリート)」駅をすこし過ぎたところ。
このあたりは初めて歩いたんだけど、こんなデパートがあるのか…とおもったら「Heal's」という家具屋さん。

70ひと目で由緒正しい感じがしたんだけど、1840年からこの場所で商売をしているのだそうだ。80今回はくだびれちゃってとてもそんな気にはなれなかったけど、内装も素晴らしいらしく、次回行った時に見てみよう…と思ったど、なかなか行かれそうにないんだった!
コロナのバカヤロ~!

90オックスフォード・ストリートからそう離れていないのに雰囲気がゼンゼン違う。

100「American International Church」という教会だって。
このまま真っ直ぐ歩いてユーストン・ロードを行くのもいいんだけど、チョット右にスライスしてみた。

110そしたらコレ。
ドワ~、スゲエ建物!

115ナニかと思ったら「ロン大」…ロンドン大学。
「University College London」…略して「UCL」だって。
それの「Cruciform Building」とい施設で病院だそう。
「ロン大付属病院」って感じか?
「cruciform」というのは「十字形の」という意味。
ビートルズにジョンとポールだけで録音したという「Ballad of Jon and Yoko」って曲があるでしょ?
あの中でジョンが「♪They're gonna crucify me」って出て来る。
この「crucify」というのは「十字架にかける」という意味。
中学生の頃に気になって、辞書を引いて一発で覚えた。「若い」というのは素晴らしい。
で、「十字」といえば「cross」ですわな。
コレらはラテン語の「crux」という言葉の子孫で、元々「十字架」や「拷問」を意味するのだそう。
イギリスの人は「King's Cross」のことを「King's X」って書いたりする。
あの大型クルーズ船の「ダイアモンド・プリンス」の「クルーズ」もコレが元。
「クロス」ってのは「横切る」というイメージがあって、海を横切る(クロスする)のは、オランダ語経由で「cruise(クルーズ)」となったそうです。
「十字軍」の意味の「crusaders」もコレ。
「南十字星」は英語で「Crux」ともいう。

130そこで思い出した!
昔勤めていた会社の時、あの頃はまだ景気がよくて、接待の時にイッパイやった後でフィリピン・バーへ行く、なんてことが時々あった。
私は興味ないんですよ。仕事ですから。私は下宿へ帰ってギターの練習をしたいタイプだったから。
それで、そういう所へ行くと、十中八九の割合で「オニイサン、ティルソ・クルーズ二ソックリダネ!」と言われた。
ひどい時になると「チョット、ミンナ、来テ来テ!コノオ兄サン、ティルソ・クルーズ二ソックリダヨ!」と仲間を呼んで「似テル、似テル!」と騒がれたこともあった。
その時、そのフィリピン人が「ティルソ・クルーズ知ラナイ?フィリピンノ大映画スターダヨ!」と言う。
そう悪い気はしなかったな。
そのフィリピンの人は両手の人差し指を交差させてこう言った「『クルーズ』ッテイウノハ『十字架』トイウ意味ダヨ」。
やっぱりかつての宗主国がアメリカだけあって英語の基礎ができとるわ~。
当時インターネットなんてなかったから、そのティルソ・クルーズってのがどんな見てくれかも結局調べずじまいだったんだけど、今回いい機会なので検索してみた。

Tc 私をご存知の方…いかがでしょうか?
アホンダラ!ゼンゼン違うじゃねーか!
 
話を戻して…。
この建物は上から見ると「+」の形をしているんだって。
1826年設立の総合大学で、現在まで卒業生、教員、創立者から計29人のノーベル賞受賞者と3人のフィールズ賞受賞者を輩出しているのだそうだ。
そして、1859年にチャールズ・ダーウィンが「種の起源」を発表したことで世界的に有名なんだと。
スゲエな~。
日本の交換留学提携校は、まず東京大学…マァそうだろうネェ。
それから、国際基督教大学に早稲田大学だそうです。
明治じゃダメか~!

120電気工学部には「Pender Chair(ペンダー・チェア)」という特有のポジションがあるらしいんだけど、1899年にそれの初代の座に就いたのはジョン・フレミングだってよ。
フレミングってコレね。
「フレミングの左手の法則」の人。

Fh 上に書いたように、他にもOBがスゴイ。
イギリスの方々はようわからんけど、おなじみの名前だけ拾ってみると;
マハトマ・ガンジー、ネルソン・マンデラ(獄中で通信教育によって学位を取得)、グラハム・ベル、ダーウィンにフレミング。
日本からは伊藤博文、井上馨、夏目漱石、グッと下がって(失敬!)小泉純一郎。
これが本館。
アタシャ第二の国会議事堂かと思ったよ…コレ、学校だよ、学校!
明治大学も記念館を壊さなきゃヨカッタのにナァ。バカなことをしたもんだ。
でも日本は地震があるからね~。

140大学付属の「Grant Museum of Zoology(動物学博物館)」。

150結構歩いてヒザが痛くなっちゃったけど、なんとかホテルがあるキングスX(クロス)まで戻って来た。
夜は何を食べようか。
さっきのチキンカツカレーがあればナァ…と少しだけ思いつつ改めて周囲を散策するが、ピンと来るものがない。
で、思い出したのがコレ。

160_2「FIVE GUYS」というハンバーガー屋。
もちろん、ハンバーガーなんかにピンと来るワケはないんだけど、他のモノよりまだ何とかなるかと思ってサ。
日本で見たことがないし、少しは話題になるかと思って。
それに私は日本ではファストフードのハンバーガーは食べないようにしているもんだからタマにはいいかと思ったワケよ。

170トッテナム・コート・ロードでも同じ店を見かけたのを思い出して、「流行ってるのかな?」という期待もあった。
コレね。

2101986年、アメリカはヴァージニアで創業。
調べてみると、アジアでは香港のみに出展しているようだ。
店内のようす。
写真は撮らなかったけど、入り口に小麦の袋が積んであって、ハンドメイド感を演出していた。

180カウンターでオーダーをすると1個1個、その都度作ってくれるシステム。

190オーダーの際、最大15種類までのトッピングができるのが特徴か?
チーズだのピクルスだの…。

200_215種類から選んでいる余裕はとてもなかったので「全部乗せ」にしてもらったのがコレ。
味はどうかと言うと…ハンバーガーだった。
ま、ハンバーガーはどこまでいってもハンバーガーだわね。
1,000円ぐらいだったかナァ?
ただこの銀紙にクシャクシャって包んでくれるところなんかはいかにも美味しいそうだよね。
それでもハンバーガーだからハンバーガー止まりだね。
しかし、和食が恋しくなってから食べるハンバーガーのこのツラさときたら…。

215ホテルに帰って荷造り。
明日の午後にはロンドンを離れるのだ。

220遠くに見えるのはBTタワー。
世界最大規模の通信会社BTグループ(旧名:British Telecommunications)のシンボル。

230コレは2014年前に根元まで行った時に撮った写真。
別にココを訪れようと思って足を向けたワケではなくて、マリルボンからソーホーに向かってブラブラ歩いているウチに偶然ココに出ただけ。

11_img_0633このあたりは上にも出て来た「Fitzrovia(フィッツロビア)」という地区で、かつてはヴァージニア・ウルフやジョージ・バーナード・ショーが住んでいたという。
もうね、歩いた瞬間にこの辺りがいいエリアだということがわかる。
と思ったら、The Sunday Timesという新聞が2016年に「ロンドンで一番住みやすい街」としてフィッツロビアを選んでいるのだそうだ。

11_img_0647 こんなゴキブリがめり込んでいるビルだってステキだ。

11_img_0644翌朝、例の信じられないぐらい重いスーツケースを下に降ろす。
上げる時は地獄の苦しみだったが、下ろす時は簡単。
もうザーっと階段を滑らしてやった。
この後Marshallの本社へ電車で戻るので、ロンドン・ユーストン駅までスーツケースを押していかねばならない。
果たしてキャスターがもつかどうか…。
それが大きな心配のタネだった。

240vスーツケースをフロントに預け…といっても物置に入れさせてもらうだけで、そこには「荷物にもしものことがあってもウチ一切知らんけんね!」という張り紙が厳重にしてあって、却って不安をそそられる…The Kinksの曲にまつわる場所の写真を撮りにウエスト・エンドまで行って来た。
そして、ホテルに戻って、いよいよユーストン駅までスーツケースを押しながら歩く。
ああ、キャスターが心配だ。250とにかくキャスターに負担がかからないようになるべく平らでツルツルした歩道を選んで、ナントカ無事にユーストン駅までやって来た。
ロンドンの歩道って東京ほど整備がされていなくて、かなり苦労した…というか、アリャ歩道も古くてそう簡単に手が入れらなないのかも知れないな。
「無事に」と書いたけど、そういえば無事ではなかったんだ。
下の写真の右の方から駅舎に入ったんだけど、そこには階段があって、ナニをどうガンバってもスーツケースを持ち上げることができなかったのだ。
イヤ、困ったな、コリャ…正面に回るのは億劫だし、そもそもキャスターが心配だ。
と、立ちすくんでいたら、80歳を軽く超えているであろう、ヨボヨボの老婆が私と同じように買い物用の小さなカートを持ち上げられず困っているではないか…。
助けてあげたいけど、コッチもそれどころじゃない。
すると、ひと目で見て「コイツはヤバいぞ!」みたいなラリパッパ直前のデカい兄ちゃんが私に近寄って来た。
コ、コワイ!
何をするのかと思ったら、ダマって左手で私のスーツケースのハンドルを握り、そして右手でお婆さんのカートを手にし、いとも簡単に階段を上がって行くのだ!
ビックリしたよ。
同時に「オレは老婆と同じか!と情けなくなったが、兄ちゃんの親切とバカ力には驚いた。
そして、その兄ちゃんにはマジで心からお礼を言ったわ。
お兄さんは「ア~、ユア・ウエルカム…」とだけ小声で返事をして歩き去った。

255イヤ、私だってね若い頃はあんなスーツケースぐらい何でもなかった…と思う。
今、袋セメントは25kg入りだけど、昔は40kg入りだった(その昔は50kgだった)。
「何とか」にしても、それだって持ち上げることがてきたもんね。
今はもうテコでも動かせないな。Dc_3 ユーストン駅はもう何回も来ているので勝手知ったる所。
目的地のホテルに一番近い駅はMarshallの本社がある「Bletchley(ブレッチリ―)」なんだけど、泊まる電車がない。
仕方なく、「Milton Keynes Central(ミルトン・キーンズ・セントラル)」駅までいって、タクシーでホテルまで行くことにした。260おお、懐かしのブレッチリ―…って4年前に家内と来たばっかりか。

270Marshallの定宿、Double Treeに投宿。

280ホテルの窓からの風景。
そうか、また晩ごはんのことを考えなきゃ。

290ブラっと外に出る。
約10日前にはD_Driveが出演したMarshall Arena。
もはや懐かしい。
あの時は家内もいたのにナァ。
そんなことを考えると途端に寂しくなってくる。

300あ~あ~、ASDAのショッピング・カート。
ヒデエなぁ。

310もうパジャマを洗うのが面倒だったのでPRIMARK(プライマーク)で買って来た。
長袖の上下で5ポンド(700円ぐらい)。
ついでに下着も買っておいた
。Tシャツ型のヤツが3枚で6ポンド(800円チョット)。
もうね、これからはMarshallに行く時には下着は古いのを持って行って、捨てて来ちゃう。
それでこうしてPRIMARKで買うのが一番いいことがわかった。

11_img_0037 この晩、Marshallのカールがホテルに訪ねて来てくれた。
カールは数か月前に心臓の大手術をして仕事を休んでいた。
なので工場に行っても会えないので、わざわざホテルまで出向いて来てくれたのだ。
カールとももう15年以上の付き合いで、彼は日本のバンドが好きで、よくLuna SeaのCDを日本で買って持って行ってあげたの。
この時はJAPANの本を買って来て欲しいと頼まれて持って行ってあげた。
テーブルの上にある封筒の中身がそれ。
私が手に持っているのは…

320vピンク色のジン。
「本のお礼にナニがいい?」と訊かれたので、「そっちでしか手に入らないジンがいい」とお願いしておいたモノ。
ビールもスゴイけど、向こうはジンの種類がスゴイ。
ま、地酒みたいなモノだからね。
まぁ、とにかく連中はよくジンを飲むよ。
それにしても驚いたのは15年以上も付き合っていて、カールが私より年下だったってことを今回初めて知った。
ズッ~ト年上だとばかり思っていた。
 
このジン、チョット甘い香りがしてとても美味しかった。

330v<つづく>
 
(2019年6月 イギリスにて撮影)