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2020年5月

2020年5月26日 (火)

イギリス紀行2019 その33 ~ さらばマンチェスター&ただいまブレッチリ―

 
2泊したマンチェスターも今日が最後。

10_5マンチェスターはとても音楽が盛んなところでね。
色々なコンサートが夜ごと開かれている。
Holliesはマンチェスターだもんね。
グラハム・ナッシュのコンサートにバディ・ホリーのメモリアル・ショウ。
Herman's Hermits、Bee Geesもマンチェスター。
Marshall Blogでやったように10ccはおとなりのストックポート。

20_5「イヤイヤ、ナニ言っちゃってんの?マンチェスターと言えばOasisでしょう?
他にもたくさんスゴいバンドを輩出してるじゃないの!
Buzzcocks、Joy Division、The Smith、Stone Roses、Take That…マッドチェスターという言葉を知らないの?
The Haciendaという有名なライブハウスの跡地へは行ったの?
アナタ、いつもロンドンでそういうのやってるでしょ?」…と言われそうなのはよ~くわかってる。
でも…申し訳ないんだけど、ホントに知らないんですよ~、そういう新しいの…と言ってももう30年以上前のバンドたちか…。
最近、自分の古さに呆れる時が多くなってきたわ。30_5この日も朝はPRETのジャム・クロワッサンとカプチーノ。

40_4午後から行きたいところがあるのでトットとホテルを離れた。
この裁判所を見るのもコレが最後か…。
今日は薄曇り。お世辞にも「いい天気!」とは言えない。

50_6お、「マンチェスター・クラフト・ビール」なんてのがあったのか…知っていたら飲んだのに!60_5この路面電車にも乗らなかったし、地下鉄にも乗らなかったナ。

70_7マンチェスター・ピカデリー駅に到着。

80_5

90_5コンコースに展示している象のガイコツ。
いつもはマンチェスター博物館に展示されているアイテムなのだが、6月4日~16日まで特別に駅に設置された。
私が見た日が最終日だった。
マンチェスター博物館の有名な展示品を駅の目立つところにおいて盛り上げ&宣伝しちゃおうということだろう。100_6この象、生きている時は「マハラジャ」くんという名前だった。
今から150年ほど前のこと…エジンバラのサーカスの団員だったマハラジャくんがマンチェスター動物園に買われて汽車に乗って引っ越しをすることになった。
ところがマハラジャくん、ガンとして汽車に乗りたがらない。
どうも暴れて貨物車を粉々にしちゃったらしい。
ま、それを見ていたまわりの人たちはマハラジャくんのパワーにさぞかしゾ~っとしたに違いない。
象ってスゴイ力持ちだからね、そんな貨車をぶっ壊すことなんでナンノ造作もない。
コレがホントの「造反」だ。
どうするか…マハラジャくんに残された選択肢はただひとつ。
エジンバラからマンチェスターまでひたすら歩くしかない。

105その距離、約320km。
ノッシノッシと10日間かけて踏破したというんだけど、道中大変だったろうナァ。
ナニが大変って、まずエサの確保。
それと…食べるということは、出しもするでしょう?
動物園で見たことある?…象が用を足すところ。
アレをそこら辺でやられたらタマったもんじゃない。
自分の家の前でやられたら憎悪の念すら沸いてしまうだろう。
しかし、みんなビックリしただろうナァ。
その間のマハラジャくんの面倒をつきっきりでみたのはロレンツォ・ローレンスという人。
この人、マハラジャくんに入れ込んでしまって、そのままマンチェスターでマハラジャくんが死ぬまで40年間面倒をみたんだって。
ちなみにロンドンに「Elephant & Castle」というところがあるけれど、コレとは何の関係もありません。Map2構内のようす。
この日は日曜日だったけど、特段混んでるようにも空いているように見えなかったナ。110_6来る時に「Return」の切符を買ってあるので、都合のよい時間の電車を探して乗り込むだけ。
この時刻表は実にいつも合理的だと思う。

120_5止まる駅がアルファベット順に、時系列に並んでいる索引的な表示。
私は今これから「ミルトンキーンズ」に戻るので「M」のところで「Milton Keynes」のところを探す。
すると次にミルトンキーンズ駅に停まる「Virgin」の電車が10:35分に5番線から出ることがわかる。
ナゼこうなっているかと言うと、電車によって止まる駅がマチマチだからなのね。
このあたりが日本人とイギリス人の電車の感覚の違いなんじゃないかしら。
新幹線は別にして、日本の場合、特急電車なんかでも止まる駅が全部同じでしょ?
日本の鉄道の先生はイギリスなのに、ナゼこのシステムを導入しなかったのだろうか?

130_5まだ時間が大分あるので2階に上がって休んで待つことにする。
ここにも「yo!SUSHI」があるわい。

140_6このオレンジと赤のロゴ…「ソク!SHUSHI」と読んだ人がいるが、私は彼の感性に敬意を払いたい。
「Yo!SUSHI」は外食、ホテル、不動産業までを展開するサイモン・ウッドロフという人が立ち上げたイギリスの「Yo!Company」の寿司部門。

11_yslogojpナント言うか、イギリスの6番目の大都市の玄関とは思えないノンビリムード。
この三角の旗が大変に前時代的でよろしいな。

150_3このトノサマバッタみたいのがVieginの特急車両。

160_5「Virgin Knight」という名前がついている。カ~ッコいい~!
「Pendolino(ペンドリーノ)」というのはイタリア語で「振り子」の意味。
そうね、英語で「振り子」のことは「ペンデュラム」って言うからね。
イタリア製の車両なのだ。
コレはイタリアの列車の形式の名前で「車体傾斜式車両」というものを指すのだそうだ。
つまり、列車がカーブに差しかかった時、車体を傾かせて高速を維持する方式。
実際、メッチャ速いんだよね、イギリスの特急って。

175一応「Milton Keynes Ctrl」に停まることを確認して…と。
あ、この列車、ミルトンキーンズを出た後ロンドン・ユーストンまで直行だ。

170vもう何回もMarshall Blogで見せているけど、中はこんな感じ。
イスの向きを変えることができない。
そして背もたれがかなり垂直で、決して座り心地がいいとは言えない…と感じるのは日本人だけであろうか?

180_5ドアの開閉は日本の雪国方式。
冬はヤケクソに寒いからね。

190_5窓の上の表示。
コレいいと思わない?
「058の席はマンチェスターピカデリーから予約されています」
一方、通路側の057は「Available」でロンドン・ユーストンまで席が空いていることを示している。

200_5お、ココは窓際も通路側もズッと空いているようだからこの席にしよう。
コレ、名前が出ちゃうヤツもみたことがあり。

210_4何だよ、マンチェスターを離れたら一発で晴れやがった!
アソコ、本当に天気が悪いんだな。

220_4コレは火力発電所だって言ってたな。
今、イギリスの火力発電の割合は28%で、2025年までに火力発電所を全廃するらしい。
じゃ、原発か?というとそではなく原発も廃止の方向で動いていて、それらの代替となるエネルギーは天然ガスによる火力発電や洋上の風力発電とかになるらしい。
イギリスが火力発電を止める理由は「イギリスのような先進国が環境に悪い火力発電をやってるなんてメッチャかっこ悪いじゃん?」ということもあるそうです。
さすが世界の一等国。

230_3イヤ~、キレイだな~。240_4ハイ、アッという間にミルトンキーンズに到着。

250_5大して馴染みのない風景だが、ものすごく「帰ってきた~!」という感じ。
慣れというのは恐ろしい。

260_5タクシーでベース・キャンプのホテルに帰ってきた。
再々度チェックインして、預けてあるメインの荷物を受け取る。
ココからまた2泊ほどして日本に帰ったワケなんだけど、最終日にチョイとうれしいことが起こった。
うれしかったから書いちゃう。
それはチェックアウトする時のこと。
今回は3回もお世話になっていたので、応対をしてくれたレセプションの女性とは顔見知りになっていた。
そして、その女性に「いよいよこれで帰ります」とお礼を告げた。
するとその女性が「え?帰るってどちらに?」と訊いてくる。
「東京です。日本」と私が答えると…「エ~、ロンドンじゃないんですか?英語がお上手なのでイギリスに住んでいらっしゃるのかと思っていました!」と言ってくれるじゃないの!
ムリのあるお世辞でもうれしいもんです。
本の数秒間の「ロンドンっ子体験」でした。

270_5部屋に荷物を置いてすぐに出かけた。
いい天気だな~!

290_6この低い雲!

300_5Marshallの前を通り過ぎる。

310_5今日は日曜日なのでお休み。

320_5ン?チョット雲行きが怪しいか?
すると訝しんでいる間もなく…

330_4雨!
オイオイ、さっきの青空から5分と経ってねーぞ!

340_3でもすぐ止むんだな、コレが。

350_3TESCOの駐車場に置いてあった箱。
コレはゴミ箱ではない。
「The Salvation Army(救世軍)」がやっている、不要の服や靴を入れるための箱。
いわゆるリサイクル・ボックス。
コレで集めた衣料を貧しい人たちに分配する。

360_4今、ブレッチリ―の駅へ向かっております。

370_3また降ってきた。

380_4目指すは「Bletchley Park」。
また晴れてきた。

400_5駅のすぐそばのパブ。
帰りに寄ったけどナント、エール売り切れ。ラガーしかないというので帰って来ちゃった。

410_5目指す「ブレッチリ―・パーク」はブレッチリ―駅のチョット奥。

420_4着いた~!
天気も復活。

430_5もちろんコレが有名なのはずいぶん昔から知っていた。
3年前に来た時に入ろうかと思ったんだけど、入場料の高さに驚いて断念。
「やっぱり行っておけばヨカッタ」と後悔の念が激しく、今回いよいよ再訪とあいなった。
イヤ~、思わぬオマケも付いて来てオモシロかったのよ。
ココがナニかと言うと「Park」とはなっているけど、第二次世界大戦中、ドイツの暗号を解読するための秘密基地があったところなの。
それに関する博物館があるのね。
この先はMarshall Blogでレポートしたいと思います。
ココは「ロックの名所」ではないけれど、Marshallの地元の名所ということと、真空管仲間ということがその強引な理由。
お楽しみに!

440_3<Marshall Blogにつづく>
 
(2019年6月16日 イギリス マンチェスター&ブレッチリ―にて撮影)

2020年5月25日 (月)

イギリス紀行2019 その32 ~ マンチェスター vol.8:雨の街を彷徨う

 
チェサム図書館は実に残念だったけど、気を取り直して街を見て歩く。
毎回書いているけど天気が悪い!
もうこうなると晴れる気がしない。
雨がデフォルトだな、ココは。
そんな雨の中にイスを出してナニをやっているのかというと…

10_4クリケットのパブリック・ビューイング。
ナンカ大きな大会が開催されていた。
完全無観客なのはコロナのせいではありません。

20_4「National Football Museum」だっていうから「国立サッカー博物館」。
マンチェスターというと、「ユナイテッド」とか「シティ」とかスゴイ人気なんでしょ?
アタシャもう、見事に興味がないもんで…好きな人にはタマらないんでしょうね。
素通りでゴメンね。

440vトイレに行きたくなってヒョイと入ったのがコレ。
ショッピングセンターかと思ったらさにあらず。30_4ホラ、またハチ!

40_3フォー屋がある。
入り口の係りの黒人が話しかけてきたので尋ねてみた。
「この施設はなんですかい?」
「日本人かい?ココはフード・コートだよ。
何でもあるぞ~!
イタリアン、ブラジリアン、ヴェトナミアン、チャイニーズ…世界の料理が集まってるんだ。
おお!悪いな~。
日本のお店はないんだよ!ガッハッハッハッ!」
だそうです。
例えあったとしても食べないから!

50_5青い袋は可燃ゴミかな?

450 交差点の向かいの商業ビル。
なんかビンテージっぽくていいね~。
何となく大阪の難波へ来た感じがするな。
ハードロックカフェが入ってる。
さっそく行ってみる。

60_4スゲッ!
ナンカ『ブレード・ランナー』を思わせる近未来的な雰囲気。
100_5空気悪し。
今はダレも近寄らないだろうな。

120_4ハードロックカフェあった。

70_6「WITHY PUBLISHING」と壁にある。
この施設は「The Printworks」という名前がついている。
よくわからないんだけど、調べてみるに、ココは新聞社とか出版社が集まっていた一角なんだね。
何でも「Daily Miller」を印刷していたとか…。
それをガポッと屋根をかぶせて一大エンターテイメント・アーケードにしているんだ。

80_4このハードロックカフェにはきっといいメモラビリアが揃ってるんだろう。
とても中に入る元気なし…。
昔はハードロックカフェさんの写真のお仕事をさせてもらっていたのよ。
いまでも仲良くお付き合いさせて頂いています。

90_4いわゆるシネマ・コンプレックってヤツね。

110_5外に出る。
貫禄十分のビル!…と思って写真を撮っておいた。
この「Withy Grove Stores」というお店、地元ではチョイとした謎のお店らしい。
開業が1850年の金庫&家具屋で、その前身は1700年代からココで商売をしていた。
ナニが「謎」かというと、となりの「The Printworks」のように周囲の施設は近代化が進むか、ケバブ屋になっているのに、このビルだけは、長い長い間まったく佇まいを変えず、そもそも商売をしているのかどうか?と、マンチェスターに住む多くに人の「不思議」だったらしい。
それで、実際に電話をかけて調べたヤツがいた。
商売は続いているんだって。
ちなみに「Whity」は地名で「Grove」というのはイギリスでは「並木道」という意味。

130_4裁縫屋さんか…。
お店の「Stitch in Time」というウェブサイトのドメイン名が気になって撮っておいた。
メリー・ポピンズの「Step in Time」のシャレかな?
「Step in time」というのは「調子に合わせて」という意味。

140_5ブラブラ歩いていてこんなの見つけた。

160_4「Barton Arcade」というアーケード。

170_4メッチャすてき!

180_4あのね、イギリスに行ったらどこの都市でもいいから「XXXアーケード」っていうのを見つけたら行ってみるといい。
たいていどこでもステキだから。
ロンドンに限らず地方都市でもアーケードはステキ。
新小岩の「ルミエール商店街」や長野の「権藤商店街」や富山の「総曲輪通り商店街」とはチョット違う。

190_4コレが反対側の入り口。

200_4「The Ape and Apple」というパブ。
「リンゴをかじる類人猿」というのは「堕落」を意味するらしい。
イヤ、それよりもこのパブが面している通り…「ジョン・ダルトン通り」という。

210_3こんなプラークが付いていたので立ち止まったんだけど、「ジョン・ドルトン」って聞いたことあるでしょ?
何回か前の「科学産業博物館」のレポートに出て来た物理学者。
体温計を特注した人ね。
ココでは偉大な化学学者になってる。

230_2それと目に入ったのがこの赤と白のゴミ袋。
さっきは青だったでしょ?
どう分別しているのか気になる。220_3「Virgin」って最近は金融もやってるのね?
2003年からだそうです。
奥に見えるのは例の市庁舎。240_3あ~、ダメだ!
ウェザースプーンでエールを飲もうと思ったけど超満員!

250_4お、こんなのあるのね?

260_4コレは偶然通りかかったので入ってみた。

270_4「マンチェスター市立美術館」
ま、ココもステキなエントランスだこと!

280_4展示室は2階。
もうこのエントランスのホールから展示室みたいなもんだけどね。

290_5ホラ、ウェッジウッド。300_4黒いのカッコいいね。

310_4ツボの上に乗っているのはプロメテウス(確か、コレは英語では「プロミシュース」と発音するのではなかったか?)。
火を盗んで、人間にシェアした廉で鷲に肝臓をついばまれちゃうだよね。
趣味の悪い意匠だナァ。
370v_2ハイ、またハチ。
隣は鯛焼きか?

340_2ココね、チョットおもしろい絵が多かったのよ。

320_3どれもこれもゼンゼン知らない画家の作品だったけど、なんかジックリ見てしまった。

330_3絵って「おお~、ゴッホ~」とか「フェルメール~」とか、「有名な人の作品」なら問答無用で「スゴイ」とか「やっぱいいね~」みたいに思ってしまう向きがあるでしょ?
かく言う私もそうです。
ブランドに弱い。
ヘタすると絵そのものよりも、絵につけられた銘板を見てる時間の方が長かったりして…。

350_2でも、こうしてそういったブランド志向を完全排除して素直に気に入った絵を見て歩くってのはいいもんだ。
コレなんかスゴい迫力だったよ。

355ベン・ハーか、はたまたメッサラか。
白馬だからジュダ・ベン・ハーだね?
ちなみにベン・ハーは「ベン」ではなく「ハー」にアクセントを置くのが正しい発音。

360_3存外にオモシロかった。
 
かつて植草甚一さんがニューヨークに行った時、撮った写真は全部ゴミだった…という話を聞いたことがあったが、わかるような気がするんだよね。
ゴミは生活の鏡だから。
こういう風にゴミ箱が並ぶ光景って日本にないでしょ?
だからこの写真を撮った。
「ゴミ箱」英米で色んな言い方があって、こういうのをイギリスでは「dust bin」という…ハズ。

380vブラブラと歩いてホテルに帰ろう。

385まだまだ出て来るスゴイ建物。
コレは「Boodres」という1798年にリヴァプールで開業した宝石店。
素晴らしいね。

390_4コレもすごい。

400_4イヤ~、今日もたくさん歩いて色々見たな~。
ローマの遺跡やら、博物館やら、美術館やら…とても楽しかった。
朝のピカデリー・ガーデンズが何日も前のことのようだ。

410_4ただいま~。
ホテルに帰って来た。

430_4今晩は豪勢に地下のイタリアン・レストランで夕食。
オッソロしく愛想のいいオバさんが出て来て案内してくれた。

440_2え?…まさかの家庭用エアコン。
建物が極端に古いので地下には空調の設備が施せなかったんだろうね。

450_3こういう時は無難にスパゲティ・ミートソース。
何回か前の回に書いた通り、アルデンテを期待してはダメね。
それとペローニにガーリック・トースト。

460_3ね、柔らかいからフォークでクルクルすると麺がこうして短くなっちゃう。

470_3とはいえ美味しかったです。
海の家のラーメンみたいなもんだ。
チップを置いてさようなら。

480_2アララ!晴れた!
マンチェスターで初めて見る青空!

490ただ今、夜の9時。

500_2うれしかったので外へ出てチョコっと写真を撮って来た。
明日はミルトンキーンズへ帰ります。

510 <つづく>
 
(2019年6月15日 イギリス マンチェスターにて撮影)

 

2020年5月24日 (日)

イギリス紀行2019 その31 ~ マンチェスター vol.7:見逃せない大聖堂

 
今回は博物館の別館をご案内。
改装中なのか、2棟のうち1つは閉まっていた。10_3こっちの展示はデカいものばっかり。

20_3まずは飛行機関連。

30_3

40_2馬車。

50_4

60_3自動車。
コレかっこいいナァ~。

70_4コレもいい。

80_3この辺りのアイテムはゼンゼンわからないので、今日はズラっと写真を並べるだけでご勘弁。

90_3

100_3

110_3こういうの、好きな人にはタマらないんじゃないですか?

120_3

130_3軍用機コーナー。

140_4デカい!

160_3

170_3エンジンの類。

180_3

190_3…とマァ、マンチェスターの「科学産業博物館」はこんな感じ。
タップリ3時間は拝見させてもらいました。
帰り際に「Souvenior Guide」を買った。
博物館や美術館の、「図録」っていうのかな?
要するに「ガイドブック」ね。
アレのことをイギリスでは「スーヴェニア・ガイド」っていうんだけど、最近は値段と内容が折り合うようであれば必ず買うのだ。
コレが記念に一番いい。後でブログを書く時に役立つし。
ココのスーヴェニア・ガイドは£4.0だったかな?
安いだけあってかなり薄手に作ってあるんだけど、大雑把で内容も薄いことこの上なし。

195次に向かったのはコレ。
メッチャ天気悪し。
まだマンチェスターへ来てほとんど青空を見ていない。
それどころか雨がドンドン強くなって来てやがる。
寒いっつーんだよ!

200_3「Manchester Cathedral(マンチェスター大聖堂)」です。
イギリス各地に行ってこういう施設がある場合は必ず訪れるようにしている。
「ナントカ大聖堂」の類ね。

220v_2ホラ、またハチ。

230v_2もちろん入場料は取られないが、館内の写真を撮りたい場合は£1支払う。
寄付の意味合いね。
とてもいいシステムだ。
ココのリーフレットは厚紙で大きくて立派だ。

235vココもナントまぁ美しいことよ!
建造が始まったのは1421年かららしい。
0r4a0755大戦中にはドイツ軍の空襲でかなり大きなダメージを受けたため、ステンドグラスなどは新しいモノなのだそうだ。
戦後、何しろ復旧に20年を要したというんだから相当大きなダメージだったのだろう。
250_3マンチェスターは工業都市だからね、ドイツも徹底的に爆弾を落とした。
300v「古いモノではない」ということを知ると一気に取り扱いが軽くなる悪いクセ。
310_3木製の天井が素晴らしい!
聖堂の天井が高い理由はご存知ね?

260_3目を惹く祭壇のパイプオルガン。

270_3ピッカピカ~。

0r4a0769それもそのはず、2017年に新しくしたばかりなのだ。
製作は「Kenneth Tickel and Company」というノーザンプトンの会社。
かなりの老舗かと思いきや、ナント最初のオルガンをリリースしたのが1982年!
新米だ。

290_3「Stoller Organ」と名付けられているのはNorman Stoller(ノーマン・ストーラー)という人の寄付によって据え付けられたから。
ストーラーさんは1934年生まれのビジネスマンにして慈善家で、MBE、OBE、CBEを拝し、2010年にナイトになっている。
「Norman Stoller Charitable Trust」という慈善団体を組織して、これまで色々な先に5千万ポンドを寄付しているっていうんだからスゴイ。
5千万ポンドって今の情けないポンドの為替レートで計算しても685億円だよ。
そういえばHikakinっていう人、コロナの医療支援として1億円を寄付したんだって?
私は世代が古いので、ユーチューバーなんて職業は全く容認できないけど、大したもんですよ。
もっとウンとホメてあげなきゃ!
そこへ行くと日本の大富豪や政治家の情けないことよ。
「ノブレスオブリージュ」の精神皆無。295コレが操作室…イヤ、鍵盤。

320_2このオルガンのお値段、250万ポンド…3億4千万円也。
案外安いな…そうでもないか!

0r4a0784カッコいい~。

0r4a0783足元のようす。

330_2素晴らしい木工の装飾。
中世の楢材の彫刻。

0r4a0771もっと奥に進む。350もうひとつパイプオルガンが!

0r4a0797ハンフリー・チェサムという、17世紀にやはり織物で大成功を収めた商人の像。
この人もタンマリと寄付をし、病院や図書館を創設したことでその名を残した。

340v_2今度は脇へ移動。

0r4a0777すぐ脇には「Regiment Chapel(レジメント・チャペル)」という礼拝堂がある。
ココもすごい雰囲気だ。

0r4a0773よくお寺でこういう窓を見かけるでしょう?
コレは実際の日本のどこかのお寺の窓の写真。
こういうのは「火灯窓」とか「源氏窓」とかいうらしい。
上の部分が「火」の形を模しているのだそうだ。
だから「火窓」だ。

12fw そして、教会やこうした聖堂のステンド・グラスの形ってこうなってるでしょ?
コレ「Fire Window」すなわち「火窓」って言うんだって。

0r4a0778今度は本堂(?)の反対側の脇。
ココは「Jesus Chapel」という礼拝堂。
カフェになってた。

0r4a0765…と、ココも見ごたえタップリでした~。

380_3外へ出て見ると相変わらず天気悪し!
すると、どこからか雄々しい歌声が…。

390_3ナンカのスポーツのチーム?
大騒ぎしながら行進していた。

400_3街中へ戻ろう。

410_3ハーフティンバーのステキな建物が並ぶ「Exchange Square(エクスチェンジ・スクエア)」。
パブがゴチョゴチョあるようだっただったが入らなかった。

420_3次の目的地はココ。
470_2「Chetam's Library(チェサム図書館)」だ。
「チェサム」というのは「マンチェスター大聖堂」のところで出て来たハンフリー・チェサムのこと。
「チェサムの寄付で作られた図書館」というのがまさにコレ。
イギリスで一番古い図書館。
1653年だって。
日本だといつぐらいかと言うと、4代将軍徳川家綱のころだからいい加減古い。
指定建造物の「最高に重要な建造物」の「Grade I」で「世界遺産」。
「イギリスで一番古い」だけでなく「英語圏の国で一番古い」とされているらしい。
じゃ、「世界で一番古い図書館」はどこか?
調べてみると、モロッコのフェズにある、現存する世界最古の大学である「カラウィーイーン大学」の図書館で、オープンが859年だって。
カラウィーイーンはアラビア語で「جامعة القرويين‎」、ベルベル語で「ⵜⵉⵎⵣⴳⵉⴷⴰ ⵏ ⵍⵇⴰⵕⴰⵡⵉⵢⵢⵉⵏ」だそうだ。
でも、これはパブリックではなくて、公に解放されたのは4年前のことだそうだ。
そこへ行くとチェサムは最初からパブリックだったから「世界最古の無料の公の図書館」ということではチェサム図書館が優勝するのかも知れない。

480vチェサムの病院や音楽学校も併設されている。
さっそく入ってみよう!
楽しみ~!

11_img_0409_2 クソ!休みだったわ…。
ココ、平日しか入れないので要注意。
しばらく見ていたら楽器を抱えた子供たちが数人出たり入ったりしていた。

11_img_0412

<つづく>
 
(2019年6月15日 イギリス マンチェスターにて撮影)

2020年5月23日 (土)

イギリス紀行2019 その30 ~ マンチェスター vol.6:線路はつづくよ、この地から

 
コレは前回のレポートの舞台となっていた建物の外観。

10_2博物館はド~ンと奥の方まで続いている。
地面に埋め込まれた線路に沿って歩いて行く。

20_2もちろんコレは飾りでも何でもなく実際に使われていた線路。

40vココを汽車が行き来していた。

50_3そしてたどり着いたのがコレ。
世界で最初に2都市間を結んだ鉄道路線「リヴァプール・アンド・マンチェスター鉄道」が1930年に開業したことは前回の記事の冒頭に書いた。
そこで下の写真…「1830 STATION」とあるように、コレはその時の駅そのもの。
「世界最古」の駅だから「世界最初」の駅。
ロンドンにある駅の方が古そうな感じがするけどそうではない。
ロンドンで一番古い駅は「Deptford(デトフォード)」というグリニッチの方にある駅で開業が1836年。
ロンドンの中心では「ロンドン・ブリッジ」駅が一番古くてデトフォード駅におくれつこと数が月、同じ1836年の開業だ。
60_2つまり、ココって「明治村」のようにどこか他の場所から移設したのではなく、反対にこの駅が元からあった場所に博物館を作っちゃったワケよ。

80_2線路の脇には倉庫がズラリと並んでいて、原材料、燃料、製品等、ココで荷物を捌いていた。

70_3しかし、駅の形なんてモノは200年経ってもそうは変わらないもんですな。
コレより他にやりようがないもんね。90_2ホームと同じ階にある1等車の乗客のための待合室。
キレイに改装はしてあるものの、暖炉等、当時の設備がそのまま残っている。
当時、汽車は3時間おきに出ていて、発車の時刻まで金持ちの商人、政治家、有名な役者たちはココでくつろいだとさ。

100_2下の階に行ってみよう。

11_0r4a0579 階段を降りたところはチケット・カウンター。
ただし、ココでチケットを買えるのは1等車のお客さんだけ。
チケットを買ったら1等車のお客さんはココで荷物を預けてさっきの上の階の待合室に入って汽車を待つ。

110_2ココは2等車のお客さん用のチケットカウンターがあったところ。
当時はココに階段があってホームに上がれるようになっていた。
カウンター・デスクは取り払われ、キレイなギャラリーになっているけど、昔は汚かったんじゃなかろうか。2等だから。

120_2我々は生まれた時から車や電車があって、乗り物に乗って驚くなんて経験はほとんどないでしょ?
せいぜい子供の時ぐらい。
ところが、当時の人たちは、馬が引っ張る以外の乗り物に乗るのは超レアな体験で、蒸気機関の動く音や、猛烈な向かい風、強烈な揺れ、どれもが想像を絶するショッキングな出来事だったらしい。
何せ日本ではまだ寛政年間だからね。
だから、汽車という乗り物にどうやって乗るか…なんてことも知っている人もいなかった。
そこで活躍したのがこの鐘。
コレはリヴァプール・ロード駅で使われていたオリジナル。
カンカンとコレを鳴らして乗客を列車内に誘導した。

130_2駅で使われていた日時計(sundial)。 
「時は金なり」で、この鉄道が開業したおかげで商人たちはマンチェスターとリヴァプールの間を日帰りで往復できるようになり、一層商売に拍車がかかったのだそうだ。

150ところがこの日時計、場所によって時刻にズレが出てしまうため、乗客たちには大変不便だった。
マンチェスターでは3時ちょうどなのにリヴァプールでは3時5分だとか…。
そこで鉄道会社は「スタンダード・タイム」というモノを設けて駅ごとに日時計を設置した。
コレは1833年製のマンチェスター用の日時計…ということだと思う。
いずれにしても、この日時計の使用は実用的ではなく、長続きはしなかった。11_0r4a0603 この絵の説明によると、「火薬と人力でリヴァプールの町の下に2kmのトンネルを掘った」っていうんだよね。
いわゆる「手堀り」という原始的な工法。
トンネル工事というのは「水との戦い」だから、地盤が岩盤のイギリスではトンネル工事がし易かったのかもしれないけど、コレはロンドンの地下鉄の33年も前だからね。
にわかには信じがたいわ。

140_2駅舎の下。

160_2積み荷の移動に使用したのか立派な通路が設けられていた。

11_0r4a0612 駅が大きすぎるのか、展示物が不足しているのか、こんな何にもない部屋もあったな。

180_2ココから隣の展示施設に移動。

190_2このエリアは放送やオーディオや映像関係の機器の歴史を展示していた。
230vコレは1928年、オランダのフィリップス社製の真空管ラジオ。

200_2このあたりはBBCの機材。
後の「BBC GMR」は「BBC Greater Manchester Radio」の略。
カッコいいね、このマイク。

210_2オープン・リールのテープレコーダーなんて久しく見ていないな。
高校の時、ギターのコピーをするために古いデッキを買ったことがあった。
普通にレコードを録音して、回転を遅くして再生するとオクターブ下でユックリ再生してくれるワケ。
確かそれでScorpionsの「The Sales of Charon」をコピーしたわ…ほとんどできなかったけど。
ディメオラはすごくコピーしやすかった。
遅い回転でも音の粒立ちがハッキリして聴こえるのね。
反対にTempestの「Foyers of Fun」にトライしたけどホールズワースは全く聞き取れなかった。

220_2テレビ関連のアイテム。

240電話関連。
260_2電話を発明したのはグラハム・ベルじゃん?
さて、どこの国の人でしょう?
答えは「スコットランド」。
訊いたことはないけど、イングランドの人に尋ねたら「UK」って言うかも知れないけど、スコティッシュに訊いたら間違いなく「スコットランド」って答えるハズ。
もちろん我々は「イギリス」っていう認識でOK。

250_2電話のポール。
今は田舎に行かない限り、イギリスで電柱や電線を見かけることはないが、昔はこんなのを使っていたんだね。
電信柱は電線網を作るのに最も安価な方法だ。
日本は地震があるから電線を地中に埋めることができない。災害時の復旧にも電柱を使用しておくのが一番有利なのだとか…。

11_0r4a0630カメラ関連。

270_2「Muirhead-Jarvis Photo Transformer」という機械。
1950年ごろのモノ。
写真を送受信する機械。
ファックスみたいなモノか。
そんなモノが1950年からあったんだ…どういう仕組みになっていたんだろう?
主に新聞社で使われたようだ。11_0r4a0637 コレは印刷機のコレクション。

280_2昔の印刷機の類ってデザインがカッコいいんだよね。

11_0r4a0651 いかにも「マシン」という感じがする。

11_0r4a0647 活版印刷を発明したグーテンベルグなんてね、「印刷」と言えばドイツだけど、文学の国イギリスも負けちゃいない。
印刷技術の歴史は聖書普及の歴史だ。

290_2エジソンの蝋管式蓄音機。
「National Phonograph Company」というエジソンがらみのアメリカの会社の1905年あたりの製品。
この小型の蓄音機は家庭用としてよく売れたのだそうだ。300_3SPレコードが出来る前の録音媒体はこの蝋管だった。
コレは何も音溝が入っていない生蝋管。
パッケージがカッコいい。

310_2「Dictapnone(ディクタフォン)」のコレクション。
ディクタフォンはエジソンの蝋管蓄音機の系統の今でいうヴォイスレコーダー。

320v昔はこんなにデカかった。

330vテープレコーダーが出て来る前の話。
この「Stenorete」というドイツ製のディクタフォンは、1950年代にとても人気のある機種だったんだそうです。

11_0r4a0665 1955年頃に生産されたディクタフォン。
これにスタンドとケースが付いていた。

340コレはピアノ線を録音媒体にした「ワイヤー・レコーダー」と呼ばれるモノ。
やはり1950年の製品。
ワイヤー・レコーダーが活躍した期間は第二次世界大戦後から1952年までそう長くはなかった。

11_0r4a0668 いよいよ登場したテープレコーダー。

350v_2ヘッドだのピンチローラーだの、今と仕組みは変わらない…というか、今はもうないか!360そして、1888年にドイツのエミール・ベルリナーという人が「Gramophone(グラモフォン)」と呼ばれる円盤型蓄音機、すなわちレコード・プレイヤーを発明すると一気に音楽が一般大衆の間に浸透していった。
1913年にはイギリスの1/3の家庭にグラモフォンがあったというのだからその勢いが窺い知れる。

370v「グラモフォン」というクラシックのレーベルがあるでしょう?
こういう黄色いタイトルがついたジャケットが目印のドイツのレーベル。
下は下北沢の古本屋で買った私のクラシックの愛聴盤のひとつ、ピエール・ブーレーズ指揮のバルトークの「管弦楽のための協奏曲」と「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」のカップリング盤。
すでに同じ曲が入ったCDを2枚ほど持っていたんだけど、どうしてもこのジャケットのヤツが欲しくて買った。
100円だったし。
このグラモフォンを1898年に創設したのがエミール・ベルリナー。

Gra_bar「グラミー賞」という名前もグラモフォンから来ている。
記念のトロフィはこんなヤツでしょ?
この上に乗っかっているのが「グラモフォン」。

Gaそれと上のパネルの下の写真は、おお~!
ストックポートの「ストロベリー・スタジオ」ではありませんか!
やっぱり「ロンドンから遠く離れた本格的なレコーディング・スタジオ」と紹介されている。
ストロベリー・スタジオ体験記はコチラ
  ↓   ↓   ↓
【Marshall Blog:イギリスロック名所めぐり】10ccに会いに行く <前編>
 
【Marshall Blog:イギリスロック名所めぐり】10ccに会いに行く <後編>

380_2プレイヤーや…

390_2テープレコーダー等のオーディオ機器がゾロゾロと展示されていた。

400_2この辺になるとナンの違和感もないわ。
当たり前すぎて懐かしいとか、珍しいとかいう感情が湧いてこない。

410_2場所が変わって、コレは除雪のツール。

420_2コレにてこっち側は終わり。
あ~、ジックリ見た。
オモシロかった~。
次回はお隣の大きな展示物のコーナーをご紹介。

430_2<つづく>
 
(2019年6月15日 イギリス マンチェスターにて撮影)

2020年5月22日 (金)

イギリス紀行2019 その29 ~ マンチェスター vol.5:「世界最初のXXX」

 
さて、やって来ました「Science+Industry Museum(科学産業博物館)」。
1969年に開設された「North Western Museum of Science and Industry」を母体に現在の形になったのは1983年というから決して古いモノではない。

10入り口前の歩道に記されたEUの選挙のお知らせ。
これからどうなるんだろうね~。

450 博物館の前の光景。
左側の建物も博物館の一部。元々コレがメインだったのかな?
この辺りだと、どこからでもビーチャム・タワーが見える。30コチラの施設には大きなアイテムを展示していた。
後でまた来る。

40入場無料。

20館内に入っていきなり目に飛び込んでくるのは古式ゆかしい蒸気機関車。50_2「Rocket」号なる世界で最初の旅客用鉄道、「Liverpool and Manchester Railway(リバプール・アンド・マンチェスター鉄道)」を走った蒸気機関車。
また、この路線はこれまた世界で最初に2つの都市を結んだ鉄道路線で、以降世界中がこの路線をお手本とした。
そして、このロケット号、D51(デゴイチしか知らない)どころか、この後に作られたすべての蒸気機関車の仕組みが基本的にコレと同じだっていうんだからスゴイ。
最初から完成していたんだね。
もちろん設計は有名なロバート・スチーブンソン。
フム、スチーブンソンはノーザンバーランドの出身なのか…ニューカッスルの近く。
1930年9月15日、ロケット号がデビューする日、ひと目その動く姿を見ようと黒山の人だかりができたそうだ。
それもそのはず…今の我々は何とも思わないが、この当時の人は、人か馬以外の動力で動くモノを見たことがなかったっていうんだから。
メッチャ盛り上がったらしい。

60鉄道の名称通り、リバプールの港とマンチェスターの工業地帯の間、約50kmを片道4時間半かけて行き来し、旅客の他、原料や製品を流通させた。

70_2「ロケット号」が作られたのは1829年。
おかしいと思わない?
蒸気機関車だってなかった時代、「ロケット」なんて想像すらできない時代でしょう。
それなのに「ロケット号」だなんて。
我々は「ロケット」というとすぐにアポロとかソユーズみたいなヤツを想像するけど、言葉として「rocket」というのは「火矢」とか「打ち上げ花火」という意味があるようだ。
だからこの「ロケット」は空を飛ぶヤツではない。
すると「ロケット花火」というのは「打ち上げ花火花火」ということになるのか。

80リムとフレームが木で出来てる!

90大分前に「SLブーム」なんてのがあったよね。
今でも人気なのかな?
私は全く興味がないんだけど、こういう原始的なモノを間近で見ると何とも言えない迫力と魅力を感じるね。
このシリンダー!
ナンカいいじゃない?

100運転席…イヤ、操縦スペースには席も囲いもなかった。
いくら石炭がすぐそばで燃えているにせよ、またスピードは45km/hしか出せなかったにせよ、風を切って冬のイギリスを走るのは大変だったろうナァ。

110上にロケット号のお披露目が1930年の9月と記したが、それに先立つこと11ヶ月。
マージ―・サイドの「レインヒル」というところで「Rainhill Trial(レインヒル・トライアル)」なる機関車のコンペが開催された。
実は、初めからロケット号がリバプール・マンチェスター線を走ることが決まっていたワケではなく、そのコンペで他の機関車と性能で勝負して競り勝ったんだね。
コンペに出走した機関車は5台。
中には機関車の中に入っている馬がベルトの上を走って動かしているヤツとか、部品が途中でスッ飛んでいるヤツとかで、まさに「チキチキマシン猛レース」状態!
ロケット号と同じスピードを出した機関車もあったが途中で壊れて棄権。
結果、ロケット号が見事勝ち抜き、世界で最初に2都市間を走った蒸気機関車となったとさ。
 
下はそのコンペに時にレールの上に置いて機関車に潰させたコイン。
コラコラ!そんなことしちゃイカンぞ!ナンでそんなことしたんだ?…と思ったら記念だそうです。
いいアイデアだ!
昔コレを総武線の新小岩でやったヤツがいて、こっぴどく叱られていた。私ではありません。120コレはお定まりの記念コイン。
イギリスはコイン鋳造の技術に優れていて、ユーロのコインもイギリスで作っていると聞いたことがある。
そのせいか、何かというとすぐコインを作って記念しちゃう。
金貨の図柄はロケット号。
銀貨の方のオジちゃんはジョージ・スチーブンソン。「鉄道の父」と呼ばれたロバートのお父さん。

130オープ二ング・セレモニーの招待状。
青いカードはVIP様向け。
汽車を飾った旗と同じ色だったのだそうだ。
VIPの中には前回紹介した、時の総理大臣、ウェリントン公爵も含まれていた。
で、リバプール選出のウィリアム・ハスキソンという代議士がウェリントン首相に挨拶しようと汽車から降りた時に反対側から来た汽車に轢かれて片足を切断、そして死亡。
コレが世界で最初の鉄道の事故になったそうだ…って世界で最初に走った汽車の事故なんだからそりゃ当たり前だわな。140『きかんしゃトーマス』にはこのロケット号をモデルにしたキャラクターが出て来るんだってね。
名前は「スチーブンソン」だそうです。11_syephen目を惹く近未来的なオブジェ。

150vLEDディスプレイがたくさんくっついてる。

160イギリスを代表する科学者たち。
ナニせ「世界最初のXXX」が多い国だからね。

180Marshall Blogによく出て来るアラン・チューリングは科学者ではないけれど、コンピューターの基礎を作ったよ。

190そこら中にビンテージ感あふれるマシンが展示してある。
「マンチェスター」というと多くの人はまず「サッカー」が思い浮かぶらしいね。
ロックファンならOasisだのJoy DivisionだのThe Smithだの。
私は全く両方とも興味がなくて、やっぱり「産業革命(Industrial Revolution)」かな。
恐らく高校の世界史の授業で教わったんだろうけど、カケラも記憶にない「産業革命」。
確か人間がやっていた仕事を機械化することで爆発的に工業化が進んだ…とかいうヤツ。
せっかくそのルーツであるマンチェスターへ行ったので少し勉強してみたらコレがメチャクチャ面白い!
ああ、若い頃に何でももっと勉強しておけばヨカッタ!
 
博物館にはその当時の機械がゾロゾロと展示してある。
こういう古いモノってのはいいもんだね。
見て回るだけでも十分に楽しい。
「古いヤツほど古いモノを欲しがるものでござんす」なのだ…今の人たちはこんなの知らないか。

200チョット簡単におさらいしておくと、上に書いた通り、それまで家の中で手作業でやっていた仕事を機械こなすことによって人々は工場で働くことになったんだね。
イギリス人って、割合「とりあえずやってみよう!」とか「コレがダメならこうしてみよう」みたいなチェレンジ精神が旺盛で、この工業化には「世界発の」というたくさんの発明があった。
そもそも原爆だって元はチャーチルだからね。核の開発に関してはアメリカはゼンゼン甘ちゃんでイギリス人の科学者がいなかったら原爆を作ることはできなかった。
確かにイギリス人と仕事をしているとそういう気風を感じる時がある。

11_0r4a0441で、産業革命の背景はと言うと、イギリス派世界中に植民地を持っていたでしょ?
それを使って「三角貿易」という商売をやっていた。
「東インド会社(East India Company)」なんて懐かしいね。
この商売の仕組みは、イギリスからアフリカに武器や雑貨を持って行って、そこで黒人を船に積んでアメリカに運ぶ。
アメリカからは当時ヨーロッパでは貴重品だった砂糖、他にタバコや綿花を運ぶ。
アフリカに銃が行きわたるとイギリスは売るものがなくなり、今度は植民地であるインドから綿織物を買って、それをアフリカに転売して商売を続けたがちっとも儲からなくなってしまった。
そりゃそうだ。
商売の原資となった綿織物をインドから買わなきゃならないワケだから。インドはコレでボロ儲け。
それじゃつまらん!それなら綿織物を自分のところで作ればいいじゃんか!となったんだね。
それではナンでそれがマンチェスターだったか…。
ひとつには奴隷貿易港であったリヴァプールが近かったこと。
もうひとつは、産業革命の前に起こった農業革命という動きで、農作地を負われた農民があぶれていて、労働力が余っていたからなのだそうだ。
ちなみにこの貿易は「太西洋三角貿易」と呼ばれていて、もうひとつ「アジア三角貿易」というイギリス、インド、中国(当時は清)のバージョンがあった。
コレがアヘン戦争、アロー戦争のベースだね。
イギリスってのはホントにヒドイことばっかりして来たんだよ。
イヤ、イギリスだけじゃなく、欧州列強ってのは全くヒドかった。

11_0r4a0440真空管なんかもそうなんだけど、こういう前時代的なモノっていうのはいいね。
「洗練されたデザイン」の近代的なモノもカッコいいっちゃカッコいいけど、この重厚なルックスにはどう逆立ちしてもかなうまい。
210100年にもわたって栄華を誇ったマンチェスターの綿工業は1945年には廃れてしまう。
それと同じころに世界で最初にマンチェスターに出現したのがファイバーグラス。
コレはそのファイバーグラスを生産する機械。
この繊維がコンコルドの先っちょに使われたのだそうだ。

11_0r4a0447こういう小物もゴロゴロ展示されている。
コレは1870年ごろにジョン・ベンジャミン・ダンサーという人が発明した「ダンサー分光器」というモノ。
真鍮製の筒の真ん中についてついているモノはプリズムで、燃えている物体をコレで除くとその物体の組成がわかるらしい。

220この細長い紙きれは「ビーヴァース・リプソン・ストリップス」という。
何でもコレがX線解析の計算を簡単にしたのだとか。
コレを使って大きな成果を上げたのがフランシス・クリック、ジェイムズ・ワトソン、ロザリンド・フランクリンという人たち。
ナニをしたかというと、DNAの「二重らせん構造」を発見したんだと…コレで?
このことによってワトソンとクリックは1962年にノーベル生理学医学賞を獲得した。230コレは温度計。1820年ごろのモノ。
ジョン・ドルトンという物理学者の特注で作られた。
この人は先天性の色覚異常で、自分でそのことを発見したことにより、「先天性色盲」のことを英語で時として「Daltonism(ドルトニズム)」と言うそうだ。
それぐらい巧妙な学者だったらしい。

240v繊維のコーナー。
さすがにココは充実していた。
紡績だの、機織りだのなんてことは全く興味がなかったけど、この博物館を見てスッカリこのあたりのことに染まってしまった…繊維だけに。

250そもそも「紡績」なんて言葉すらついぞ口にしたことがないじゃん?
ま、繊維に関係している言葉であることはわかっているけど、正確な意味なんて知る必要もなかった。
コレ、受験をする人は世界史と日本史で学ぶんだろうけど…私は勉強していませんから知らなんだ。
「紡績」とは糸を紡ぐこと…コレはわかる。
でも「紡ぐ」ってどういうことだ?となる。
そこで、Shige Blog式にやるとココで出て来るのが黒澤明。
シェイクスピアの『マクベス』を原作にした1957年の『蜘蛛巣城』。

Kj 三船敏郎扮する鷲津武時と千秋実演ずる三木義明が合戦の帰り(だったかな?)、道に迷って森の中で出くわすのが小さな庵。
その中を覗き込むと薄気味悪い婆さんがクルクルと輪っかを回している。
『マクベス』で言えば「きれいは穢い、穢いはきれい」の3人の魔女だ。
この婆さんが実は妖怪で、武時が「いずれ一番大きな城の主となる」ことを予言する。
それを聞いた悪妻の浅茅が武時をたきつけ、次々と悪事に手を染め、やがては身を滅ぼす。
浅茅、つまりレディ・マクベスを演ずる山田五十鈴がいいんだわ~。
 
この妖怪の婆さんが庵の中で何をしているのかというと…糸を紡いでいるんだね。
つまり、糸を作っているところ。
このシーン、黒澤さんの仕事にしては、リアリティにかけていることになる。
どこが変かというと、まず左手に糸の原材料である綿を持っていない。
したがって、綿を撚って(よって)いない。
結果的に、糸が作られていない。
きっとこの婆さんは「妖怪の仮の姿」だから黒澤さんはワザとこうしたのであろう。
…とカッコつけて思ってみたけど、コレは絹糸か?

それにしても、綿をネジネジして引っ張ると糸になるんですってね~。
恥ずかしながら私はコレを知らなかった。
この輪っかをクルクルする作業は、毛糸を丸めるように、糸がはじめからあって、輪っかを回すことによってそれを糸巻に巻き付けているのかと思っていたのだ。
ちなみに「紡績」は綿から糸を作ること。
一方、「製糸」は蚕の繭から糸をつくることね。Mfさて、テキスタイル関連の展示室に入る。

260何時間かに1回、紡績教室が開講される。

270ね、お姉さんがお客さんに渡しているのは「綿」。
イギリスの人の衣料は、綿素材が作られる前はほとんどウールで、他の素材と言えば麻ぐらいだった。
下着まで身に付けるモノは全部純毛。
さっき出て来た三角貿易で、アフリカにこのウールを売れば話は簡単だったんだけど、さすがに全く売れなかった…それでインドから綿織物を買うことになったんだね。
ところで、いくらイギリスの緯度が高いと言っても夏は気温が高くなるからね。
夏場に毛織物じゃいくら通気性がよくてもモ~暑くて暑くて大変だったらしい。
オマケに向こうの人は日本人と違って滅多に風呂に入らなかったので、その体臭たるや凄まじかった。
だからフランスあたりでは香水が発達したりもしたんだろうけどね…ということは、やっぱり向こうの人も臭いことを自覚していたということだね。
そこへ行くと日本人はスゴイよ。
江戸の町人なんて一日4、5回風呂に入ることも珍しくなかったっていうんだから。

280実際に紡績機を稼働させて係のオジさんがそのようすを説明してくれる。
もう機械が回り出したら「ギョインギョイン」っというノイズで英語なんかナニも聞き取れん!
もちろん電気で動かしているワケだが、昔は蒸気だったんだね。
0r4a0463蒸気機関というのはトマス・ニューコメンというイギリス人の発明家が産業革命より前に発明していた。
蒸気機関は、ストーブの上のヤカンのフタのような「上下の動き」の仕事は得意だったが、「回転」系の仕事ができなかったんだけど、それを克服したのがジェイムス・ワットだったんだね。今の£50札のオジさん。
この辺りが産業革命を実現させた文字通りの「原動力」となった。
最初に出て来たロケット号も蒸気の力を借りた機関車に原材料と製品を載せてセッセとマンチェスターとリヴァプールの間を行き来していたワケだ。

11_tails_2 ワットの発明により、紡績の仕事が飛躍的に効率化された。
蒸気の前は動力に何を使っていたと思う?
「水」ね。
水車を使って動力を確保していた。
水の前は「人力」。

0r4a0481その人力の時代にものすごい発明があった。
それは、前回の記事のパブのところに掲載した写真に出ている。
「機織り機のパーツかなんか」という説明を添えたが、アータ…コレってとんでもないモノだった!
げに知らないというのは恐ろしい。
最も機織りのことなんか「鶴の恩返し」じゃあるまいし、知ってるワケがないさね。
11_img_0270下のヤツがナニかおわかりになりますか?
コレは「飛び杼(とびひ)」と言って、英語では「Flying Shuttle(フライング・シャトル)」と言う。
繊維というモノはタテの糸とヨコの糸を格子状にして編まれているでしょ?
手順としては上下にタテの糸を別々に張っておいて、その間を縫うようにしてヨコ糸を通す。
そのヨコ糸を通す作業が厄介で、糸が引っ掛かったりしてメンドクサイ上に、大きな布地を作る時などは2人がかりでこの作業をやらなければならなかった。
そして、ジョン・ケイという人が発明したのがこの「飛び杼」。
「ジョン・ケイ」なんて言うと「Steppen Wolf」を思い出しちゃうけど、この「飛び杼」が文字通り「ワイルド」な発明だったワケ。
この船のような形をした木片にヨコ糸のボビンを入れておいてピューっと上下のタテ糸の間に放り込む。
するとヨコ糸は飛び杼の勢いと重みで瞬時にして反対側に到達するというワケ。
ま、知らない人はこの説明でわかるワケないと思うけど、とにかく当時は想像を絶する大発明で、飛び杼の出現によって作業の速度が4倍になったという。
何がしかの動力を使わないでそれだけの成果を出したんだからスゴイ。
そこで「しめた!コイツでひと山当ててやれ!」と思ったのが当のジョン・ケイ。
瞬く間に飛び杼は普及したが、ジョン・ケイの商売はうまくいかなかった。
あまりにも大きな進歩を実現させてしまったため、たくさんの織り工が仕事を失ってしまい、大きな反感を買ってしまったのだ。
そして、晩年は不遇な暮らしを送ったという。
しかし、この飛び杼の発明は産業革命の一端を担ったと言われているそうだ。
あ~、偶然とはいえ見ておいてヨカッタ。
博物館にもあったんだろうけどね。

11_2img_0270他にも綿を加工して紡績工程に送る機械他…

290どれもがピッカピカの状態で保存されている…というか、現役で使えるんだと思う。

310機織り機もスゴイ迫力。

360v編み込みパターンのパンチカード。
原始的だ~。
しかし、18世紀には世界の最新鋭だったんだから。

370こうした工業化によって家でやっていた仕事は工場へと移動し、規模が拡大するにつれて人手が必要となった結果、子供たちも工場に駆り出されるようになった。

380もちろんこうした工場で働かなければならないのは貧しい家の子で、口減らしの意味もあって、貧乏な家庭が9~10歳の子供を工場に売ってしまうことも珍しくなかった。
「あゝ野麦峠」とおんなじよ。
イギリスの場合、その仲介をしたのが教会の牧師だったっていうんだから驚く。
オイオイ、吉原に出入りしている女衒じゃねーんだぞ!…と言いたくもなるが、恐らくコレも理屈としては「人助け」の慈悲の心によるところだったんだろうな。
気の毒なのは子供たち。
学校にも行かせてもらえず、わずかな食料と10時間以上の労働で皆健康を害してしまった。
しかも…
400当然、工場の中は大量の機械が発するケタ違いの騒音が充満していた。
それで工員たちはみんな難聴になってしまったそうだ。
下のサキソフォンみたいなヤツは「Brass ear trumpet」と名付けられたアコースティック補聴器。
そんな騒音環境だからとなりの人がしゃべっていることすら聞こえないため、白い部分を耳に入れて、ラッパの部分で集音して使う。
聴診器みたいなモノだから、ただでさえヤカマシイところでこんなモノを使えば耳が余計に悪くなるにキマってる。
320騒音だけでなく、場内は綿ボコリが嵐のように吹きすさんでいて、容赦なく従業員の肺を攻撃した。
セキやぜん息に苦しめられた従業員たちへの治療は怪しい薬だけ。
下はその薬が入っていたビン。
いかにもチープでいい加減そうな薬が入っていそうなルックスだ。330ランカシャー地方の綿工業の従事者の半分以上は女性だった。
下のウールのショールはその女性労働者が通勤時に身に付けていたモノ。
寒かったんろうな~。
当時はまだ「女性は家にいるもの」という時代であったが、女性たちは働きたがった。
そして、家族はそのお母さんの稼ぎを大いに頼りにしていたのだそうだ。340v1870年頃の子供用の木靴。
この木靴を所有していたのは子供でもその親でもなく、子供が通う学校だった。
当時のマンチェスターは子供に靴を買ってやるほどの経済的余裕がなく、学校が貸し出していたのだ。
工場の賃金は低い上に、操業が安定していなかった。
原材料の綿の入荷が滞ったり、売り上げが減って在庫がダブつくとすぐに工場は操業を停止し、従業員たちは職場を失った。
当然、給料をもらうアテもなく、食べ物を買うのが精一杯で、子供に靴を買ってやることが出来なかったのだ。

350v次のコーナーへと進む。
ジョセフ・ホイットワースという19世紀の技術者の工作機。
この人は「BSW(British Standard Whitworth)」という世界初のネジの規格を作ったのだそうです。

410ホイットワースは銃やら大砲やら兵器の開発でもよく知られているそうだ。
アラ~、この人、ストックポートの出身だわ。10ccと同じ。

420最初の方に書いた通り、「世界最初のXXX」というと、もうイギリスの独壇場だわな。
エジンバラの博物館に行っても、スコットランド出身者による「世界最初」自慢ばっかりよ。
ココはチョットしたコンピューター・コーナー。

430ハイ、さっそく出ました。
「1948年、マンチェスターは世界最初の近代コンピューターの開発競争で優勝しました」
また「世界最初」。
展示は「Baby」とアダ名されたその優勝したコンピューターのレプリカ。
実際の「Baby」のパーツ使われているそうだ。
460この真空管で「モダン」ですからね。
いい時代です。
「Baby」には500本の真空管が使われていた。440日本では「ウイリアムス管」と呼ばれる真空管。
正式には開発者の名前を採って「Williams-Kiburn Tube」という。真空管というよりブラウン管なのか…。
コレは「Baby」のメモリーの回路に使われたそう。

450別棟に移動する。
科学博物館にありがちな「体験コーナー」。

470子供たちが喜ぶところね。

480ギアの力を使って車を持ち上げてみよう!…みたいな。
私は座ってここのWi-Fiを利用してメールのチェック+休憩。
博物館見学はまだ続く。

500<つづく>
 
(2019年6月15日 イギリス マンチェスターにて撮影)

2020年5月12日 (火)

イギリス紀行2019 その28 ~ マンチェスター vol.4:「ウェリントン・ブーツ」と「セント・ジョージ & ザ・ドラゴン」

 

ホテルは素泊まりなので、チョット早めに部屋を出て朝食を摂りがてらホテルの周辺を歩いてみた。
 
部屋の窓から見えていた立派な建物は裁判所だった。
1871年の竣工だそう。A10_2すぐそばにカナルが通っていた。

A20ホラ、こんなところにもロック(Lock=閘門)。

A30船は見当たらなかったが、水門を動かして水量の調節をしていた。

A40水門の向こうとこっちではこんなに水位が違う。

A50そのカナルの脇にはLGBTの皆さんのためのクラブが。
調べてみると、「ゲイ・ヴィレッジ」という触れ込みだった。
ゲイ=同性愛の人が集まる地域のことを「ゲイ・ヴィレッジ」っていうのか…あ、だからアレって「ヴィレッジ・ピープル」だったのね?今知ったわ。
ひと晩じゅうココで騒いでいたんでしょうね。
「ああ~、よく呑んだ。昨日は楽しかったナァ」とやっていたのかどうかは知らないが、早朝から店の前でグデ~っとしてる人たちがいたよ。

A60_2この日も朝からPRET。
ハムとチーズを挟んで焼いたパン。
おいしいんだけど、私にはしょっぱすぎるんだよナァ。
それとジャム入りのクロワッサン…コレがおいしい。
コーヒーを付けて、マァ1,000円ってとこか。

A70この日は行くところがキマってたの。
前日は半日の間街をブラブラして、ホテルから歩いて行ける範囲の主だったエリアを把握していたので今日ス~イスイのハズ。

80_2まずはすぐ近くのこの「ピカデリー・ガーデンズ」というところを通り抜ける。
100_2ホテルのあるポートランド・ストリートから入ってすぐ目につくのがこの像。
ワーテルローの戦いでナポレオンをやっつけたアーサー・ウェルズリー初代ウエリントン公爵。
ニックネームは「アイアン・デューク」。
ヘビメタの皆さん、新しいバンドの名前にいかが?

ところで、『コレを英語で言えますか?』みたいな本がよくあるでしょう?
そうなんだよね、普段から身の回りにあるんだけど、英語で言えそうで言えないモノってものすごくたくさんあるよね。
例えば「ガム・テープ」。
アメリカではどう言うのかは知らないけど、イギリス人はアレを「ガッファ・テープ」と呼ぶ。
「ガム・テープ」では絶対に通じない。
じゃ「輪ゴム」は?
「エラスティック・バンド」という。
コレはジム・マーシャルがフランクフルトの展示会のサイン会でクルクル巻いたポスターを留める時によく口にしていたので自然に覚えた。
ちなみに向こうの輪ゴムってとても質が悪くて、チョット伸ばし過ぎただけですぐにプツンと切れちゃうんだぜ。
さて、本題。
「ゴム長」ってイギリスで何て呼ぶか…。
いわゆる雨の日に履く長靴のことね。

90「ウェリントン・ブーツ(Wellington Boots)」って言うらしい。
語源はもちろんこのウェリントン公爵。
公爵は馬に乗る騎兵のスネにキズが多いことに気づき、スネを覆う背丈のブーツを特注した。
ナポレオンをブッ飛ばしたウェリントン公爵の人気もあって、「コイツぁカッコいい!」と19世紀の紳士たちの間で大流行したのがはじまり。
はじめは皮製だったが、その後はゴム製に変わっていった。
「ゴム長」vs.「ウェリントン・ブーツ」…どちらの名前をカッコいいと思うかはアナタ次第だ。

コレを書いた数時間後、イギリスと毎週やっている電話ミーティングがあったので、早速訊いてみた。
果たしてイギリス人はゴム長のことを本当に「ウェリントン・ブーツ」と呼ぶのか?
相手は若い2人だったんだけど…本当にそう言うそうです。
他に「Rain boots」とか「Rubber boots」とも呼ぶけど、ゴム長を指して確かに「Wellington Boots」って言っているんだって。
そういえば昔々、セメントの仕事をしていた時、私もよくウェリントン・ブーツを履いて工事現場へ行ったもんですよ。
ルックスはどうあれ、コレって履いてみるとモノスゴク便利なんだよね。

Wbところで、ウェリントン公爵はこの長靴をロンドンのセント・ジェイムスズ通りにあった王室ご用達の靴屋に発注したっていうんだな。
コレがセント・ジェイムスズ通り。
正面に見えているのはセント・ジェイムズ宮殿。
エリザベス女王のいとこのプリンセス・アレクサンドラや長女のプリンセス・アン(Marshallに来てくれてMarshall Blogにも出てくれた人)のロンドンの住居で、チャールズ、ウイリアム、ヘンリーが住んでいたロンドンで最も古い王室の宮殿。

Img_7481この写真を撮ったのはもう8年も前のことなんだけど、人出が多いでしょ?
いつもはこんなに賑やかじゃない。
Img_7487警備のお巡りさんもワンサカ。
実はコレ、エリザベス女王の在位60周年を記念してバッキンガム宮殿の前庭でコンサートが開催された時なのね。
ポール・マッカートニーやらエルトン・ジョンやらがココらに来ているワケ。
コンサートは観たかって?
ウン、宿の小さなテレビでね。
どっかから入れそうな感じがしたので少し見て回ったんだけど、ネコの子一匹通さない厳重な警備体制だった。
当たり前か…昔の野音じゃあるまいし。

Img_7490仕方なしに諦めて帰ろうとして前を通りかかったのがこのカッコいい靴屋。
ロンドンの街を歩いているといかにも高級そうな靴屋とか、鞄屋とか、ステッキ屋とかに出くわす。
一生買わないであろう品々だけど、「どんな金持ちが買うんだろう?」と見て歩くのも楽しいモノだ。
この「LOBB」という靴屋もそう。

Img_7479玄関には2つの立派なエンブレム。
向かって左は…
「His Royal Highness The Duke of Edinburghに任命された靴屋でございます」
The Duke of Edinburgh=エジンバラ公とは「フィリップ王配」のこと。
「王配」というのは、女王の配偶者のこと。
つまり「エリザベスのとーちゃん」です。
向かって右は…
「His Royal Highness The Prince of Walesに任命された靴屋でございます」とある。
ウェールズ公はチャールズ皇太子。
ウィリアム王子もウェールズ公なのでチャールズだけでなく2人の靴を作っているのかも知れない。
すると先日王室を離れたヘンリーはサセックス公なんだけど、ココでは作っていないということか?
ABCマートか?
 
話を戻して…ウェリントン公爵が発注したセント・ジェイムスズ通りの靴屋とはこのことか!
と思ったら違った。
発注先は「The Hoby Familiy」というところだった。
無駄な時間を取らせてスミマセン。

Img_7478イギリス人の嗜好なのか、ヨーロッパ人の趣味なのか、向こうの人は像(statue)が好きだよね~。
そっこら中に建ててあったり、建物に埋め込んだり…。
この公園にもウェリントン公爵の他にジェイムズ・ワット(蒸気機関を進化させ、今のイギリスの最高額の紙幣である50ポンド札に刷り込まれている人)やら色んな像があったらしい。
それと下の写真。
まず背後に偶然写り込んでいる「Zizzi」というのはイタリアン・レストランのチェーン店で、ミルトンキーンズで何回か入ったことがあった。
イギリスで食べるパスタはすべて伊勢うどんよりも柔らかくフカフカで、とても食えたもんじゃない。
そこで、このお店のウエイトレスに「茹で過ぎずに、麺を固く茹でてください」と何度も説明したけどムリだった。
「アルデンテ」なんて言葉を知る由もなく、もはや「固茹で」という発想すら皆無なんだね。
出て来たパスタの麺は、ああ懐かしや、給食のソフト麺だった。
そう!それで分かったのが、イギリスのこういうレストランのスパゲティって、多分乾麺の状態から茹でるのではなく、最初から茹でて冷凍してあるヤツを湯がいているのはないか…?
なんてことはどうでもヨカッタんだ。
この像ね。
写真に写っている像は背面で、向こう側にはヴィクトリア女王の像が鎮座ましましている…ということを日本に帰って来てから知った。
産業革命により巨大な富を築いた時代の大英帝国の君主だからして、それこそヴィクトリア女王の像ってどこへ行っても出くわすのです。
無敵艦隊を駆逐してイギリスを世界の一等国にのし上げたエリザベス一世、万国博覧会かなんか開いちゃってイギリス最高の栄華の時代を統治したヴィクトリア女王、歴代在位最長記録を更新し続け、今尚イギリスを世界の第一等国として君臨せしめるエリザベス二世…人気の女王トリオだ。

11_0r4a0286この像にチョコんと乗っかっているヤツ。
それはコレ、TOTOの『Hydra』のA面の2曲目。
そう、「St.George and the Dragon」。
『TOTO IV』のレコ発ツアーで学生の時、Totoのファンだった今の家内と武道館へ観に行ってね。
私は特段好きではなかったんだけど、この「St. George and the Dragon」って曲は好きで、レコード通り「Hydra」からつなげて(だったと思う)演ってくれたのがすごくうれしかったのを覚えている。
とてもいいコンサートだった。
やっぱりジェフ・ポーカロやら若き日のルカサーとかカッコよかったよね。
それから仕事で2度ほどTOTOのコンサートに行ったけど、ある事件を目撃した以外はあんまりピンと来なかった。
多分、その武道館公演があまりにも素晴らしかったからだろう。

Thで、その「聖ジョージとドラゴン」、どんなのが乗っかっているのかはインターネットから借りて来た下の写真をご覧あれ。
私の頭の中では、『アーサー王と円卓の騎士』とゴッチャになっていたんだけど今回ハッキリさせておいた…関係なし。
しかし、コレもヒデエ話でね~。一体キリスト教ってどうなってんだ?と思ってしまうような伝説。
舞台は11世紀から12世紀あたりのカッパドキア(トルコ)のアンチ・キリスト教の村。
ココに毒を吐いたり、人に噛みついたりと性質の悪い竜がいた。
人々は毎日2頭のヒツジを竜に捧げて大人しくしてもらっていた。下の写真からすると相当な大食漢である。
ところがそう毎日ヒツジを捧げることもできず、ヒツジの在庫が切れてしまった時点で仕方なしに人間を捧げることにした。
クジで誰が生け贄になるかを決めたんだけど、不幸にして当たりを引いてしまったのが王様のお嬢さんだった。
マジか~?まずそんな民主的な王様はいないとは思うがな。
王様は「宝石をあげるからウチの姫だけは勘弁して!ノーカンにしてチョ!」と民衆に懇願するがダメよダメダメ。
王様は8日間の猶予を得たが(この間竜はさぞかしひもじかったハズだ)、どうすることもできない。
そこへ通りかかったのはゲオルギウスという聖人…要するに「聖ジョージ」ですな。
「聖人」だから「St. George」。
いつかMarshall Blogかこのブログに「聖人」のことを書いて説明したけど、キリスト教の中にあってはメッチャ位の高いポジションね。
さすが聖人、王様が困っているのを知って「わかりました。私がお助けしましょう!」と竜に戦いを挑んだ。
竜が毒を吐こうと口を開けたところにジョージは持っていた剣をブスッ!
案外弱い。
それでも竜は死なず、そこでトドメを刺せばいいものを、ナゼか聖人はその竜を村に持って帰って来ちゃう。
「チョチョチョ、聖人、なんで竜を連れて来ちゃうのよ!殺しちゃって、殺しちゃって!」と村人が聖人に竜の始末を頼む。
すると「この竜を殺して欲しければ、村人全員キリスト教に改宗することを約束しなさい。それがオッケーなら竜を殺してあげる」と言うじゃない。
コレってヒドくない?ズルくない?強引すぎない?
そして村ごとパッケージでキリスト教に改宗したんだとさ。
その後、ジョージは異教の王様に捉えられて色々あった挙句殉教する。

11_sgd以前Marshall Blogでも紹介したけど、三浦綾子の『海嶺』という小説ね。
江戸時代に漂流した漁師が1年2ヶ月もの間、太平洋を漂流して北アメリカに漂着、その後紆余曲折があって日本人として初めてロンドンにまで行ってしまう、いわゆる「にっぽん音吉」の話。
私はこの小説に出て来るドイツ人宣教師の「ギューツラフ」という人を知りたくて読んだんだけど、これが破天荒にオモシロかった。
音吉たちは方々でキリスト信者に親切にしてもらう一方、悲惨な奴隷の姿を目にしてショックを受ける。
で、実際に敬虔なクリスチャンである三浦綾子が音吉に言わせる。
「アーメンの連中は我々にはあんなに親切にしてくれるのに、どうして奴隷みたいなヒドイことを一方でしてるんやろうか?」
そうなんですよ。
上の聖ジョージの「そんじゃ、キリスト教徒になってチョーダイ」だとか、奴隷制度だとか、十字軍だとか、あるいは連中はキリスト教のためならガンガン戦争して殺し合って来てるでしょ?
新約聖書で「右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ」とか言っているワリにはアコギなことを随分してるように見えるんだけど、ココの辺りはどう説明するんだろうか?…と、いつも不思議に思ってしまう。
三浦綾子の小説は読んでいて気持ちがいいね。
主人公がみなマジメで一生懸命で…『泥流地帯』2作なんて心が洗われるわい。Kr一方、警察に拷問されて殺された小林多喜二のお母さんの姿を本人の独白体で描いた『母』なんてのは泣けるよ~。
『蟹工船』もスゴイけど。
昔の警察ってのはヒドイことをしたもんですよ。
多喜二のような事件を知ると、今、日本がドンドンおかしくなっているのが本当に恐ろしい。

Kks_2

Kks_1 ハイ、脱線終わり。
ウワ!
まだ朝晩は大分寒いのに噴水の中を歩いている子がいるわ!

110あ、ココにもあった。
「SHORYU」という豚骨ラーメンのチェーン店。
ロンドンで何軒か見かけたが、マンチェスターにも進出していたのね。
4年前とはガラリと様子が違ってホントにイギリスはラーメン屋が増えた。
特に豚骨系が優勢のような感じだ。
スラープ(slurp:ズズズと音を立てて吸い込むこと)もできないのにラーメン食べておいしいのかね?
以前、イギリス人の友達とニューカッスルのラーメン屋にい入った時、やはりどうしても音を立てないで麺をすすることはできないので、「音を出してもいいか?」とその友人に許可を求めた。
すると彼は「おお!やってやって!」とすごくオモシロがってくれたので、盛大にズバ~っとマズイ麺を吸い込んで見せた。
スープは化学調味料の味しかしないシロモノだったが、長い間離れていた「汁に入った麺類」だったゆえ、とても美味しかった。
しかし、私はあっさり醤油系のラーメンが好きなので、イギリスにおける豚骨系以外のラーメンの地位が心配なのだ。
ラーメンは醤油です!
ま、イギリス人が煮干しだし系のラーメンを喜んで食べるようにも思えないんだけどね。

130_2昨日見た市庁舎の横を通って…

140_2鉄道会社の倉庫の角を曲がる。

160_2この建物、ホントすごい。
ズ~っと向こうまでつながってる。
そしてデザインがいいよね。170_2今向かっているのは街中からホンの少し外れた「Castlefield(キャッスルフィールド)」というエリア。

180_2キャッスルフィールドはマンチェスターの起源なんだそうで…。
別にそれに興味があったワケではなく、ただ行きたい場所がそのエリア内にあるということ。

190_2やっぱりロンドンとは建物がゼンゼン違っていてコレはコレで実に素晴らしい。
とにかく街を歩いていて飽きない。
あんなに苦しんだヒザの痛みもこの頃は大分和らいでいたし…。

200_2さっきの鉄道会社のビルの反対側のハジッコ。
コレは1898年に竣工したイギリスで最初に作られた鉄骨の建造物のウチのひとつらしい。
大きさは81mx66mだっていうんだけど、そんなもんかナァ。
その倍はありそうな感じだ。

210鉄道の駅に出くわした。

225大きな通りの名前にもなっている「Deansgate」という駅。
カッコいい~!
1849年の開業だって。
例によってやってみると、1849年と言えば…日本は嘉永2年。
ペルリが黒船で浦賀にやってくる4年前。
イギリスはもうこうなっていた。
イギリスはこの年、東インド会社が「シク王国」というのを強引に併合して、インド全土を完全に植民地化した。
そうか、イギリスってもっとズッと前からインドを植民地にしていいたのかと思っていた。
ナニせ、現在世界で起こっている紛争の根源ってほとんどイギリスのせいだからね。
7つの海を支配していたんだから当然のことか。

230_2チョットだけ中を覗いてみる。
いい感じ。

240_2このエリアにはカナルがいくつも交差していて、見たかったんだけど天気が悪いので諦めた。
も~、とにかくマンチェスターの2日間は天気が悪かった。
…と思ったら、マンチェスターというのはイギリスで最も雨が多いところのひとつなんだってよ。

220_2カッコいい橋を発見!

250_2階段が付いていたので上まで上がってみた。

280_2廃線になった路線の鉄橋だった。

290_2反対側はそのスペースを利用した駐車場になっていた。

300_2エレベーターが付いていたので帰りに使おうと思ったけど、何となくコワかったので階段で降りた。

310v降りてきた。
さっきから見えている高層ビルね。

370_2「Beetham Tower(ビーチャム・タワー)」というホテル(ヒルトン)とオフィスの複合ビル。
47階建てで2018年まではマンチェスターだけでなく、ロンドン以外のエリアで最も高いビルディングだった。
デザインのモチーフはもちとん「テトリス」。
これぐらいデカいヤツがすき間にはいったらさぞかし気持ちよかろう。
あ、「モチーフがテトリス」というのは想像です。

375v鉄橋の下に入ってみる。

340_2橋脚がスチールなんだよな。
コンクリートでない理由がナニかあったのだろうか?
鉄筋コンクリートが出て来たのは19世紀後半と言われているけど、この橋脚はそこまで古くないだろうし…知らんけど。350_2フーム、この辺りで駐車代が1日1,000円弱か…安くないな。
街の中心からは大分あるからね。

360_2そして、すぐとなりのローマ時代の遺跡。

315マンチェスターの語源ともなった「マムキオン」とか「マンクニウム」と呼ばれたローマンの砦の跡。
ナント建造は紀元79年だって。

320_2スゴイね~、ローマからはるばるココまで来てたんだから。
ロンドンのシティなんかもモダンな街並みにいきなりローマ時代の遺跡が出てきたりして実にオモシロい。
アレは「自慢」っていうのかな?…こうしたローマ時代の遺跡についてはうれしそうな感じで話す人が多いんだよね。
例えば「この通りをローマ軍が行進したんだぜ!」みたいな。

330_2さて、ようやくこの日のメイン・イベント。

380ココに来たかったのです。

390「Science+Industry Museum」というマンチェスターの産業革命に関する博物館。

400_2入り口にはいかにもらしいオブジェ。
420_2次回はココからお送りします。

410v<つづく>

(2019年6月15日 イギリス マンチェスターにて撮影)

2020年5月10日 (日)

イギリス紀行2019 その27 ~ マンチェスター vol.3 :コレってホントに図書館なの?!

 
朝、ミルトン・キーンズのホテルで食事をして、それからナニも食べていない。
さすがにお腹が空いたんだけど、食べたいモノがないので空腹がそれほど苦じゃないんだよね。
飽き飽きしているモノを強引に詰め込むより、お腹を空かせている方がラクなのだ。
海外へ来るといつもこう。
今回の旅では3週間で6kgぐらい痩せたかな?
心配ご無用。
アッという間に元通りになっちゃうから…というか、今回はオツリが来ちゃって、今ダイエット中…と言いたいところだけどゼンゼン体重が減らないわ。
 
で、この時は他の記事にも書いたように、もうPRET(Pret a Manger:プレタマンジェ)一辺倒だった。
というのは、お昼になるとPRETが熱いスープを店頭に並べることがわかったのだ。
朝の熱いアイテムはポーリッジ(牛乳の麦がゆ)。
私はポーリッジが好きではないので、クロワッサンかホットサンドにコーヒー(アメリカーナ)。
そして、昼はそのスープと何がしかのパンばっかりを食べることになった。
この時は下はトマトのスープ。おいしいの。
ロサンゼルスの空港にPRETが入っていて、先日コレと似たようなスープをそこで見つけて何のためらいもなく買ってみたら、塩っ辛くてとても食えたシロモノではなかった。

06アレ?
もう4時半を回っているのか…。
食事の周期がメチャクチャなので時間の感覚がますます狂ってしまう。
それとイギリスの6月は1年で一番日が長い月なんだけど、ズッ~と曇っているので日の傾きがサッパリわからないのだ。
ハイ、到着。

20これまたオッソロしく重厚な建物でしょう。
「後期ヴィクトリアン・ネオ・ゴシック」というスタイルらしい。

0r4a0273「John Rylands Library(ジョン・ライランズ・ライブラリー) 」という図書館。

30入り口は建て増しされたモダンなビルから。

40v床を見下ろすと、「Plan of Peterloo」という大きな地図が描かれていた。
前回出て来た「ピータールー虐殺事件」ってそんなに大きな出来事だったのね?
日本人で知っている人は多いのだろうか?
向こうの人にとっては「民衆の自由を弾圧した」ということで許すまじき事件だったということか?
そう考えると、やはり民主主義の歴史も意味も日本とは大きく異なることを思い知るね。

11_0r4a0261本体に入るといきなりこんな感じ。
コレは決して教会ではありません。

50上の写真では左側、下の写真では右側にいくつかの展示室があって、レアなアイテムがゾロリと展示されている。
そこで「Rylands Papyrus 52(ライランズ・パピルス52)」と呼ばれる「世界最後の新約聖書の断片」なんてのを見て来た。
この辺、思いがけず今日のハイライトです…一番オモシロいところ。

6019世紀の最後半、オックスフォード大学の研究者が、エジプトのナイル渓谷の近くに山積みになっていたゴミの中からいくつものパピルスの断片を発見。
「パピルス」というのは古代エジプトのパピルスと呼ばれる葦の一種から作られた紙のことね。
そのパピルスは目録にされることなく放置されていたが、他の学者がその中にあった9cm×6cmほどの断片を見つけて注目した。
その断片の両面に書かれていた文字を見てビックリ。
書き込まれていた文字はギリシア語で、その内容が今の人たちが読んでいる新約聖書と同じ文章だったんだネェ。
…となると、その断片がいつ頃のモノか正確に調べなきゃならん。
で、専門家に頼んで書体や字画などから2世紀前半のモノだということを割り出した。
2世紀前半というと、その断片に出てきている「使徒ヨハネ」の死後から数十年しか経っていない頃だっていうんだよね。
すると、新約聖書ってのは、一部の内容が史実とほぼリアルタイムで書かれていたということか?
「イヤ、コレは2世紀半ばのモノだ」と、この研究に異論を唱える学者もいるらしんだけど、ジョン・ライランズに展示されている断片は、現存するギリシア語聖書の写本の最古のモノなのだそうだ。
ちなみに「新約聖書」はギリシア語で書かれたんですってネェ。
ギリシア語で「新約聖書」は「Καινή Διαθήκη」という…まったく読めませんね~。
「カイネー・ディアテーケー」とかいうらしい。
内容がチンプンカンプンでわからない時、「It's Greek to me!(それは私にとってギリシア語です!)」って言ったりするけど、まさにコレ。
 
それで、この断片のおかげでスゴイことが2つ明らかになったんだって。
それは何かと言うと、ひとつは聖書の形態。
当時、書き物のスタイルは巻物状か冊子状になっているのが普通で、聖書がどっちの方式だったかがわからなかった。
しかし、このパピルスには両面に文字が書かれていて、聖書が「冊子」の形をしていたということがほぼ判明した。
普通、巻物は両面に書かないからね。
ビラビラっと広げる巻物と異なり、冊子式は書物をコンパクトにすることができるから携行するのに便利でしょ?
コレがキリスト教が世界中に広まった大きな要因のひとつだったっていうんですよ。
もうひとつ。
上でチョット触れたけど、この2000年前に書かれたモノと今のモノがドンピシャで同じ内容なんだって。
つまり2000年もの間、内容がアレンジされることなく、オリジナルのままその内容が今の世に伝わっていることがわかったのだそうだ。
リレー・ゲームだったら大変なことよ。
2000年の間にどれだけ内容がひん曲がっていたことか!
 
残念ながら展示室は撮影厳禁だったので写真を持ち帰ることができなかった。
そこで、インターネットで見つけたそのパピルスを私がハンドメイドで再現してみた。
素材は葦ではなく段ボール箱とボールペン。
雰囲気だけどうぞ。 

11_3pp どこもかしこもスゴイんだわ~。

70vコレは200年前の印刷機。
マンチェスター大学の研究者による実演を見せてくれることがあるらしい。
見たい!90v階段をグングン上がる。
ク~、一体コレのどこが図書館なんだ~?

100順路に沿って一番上の階まで来た。

110v丸い吹き抜けが一番上の天井をのぞかせる。
何たる造形美!120ココが見学のメインとなるポイントの入り口。

130ドワ~!
「ロング・ホール」と呼ばれる大部屋。

135天井がまたスゴイ。

140どこもかしこも「大聖堂」という感じで、「台東区生涯学習センター」とは似ても似つかない!
「池波正太郎記念文庫」はなかったけどな。
 
開館は1900年。
1972年にマンチェスター大学図書館と合併した。
入館料は無料。

150この図書館の名前になっているジョン・ライランズは、紡績工場を経営し、大儲けしてマンチェスターで最初の億万長者になった人。
とても敬虔なクリスチャンで、財力を活用して社会奉仕活動にも力を注ぎ、孤児院や女性用老人ホームを造って庶民の生活の向上に貢献したのだそうだ。

170で、図書館を作ったのはジョンの奥さんのエンリケッタという人。
ご主人のメモリアルとして、この図書館を建造しマンチェスター市民に贈ったっていうんだからスゴイ。
ITビジネスでひと山当てた日本のにわか億万長者とは心持ちが天と地ほど違う。
でも、その内出て来るけど、紡績工場で働いていた庶民の暮らしはかなり悲惨だったんだぜ。160上の写真に見える両側のアーチの部分ね…その中に本があった。

180机やイスは自由に使ってOK。
ようやく図書館らしくなってきた!

11_0r4a0246イヤ、ゼンゼンなってないな…。
ヤッパリどう見ても大聖堂だわ。
ジョンもエンリケッタも熱心なキリスト教信者だったため、エンリケッタが「教会っぽいデザイン」をリクエストしたんだって。

200このオジちゃんがジョン・ライランズ。

210v入ったのが4時半でジックリ見ていたらアッという間に5時になり、追い出されてしまった!

220図書館の前の「Deansgate(ディーズゲイト)」という通りを歩く。

230こういう光景は実にいいね。

240ジョン・ライランズ図書館の並びにある「Forsyth(フォーサイス)」という楽器屋さん。
ウェブサイトを見ると「世界的に知られる楽器店」とあったが、そうか?
でも、開業は1857年と長い歴史を持っており、今でもフォーサイスさんの家族で運営しているのだそうだ。

250画廊の前を通りかかって目に止まったのが…

260コレ。
タイトルは「Rocket Man」。
近所の国のエライ人じゃないよ。

270よく見ると、小さなロケットが敷き詰められてるの。

280マンチェスターのキャス・キッドストン。
やっぱり「50% off」のバーゲンをやってる。
ロンドンの店舗もすべてこのバーゲンをやっていたので、家内と「コリャおかしいね?」って言ってたの…11か月前の話ね。
そしたら、先月キャスの日本の法人が自己破産宣告をしたじゃんね。
そしたら…イギリスも「プレパック式」というスタイルの破産申告をしたそうだ。
この「プレパック」というのは、今はコロナの影響でイギリスの全店舗を閉めているが、営業を再開することなく、このまま譲渡先に店舗を明け渡す方式と理解した。
ところで、この「Cath Kidston」、日本では「キャス・キッドソン」て呼ばれていたようだが、ロンドンのお店のお嬢さんに直に確認したところ。正式には綴り通り「キャス・キッドストン」と発音するとのこと…ということは以前他のところにも書いたことがあるが、このネタももう使えなくなってしまった。

290得意のGREGGS。
でもマンチェスターでは1回も入らなかった。

300「Ladbrokes(ラドブロークス)」もチャンとある。
オッズ屋っていうのかな?
何でも賭けにしちゃう賭博会社。

310さて、もういい頃合いなのでパブ・タ~イム!

320「Sawyers Arms(ソーヤーズ・アームズ)」というお店。

330どれをオーダーしたのかサッパリ覚えていないが…

340カンパイ!
ココもニコルソンズの系列か…。

350古くからあるパブにきっとある「歴史自慢」。
このビルはGrade II*の指定を受けている。
実際マンチェスターでも最も古い建物のひとつで、1700年代からあるらしい。
営業ライセンスを取得したのは1730年代のことだったっていうんだけど、その頃からライセンス制だったのか…。

360コレは上で紹介したジョン・ライランズの工場で使っていた機械のパーツ。
ジョン・ライランズと図書館の簡単な説明が添えてある。
 
隣のテーブルは男女混合の5人グループで、ダマって見ていたら、やってる、やってる!…あの順番制ね。
女性を除いて、男性が「次、オレね」と代表して全員の飲み物を買いに行っていた。

370ココもよさそうだね~。

390vこの「Royal Exchange Theatre(ロイヤル・エクスチェンジ・シアター)」も有名な劇場らしいんだけど、入りづらそうだったのでパスした。

400「Market Street」を歩く。

410左の「Dr.Martens」の前を通りかかると…

420こんなディスプレイ!430Dr. Martens+The Who+Marshallのコラボレーション!
でもピート・タウンゼンドがMarshallを使っていたのはたった4年なんだけどね。

440こんなん初めて見た。
スイート・コーン屋さん。とうもろこしね。
「Hot Sweetcorn」、ミディアムが£1.50、ラージで£2.0です。
買ってみようかと思ったんだけどヤメておいた。450ロンドンのファッション系デパート「DEBENHAMS」。
イギリス、デンマーク、アイルランドを中心にインターナショナルに店舗展開している。
「デベンハムズ」って読むのかと思っていたら、発音は「デベナム」だった。
創設者の「ウイリアム・デベナム」から。

460お巡りさんとホームレス直前風の男の人の小競り合い。
男の人がすこぶる激しく弁舌を奮っていた。

470おお~立派なハープティンバー。
古いモノではなさそうだ。

480看板を見れば店の名前はすぐにわかる。
「Shakespeare's Head」でしょ。
あ~、どうせ私のアタマもシェイクスピアですよ。
最近はシェイクスピアが他人とは思えないからね。
…と思っていたら「The Shakespeare」という店名でした。
ココはGreene Kingの系列だった。

490帰りのラッシュ・アワーで路面電車の駅は大混雑!

500黒人のオジサンがナンカの演説をしていた。
歩き疲れたのでナニか食べるモノを買ってホテルへ帰ることにした。

510しかし、食べるモノがなくてサ…。
近くのスーパーでフライドチキンみたいなヤツを買ってビールで流し込んだ。

520テレビでやっていたバラエティ番組を見ていてビックリ。
スペシャル・ゲスト扱いではあったけど、ごく普通にFleetwood Macのミック・フリートウッドが出て来たのよ!
 
こうしてマンチェスターの最初の夜が更けていったとさ…おやすみなさい。

530<つづく>
 
(一部敬称略 2019年6月14日 イギリス マンチェスターにて撮影)

2020年5月 8日 (金)

イギリス紀行2019 その26 ~ マンチェスター vol.2:スゲエ建物ばかり!

  

楽器屋さんを出てブラブラとマンチェスターの街を見に出かける。
しかし、我がホテル、見た目は立派だナァ。
コレがかつては倉庫だったとはねぇ。
左のポールには見覚えのある女性の姿が…。

10_2「街を見る」と言っても「ここへ行かなきゃ!」というようなお目当ての場所はあまりない。
街を歩いて歴史的な建物を見て歩いているだけでも楽しいにキマってる。
それでも闇雲に歩くのもナンなので、後で困らないように外で偶然見つけた地図を携帯で撮影しておいた。
コレがエラく役に立った。

15ホテルから歩いてすぐのところにチャイナ・タウン。

20_2…と言っても、中華料理店が数軒並んでいるだけの通り。

30_2「wasabi」というのはロンドンでもよく見かける寿司と弁当のお店。
2003年に開業して、現在はイギリス国内で60店舗を展開している…案外少ないな。もっとあるのかと思ってた。
創業者は韓国の人だそうだ。
試したことは一度もない。

40_2なんかいかにも「外国の下町」っぽくていい感じ。

50_2イヤ~、またロンドンとは違う街並みが素晴らしい。
でも、ロンドンともっとも異なる点は、街に有色人種の数が多いことだ。
特に黒人。
一見してそれがわかる。60_2ドワ~、スゴイのが出て来た!

70_2マンチェスターのシンボル「Manchester Town Hall(マンチェスター市庁舎)」。
1868年に着工して9年後に落成した。
例の「Listed Building(指定建造物)」の一番上の「Grade I(最も需要な建造物)」に指定されている。

80_3さすがGrade Iだけあってナントまぁ荘厳なことよ。

90_2前が広場になっているんだけど工事中で近寄れず。

100_3改装中で中も見れず。

110_2パブ周辺のの風景はロンドンと変わらない。
あ、この店ってウェザースプーンだったんだ…道理で混んでると思った。
翌日に寄ってみたけど、混んでいてとても入れなかった。
ウェザースプーンは安く飲めるパブのチェーン店。
好きなんだけど、街中の店はいつも混んでいて困る。

120_2ハイ、次。
丸いのが出て来た。

Z15コレは「Manchester Central Library」、つまり「中央図書館」。
1930年から4年の歳月をかけて建設された。
コレも我がホテルと同じく「Grade II*」の指定がかけられている。

11_0r4a0123エントランス・ホールからして超立派!

Z20フト天井を見上げると…スゲ~!

Z30vこのあたりの教区の紋章やら何やらで飾っている。

11_0r4a0131フロアにはそれぞれの紋章を解説している案内板があるんだけど、キリスト教の専門用語みたいヤツだらけでよくわからん。

Img_0268そして部屋の入り口には大きなハチ。
駅舎にもハチのマークが付いていたように、ハチはマンチェスターのシンボルなのだそうだ。
産業革命発祥の地らしく、「働き者」というイメージでハチをシンボルにしたらしい。

Z40一階はどうってことない感じ。

Z502階がスゴかった!
巨大な閲覧室。
アンソニー・バージェスは学生時代、頻繁にこの図書館へ来て勉強していたそうだ。
バージェスは『時計仕掛けのオレンジ』の作者ね。
The Smithのモリッシーもよく勉強しに来ていたらしい。

Z60お、「ミュージック・ライブラリー」なんてのがあるゾ。
「ヘンリー・ワトソン」というのは地元マンチェスターで音楽業界の仕事に携わり「Henry and Co.」という会社を興す傍らピアニストとしての名声を高め、ケンブリッジ大学で博士号を取得し、最後はマンチェスター大学の教授まで務めた人。
貧しい家庭に育ったため、音楽は独学だったという。
その苦労は並大抵のモノではなく、後進に自分がしたような苦労をさせまいと、個人で今とは異なる場所に「音楽の図書館」を開設したのが1904年。
1947年に現在の場所に移って来た時は、そのオープニング・セレモニーでジョン・バルビローリが演奏したのだそうだ。

Z70こういう書架がドバ―っと向こうまで続いているんだけど、全部音楽関連の書籍。
もちろんクラシックが主だけど、ポピュラー音楽のアイテムも何ら分け隔てなく収められている。

Z80ココでできることは「Create, listen and learn」。
譜面や音楽書籍や雑誌を自由に閲覧し、貸してもらうことができる。
コンピュータが設置してあって、それを使って音楽を作ることができる。DJのミキサーもあったな。
他にヘンデルやヴィヴァルディの直筆楽譜をコレクションしている。
所有しているCDで実際に音楽を聴くことができる他にオンラインでも音楽に接することができる。
提携しているんでしょうね、特にNAXOSのコレクションが充実しているようだ。

0r4a0136チョット脱線。
NAXOSは香港に設立したドイツのクラシック音楽のレーベル。創業者はクラウス・ハイマンという実業家で奥様は西崎崇子というヴァイオリニスト。
無名な音楽家を使って値段を抑えた廉価版レーベルということになるんだけど、私、コレが大好きなんですよ。
クラシックと言っても、もちろん私のことだからベートーベンやらモーツァルトの類にはほとんど興味がない。
「ホントにこんな人いるのかよ?」みたいな、NAXOSがなければ一生知らないで過ごしていたであろうマイナーな作曲家のアルバムをバカスカとリリースしているところにメチャクチャ魅力を感じるワケ。
で、ナニがオモシロいかって、国内盤に強引に付けているかのようなオビに書かれている簡単な解説がいいのよ。
どんなゲテモノでも「ウワ!オモシロそう!」と思わせちゃうんだな。
例えばコレ。
ま、モンティの「チャルダッシュ」は誰もが知る有名な曲だけど、完全にオビの惹句に惚れて買った。
どういうのかと言うと…
●遅いところでは甘く悲しいメロディに心を込めた「演歌弾き」
●早い(ママ)ところではノリに任せてなりふり構わぬ「突撃弾き」
●合奏してるのか、各人勝手に弾いてるのか不明な珍アンサンブル
…みたいな。
コレには吹き出してしまった。
「突撃弾き」って一体ナニよ!
でも、実にわかりやすい。
実際に買って聴いてみると、ホントにオビの惹句通りで、一体どういう感覚で合奏しているのか理解に苦しむ…なんてことよりもっぱら笑える。
主旋律を弾くヴァイオリニストやソリスト(ハンマー・ダルシマーみたいなヤツ。コレがヤケクソにカッコいい!)とその伴奏をするピアニスト以外の人は全員好き勝手に別々の曲を弾いているようなのだ。
演奏技術がすこぶる高い分、The Shaggsより性質が悪い。
ところが、コレを聴いた音楽に詳しくない人に言わせると、ナニが変なのかがわからない…というのだ。アレには驚いたナァ。
とにかくNAXOSがなければ、イヤ、オビの宣伝文句がなければ恐らく一生耳にする機会がない音楽だった。
ありがとう、NAXOS!

Csardas…っていうことで、先日Book Offでこんな本を買ってみた。
2007年上梓のNAXOSのディスク・ガイド。
ここ最近買った本の中で一番オモシロかった。
著者の松本大輔さんという方はWAVEやHMVのバイヤーをされていた方で、現在は「アリアCD」というレコード店を営んでいらっしゃる。
NAXOSのオビよろしく、この人の解説がメチャクチャ面白く、普段は絶対に興味を示さないようなバロック期のアルバムですら「聴いてみようようかな?」と思わせちゃう。
ジャズで言えば故中山康樹さんの文章かな?
とにかく、ムズカシイことをやさしく、オモシロく書いてくれる。
そこへいくと「ライター」と呼ばれる先生方が書いている最近のロック関係のディスクガイドはオモシロくないね~…もっとも教わりたいことなど有りはしないので読むこともないんだけど。
「等身大」とか「自己の投影」とか…どうでもいいことえをムズカシく書いているようにしか見えない。
音楽の内容が薄いからそれも仕方のないことなんだろうけど。
私は幸運にも伊藤広規さんのアルバムのライナーノーツを6枚分ほど書かせて頂いたけど、ムズカシイことは一切書かなかった。
とにかく「スラスラ」と「飽きず」に読めてタメになる文章を目指した。
この松本さんのガイドブックを開いて、そこで紹介されているアルバムを片っ端からSpotifyで聴くのが目下の一番の楽しみなのです。11_2naxosライブラリーにはギターやドラムスも置いてあって無料で使うことができる。
このオジさんはピアノ。
ガンガン音を出して練習してた。

Z90下の2枚のレコードは「One Copy Library」というこの図書館とSeed Studiosというところが共同で展開しいるプロジェクトの展示アイテム。
私が読んだ英文の解釈が正しければ…やはりこの先「音楽」の媒体というものは完全にデジタル配信に打って変わり、音楽はレコードのように「形」を持たなくなってしまうだろう…ということを表現したアイテムだそうだ。
上はThe Lovely EggsというパンクバンドとJackie Hagenという詩人のコラボレーション作品…なんだけど、このレコードには音が入っていない、というかレコーディングという作業を一切排したレコードなんだって。
要するに形だけ。
今のデジタル一強時代へのイヤミということか。

Z110

11_0r4a0140まぁ立派なコレクションで、やはり芸術先進国の層の厚さを思い知るね。
日本の図書館の音楽コーナーとはゼンゼン違う。
最近、テレビの音楽番組の予告編(本編はまず見ることがない)なんかに接すると、こうした状況を作っているのは、残念ながら日本国民の芸術に対する民度の低さだと思う。
クラシックやジャズは強いのに、ポピュラー音楽に関しては圧倒的に幼稚だ。
音楽を作る方じゃないよ、音楽を聴く方レベルがあまりにも幼稚なの。
聴き手の耳が肥えれば作る側のレベルは上がハズだ。
その聴き手のレベルの差が欧米とは格段の差があって、こうした文化施設の充実度にも大きな差が出ていると思う。
Z120本も珍しいモノがたくさんあるらしい。
日本にいる時に下調べして来ればヨカッタな~。
でも、日本を出る時にはマンチェスターへ来ることさえもキマっていなかったもんな~。

Z130都市計画の方針が異なっていたのか、歴史が違うからなのか、ロンドンのように同じ形の建物がズラ―っと並んでいるような光景がなく、個性的な建物がゴロゴロしていて街を見て回るのがすごく楽しい。

130_2ホラ、またスゴイのがでてきた。

140_2「Midland Hotel」という1903年オープンのホテル。
ココもGradeII*の指定になっている。

150_2中はバッチリ改装されていてモダンなようす。

160裏に回ってみる。
210_2こっち側も立派なルックスなの。

170入り口もこんな。
と思ってフト後ろを振り向くと…

180_2こんなヤツが向き合ってる。
体育館かなんかと思っていたら、コレは「Manchester Central Station」というマンチェスターで一番大きな駅だったのだそうだ。
「だった」というのは、今はもう駅として使われていないから。
駅としての使命を終えてからはこのスケールを利用して展示場として活躍していた。
「していた」というのは、今はもう展示場として機能していないから。
では、今現在はナニに使われているのかというと…3月下旬、イギリス政府はココを4月中旬から1,000床のベッドを擁するコロナウイルス感染者のための救急病院として使用するということを発表した。
だからもう稼働しているかも知れない。
この建物もGrade II*だ。190_2ちなみにココから電車に乗って行き着くロンドンのターミナル駅は「セント・パンクラス」だった。
セント・パンクラスはこんな感じ…どれもこれも向こうの駅は一体どうなってんだ!

10 ミッドランド・ホテルの隣は1911年落成の「St.George's House」というビル。

200_2コレまたテラコッタをあしらったナント美しいビルだことよ!
かつてはYMCAが使っていたが、今は普通のオフィスビルになっているそうだ。

11_0r4a0166 その隣は「Theatre Royale(シアター・ロイヤル)」。
現存するマンチェスター最古の劇場ビルディングで、オープンはナント1845年!
日本で言えば天保年間。スゴイね~。
ところが周囲に劇場が林立してしまい1921年には早くも「劇場」としての使用を辞めてしまった。
それからは映画館になったり、ビンゴ・ホールになったり、ナイト・クラブになったり…。
今は空き家になってた。
モッタイないな~。中を見てみたいな~。

260キリがないんだけど、そのまた隣が1856年に竣工した「Free Trade Hall」という建物。
1856年といったら安政2年、ハリスが下田にアメリカの領事館を設置し、12月には島津家から天璋院篤姫が第13代将軍、徳川家定に嫁いだ年よ。
お、赤いプラークが付いてる。

240_2「St. Peter's Fields  The Peterloo Massacre(聖ピーター・フィールズにおけるピータールー虐殺事件)」とある。
この前の通りをピーター・ストリートというんだけど、1819年8月16日、ピーターズ・フィールドというところに当時の不況や悪政の改革を訴える演説会が開かれ8,000人が集まった。
そこへ当局の騎兵隊がサーベルをむき出しにして襲いかかり、15人の死者と600人のケガ人を出した。
コレが「ピータールー虐殺事件」。
どっかで聞いた話だと思ったら、やはり「イギリスの天安門事件」と言われているらしい。
「Peterloo」というのは、この事件の4年前にナポレオンを駆逐した「Waterloo(ウォータールー、フランス語ではワーテルロー)の戦い」をモジったもの。
皮肉ですな。250_2よくテレビなんかで「The Guardian」というイギリスの大手新聞の名前が出て来るでしょう。
アレは元々「マンチェスター・ガーディアン」と言って、このピータールー事件を目の当たりにした人がこの事件をキッカケに創刊した新聞なのだそうだ。Tg それと…音楽。
「イギリス労働者組合会議(trades Union Congress)」という団体が1968年に創立100周年を迎えた。
この団体の最初の会合がマンチェスターで開かれたことより、マンチェスターを代表する事件、「ピータールー」を題材にした曲を作ることになり、イギリスを代表する作曲家であるマルコム・アーノルドに作曲を委嘱した。
それが「ピータールー序曲(Peterloo Overture)」。
実際に聴いてみると、特段事件の悲惨さを表現している感じではなかった。
それよりもこのマルコム・アーノルドという人よ、オモシロいのは。

Po ちゃんとしたクラシックの作曲家なんだけど、映画音楽をいくつか手がけていて、そのウチのひとつがデヴィッド・リーンの『ホブソンの婿選び(Hobson's Choice)』。
私、この映画大好きなの!
でも、音楽に注目したことはなかった。
そういえば、この作品の舞台はマンチェスターだったわ。
こんなの誰も知らんわね。
それじゃ…

Hc_1_3コレはどうだ!
小学校の時、下校の時間になると流れたデショ?
「ボギー大佐」とかいう曲名になっていた記憶が…。
『戦場にかける橋(The Bridge on the River Kwai)』ね。
アーノルドはこの映画でアカデミー作曲賞を獲得した。
ところが!複雑なことに、この「ボギー大佐(Colonel Bogey March)」という曲自体を作ったのはアーノルドではなくて、ケネス・ジョセフ・アルフォードという人。
何やらブルボンみたいな名前だけど、アーノルドは原曲を「クワイ川マーチ(The River Kwai March)」として編曲して、他にオリジナル・スコアを提供した。
そういえば、この作品の監督もデヴィッド・リーンだった。
小学生の時にもう夢中になって観たな。
この2人は名コンビだったのか…じゃ、他のリーンの代表作、『アラビアのロレンス』や『ドクトル・ジバゴ』や『ライアンの娘』はどうか…。
コレらの音楽を担当したのはモーリス・ジャールなんですね~。
一時期すごく人気があったジャン・ミッシェル・ジャールのお父さんね。

Hc_2_2 で、チョット脱線して…すでに脱線中ですが…。
『戦場にかける橋』で日本軍の親分、斎藤大佐を演じた早川雪舟ね。
私はこの映画でこの日本人俳優を知り、他の作品は全く知らなかった。
せいぜい「セッシュウする」なんて業界用語を知っていたぐらい。
コレは撮影をする時に背丈が足りない役者さんを台に乗せることによって背を高くして見せる技法(?)を表す表現。
いつも散歩している途中にあった谷中の古本屋で下の本に出くわして何となく気になったので買って読んでみた。
コレが驚きの内容でね~。
この人、欧米で信じられないぐらいの人気があったっていうんですよ。
何せ、水たまりがあると、白人の淑女が雪舟のクツを汚してないけないと毛皮を脱いでその水たまりにかぶせたって言うんだよね。
ハリウッドに豪邸を構え、毎晩毎晩、酒池肉林の宴を繰り返したらしい。
ホンマかいな?
何しろセシルBデミルの作品で有名になったというんだからスゴイ。
ちなみに雪舟は身長が170cmぐらいあって、特に「セッシュウ」する必要はなかったらしい。
どっから「セッシュウする」なんて表現が出て来たんだろうね?
ハイ、マルコム・アーノルドに戻って…

11_hs コレならどうよ!
ディープ・パープルの『Royal Philharmonic Orchestra』。
仕事がら私の周囲にはリッチー・ブラックモア・ファンのミュージシャンが多いが、『Come Taste the Band』が話題に上がっているシーンにはよく出くわしても、このアルバムについて語っているところは見たことがない。
当然、島ノンちゃんに振れば熱く語ってくれるだろうけど…。
ハイ、マルコム終わり!

2rphお、ビルの横で大騒ぎしてる。

11_0r4a0167バスから誰かが下りてきているところだった。

220_2ナンだろう?
サッカー選手かなんかかな?

230_2ハス向かいにBREWDOGのパブを発見!
コレはスコットランドか?
PUNk IPA美味しいよね。
帰りに寄ろうと思って忘れちゃった。

270その並びがコレ。

280_21階は入り口が藤の花で彩られたレストラン。

290_2上は「Albert Hall(アルバート・ホール)」という劇場になっている。
1908年のオープン。

300_2ウェブサイトから写真をお借りすると…中がスゲエ!
ま、コレ魚眼で撮っているので実際よりは広く見えているハズなんだけどそれでもスゴイ。
さぞかしビッグなミュージシャンがコンサートをココで開いて来たんだろう。
でも調べたけどわからなかった。
チャーチルがココで演説をしたそうだ。

Ah 街中で見かけたヨーコ・オノの姿。
MIFというのは「Manchester International Festival」の略。
このイベントのオープニングでヨーコさんがナニかスピーチをすることになっていたようなんだけど、どうもキャンセルになったらしい。
「オーノー!ヨーコ・オノがイベントに出席できなくなりました」なんて記事を関連のウェブサイトで見た。

310v_2知らない街を歩くのは楽しいな~。
コレは1846年開業の「Great Northern Railway」という鉄道会社の倉庫だった建物。

320_2コレがまたアホほどデカい建物。
汽車の車庫になっていたのかな?

330_2その近くにあったのがオペラ・ハウス。

340_2オープンは1912年。

350_2「オペラハウス」の名前がついているけど、ミュージカルも数多くかけられているようで、1958年には『ウエストサイド物語』のヨーロッパでのプレミア・ショウはココで上演された。

360_2ココに出演していたであろうコメディアンや役者のプラークが掲げられていたけど、ゴメン、全部わかりません。

370v_2街歩きはまだ続く。

390_2<つづく>

(一部敬称略 2019年6月14日 イギリス マンチェスターにて撮影)

2020年5月 6日 (水)

イギリス紀行2019 その25 ~ マンチェスターへの旅 vol.1:歴史的ではないホテル

 
直前の往訪地、ストックポートからローカル線に乗って2駅で着いたのがこの旅の目的地。
 
「ストックポート」についてはMarshall Blogに詳しく書いたので興味のある方はコチラをどうぞ。
   ↓   ↓   ↓
★【イギリス-ロック名所めぐり】vol.43 ~ 10ccに会いに行く <前編>
★【イギリス-ロック名所めぐり】vol.43 ~ 10ccに会いに行く <後編>

10着いた先はマンチェスター。
「マンチェスター」の名前が付く駅は他にもあって、一番大きな駅が「マンチェスター・ピカデリー」。

20ローカル線のホームはデカいスーツケースを持った団体さんでゴッタ返していた。
パキスタン辺りからの方々かしら?

25長距離電車のホームを横切る。
上野駅で言うと「低いホーム」ってヤツだな。
ま、どこの駅でもこの景色は大差ない。

30コレがターミナル。
日本で「ターミナル駅」と言うと「たくさんの路線が入り込んでいる大きな駅」というイメージがあるが、コレは間違い。
本来「ターミナル」は「終点」という意味。
だからイギリスで言うところの「ターミナル駅」にある線路のハジッコは必ずこの写真のようになっている。
日本は路線をつなげちゃうのが得意なので、こうした光景を目にすることはあまりない。
それこそJRでは上野駅の低いホーム、それから私鉄の始発&終点駅ぐらい?
昔は房総線の起点だった両国駅なんかにもこういうのがいくつもあった。
日本はイギリスの鉄道を手本としたけど(地下鉄はブエノスアイレス)、今ではイギリスが日本の鉄道の乗り入れシステムの研究をしているというんだから日本はスゴイ。
ココで言う「乗り入れシステム」というのは、JRと地下鉄がつながっているようなスタイルのことね。
でも、このシステムって運行距離が長くなる分、トラブルが増えるんだよね。
見てごらん、レールの幅が狭いために他の路線と乗り入れができず、いまだに浅草と渋谷の間を行ったり来たりしているだけの日本最古の地下鉄銀座線は運行障害で止まることがほとんどない。
日本の地下鉄は、間違いなく銀座線が一番カッコいい。
40これが駅舎。
1842年の開業だってのになんだよ~、コレは。
イギリスを代表する大都市、歴史ある産業革命の地元、マンチェスターの駅舎がこんなんじゃイカンな。
もっと古式ゆかしい歴史的な施設かと思っていた。
ガッカリ。

50ほら、ハチのマーク。

60駅舎を出てすぐのところにある「Victory Over Blindness」と題された像。
第一次世界で従軍し、戦地で失明した軍人は3,000に上り、退役後は光を失った新しい生活を強いられ大変な苦労を背負い込むことになった。
11_img_0249この像は「Blind Veterans UK」という国営の自然団体が設置したもの。
お国のために務めて盲目となった退役軍人のケアをする大きな組織なのだそうだ。
日本で「ベテラン」という言葉は、「ある事に長年携わって、その分野において人並外れたスキルを持っている人」ということを意味するが、英語の「veteran」はまず「退役した軍人」を指す。
日本のライブハウスに連れて行った外人に、若い腕の立つミュージシャンを指して「彼は若いけど、ヘビメタのベテランなんですよ」なんて言うと「OMG!あの若さで?」なんてことにもなりかねない。
コレね、この言葉にはいつも苦労するんだよね。
「ベテラン」ってどう言い表せばよいのか…。
「experienced」とか、「long careered」とか、「skillful」とか、その都度色んな言い回しをしているんだけど、ナニを言っても通じているようなので、日本語の「ベテラン」に相当する確固たる英単語が今でも曖昧のままでいる。Bv 駅から出て来ていきなりコレだからね。
結構ビックリするよ。
イギリスの街を歩いているとそこら中に戦争の英雄の像が飾られていたりするけど、反対にこういうことをして戦争の悲惨な面も伝えている…と私は見た。

11_img_0248まずはホテルに向かう。
路面電車が走っているのか…。

80早速、立派なホームに出くわす。
いいな~、こういうの。
私は都電復活を望んでいる…出来ても滅多に乗らないだろうけど、バスより良い。

90駅前にあった地図を参考にして難なくホテルに到着。
この時はポケットWi-Fiを借りて来なかったからね。

100_2この「The Britannia Hotel Manchester」に2泊。
実は前の日になってようやく予約したの。
私は「自然を満喫する」ような趣味が全くなく、外国へ来たならばとにかく街…すなわち文化や歴史を見て回りたいのね。
そういう意味でイギリスはメチャクチャ面白くて、できればすべての街や村を見て回りたいと思っている。
イギリスならそれほど言葉で苦労をせずに現地の人と意思疎通ができるし、長い歴史があるので見どころも満載だ。
パリやローマにも興味があって、もちろん行ってみたいとは思うのだが、言葉がね~…。
やっぱり言葉が通じると旅の楽しみが倍増するからね。
だからズ~っとイギリスでいい。
イギリスだけ見て回ってもいいと思ってるの。
ところが…今回は2日ほど時間を取って、どこか行ったことがない街を訪ねる計画をしていたのだが、どうも行き先が定まらない。
しばらくかなり忙しくしていたので、考えているヒマがなかったのだ。
数か月前に山谷の居酒屋で知り合ったカップルがいるグラスゴーへ行ってみたいけど、スコットランドは遠すぎる。
ウェールズに行ったことがないのでカーディフも訪れてみたい。
ピンク・フロイドのケンブリッジも魅力的だが2日もかける必要がない。
ニューカッスルがオモシロかったけど、2回行くのももったいない。
ヨークは次回あたりに家内と行こうとキメているし…。
そこで…コレが一番大きな動機だったんだけど…どうせどこかへ行くならMarshall Blogでやっている『イギリス-ロック名所めぐり』の取材ができそうなところにしよう、と思い立ちマンチェスターにキメた。
そう決心したのは実際にココにくる2日前。
この時はそんな旅だった。

110行き先が決まったら次は宿。
Marshallの事務所にいる時にサササとインターネットで調べてみた。
お手頃な値段のホテルは遠くてどうにもならない。
迷っていても仕方がないので、素泊まりで1泊13,000円と、決して安くはなかったが「ド真ん中にあるトラディショナルなホテル」という触れ込みに誘われてココにしてみた。
ビクトリア様式のカッコイイ建物というのがうれしいじゃん?
 
コレが入り口。
「ブリタニア」という名前も気に入った、チェーン店だけどね。

120入り口から入るといきなりコレ。
おお~!
レット・バトラーの家か?!…みたいな。140おお、ホテルのレセプションも風情があっていいね。
130チェックインを済ませたら早速シャンデリアの様子をチェック。
上を見上げると…
150ウワ~!
5階まで吹き抜け(stairwell)になっていて、シャンデリアは最上階の天井からブラ下げられている!

160vエレベーターで最上の5階に上がる。
いかにも古い感じのホテル…でも、そうでもなかったんだな、コレが。
このことはまた後で記す。

170vアレ?
5階が一番上のハズなのに、まだ上に部屋がある。
まるで船の中みたい。

180無料で配っているホテルの絵ハガキでチェックしてみると、大きな窓の付いた屋根裏部屋みたいなモノがあるようだ。

190私が2晩お世話になる部屋。
決して心地よくないニオイ。
一応全館禁煙になっている。
古いホテルに泊まるとこの類のニオイがするような気がするんだけど、考えてみるとコレはタバコのニオイを消すためのモノだね、きっと。
要するに「消臭力」とか「消臭元」みたいなヤツをジャンジャン振り撒いているんじゃないかしら?

200セマい!
でもマァ、これぐらいの部屋に驚いてなんかいられない。
そもそも寝るだけなんだし。
でもひとつだけイヤなのは、部屋の照明が暗いことなんだよね。
本が読めない。
今回は2泊分の着替えだけで、パソコンすら持って来なかったから本は大変重要な時間潰しのアイテムなのだ。

Img_0261部屋からの眺め。
天気悪いナァ。
午前中のストックポートではあんなに晴れていたのに。

210バスルーム。

220チャンとお湯が出るかを確認。
おお、こんなの初めて見た。
ひとつの蛇口から水とお湯が混ざらないで別々に出てる!

230荷物を置いて、早速部屋から出る。
もうあの吹き抜けが気になって仕方ないのだ!
これが私の部屋がある最上階の踊り場。

240あの吹き抜けを見下ろす。
おお~!スゲ~!

250当たり前だけどシャンデリアがあんなに下に見える!

260vコレが天井との接合部分。
案外貧弱。

270vこの階段のデザインがステキじゃないか!
あ、今日の記事の主役は完全にこの階段ですから。

280当然歩いて降りてみる。

290各階の踊り場。

300この構造のデザインも素晴らしんだけど、各所の装飾がまたキマっている。
さぞかし古いと思いきや…建物自体は1856年の竣工と確かに古い。164年前の建物で、国が「GradeII*」として「特別に重要な建造物」に指定している。
元々は「Watts Warehouse(ワッツ・ウェアハウス)」という「S&J Watts」という繊維会社の織物の倉庫だった。
この会社の創設者はジェイムズ・ワッツといって、かつてはマンチェスターの市長だった人。
何しろ産業革命の本場だからね。
そして、産業革命というのは繊維だから。310v御多分に漏れずマンチェスターの繊維工業が下火になり、この建物が不要になると、1972年には取り壊しの対象になったが、何とかセーフ。
1980年代に入って、内装のかなり部分をそのままに残しながら大改装が行われ、1982年に「ブリタニア・ホテル」が建物を買収。
初めは25の客室でスタートしたんだって。
今は363室で運営しているそう。
 
ズンズン階段を下りて行く。 
310もう知らないウチにニヤニヤしちゃうぐらいどこもかしこもステキ!

320しかし、倉庫時代はどんな風だったんだろう?
そっちも気になる。

330大分下まで降りて来た。
シャンデリアはすぐ上から見るとこうなってる。

340このシャンデリアは建設当初から残っているモノらしい。
マンチェスターも当然「Blitz」…すなわちドイツ軍の大空襲があったからね。
よくこの建物が残っていたものだ。

350地上階まで降りて来た。

360そして、今グルグルと階段を回って降りて来た吹き抜けを見上げる。
やっぱりスゲエな。

370v階段の裏にあるレセプション。
このホテル、一応「Free Wi-Fi」って言っているんだけど、部屋で使えるのは1日20分まで。
それ以上は有料。
でも、このレセプションのエリアは終日Wi-Fi無料。
キタね~!
で、急ぎの用事でメールする時にはワザワザ5階の部屋からココまで降りて来て携帯電話をイジったよ。

380ホテル内のバー。

390なかなか立派で、イッパイやりに来ようと思ったけど忘れちゃった!

400と、ひとしきり吹き抜けを堪能したところで外に出てみる。

410ホテルの前には「DAWSONS(ドーソンズ)」という楽器店がある。

430さっそく入ってみる。

440ホホウ、Marshallのメイン・ディーラーだったのね?
昔、本国のMarshallは「メイン・ディーラー」制っていうのを取り入れていてね。
ココはMarshall Blogではないのでコレ以上は書かないけど、懐かしいな。
Img_0490カウンターはとてもいい感じだよ。

450<つづく>
 
(2020年6月14日 イギリス マンチェスターにて撮影)