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2020年3月15日 (日)

イギリス紀行2019 その19 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.8>

 
イヤ~、オモシロかったな~。
『博士の異常な愛情』は、これまで2回ぐらいしか観たことがなかったので、この記事を書くにあたり今一度観直してみた。
もうピーター・セラーズ最高~!
演技もさることながら、イギリス人のマンドレーク大佐、アメリカ人のマフリー大統領、そしてドイツ人の元ナチ、ストレンジラヴ博士を演じ分けた三人三様の英語がすごくいいんだ。
もちろん私がすべてのセリフを聞き取れるワケはないんだけど、「いかにも」という感じが実にオモシロい。
元々キューブリックはセラーズに1人4役演じることを頼んでいたらしい。
最後のひとりは、最後に水素爆弾にまたがって「ヒャッホ~!」と叫びながら地上に落下落ちていくB52の操縦士、コング大佐。
私は一種の「名人芸」みたいなノリでセラーズが1人で3役も引き受けたのかと思っていたのだが、本人にとってこの仕事はものスゴい労苦だったんだって。
そして、更にもうひと役演じるのは至難の業で「スタンリー、どうか許して欲しい」という手紙まで送ったが、キューブリックの執拗な説得で最終的にコング大佐を引き受けることになった。
結局、撮影に入ったものの、セラーズは初日に足を捻挫してしまい、B52のコクピットのセットに入ることができなくなり、急遽スリム・ピケンズという役者がその役を演じた…でも、あの人もとってもヨカッタよね。
で、セラーズがこの役を断りたかった理由はコング大佐が話す「テキサス訛り」だったんだって。
できないんだね~。
我々には同じように聞こえるけど…。
現にこの1月にアナハイムのフォー屋で「テキサン(テキサス出身者)」のオバさんと30分以上おしゃべりをしたけど、彼女の英語は私のバカ耳に何の違和感も感じかったけどね。
とにかくココでのセラーズは素晴らしい。
  
ところでこの作品のタイトルは『Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb(博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか)』でしょう?
映画史上もっとも長いタイトル。
『シャイニング』の「All work and no play makes Jach a dull boy」みたいに、キューブリックは海外での公開時に各国で勝手なタイトルをつけることを許可しなかった。
ウン、日本の場合、その方が絶対にいい。
さもなければこの作品は『愛と哀しみの水素爆弾』か『水爆を落としただけなのに』になっていただろう。
そこで日本の制作スタッフは原題の「Dr.」と「Strange」と「Love」だけ取り出して、「博士」と「異常」と「愛情」を組合わせたとか。
ウマい!と言いたいところだけど、キューブリックはそれでヨカッタのかね?

10展示するアイテムがなかったんだろうな…このコーナーのディスプレイはショボかった。
撮影時のスナップやスチール写真。

20絵コンテ等々。

30ところで、ピーター・セラーズもヨカッタけど、同じぐらい魅力的だったのはタージドソン将軍を演じたジョージ C. スコット。
いつも成田三樹夫を思い出しちゃう。
とにかくあの機関銃のようにまくしたてられるセリフ。
声のカッコよさも相まって、あの英語には丸っきりウットリしてしまう。
ヤケクソにカッコいい!
演出のことでキューブリックと衝突し、チェスで白黒を決していたのはこのシリーズの『vol.2』に書いた通り。
「よし、わかったジョージ。このシーンをどうするかはチェスでキメようじゃないか。もしキミが負けたら私の言うとおりに演じてくれよ」
「いいともスタン。誰か縁台持って来い!」
…なんて『笠碁』じゃあるまいし。
勝負のほどはキューブリックに分があったらしい。
11_0r4a0247 このコーナー、展示アイテムが少なくて書くことがないので脱線。
1961年、ポール・ニューマンの『ハスラー』。
ニューマンの悪徳マネージャーを演じるジョージ C. スコットがコワかった。
あのコワイ顔であくどい役回りを演じるのだからスゴイ迫力だ。
それと「ミネソタ・ファッツ」を演ったジャッキー・グリースン。
映画狂でビリヤード好きの父がこの役のファンで名前をよく口にしていたので、私は小学生の時から「ミネソタ・ファッツ」という名前に馴染みがあった。
この人、楽団を持っていて、TVのショウ番組も放映されていた…ってんで、いつかCDを買ってみたけど、トロットロなムード音楽でオモシロくもナントもなかった。
で、『ハスラー』…「オレを殺すなら形のわからないようにバラバラにしろ。それでもオレは骨と肉を拾い集めて必ずお前を殺しに戻って来る」って!
自分をヒドイ目に遭わせ、恋人を自殺にまで追いやったスコットに向かって言うニューマンのセリフ。
スゴイね。12hslコレはズルっこ。
映画を観てこのセリフを覚えていたワケではなく、先ごろ亡くなった和田誠さんが映画の名セリフを集めた著書『お楽しみはこれからだ PART2(文芸春秋社刊)』からの引用。
もう、この本大好きなの。
いつ買ったのは覚えていないが、「PART1」の奥付を見ると1975年の初版になっている。
何度も何度も読んで父と語りあったのを思い出す。
私はこの本で結構映画の観方を教わったな。
実はウチにはPART3までが2冊ずつある。
あんまり好きなものだから、古本で安いのを見つけた時に買い足しておいたのだ。
大分遅くなってしまったけど、この場をお借りして和田誠さんのご冥福をお祈りしたいと思います。
名著をありがとうございます。

11_2ok で、ジョージ C. スコットに戻る。
ま、何と言ってもこの人は『パットン大戦車軍団(Patton)』でしょうな~。
パットン将軍にお会いしたことはないけど、恐らくあんな感じだったんだろうな…と思わせてしまう存在感。
もうずいぶん長いこと観ていないけど、昔はビデオなんでなかったからテレビで夢中になって観たもんだ。
ところで、スコットは1959年に映画デビューし、『或る殺人』でアカデミー助演男優賞にノミネート、そして1961年には上の『ハスラー』でも助演男優賞にノミネートされたが、この時は速攻でノミネートを辞退。
そして、1970年の『パットン大戦車軍団』でアカデミー主演男優賞を受賞したが、これまたスッパリと辞退。
こんなの前代未聞だった。
今のマンガと怪獣と三流ヒーローばかりの映画界とはまだワケが違う時代で、アカデミー賞の威光にはスゴイものがあった。
でも、スコットは主催者へキチンと連絡して丁重に辞退を申し入れたそうだ。
でも別の所では「あんなモノは金のためにうまく仕組んだ緊張感を公にさらけ出すための2時間の肉の行進にすぎん」と言っていたそう。
そして、アカデミー協会も意地になったのか、1971年の『ホスピタル』でも主演男優賞にノミネートしたが当然これも辞退。
マーロン・ブランドも『ゴッドファーザー』で主演男優賞を辞退しているけど、この人は『波止場』でもらっちゃってるからね。
スコットは最後の最後まで一度もあの授賞式の壇上に上がることがなった。
一方、キューブリックはといえば、これまたこのシリーズの『Vol.2』に写真を掲載した通り、1969年の『2001年宇宙の旅』で特殊視覚効果賞を受賞しているが、やはり授賞式に出席しなかった。
その時の理由が「ロケハンのために火星にいるから」…だって!
んも~、ヘソ曲がりばかりなんだから!
 
それと、問題のリッパ―将軍を演じたスターリング・ヘイドン。
この人もヨカッタ。
ロシア人がウォッカしか飲まない説明をするところなんか、ピーター・セラーズのリアクションも相まってメッチャおもしろい。
やっている事は完全に狂気の沙汰なのに、至極論理的で、頭が狂っている風に見えない演出がまた実にいい。
スコットとともに軍人のステレオタイプとしてサタイア満点で描いているのだろう。
ヘイドンは196cmの長身で、まるでジョージ C. スコットのタージドソン将軍と「風神&雷神」みたいだが、この人はキューブリック作品では『現金に身体を張れ』にも出演している。
それよりもなじみが深いのは『ゴッドファーザー』でソロッツオと結託している悪徳警官の方がおなじみか。
ブルックリンのイタリアン・レストランでマイケルに殺されちゃう役ね。
アレがスターリング・ヘイドン。Ptさて、展示。
映画の大半を占めるアメリカ最高作戦室の模型。
部屋の構造が三角になっているのは、「爆撃に強い」というキューブリックの情報からの情報だった。
この映画って、リッパー将軍の事務所と廊下、B52の内部、そしてこの最高作戦室のほぼ3つしか舞台が出て来ないんだよね。
陸軍が攻め入る建屋は撮影スタジオの事務所かなんかで撮ったのかな?
あのシーンは「アメリカの夜」技法でしょう?
つまり昼間の明るいうちに撮影して現像するときにアンダーで焼いているんじゃないかしらん?
黒澤明の『用心棒』で三船敏郎が丑寅の家から這う這うの体で逃げ出すシーンなんかもそう。
40製作に当たっては、内容が内容だけにアメリカ空軍の協力を得られなかったために機密事項だったB52の内部の様子がまったくわからなかったが、最終的にホンモノとほぼ同じモノをセットで作り上げた。
完成前に空軍の人間を撮影所に呼んでそのセットを見せたところあまりにも正確でビックリしたらしい。
その情報はナント、その手の雑誌から得たのだそうだ。「アタマ隠して何とやら」ですな。

50そのB52の乗員に配られるサバイバル・キット。
映画はモノクロなのでわからないが、こんな色をしていたのか…。
45口径のピストル、爆薬、非常食4日分、抗生物質、モルヒネ、ビタミン剤、覚せい剤、睡眠薬、鎮静薬…。
さらに100ドル分のルーブル、金貨100ドル、チューインガム9個、口紅3本、ストッキング3足…それだけ当時ソ連は物資が不足していたということか。
加えてコンドームまで入っていて、徹頭徹尾ブラックなのがオモシロい。

60左の豆本は「聖書つきロシア語会話辞典」。
やっぱり表紙の色は「赤」だったのね。
そういえば、映画の中でタージドソン将軍は「ソビエト」ではなく「ロシア」という言葉を使ってたな。
当時は「ソビエト社会主義共和国連邦」で、日本では「ソ連」と呼んで、「ロシア」という言葉は民謡か料理ぐらいにしか使われていなかったような気がする。
でも、アメリカでは「ソ連」のことを「ロシア」って呼んでいたことがわかる。

70以下は、もう展示と関係ない脱線コーナー。
この作品の展示アイテムが少なかったので、「蛇足」で記事の嵩を増そう。
 
B52の爆弾の落下口の扉が開かないことがわかり、コング大佐が爆弾槽に降りていくシーン。
搭載された水素爆弾の底部に書かれた「Hi THERE!」と「DEAR JOHN」の文字。
よく戦闘機の鼻っ先にマンガが描かれているでしょう?
ああいうのを「Nose Art」って言うんだけど、この爆弾の底部の落書きを「Tale Art」という…かどうかは知らない。
とにかく「アメリカ人の茶目っ気」などとはとても呼ぶことができないあまりにも無神経な所業だ。
でも、このシーンでひとつ英語マメ知識を得ることができる。
「Hi there!」というのは「ヨォ!」みたいな軽い挨拶。
サミー・デイヴィス Jr.が「Hey There」という曲をコンサートのオープニング曲としてよく使っていた。
マメ知識は右の「DEAR JOHN」。
はじめ、こっちにはキューブリック自身が「LOLITA」と書いたのだが、前作の宣伝みたいでカッコ悪いということで却下。
この人、前々回紹介した『時計じかけのオレンジ』のレコード店のシーンに出て来る『2001年宇宙の旅』のサントラ盤みたいに案外子供っぽいことをしたがるのね。
で、その書き直されてお目見えした「DEAR HOHN」…コレはどういう意味か?
答えから先に言うと「さよなら!」という意味。
ナゼ「Dear John」が「さようなら」を意味するのかと言うと、手紙の書き出しから。
「Dear ~」ってやるでしょ?アレ。
ナゼゆえにJohnか…。
第二次世界大戦中、兵隊に行った夫の帰りを待つことにガマンできず、国に残った大勢の奥さんの方から離縁状が戦地の主人に送られた。
当時、「John」というのは最も多いファースト・ネームで、それらの手紙は当然「Dear John」で始まり、「お別れしましょう」という内容になる。
これを「Dear John Letter(ディア・ジョン・レター)」と呼び、いつの間にか離縁状のことをそう呼ぶようになった。
そして、「Dear John」は「さようなら」という意味になったのだそうだ。
つまり、この2つの爆弾で「こんちは!」⇒「さよなら!」ということを表している。
フザけてますな…キューブリックは反戦の気持ちを込めてフザけてるんだけど。
Htdjやっぱりタイトル・シークエンスがいいね。
この素朴なレタリングはパブロ・フェッロという人の仕事で、後に『恋愛小説家(出た!史上最低級の邦題の映画!私はこの映画が大好きで、全編ほぼ字幕なしで観ることができる数少ない映画のひとつ…原題は'As Good as It Gets'=最高に素晴らしい)』、『グッド・ウィル・ハンティング』、『メン・イン・ブラック』他、人気作のタイトル・シークエンスのデザインを手掛けている。
 
あ、音楽やってなかったね。
このタイトル・シークエンスで使われている曲知ってる?
知っていても言われなければ気が付かない人もいるんじゃないかしら?
実は私もそうだった。
オーティス・レディングの熱唱のイメージが強くて、コレが「Try a Little Tenderness」だって気が付かなかった!Dslt_2「I have a plan…(?)…I can walk!」
有名なラストのセリフ。
字幕では「総統」の訳語が充てられている(?)の部分がどうしても聞き取れなかったんだけど、コレは「Mein Führer(マイン・フューラー)」と言っているんだって。
この「歩けます!」はピーター・セラーズアドリブだったんですって?
さぞかし意味深なセリフかと思っていたんだけど…。
しかもナンの意味もないとか!
最後までフザけている映画なのだ!
しかし、その後の核爆弾の雨あられの映像。
ショッキングだよね。
その効果を倍増させているのがそこで使われている音楽。
リゲティでもペンデレツキでもない、「We'll Meet You Again」という戦時中のポップ・チューン。
悲惨な映像と正反対なムードの音楽を組みあせるキューブリック得意の手法。
歌ているのはVera Lynn(ヴェラ・リン)。
先の大戦中、エジプト、インド、ビルマ(コレ、対日本軍)で慰問コンサートを開き、「イギリス軍の恋人」と呼ばれた人…じゃなくて、呼ばれている人。
というのは、この方、1917年生まれだけどまだご存命。
今年103歳か。
1975年にはDameの称号を授かり、2000年には「20世紀の精神を最も具現化したイギリス人のひとり」と称された。
スゴイよ、2017年には100歳の誕生日を祝って『VERA LYNN 100』というアルバムをリリースしてイギリスのヒットチャートで一位になった。
いかにもイギリスらしい。
そして、キューブリックってつくづくイギリスなんですナァ。
Ep今回が字が多くなっちゃったのでココまで。
段々小出しになって来た!…だって大変なんだもん!
次回は『バリー・リンドン』で「We'll Meet Again」!

<つづく>