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2020年3月18日 (水)

イギリス紀行2019 その21 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.10:最終回>

 
『スタンリー・キューブリック展』のレポートもコレが最終回。
この後、まだもう1本<番外編>を編みますが、ひと通り終わったらMarshall Blogへ帰ります。
 
と、いうことで、残す1本は『2001年宇宙の旅』。
またまたアマノジャクで申し訳ないんだけど、私はコレ、そんなに好きなワケではありませんでね。
でもこうして展示のトリに持って来ているところなんかを見るとやっぱり世界的に「キューブリック=2001年」なんですな。
確かにまだ誰も見たことがない宇宙の様子を緻密に可視化したことはスゴイんだろうけど、映画として最終的にワケがわからん!
じゃ、どの作品が好きなのよ?と問うならば…問うならば!
今なら『博士の異常な愛情』が一番オモシロイと思っている。
2位が『オレンジ』。
3位が『シャイニング』か。
ま、3本ともよくわからないんだけどね…でも、いったん観始めたら最後まで付き合わせてしまう映像や脚本や音楽の力はスゴイよね。
黒澤作品もそうだけど、やっぱりスゴイ映画ってのは、何回観ていても最後まで観てしまう作品だろうね。

10_2実際、トリらしく展示のスペースも一番広々としていた。
50_2左は原作者で共同脚本制作者のアーサー C. クラークにキューブリックが送った「Telescope」に関する手紙。
「Telescope」は「望遠鏡」のこと。そんなのこの映画に出て来たっけ?
ひとつ飛んで、アーサー C. クラーク所有の原作本の初版本。

11_0r4a0589類人猿の演技に関するメモ。
一番上に「Dawn of Man(人類の夜明け)」、「Basic Movement」と書かれていて「ダイナミックに」と記されている。
類人猿の動きの指示があって、右のページには「体重」、「移動」、「リズム」、「腕」など動きの指示が細かく書き留められている。17「人類の夜明け」のセットの絵コンテというか、背景に使った写真の指示か?
あの原野の風景のロケハンには大変に苦労したそうで、最終的にはセットを作り、そっれぽい写真を拝見に入れて撮影した。
すぐ近くには普通に車やバスが走っていた空き地で撮ったらしいよ。
結果、誰も見たことがない未来のビジュアルより、何百万年の過去のビジュアルの撮影の方に手こずってしまったとか。

16類人猿の着ぐるみ。
ホンモノ。
ナンカえらく落ち込んでいる感じだナァ。
0r4a0599はじめキューブリックは、毛だらけのルックスではなく、もっとツルツルした人間っぽい仕様にしたかったらしいんだけど、引きで全身を撮る時に「お又」の処理がムズカシイということで断念した。20v類人猿が宙に放った骨が宇宙船になる…なんてセンスはスゴすぎるね。
あそこのシーンって無音なんだよね。11_0r4a0592この映画にはvol.3に書いたようにリゲティの音楽が盛大に使われていて、あの無調というか、ノイズというか…とても刺激的かつ効果的な音響とは対照的に、木星に向かうシーンでは何とも切なく美しいメロディが流れてくる。
映画で使われているのはバレエ音楽「Gayane(ガイーヌまたはガヤーヌ)」からの中の「Adagio(アダージョ)」という曲。
作曲したのはロシアのアラム・ハチャトゥリアン。
「ガヤーヌ」は知らなくても、その中の「Sabre Dance」という曲は皆さんも絶対にご存知のハズ。
コレ、あの「剣の舞」。
下の生コン屋の社長みたいなのがハチャトゥリアン。
日本では「剣の舞」だけがやたらと有名だけど、この人は他にも滅法いい曲をたくさん残している。
私は全く詳しくないが、聴いている限りでは交響曲も、ピアノ協奏曲も、管弦楽曲も、どれもロックっぽくて聴きやすくカッコいい。
そうえば『スパルタカス』なんて曲もあった。12ak チョット脱線。
Marshall Blogでも紹介したことがあるんだけど、ハチャトゥリアンの「ヴァイオリン協奏曲」はマジでカッコいい。
クラシックのガイド本で「20世紀に作られたヴァイオリン協奏曲の中でナンバーワン」というコメントを目にし、ダマされたと思ってイツァーク・パールマンのモノを買ってみた。
結果…全くダマされなかった。
ドライブ感満点のメロディがテンコ盛り!
楽器フェアでやっていたセールで譜面を見つけて買っちゃったよ。
クラシック・ネタを演っているロック・ギタリストなんかは、パガニーニだのヴィヴァルディばっかりじゃなくてこういうのを取り上げれば少しはオリジナリティが出せると思うんだけどナァ。
他にも2枚ほど聴いてみたが、このパールマン盤が一番ヨカッタ。
指揮はフランク・ザッパのかつての仕事仲間のズービン・メータだし。

Kp もうチョット、メータで脱線。
私はバーンスタインの「Candide Overture(キャンディド序曲)」に目がなくて、異なる音源を見つけては片っ端から聴いているんだけど、先日、偶然見つけたメータ/ロサンゼルス・フィルの録音を聴いた。
最高にカッコいい。
馴染みのあるブロードウェイのオリジナル・キャスト盤もいいんだけど、メータの演奏はもう曲の深さが違う。
完全逆転優勝ですわ。

12zmc リゲティもハチャトゥリアンもいいんだけど、この映画で一番強烈なのは、実は「無音」のシーンではなかろうか?
キューブリックは「無音」を実にうまく使っていると思うのだ。
ヒッチコックも使った手法だが、「無音」というか「音楽なし」って、時としてスゴイ効果を生み出す。
例えば『引き裂かれたカーテン』でポール・ニューマンが「グロメク」という東ヨーロッパの監視役とケンカしてガスオーブンに頭を突っ込んで殺すシーンに音楽が全く音楽がついてないくてね…すさまじい緊張感だった。
ヒッチコックは『レベッカ』のような昔の作品では反対に美しい音楽を全編に流していて、コレもまたいいんだけどね。もちろんオリジナル・スコアだ。Tc みんなうれしそうに展示を見てる。
190_2展示品の紹介を続ける。
宇宙ステーションのドローイング。
コレが元なったのかナァ。
それとも後から描いたのかナァ?わかりません。

18天井には「ディスカバリー号」他の模型が吊るされていた。
ゴメンナサイ!
コレが実際に撮影で使われたモノかどうかは定かではありません。

11_0r4a0629 そうそう、ディスカバリー号の中でだったかな?
フロイド博士が退屈しのぎに見ているテレビ番組って柔道の試合なんだよね。
当時の遠い未来は「柔道」がポピュラーになっているかも…という提示だったのかしらん?

70_2コレは最初にフロイド博士が宇宙ステーションに行く時に乗っていた宇宙船かな?
「オリオンIII号」っていうの?
映画のヤツとは後ろの部分のデザインが違うけど。
そして、「PAN AM」のロゴ!

80_3昔、まだ固定相場制でドルが360円だった頃、海外旅行が一般庶民には夢のまた夢だった時代、このパンナムのバッグは「海外旅行に行った者」だけに与えられる勲章だった。
コレって乗るともらえたのかしらん?そんなことも知らないほど、当時ウチの家は海外旅行とは縁がなかった。

Pnb 宇宙船乗務員のユニフォーム。
30vスチュワーデスがかぶっていた帽子ね。
足元は「Grip Shoes」ってのを履いてた。
あのペンが無重力で宙に浮かぶシーンがあったでしょ?
まだCGもなかった時代、あれだけでも観ていたお客さんはビックリだったんじゃないかしら?
ちなみにパン・アメリカン航空は、こうして映画の中でロゴが使われることを全く問題視しなかったらしい。
残念ながら同社じゃ2001年まで続かなかったけどね。
でも、アメリカという国を象徴するロゴ・サインのひとつであることは間違いないと思う。

40_2宇宙ステーションの中のセットのレプリカ。
様子はチョット違うがイスなどはホンモノ。
ここでも「HILTON」という企業名を出して現実味に拍車をかけている。
「HILTON SPACE STATION 5」か…今、本当に作っているぐらいかな?130_2映画の中でHILTONの向かいに設置してあるのが「HOWARD JOHNSON'S EARTHLIGHT ROOM」というサインが掛かったミーティングスペースだった。
「HOWARD JOHNSON'S」はアメリカとカナダにまたがるの大きなホテル&モーテルのチェーン。
1960~70年代には1,000軒を超すレストランのフランチャイズを展開していた。

11_hj「Howard Johnson's」の名前は、フランク・ザッパをちゃんと聴いている人にはおなじみのハズ。
1972年の『Just Another Band from LA』のA面を占める大作「Billy the Mountain」のビリーとエセルの会話にこういうクダリが出て来る。
"ETHELL, wanna get a cuppa cawfee?"

(Howard Johnson's! Howard Johnson's!
Howard Johnson's! Howard Johnson's!)

"Ahhh! there's a HOWARD JOHNSONS! Wanna eat some CLAMS?"

おお、アメリカでも「a cuppa」って言うのか。

LaそのHoward Johnson'sのお子様向けメニューが展示されていた。
こんな時代からシッカリとクロス・プロモーションが行われていたんですな。
子供もキューブリックで喜んだのかね?

19映画の中で使われた小道具。

140コレは映画の中に出て来たのかな?
テレビ電話自体はフロイド博士が娘に誕生祝いのメッセージを送るところで登場する。
あのシーンで誕生日プレゼントに欲しいモノを訊かれると、その娘は「Bush baby!」と答える。
するとお父さんは「Bush baby...」と言って反応するんだけど、その時の字幕が「猿か…」となっている。
「bush baby」ってホントに猿のことなの?
どうしても気になって調べてみた。

150_2答えはコレ。
「ガラゴ(galago)」というサル科の生き物なんだって。
コレって「リスザル」っていうヤツ?
要するに21世紀にはペットとして人気がある…ということを表しているのかな?

100558やっぱりコレがないとね。

160HAL 9000。
映画の中で「ハル、ドアを開けてくれ」とか「枕を下げてくれ、ハル」なんてやってるけど、アレって今「アレクサ」ってやつと同じじゃんね。
この「HAL」という名前は「IBM」の一文字ずつ先を採って付けられた…というのが定説だけど違うんだって。
原作者のアーサー C. クラークによると「HAL」というのは、「Heuristically Programed ALgorithmic computer」の頭文字だそうです。
「発見を促すようにプログラムされたアルゴリズムを持つコンピュータ」ぐらいの意味か?ナンのこっちゃ?

170_2しかし、考えてみると、『シャイニング』ってこの映画に似ていると思わない?
『博士の異常な愛情』もそうかも。
ジャック・トランスもリッパ―将軍もHALみたい。
IBMはキューブリックが「殺人コンピュータ」を描いたことが気に入らなかった。
確かに、まだコンピュータが全く普及していなかった時代に、この映画を観た人たちが「コンピュータっておっかないね」なんて固定概念を持ってしまったら商売に差し支えるもんね。
そこで、IBMはこの映画に使われていた「IBM」のロゴをすべて取り外すようにキューブリックに命じたそうだ。
でもいくらか残っちゃったのね。
そのひとつがディスカバリー号のコクピットの操作盤。
アソコですぐに「IBM」の3文字が見て取れる。180vもうひとつがコレ。
船外作業用のヘルメットと…
90_2宇宙服。

11_0r4a0618 展示にはなかったけど、腕に付けている操作盤にガッツリ「IBM」って入っちゃってる。
映画では左のをお腹に、右のヤツを背中にしょっていた。
キューブリックはIBMのエリオット・ノイエスという工業デザイナーとの共同作業でコレらのアイテムのデザインに取り組んだ。
その成果が今のタブレット端末のデザインに活かされているんだって。

100_2マァ、やっぱり芸が細かくてね、この3つの箱には上から「SYSTEM MODULE(システム・モジュール)」、「ELECTRONICS MODULE(電子モジュール)」、「EMERGENCY OXYGEN MODULE(緊急時酸素モジュール)」になってるの。
細かいな~。
そんなの誰も読まないし、読めないってば!
こういうところは『赤ひげ』で絶対に写らないにもかかわらず、薬箪笥の中に本当にを薬入れて撮影した黒澤明の感覚にソックリだ。

110vそして「スター・チャイルド」。

200_2実はコレもこの記事を書くためにもう一度観なおしてみた。
グイグイと引き込まれて最後まで観ちゃんだけど、やっぱりワケわからんな。
公開から長い時間が経って、これまでたくさんの人が作品の解説をして来たので、今となってはこの作品が意味するところを理解する人もいるんでしょう。
でも1968年の封切り時、コレが「絶対的な神の探求」をテーマにしていると思った人は一体どれぐらいいたんだろう?
私はそれを聞いてもわからんわ。
映画狂のウチの父も「サッパリわからないからキライ」と生前言っていた。
ウチはこの映画に関しては、親子二代でチンプンカンプンなのだ。
私のセガレたちもわかるワケないので「親子三代」だな。
一方、映像。
我々の世代は、宇宙ステーションがああいう形をしているイメージを持っていてるのでアレを見ても驚いたりすることはないけれど、当時の人たちはまるで実物の映像を初めて見たワケだから感動は相当大きかったと思うよね。
音楽にしてもそう。
「ツァラトゥストラはかく語りき」なんて曲は、一般の人はそれまで知らなくて、突然「♪ドンガンドンガン」やられちゃった。
しかもそれをですよ、シネラマの大画面、大音響、そしてあの映像で体験したワケですよ。
「スター・ゲイト」のシーンもシネラマに爆音のリゲティだったからこそスゴかったハズ。
結果、「絶対的な神」がどうのとか、「モノリス」なんてことがサッパリ理解できないくても超ド級のエンターテイメントだったに違いない。

205ということで終わり。
出口にはあたかも映画のエンドロールのようにスタッフのクレジットが掲げられていた。
イキな演出だ。220_2ナンダカンダで4時間近く見てたかな?
足がガクガクになっちゃった。

230_2記念にナニかグッズを買っておこうと売店へ。

240_2色々と惹かれるアイテムもあるんだけど、イザとなると「コレ買って一体どうすんだ?」とか…

250「重いぞ~、まだ旅は半ばだぞ~」とか…

260_2「ココで買わなくてもインターネットで買えばいいじゃないか!」とかいう、悪魔か天使か知らんが、そういう声が聞こえてくる。

270で、結局買ったのは絵ハガキ数種と…

280鉛筆1本…

290それとキューブリックがロケに使った地点を記した簡素なロンドンの地図。

300この地図が結構トホホだったわ。

320〆て£10.0。
ま、こんなもんだ。
『シャイニング』のマグカップが欲しかったんだけど重いからね~…ヤメた。
 
ところで!
こんな映画があるなんてゼンゼン知らなかった。
2005年の『Color Me Kubrick』という映画。製作総指揮は『レオン』のリュック・ベッソン。
イギリスで「アラン・コンウェイ」という同性愛者がキューブリックを騙って数々の詐欺をはたらいた実話に基づく作品。
早速、DVDを取り寄せて観てみた。
タイトルには「A true…ish story(実話…みたいな)」という説明がくっつく。
そう、「ish」というのは「みたいな~」みたいな意味。
イギリス人と接していると、「Are you hungry?」「Mmmmm, ish」みたいに実際によく使われているのを耳にする。
で、コンウェイに関する記述を読むと、この映画があながちデタラメに作られていないことがわかる。
邦題は『アイ・アム・キューブリック!』。
またしてもツマらないタイトルを付けたものよ!とイラっと来たが、「アイム・キューブリック!」というセリフが出て来るシーンで大爆笑!どういう意味かわかっちゃったかな?
結果、この邦題…許す!
冒頭からロッシーニの「泥棒かささぎ」が流れたりして、音も映像もキューブリック作品のパロディがふんだんに詰め込まれていて、キューブリック・ファンは笑うか怒るかのどちらかだろう。
スリーブはコンウェイを演じたジョン・マルコヴィッチ。
キューブリックというより、ジャック・ニコルソンという感じがしないでもないが…。

Iskコレがホンモノ同士。
もちろん右がキューブリックですよ。
似ても似つかない!
ニューヨークタイムスの演劇の批評家までダマされてしまうシーンが映画に出て来るが、コレは本当だった。(その批評家の奥さんの役で『バリー・リンドン』の「レディ・リンドン」を演じたマリサ・ベレンソンが出てる!)
どうしてそれほどまでの人までがコロっとダマされてしまったのか。
この事件が起きた90年代の後半、キューブリックは『フルメタルジャケット』の撮影後、長期間にわたって人前に姿を見せていなかった。
そして、一般的にキューブリックには「ヒゲボーボーのイメージ」があったため、「ヒゲを剃った」と言われてしまうと疑いにくかったのだそうだ。
『ニュルンベルグ裁判』のスタンリー・クレイマーのクダリはオモシロかった。
コンウェイは1998年の暮れに心臓マヒで他界。キューブリックはその3か月後に同じく心臓発作でこの世を去った。

Asこれでレポートはおしまい。
この後「デザイン・ミュージアム」を紹介した<番外編>をアップします。
キューブリックがカメラマン時代に撮った写真なんかが展示されていたの。
興味のある人は少しだけお楽しみに!