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2020年3月

2020年3月18日 (水)

イギリス紀行2019 その22 ~ スタンリー・キューブリック展 <番外編>

4604時間近く『キューブリック展』を観て、グッズを買って…もう足がガクガクになっちゃったんだけど、私が買った『キューブリック展』のチケットはレポートの『vol.1』に書いた通り、もうひとつの展示会と抱き合わせになってるからサ、モッタイナイので頑張ってそっちも観て行くことにした。

10それは『Making Memory』と題したデヴィッド・アジャイというイギリスの建築家のの展示。
ホールの整理をしていたオバちゃんが「そっちもとてもステキですよ~」ぐらいのことを言っていたのでチョット期待。
しかし、足が…。

20会場がある地下に降りると、おお!…ナントも座りやすそうなソファがあったのでしばし休憩。
すると隣にいたお嬢ちゃんを連れた日本人の家族が何やら怪しい雲行き。
お母さんが疲れてしまって、お父さんに文句タラタラなのだ。
わかるぜ~、お母さん。
でも何もそんなにムクれなくても…。
それでもナントカ次の行動が決まったようでお母さんを先頭にスタスタと去って行った。30アジャイはタンザニアの生まれで9歳の時にイギリスにやって来て、ロンドンの大学を卒業した。
だから創作物がこんな感じなのね。40この手はまったく門外漢なので、特に言いたいことなし。

80_3

70

90

100ところが、調べてビックリ!
このお方、「UK Holocaust Memorial and Learning Centre」というデカいプロジェクトの設計をなすってる。60こんなのあるの知らなかったナ。
エレファント&キャッスルに「帝国戦争博物館」というのがあって、そこにもかなり大掛かりなホロコーストの展示がある。
実際に見に行って結構ショックを受けたな。
チャンスがあればコレも見に行ってみよう。
しかし、向こうの人はこうした活動を通じて戦争の風化を防ぐ努力をしてるんだよね。
学校ではキチンと子供に戦争と政治に関する教育をするというし。
それは戦勝国だからできるんだろうけど、日本なんかはアメリカと戦争したことを知らない若者が平気でいるもんね(コレ事実)。
学校で教えないからだよ。
先々週もコロナ騒ぎで「東京大空襲」に関する報道はほとんどなかったでしょ?
敗戦国だからこそ戦争の悲惨さを伝承しなければいけないのに…。
50さて、アジャイさん、「Sir.」の称号を頂いている、コレだけじゃなくて、ワシントンDCにある「National Museum of African American History」や…

Ms_2 モスクワの「Moscow School of management SKOLKOVO」という大学院の設計なんかと手がけているトンデモナイ大物建築家だったのよ。
あ~、見ておいてヨカッタ…ウソこけ!
でも「UK Holocaust Memorial and Learning Centre」の存在を知ったのは収穫だった。

Ms_11階のロビーに戻る。110今度は上の階へ。

130足、ガクガク。

140上の階に来た目的はコレ。
キューブリックが『LOOK』誌のカメラマンだった頃の写真を展示していたのだ。150キューブリックが14歳の時にお父さんが与えたGraflexというカメラ。

160その時から「20世紀最高の映画作者」としてのキャリアがスタートした。
キューブリックはこのカメラで地元ニューヨークの日常を撮り続け、「LOOK」誌のカメラマンとして21歳の時にプロデビューした。
その時LOOKに売った写真の値段は21ドルだったらしい。

170それがこの写真。
『キューブリック展』でも紹介されていた。
落ち込んだ新聞売りのおジイさんの姿。
おジイさんのすぐ右に「F.D.R. DEAD」とある。
「F.D.R.」とは「Franklin Delano Roosevelt」のイニシャル。
つまりローズベルト大統領が死んだ日の様子だ。(一般的に「ルーズベルト大統領」と呼ばれているけど、発音記号を見ると「ローズヴェルト」だね)
その上に「Roosevelt Dead」とある。
ローズベルトが死んだのは1945年4月12日。
ひと月前に東京大空襲があった。
アメリカにしてみれば敵国の首都壊滅ということで、勝利までもうひと息というところ。
それでこのおジイさんがガッカリしている…という意味の写真だろう。
今度はおジイさんの上に「TRUMAN TAKES OFFICE」と出ている。
「take office」というのは「就任する」という意味。
トルーマンがローズヴェルトの後を継ぎ、4か月後に広島と長崎に原子爆弾を投下した。
その約20年後にキューブリックは米ソの冷戦を舞台に水爆投下をテーマに据えた『博士の異常な愛情』を撮ったのだ。11_0r4a0674 他の写真はこんな感じ。
すべて1945~1950年にLOOK誌のために撮ったモノ。180ナニを撮っているのか知らないけど、私にしてみるとなんじゃコリャ?って印象。
だって、どれも映画のスチール写真みたいでしょ?

190恥ずかしながら、私もライブの写真を撮る時は、シャッターを切る瞬間の前後まで撮っている気構えで臨んでいるつもりなのね。
ただパチパチやっているより、そういう気持ちだと撮った写真に物語性が出て来るような気がするのです…知らんけど。

210でも、コレって「物語」がありすぎでしょう?
すでに「映画的」って言うのかな?
写真の圧力で被写体の顔に目が行かないと言ったらオーバーだけど、実際に見ていて「アレ?コレ。シナトラじゃん!」ってなったよ。
こんな下からのアングルは『シャイニング』の食糧庫に閉じ込められたジャックを撮った時を思い起させる。
普通はこんなことしない。
200vコレもいい。
モンゴメリー・クリフトか…。
昔の俳優さんは男も女もキレイだったね~。
あ、シナトラは歌手ですから「ヘビ顔」でもOK。220v展示はこんなもん。
 
さらに上の階に行ってみると、これまたオモシロそうなのをやってた。
『コーンフレークからコーラまで』という1962~1977年までの「Sainsbury's(セインズベリー)」の自社製品のデザイン展。
セインズベリーはイギリスの大手スーパー。

Marks & Spenser、Waitrose、Sainsbury's、Morrisons、TESCO、ASDA、COOP等々、やっぱりイギリスのスーパーがいいね。
私は中でもMarks & SpenserとSainsbury'sが好き。
ちなみにMarksの創業者の孫は男爵で3番目の奥さんが寿子さんという日本人だったんだよ。
最近はLiDL(リドル)やALDI(アルディ)らのドイツ資本のディスカウント・スーパーに押されてイギリスのスーパーマーケット業界も混戦模様だけど、Sainsbury'sはTESCOについで現在第2位をキープしている。
TESCOは高円寺と新大久保にあったけど4、5年前に撤退したね。
このスーパーの格付けってのがまたオモシロイんだけど、それは別の機会に譲ろう。

230そうか…当たり前すぎて考えたこともなかったけど、お店で商品を自分で勝手に取ってカゴに入れてレジで勘定する…なんてシステムはスーパーマーケットができる以前にはなかったワケよ。
それが1950年、Sainsbury'sがロンドンの南のクロイドンに自分で棚から商品を取って生産するセルフ・サービス式のお店を初めてオープンさせた。
イギリスは第二次大戦後、1954年に配給制度が終了し、大量消費の時代が始まった。

240v
310そして、Sainburry'sの自社ブランドがジャンジャン送り出されてきたんだね。

250コレらはそうした商品のパッケージ・デザイン。

270

280

290時代を感じさせるナァ。

295v
320フォントの指定。

300Sainsbury'sが好きな理由はコレ…紅茶。
普通の紅茶はSainsbury'sで、ハーブティーはMarks & Spencerで買うようにしている。
よくお土産で買って帰るので、ココでは値段は明らかにしないが、安くて実においしい。
イギリスで飲むともっとおいしい。
水が違うからね。
このパッケージ、今はコレだけど…St 数年前まではコレだった。
こうしてパッケージを変えるのはこうした歴史があってのことなのね?

Sto さらに上の階へ…

330『Design Museum』の常設展。

340かなり広範囲なアイテムを集めてデザインの魅力を展示している。
もちろん無料。

350vバッキンガム宮殿にはたくさんの来客があってコロナの心配が大きいので、女王陛下もウインザーへ避難しちゃったね。
コレはイギリス王室が昔からやってきた手法。
昔のロンドンの衛生環境は劣悪だったため、疫病が流行ると王室のメンバーは居城を移すのが常だった。
かのヘンリー八世なんかもそう。
伝統を重んじるイギリスはそんな伝統も守られている…ってことはないか。

369

370広告のデザインや…

380工業製品の展示。
400

390ロゴサインも…。

410v

420v実際に製品の数々。

430楽器部門からはテレキャスターが飾られていた。

440こうしてひと通り見てから、ミュージアムのフリーWi-Fiでメールをチェックして次のポイントまで移動した。
外はまだガンガン雨が降っていた。

460_2これで『スタンリー・キューブリック展』のレポートを完了します。
長い間ありがとうございました。

イギリス紀行2019 その21 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.10:最終回>

 
『スタンリー・キューブリック展』のレポートもコレが最終回。
この後、まだもう1本<番外編>を編みますが、ひと通り終わったらMarshall Blogへ帰ります。
 
と、いうことで、残す1本は『2001年宇宙の旅』。
またまたアマノジャクで申し訳ないんだけど、私はコレ、そんなに好きなワケではありませんでね。
でもこうして展示のトリに持って来ているところなんかを見るとやっぱり世界的に「キューブリック=2001年」なんですな。
確かにまだ誰も見たことがない宇宙の様子を緻密に可視化したことはスゴイんだろうけど、映画として最終的にワケがわからん!
じゃ、どの作品が好きなのよ?と問うならば…問うならば!
今なら『博士の異常な愛情』が一番オモシロイと思っている。
2位が『オレンジ』。
3位が『シャイニング』か。
ま、3本ともよくわからないんだけどね…でも、いったん観始めたら最後まで付き合わせてしまう映像や脚本や音楽の力はスゴイよね。
黒澤作品もそうだけど、やっぱりスゴイ映画ってのは、何回観ていても最後まで観てしまう作品だろうね。

10_2実際、トリらしく展示のスペースも一番広々としていた。
50_2左は原作者で共同脚本制作者のアーサー C. クラークにキューブリックが送った「Telescope」に関する手紙。
「Telescope」は「望遠鏡」のこと。そんなのこの映画に出て来たっけ?
ひとつ飛んで、アーサー C. クラーク所有の原作本の初版本。

11_0r4a0589類人猿の演技に関するメモ。
一番上に「Dawn of Man(人類の夜明け)」、「Basic Movement」と書かれていて「ダイナミックに」と記されている。
類人猿の動きの指示があって、右のページには「体重」、「移動」、「リズム」、「腕」など動きの指示が細かく書き留められている。17「人類の夜明け」のセットの絵コンテというか、背景に使った写真の指示か?
あの原野の風景のロケハンには大変に苦労したそうで、最終的にはセットを作り、そっれぽい写真を拝見に入れて撮影した。
すぐ近くには普通に車やバスが走っていた空き地で撮ったらしいよ。
結果、誰も見たことがない未来のビジュアルより、何百万年の過去のビジュアルの撮影の方に手こずってしまったとか。

16類人猿の着ぐるみ。
ホンモノ。
ナンカえらく落ち込んでいる感じだナァ。
0r4a0599はじめキューブリックは、毛だらけのルックスではなく、もっとツルツルした人間っぽい仕様にしたかったらしいんだけど、引きで全身を撮る時に「お又」の処理がムズカシイということで断念した。20v類人猿が宙に放った骨が宇宙船になる…なんてセンスはスゴすぎるね。
あそこのシーンって無音なんだよね。11_0r4a0592この映画にはvol.3に書いたようにリゲティの音楽が盛大に使われていて、あの無調というか、ノイズというか…とても刺激的かつ効果的な音響とは対照的に、木星に向かうシーンでは何とも切なく美しいメロディが流れてくる。
映画で使われているのはバレエ音楽「Gayane(ガイーヌまたはガヤーヌ)」からの中の「Adagio(アダージョ)」という曲。
作曲したのはロシアのアラム・ハチャトゥリアン。
「ガヤーヌ」は知らなくても、その中の「Sabre Dance」という曲は皆さんも絶対にご存知のハズ。
コレ、あの「剣の舞」。
下の生コン屋の社長みたいなのがハチャトゥリアン。
日本では「剣の舞」だけがやたらと有名だけど、この人は他にも滅法いい曲をたくさん残している。
私は全く詳しくないが、聴いている限りでは交響曲も、ピアノ協奏曲も、管弦楽曲も、どれもロックっぽくて聴きやすくカッコいい。
そうえば『スパルタカス』なんて曲もあった。12ak チョット脱線。
Marshall Blogでも紹介したことがあるんだけど、ハチャトゥリアンの「ヴァイオリン協奏曲」はマジでカッコいい。
クラシックのガイド本で「20世紀に作られたヴァイオリン協奏曲の中でナンバーワン」というコメントを目にし、ダマされたと思ってイツァーク・パールマンのモノを買ってみた。
結果…全くダマされなかった。
ドライブ感満点のメロディがテンコ盛り!
楽器フェアでやっていたセールで譜面を見つけて買っちゃったよ。
クラシック・ネタを演っているロック・ギタリストなんかは、パガニーニだのヴィヴァルディばっかりじゃなくてこういうのを取り上げれば少しはオリジナリティが出せると思うんだけどナァ。
他にも2枚ほど聴いてみたが、このパールマン盤が一番ヨカッタ。
指揮はフランク・ザッパのかつての仕事仲間のズービン・メータだし。

Kp もうチョット、メータで脱線。
私はバーンスタインの「Candide Overture(キャンディド序曲)」に目がなくて、異なる音源を見つけては片っ端から聴いているんだけど、先日、偶然見つけたメータ/ロサンゼルス・フィルの録音を聴いた。
最高にカッコいい。
馴染みのあるブロードウェイのオリジナル・キャスト盤もいいんだけど、メータの演奏はもう曲の深さが違う。
完全逆転優勝ですわ。

12zmc リゲティもハチャトゥリアンもいいんだけど、この映画で一番強烈なのは、実は「無音」のシーンではなかろうか?
キューブリックは「無音」を実にうまく使っていると思うのだ。
ヒッチコックも使った手法だが、「無音」というか「音楽なし」って、時としてスゴイ効果を生み出す。
例えば『引き裂かれたカーテン』でポール・ニューマンが「グロメク」という東ヨーロッパの監視役とケンカしてガスオーブンに頭を突っ込んで殺すシーンに音楽が全く音楽がついてないくてね…すさまじい緊張感だった。
ヒッチコックは『レベッカ』のような昔の作品では反対に美しい音楽を全編に流していて、コレもまたいいんだけどね。もちろんオリジナル・スコアだ。Tc みんなうれしそうに展示を見てる。
190_2展示品の紹介を続ける。
宇宙ステーションのドローイング。
コレが元なったのかナァ。
それとも後から描いたのかナァ?わかりません。

18天井には「ディスカバリー号」他の模型が吊るされていた。
ゴメンナサイ!
コレが実際に撮影で使われたモノかどうかは定かではありません。

11_0r4a0629 そうそう、ディスカバリー号の中でだったかな?
フロイド博士が退屈しのぎに見ているテレビ番組って柔道の試合なんだよね。
当時の遠い未来は「柔道」がポピュラーになっているかも…という提示だったのかしらん?

70_2コレは最初にフロイド博士が宇宙ステーションに行く時に乗っていた宇宙船かな?
「オリオンIII号」っていうの?
映画のヤツとは後ろの部分のデザインが違うけど。
そして、「PAN AM」のロゴ!

80_3昔、まだ固定相場制でドルが360円だった頃、海外旅行が一般庶民には夢のまた夢だった時代、このパンナムのバッグは「海外旅行に行った者」だけに与えられる勲章だった。
コレって乗るともらえたのかしらん?そんなことも知らないほど、当時ウチの家は海外旅行とは縁がなかった。

Pnb 宇宙船乗務員のユニフォーム。
30vスチュワーデスがかぶっていた帽子ね。
足元は「Grip Shoes」ってのを履いてた。
あのペンが無重力で宙に浮かぶシーンがあったでしょ?
まだCGもなかった時代、あれだけでも観ていたお客さんはビックリだったんじゃないかしら?
ちなみにパン・アメリカン航空は、こうして映画の中でロゴが使われることを全く問題視しなかったらしい。
残念ながら同社じゃ2001年まで続かなかったけどね。
でも、アメリカという国を象徴するロゴ・サインのひとつであることは間違いないと思う。

40_2宇宙ステーションの中のセットのレプリカ。
様子はチョット違うがイスなどはホンモノ。
ここでも「HILTON」という企業名を出して現実味に拍車をかけている。
「HILTON SPACE STATION 5」か…今、本当に作っているぐらいかな?130_2映画の中でHILTONの向かいに設置してあるのが「HOWARD JOHNSON'S EARTHLIGHT ROOM」というサインが掛かったミーティングスペースだった。
「HOWARD JOHNSON'S」はアメリカとカナダにまたがるの大きなホテル&モーテルのチェーン。
1960~70年代には1,000軒を超すレストランのフランチャイズを展開していた。

11_hj「Howard Johnson's」の名前は、フランク・ザッパをちゃんと聴いている人にはおなじみのハズ。
1972年の『Just Another Band from LA』のA面を占める大作「Billy the Mountain」のビリーとエセルの会話にこういうクダリが出て来る。
"ETHELL, wanna get a cuppa cawfee?"

(Howard Johnson's! Howard Johnson's!
Howard Johnson's! Howard Johnson's!)

"Ahhh! there's a HOWARD JOHNSONS! Wanna eat some CLAMS?"

おお、アメリカでも「a cuppa」って言うのか。

LaそのHoward Johnson'sのお子様向けメニューが展示されていた。
こんな時代からシッカリとクロス・プロモーションが行われていたんですな。
子供もキューブリックで喜んだのかね?

19映画の中で使われた小道具。

140コレは映画の中に出て来たのかな?
テレビ電話自体はフロイド博士が娘に誕生祝いのメッセージを送るところで登場する。
あのシーンで誕生日プレゼントに欲しいモノを訊かれると、その娘は「Bush baby!」と答える。
するとお父さんは「Bush baby...」と言って反応するんだけど、その時の字幕が「猿か…」となっている。
「bush baby」ってホントに猿のことなの?
どうしても気になって調べてみた。

150_2答えはコレ。
「ガラゴ(galago)」というサル科の生き物なんだって。
コレって「リスザル」っていうヤツ?
要するに21世紀にはペットとして人気がある…ということを表しているのかな?

100558やっぱりコレがないとね。

160HAL 9000。
映画の中で「ハル、ドアを開けてくれ」とか「枕を下げてくれ、ハル」なんてやってるけど、アレって今「アレクサ」ってやつと同じじゃんね。
この「HAL」という名前は「IBM」の一文字ずつ先を採って付けられた…というのが定説だけど違うんだって。
原作者のアーサー C. クラークによると「HAL」というのは、「Heuristically Programed ALgorithmic computer」の頭文字だそうです。
「発見を促すようにプログラムされたアルゴリズムを持つコンピュータ」ぐらいの意味か?ナンのこっちゃ?

170_2しかし、考えてみると、『シャイニング』ってこの映画に似ていると思わない?
『博士の異常な愛情』もそうかも。
ジャック・トランスもリッパ―将軍もHALみたい。
IBMはキューブリックが「殺人コンピュータ」を描いたことが気に入らなかった。
確かに、まだコンピュータが全く普及していなかった時代に、この映画を観た人たちが「コンピュータっておっかないね」なんて固定概念を持ってしまったら商売に差し支えるもんね。
そこで、IBMはこの映画に使われていた「IBM」のロゴをすべて取り外すようにキューブリックに命じたそうだ。
でもいくらか残っちゃったのね。
そのひとつがディスカバリー号のコクピットの操作盤。
アソコですぐに「IBM」の3文字が見て取れる。180vもうひとつがコレ。
船外作業用のヘルメットと…
90_2宇宙服。

11_0r4a0618 展示にはなかったけど、腕に付けている操作盤にガッツリ「IBM」って入っちゃってる。
映画では左のをお腹に、右のヤツを背中にしょっていた。
キューブリックはIBMのエリオット・ノイエスという工業デザイナーとの共同作業でコレらのアイテムのデザインに取り組んだ。
その成果が今のタブレット端末のデザインに活かされているんだって。

100_2マァ、やっぱり芸が細かくてね、この3つの箱には上から「SYSTEM MODULE(システム・モジュール)」、「ELECTRONICS MODULE(電子モジュール)」、「EMERGENCY OXYGEN MODULE(緊急時酸素モジュール)」になってるの。
細かいな~。
そんなの誰も読まないし、読めないってば!
こういうところは『赤ひげ』で絶対に写らないにもかかわらず、薬箪笥の中に本当にを薬入れて撮影した黒澤明の感覚にソックリだ。

110vそして「スター・チャイルド」。

200_2実はコレもこの記事を書くためにもう一度観なおしてみた。
グイグイと引き込まれて最後まで観ちゃんだけど、やっぱりワケわからんな。
公開から長い時間が経って、これまでたくさんの人が作品の解説をして来たので、今となってはこの作品が意味するところを理解する人もいるんでしょう。
でも1968年の封切り時、コレが「絶対的な神の探求」をテーマにしていると思った人は一体どれぐらいいたんだろう?
私はそれを聞いてもわからんわ。
映画狂のウチの父も「サッパリわからないからキライ」と生前言っていた。
ウチはこの映画に関しては、親子二代でチンプンカンプンなのだ。
私のセガレたちもわかるワケないので「親子三代」だな。
一方、映像。
我々の世代は、宇宙ステーションがああいう形をしているイメージを持っていてるのでアレを見ても驚いたりすることはないけれど、当時の人たちはまるで実物の映像を初めて見たワケだから感動は相当大きかったと思うよね。
音楽にしてもそう。
「ツァラトゥストラはかく語りき」なんて曲は、一般の人はそれまで知らなくて、突然「♪ドンガンドンガン」やられちゃった。
しかもそれをですよ、シネラマの大画面、大音響、そしてあの映像で体験したワケですよ。
「スター・ゲイト」のシーンもシネラマに爆音のリゲティだったからこそスゴかったハズ。
結果、「絶対的な神」がどうのとか、「モノリス」なんてことがサッパリ理解できないくても超ド級のエンターテイメントだったに違いない。

205ということで終わり。
出口にはあたかも映画のエンドロールのようにスタッフのクレジットが掲げられていた。
イキな演出だ。220_2ナンダカンダで4時間近く見てたかな?
足がガクガクになっちゃった。

230_2記念にナニかグッズを買っておこうと売店へ。

240_2色々と惹かれるアイテムもあるんだけど、イザとなると「コレ買って一体どうすんだ?」とか…

250「重いぞ~、まだ旅は半ばだぞ~」とか…

260_2「ココで買わなくてもインターネットで買えばいいじゃないか!」とかいう、悪魔か天使か知らんが、そういう声が聞こえてくる。

270で、結局買ったのは絵ハガキ数種と…

280鉛筆1本…

290それとキューブリックがロケに使った地点を記した簡素なロンドンの地図。

300この地図が結構トホホだったわ。

320〆て£10.0。
ま、こんなもんだ。
『シャイニング』のマグカップが欲しかったんだけど重いからね~…ヤメた。
 
ところで!
こんな映画があるなんてゼンゼン知らなかった。
2005年の『Color Me Kubrick』という映画。製作総指揮は『レオン』のリュック・ベッソン。
イギリスで「アラン・コンウェイ」という同性愛者がキューブリックを騙って数々の詐欺をはたらいた実話に基づく作品。
早速、DVDを取り寄せて観てみた。
タイトルには「A true…ish story(実話…みたいな)」という説明がくっつく。
そう、「ish」というのは「みたいな~」みたいな意味。
イギリス人と接していると、「Are you hungry?」「Mmmmm, ish」みたいに実際によく使われているのを耳にする。
で、コンウェイに関する記述を読むと、この映画があながちデタラメに作られていないことがわかる。
邦題は『アイ・アム・キューブリック!』。
またしてもツマらないタイトルを付けたものよ!とイラっと来たが、「アイム・キューブリック!」というセリフが出て来るシーンで大爆笑!どういう意味かわかっちゃったかな?
結果、この邦題…許す!
冒頭からロッシーニの「泥棒かささぎ」が流れたりして、音も映像もキューブリック作品のパロディがふんだんに詰め込まれていて、キューブリック・ファンは笑うか怒るかのどちらかだろう。
スリーブはコンウェイを演じたジョン・マルコヴィッチ。
キューブリックというより、ジャック・ニコルソンという感じがしないでもないが…。

Iskコレがホンモノ同士。
もちろん右がキューブリックですよ。
似ても似つかない!
ニューヨークタイムスの演劇の批評家までダマされてしまうシーンが映画に出て来るが、コレは本当だった。(その批評家の奥さんの役で『バリー・リンドン』の「レディ・リンドン」を演じたマリサ・ベレンソンが出てる!)
どうしてそれほどまでの人までがコロっとダマされてしまったのか。
この事件が起きた90年代の後半、キューブリックは『フルメタルジャケット』の撮影後、長期間にわたって人前に姿を見せていなかった。
そして、一般的にキューブリックには「ヒゲボーボーのイメージ」があったため、「ヒゲを剃った」と言われてしまうと疑いにくかったのだそうだ。
『ニュルンベルグ裁判』のスタンリー・クレイマーのクダリはオモシロかった。
コンウェイは1998年の暮れに心臓マヒで他界。キューブリックはその3か月後に同じく心臓発作でこの世を去った。

Asこれでレポートはおしまい。
この後「デザイン・ミュージアム」を紹介した<番外編>をアップします。
キューブリックがカメラマン時代に撮った写真なんかが展示されていたの。
興味のある人は少しだけお楽しみに!



2020年3月16日 (月)

イギリス紀行2019 その20 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.9>

 
今日は『バリー・リンドン』。
他の回でも触れたように、中学2年生の時に初めて観たキューブリック作品。
44年前の封切り時のこと。
私は13歳だったけれど、3時間の長大作をとりあえず飽きないで観た記憶がある。
80繰り返しになるが、映画館は有楽町の「丸の内ピカデリー」で、まだ日劇や朝日新聞の本社や東京都庁が有楽町にあった時分の話。
「ピカデリー」ね、その頃はナンのことか気にしたこともなった。
それが後にロンドンのピカデリー・サーカスに何度も行くことになるなんて夢にも思わなかったし、そんな場所が地球上にあることも知らなかった。
なんてことを書いているウチに当時のことがとても懐かしくなって、インターネットでその辺りの写真を探してみた。
あるわ、あるわ!懐かしいな~。
今日はいきなり脱線。
インターネットからそれらの写真をお借りして「わが青春の映画館めぐり<有楽町限定>」からスタートさせてくだされ。
ご同輩で映画好きに皆さんはご一緒にどうぞ~!
ご興味のない方はツラ~っとスクロールしてもらって結構です。
 
まずはその『バリー・リンドン』を観た「丸の内ピカデリー」。
有楽町/日比谷エリアの松竹系封切館のトップという位置づけだったのかな?
話題作は東宝系のそれである「日比谷映画」か「有楽座」かココで上映されることが多く、ずいぶん通った。
最後にココに入ったのは今の家内と観た『E.T.』だった。
1982年の公開だって…38年前か…。
地下には丸の内松竹という映画館があって、何度か入ったがナニを観たのか記憶がない。
『ロッキー』と『幸せの黄色いハンカチ』をダブルフィーチュアで観たのは覚えている。
超満員だった。
アレってなんでそんなカップリングだったんだろう?12aああ、懐かしいナァ~、日劇。
日劇自体は馴染みがないんだけど、地下に「丸の内東宝」があって、味のあるB級映画をよく観に行った。
『デアボリカ』とか『サスペリア』とか。
チャールズ・ブロンソンと奥方のジル・アイアランドの『ブレイクアウト』ってのはココで観たな。
メッチャ面白かった。
ジル・アイアランドもイギリス人だったのね?当時「Ireland」なんて名前はヤバかったんじゃないの?
向かって右側の黒いビルは朝日新聞の本社。
この辺りはいつもインクのニオイが立ち込めていてね、私はあのニオイが好きだった。
日劇の向かって右側に東宝のグッズを売る小さな店があって、その隣に「東宝カレー」というカレー・スタンドがあった。
映画を観た後、時々食べに行った。
それと、近くに「カントリー・ラーメン」という立ち食い店があった。そこはよく食べに行ったな。
45年前の当時で一杯100円とか120円とかだったかしらん?
ちなみに私の中では、一番古い記憶でラーメン屋のラーメンが80円だったのを覚えている。
小学校2年生ぐらいの時かな?…50年前よ。
この都バスのデザインも懐かしいね。
12b同じく日劇の地下なんだけど、別の入り口から入る「日劇文化」ってのがあって、ATG作品をよく上映していた。
中1の時、段々と興味が移行し、「映画」というよりも「音楽」という観点で『ビートルズがやって来る!ヤァ!ヤァ!ヤァ!』、『ヘルプ!』、『レット・イット・ビー』の3本立てを観に行った。
日劇文化に入ったのはこの時だけだったナ。
しかし、若かったんだネェ…今、3本立てなんてウンザリしちゃうもんね。
この時から45年経つ現在まで、一度もビートルズのこの3本を観ていないんだけど、結構覚えているもんでね…若いってのはスゴイ。
その後、急速にロックに傾き、映画館ではなく「Lo-Dプラザ」を目当てに有楽町に来るようになった。
後の日劇の看板…「三波伸介」が出てる。
「てんぷくトリオ」ってすごくいい名前だ…今でも思っている。「脱線」に「転覆」だもんね。音がカッコいいよ。

12c日比谷地区。
上にも書いた通り、東宝系の話題作は「日比谷映画」で封切られることが多く、何度通ったかわからない。
右端は「三井ビル」。かつて旭化成の本社が入っていた。
写ってはいないが、その手前にあったこのエリアで一番古い建物を「三信ビル」といった。
学校を出てそのビルに入っている会社と縁を結んだのは日比谷映画がスキだったからではない。

12d日比谷映画の隣が「有楽座」。
ココに通っていた頃はナンとも思わなかったけど、こうして見るとアールデコ調でナカナカの建物だったんだな。
もちろんロンドンあたりの老舗の映画館の足元にも及ばないけど、日比谷映画なんてなかなかいい線いってる。
有楽座は70mmが上映できたので、やはり話材の大作がかかることが多かった。
『大地震』なんてのはココで観たのかな?
チャップリンの『キッド』もココで観たわ。
一番印象に残っているのは黒澤明の『デルス・ウザーラ』かな?
ああ、そういえば家内との最初のデートで有楽座へ映画を観に来たんだった。
その時一番話題になっていた『エレファント・マン』だったわ。
ちょうど40年前の話ね。
日比谷映画と有楽座の間には喫茶店と映画のポスターやプログラムを売る映画グッズの専門店があった。

12e有楽座の向かいが「スカラ座」。
確か研ナオコはココで切符のもぎりの仕事をしていたんじゃなかったかしら?
『ウエストサイド物語』を初めてココで観た時は鳥肌が止まらなかった。
でも、ココはナント言っても『トミー』かな?
「クインタフォニック・サウンド・システム」とかいって、客席の後方にもPAスピーカーが設置され、すさまじい音響だった。
後年、まさかこの映画で「Fiddle About」を歌っている人のイトコが務めている会社で働くなんてことになろうとは、あの頃一体誰が想像できようや。

12f有楽町駅の隣の「スバル座」は今でもあるのかな?
小さい映画館でね。
フジテレビで毎晩12時ぐらいに放映していた映画の予告編を2本ほど流すだけの『洋画の窓』という実質5分にも満たない番組があった。
そこで見た映画が気になってこのスバル座へ観に来た。
まだブライアン・デ・パルマなんて誰も知らない頃でね…その映画は『ファントム・オブ・パラダイス』といった。
最高だった。
もちろん他にも何度も行っているが、他にナニを観に行ったのかサッパリ覚えていない。
そういえば、『ロッキー・ホラー・ショー』を定期的にかけていた「有楽シネマ」という小さな映画館があったけど、有楽町駅前の再開発でいつの間にか無くなったな。

12gチョット足を伸ばして東銀座地区。
「松竹セントラル」は「懐かしい!」と感動するほど訪れたワケではないが、Led Zeppelinの『永遠の詩』を観に来たことをよく覚えている。
つまり、ライブのパート以外が驚くほど退屈だった…ということを。
晴海通りをはさんだ向かいは「東劇」。
ココは大分前…調べてみると1975年に改築していて、今でも当時と同じ様相をしている。
改装後まもなくポール・ニューマンの『新・動く標的』を観たな。内容は何ひとつ覚えていないが…。
一方、『イナゴの日』はとてもヨカッタ。
アレはジョン・シュレシンジャーだったっけか?

12h今度は東銀座。
しばらく東京を離れている間に「テアトル東京」がなくなっていたのはチョットしたショックだった。
シネラマが上映できる大劇場でね、初めて入ったのは『パピヨン』を観に来た時だった。
『天地創造』とか『ディア・ハンター』とかもココで観たな。
でも、一番印象に残っているのは小学校の時、土砂降りの雨の中、父が見せに連れて来てくれた『七人の侍』だ。
もうパンパンの超満員だった。
そして、子供ながらに「この世にこんなにオモシロい映画があっていいものか!」と大感動した。
おかげで今でもしょっちゅう観てら。
地下には「テアトル銀座」という中型の映画館があって、何度か入ったがナニを観たかひとつだけ確実に覚えているのはシドニー・ポワチエとマイケル・ケインの『ケープタウン』という作品。
コレ、「観るとはなしに、フラッと映画館に入って観た映画」としては今までの人生で一番オモシロかった。12j以上。
お付き合いありがとうございました。
こんなことばっかりやってるからナカナカ先に進まないんだよ…わかっております。
気が済みましたので『バリー・リンドン』の展示に戻ります。
 
しかし、私なんかはまだラッキーな方だと思うよね。
お金を出して手に入れた音楽をちゃんとしたオーディオで聴く愉しみを知っているし、大きなスクリーンと大音響で映画を鑑賞する興奮もよく知っている。
エンターテイメントにお金をかけても満足できるゼイタクな時代だった。
『バリー・リンドン』もまだそんな時代に観た一作のひとつなのだ。

展示に戻って…と。 
ロゴのスケッチ。

100例によって詳細な絵コンテの数々。
前々作の『2001年宇宙の旅』は今から19年前の世界が舞台だったが(!)、キューブリック『バリー・リンドン』で140年前のアイルランドを舞台にして、その完璧な再現を目指した。
迷惑な話ですね~。
90ダニエル・ホドヴィエツキ(Daniel Niklaus Chodowiecki)という18世紀のポーランド生まれのドイツの版画家の著書『Von Berlin nach Danzig Eine Kunstlerfahrt Im Jahre 1773』。
製作総指揮を務めたケン・アダムとキューブックは18世紀の様子について、この本から大いにインスピレーションを得たのだそうだ。
この本はプロデューサーのヤン・ハーランの私物。
なかなかに貫禄のあるルックスだったのでよっぽど貴重なモノかと思ったが、偶然見つけた古本のオークション・サイトで付いていた値段は25ドルだった。

110ココで一旦プチ脱線。
『2001年』の「スリット・スキャン」のようにキューブリックは新しい撮影技術やアイデアを積極的に取り入れてきた。
『バリー・リンドン』の後の『シャイニング』では例の「Steadicam」を使った。
それから、ひとつ前の『オレンジ』で、屋根裏部屋に入れられたアレックスが下の階から聞こえてくる「第九」に苦悶して窓から飛び降りるシーンね。
アレックスが地面に落ちる寸前にほんの数秒カメラが地面を映す。
あのシーンは実際にカメラを落として撮影したそうだ。
それと、コレは脱線の脱線。
その階下で「第九」を大音量で鳴らしているあのスピーカー・キャビネットは、ロゴはハズしてあるがMarshallの製品に見える…ゴールドのビーディングと白いパイピングがそう思わせるのね。
で、早速Marshall本社のベテランの仲良しに写真を送って確認してもらったところ、確証はないが「多分Marshall製だろう」とのこと。
1970年当時はギター・アンプ以外にもものすごく多岐にわたった製品を製造していたのだ。
そのシーンがコレ。
この当時の人はもう工場にいないので話を聞くことはできないが、キューブリックがMarshallの工場にやって来て、ジムやケンに「アーダ、コーダ」と希望の仕様を説明している姿を想像するだけでも楽しいではあるまいか?
ちなみに『オレンジ』は映画史上初のドルビーサウンド作品で、そのほとんどが生録音の音声だ。

11_2cwo そして、『バリー・リンドン』で取り入れた新しいワザは「ローソクの灯りだけで撮影する」技術。
キューブリックは「自然光とローソクの灯り」だけで撮影することを標榜した。
映画では何回もローソクのシーンが出て来るが、そのどれもがとても美しかった。
コレは公開当時もすごく話題になっていたのを覚えている。
こっちは子供だったので、当時は「フ~ン、そんなもんかいな」程度のモノだったけどね。
展示会ではそのシーンをループで上映していた。

120コレがそのシーンを撮影したカメラ。
展示会の解説をそのまま引くと…

140v「このミッチェルBNC(Blimped Noiseless Camera=防音カバー付きノイズレスカメラ)は1940~1970年代中盤までの映画撮影に使用された標準的な機材だった。
このカメラは『バリー・リンドン』でローソクの灯りで撮影するためのツァイス製の超開放値レンズf0.7が搭載できるように改造が施されている」
150「この究極のレンズはNASAが宇宙空間を撮影するための6x6のハッセルブラッド用に製作された。
キューブリックは自分のミッチェルBNC 35mmカメラで使用できるようにCinema Products Inc.にレンズの改造を依頼。
まず、アイリスシャッターを取り外し、正確なピントが送れるように新たに焦点装置を取り付けた。
そのままだと50mmの画角しか得られないので、36mmの広角になるようなワイド・アングル・アダプターが取り付けられた」
170後年、ミロス・フォアマンが『アマデウス』の撮影のために、このレンズの拝借をお願いしたが、キューブリックは断ったんだって。
ケチ…。
フォアマンは「キューブリックは自分の機材をとても大事にする人なので当然のことだ」と言ったそうだが、コレは完全にイヤミでしょう。
一方、伊丹十三にはOKだったんだって。
というのは、弁護士が同じという間柄だったかららしい。

160vコレは今から45年も前の話だからね。
今では微細な明かりでもきれいな画像が撮れるまでに撮影技術は進歩したが、当時は大変だった。
ナニが大変かと言うと、乏しい照明で明るい画像を撮ることはもちろん困難を伴ったが、ピントを送るのが非常に難しかった。
f値が0.7だとかなり明るい画像を得ることはできるだろうが、被写界深度が極端に浅くなってしまって、ほんの数センチ前後にズレているだけの被写体に同じピントを送ることが出来なくなる。
確かに『バリー・リンドン』のローソクの灯りのシーンは、ピントを送っている前の方はまだいいんだけど、後の方はかなりボケボケだね。
「ワザとそういう風に撮った」と言われればそれまでだけど。
しからば、その反対の話。
黒澤明はパンフォーカスの画像が好みで、画面の隅々までピントが合っていないと気が済まなかった。
そう撮るにはどうすればいいか…。
『バリー・リンドン』の反対でf値を上げてやればいい。
f値を上げてやればやるほど被写界深度が深くなって画面の奥の方までピントが合うようになってくれる。
ところが、そうしてf値を上げれば上げるほど画像が暗くなってしまって撮影が出来なくなってしまう。
またまた、どうするか?
ジャンジャン照明をたいて明るくしてやればいい。
コレは香川京子がインタビューで語っていたんだけど、『天国と地獄』は室内のシーンが多く、ただでさえ暗いため、パンフォーカスで撮るために尋常ではない量の照明がたかれたのだそう。
照明をたけば当然熱を発するので、権藤さんのリビング・ルームは灼熱地獄だったらしい。
そして、役者さんはみんなその照明で目を傷めてしまった。
役者さんも大変だ。Tj_2実際に撮影に使用されたローソク。
キューブリックはローソクの灯りだけで撮影して18世紀の雰囲気を再現するために、この3本芯のローソクを特注した。
通常の1本芯より炎が大きい3本芯のローソクで少しでも明るさを稼ごうと思ったワケ。

130物語の舞台はアイルランドだが、ロケは広範囲にわたった。
『博士の異常な愛情』でも美術監督を務めたケン・アダムスのロケハンの記録。
『バリー・リンドン』ではセットを使用せずに歴史的な建物や場所で撮影が行われた。
はじめキューブリックはハートフォードシャーの自宅から近い場所にセットを作ろうとしていたが、すぐに計画が変更され、ロケはポツダム、ベルリンに飛んだ。
アイルランドで撮影された室内とドイツで撮影された外観が組み合わされることもあった。180例えばアイルランドの「ケルズ修道院」。
バリーがイングランド軍に入隊したシーン。190アイルランドのウィックロー州にある「パワーコート・ハウス」。
コレはリンドン卿が心臓発作を起こすシーンかな?
外観にはドイツのポツダムの建物が組み合わされた。
撮影の数か月後にこの建物は火事に遭い、修復はされたものの元の美しさを取り戻すことはできなかったという。

200コレはイギリスのドーセットの「イタリアン・ガーデンズ」。
レドモンド・バリーがリンドン夫人に初めて会うシーンで使われた。

210メイクとヘアの研究。
色々と試してみた写真。
カツラも様々なモノが作られ、バリーを演じたライアン・オニールの分だけで15個用意されたそう。
毛はホンモノの人間の毛で、離俗するために頭を丸めたイタリアの少女たちの断髪を使用した。
下のアイパッチを付けたオジちゃんね、「シュヴァリエ・ド・バリバリ―」…この役名に驚いたわ。
バリーの役は最初ロバート・レッドフォードが候補にキマっていて、キューブリックは実際に出演交渉もしたが、『素晴らしきヒコーキ野郎』に行っちゃったんだって。
アレも封切り時に映画館で観たけど私はオモシロくなかったな。

11_20r4a0569 実際に撮影で使用された衣装。
この作品はアカデミー衣装デザイン賞を獲得している。

230衣装でも徹頭徹尾18世紀が再現が追求された。
「それっぽいモノ」をデザインして作るのではなく、イギリスで手に入る限りの実物の18世紀の衣装を買いあさり研究に当たったのだ。
当時の人たちは現代の人よりすごく小さかった。
実際にイギリスの郊外で見つける200年ぐらい前の建物なんかは入り口がメッチャ小さいからね。
ま、寒さを防ぐために小さめに作られていたということもあるかも知れないけど。

240買い込んできたホンモノの18世紀の洋服を自前の工場に持ち込んで、分解して、型紙を作り、役者さんが撮影で着れるようなサイズに型紙を引き直して、新しく衣装を作ったのだそうだ。
要するに18世紀の衣装のサイズを大きくしたということか。

250v恐らく昔の人は背の高さだけでなく、骨格も違っていたでしょう。
そんな体形に合わせてデザインされた服は現代には着づらいにキマってるでしょう。
ということで、自由な演技ができるように、撮影前の段階でその衣装を身に付けて運動して身体に慣らしたのだそうだ。

260音楽については、この連載の3回目に書いたようにシューベルトの「ピアノ三重奏曲」を除いてはこの時代に造られた音楽が使用されているとされているけど、モーツァルトなんてこれよりズッと前だわね。ヘンデルもシューベルトより前じゃなかったっけ?
ま、いいか。
キューブリックはチーフタンズにホンモノの古楽器を使わせて録音しようとまでしたらしい。
私が中学生の時にこのサントラ盤を買った話も3回目に書いたが、実はお目当ての曲があって、それ聴きたさに買ったのね。
どの曲かと言うと、コレもシューベルトで「ドイツ舞曲第一番ハ長調(German Dance No.1 C Major」っていうヤツ。
今聴いても圧倒的にいい曲だわ。
 
この映画、初めて映画館で観た時にほぼほぼ飽きなかったと書いた。
その後DVDを買って、通してではないにしろ何回か観ているんだけど、イギリスに頻繁に行くようになってから圧倒的にオモシロくなったね。
ところが、キューブリックは自信満々だったにもかかわらず、興行的にはガックシだったらしい。

11_blst次はいよいよ本編の最終回。<番外編>もあるでよ。
最後に登場する作品はナ~ンだ?
 
<つづく>

(敬称略)

2020年3月15日 (日)

イギリス紀行2019 その19 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.8>

 
イヤ~、オモシロかったな~。
『博士の異常な愛情』は、これまで2回ぐらいしか観たことがなかったので、この記事を書くにあたり今一度観直してみた。
もうピーター・セラーズ最高~!
演技もさることながら、イギリス人のマンドレーク大佐、アメリカ人のマフリー大統領、そしてドイツ人の元ナチ、ストレンジラヴ博士を演じ分けた三人三様の英語がすごくいいんだ。
もちろん私がすべてのセリフを聞き取れるワケはないんだけど、「いかにも」という感じが実にオモシロい。
元々キューブリックはセラーズに1人4役演じることを頼んでいたらしい。
最後のひとりは、最後に水素爆弾にまたがって「ヒャッホ~!」と叫びながら地上に落下落ちていくB52の操縦士、コング大佐。
私は一種の「名人芸」みたいなノリでセラーズが1人で3役も引き受けたのかと思っていたのだが、本人にとってこの仕事はものスゴい労苦だったんだって。
そして、更にもうひと役演じるのは至難の業で「スタンリー、どうか許して欲しい」という手紙まで送ったが、キューブリックの執拗な説得で最終的にコング大佐を引き受けることになった。
結局、撮影に入ったものの、セラーズは初日に足を捻挫してしまい、B52のコクピットのセットに入ることができなくなり、急遽スリム・ピケンズという役者がその役を演じた…でも、あの人もとってもヨカッタよね。
で、セラーズがこの役を断りたかった理由はコング大佐が話す「テキサス訛り」だったんだって。
できないんだね~。
我々には同じように聞こえるけど…。
現にこの1月にアナハイムのフォー屋で「テキサン(テキサス出身者)」のオバさんと30分以上おしゃべりをしたけど、彼女の英語は私のバカ耳に何の違和感も感じかったけどね。
とにかくココでのセラーズは素晴らしい。
  
ところでこの作品のタイトルは『Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb(博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか)』でしょう?
映画史上もっとも長いタイトル。
『シャイニング』の「All work and no play makes Jach a dull boy」みたいに、キューブリックは海外での公開時に各国で勝手なタイトルをつけることを許可しなかった。
ウン、日本の場合、その方が絶対にいい。
さもなければこの作品は『愛と哀しみの水素爆弾』か『水爆を落としただけなのに』になっていただろう。
そこで日本の制作スタッフは原題の「Dr.」と「Strange」と「Love」だけ取り出して、「博士」と「異常」と「愛情」を組合わせたとか。
ウマい!と言いたいところだけど、キューブリックはそれでヨカッタのかね?

10展示するアイテムがなかったんだろうな…このコーナーのディスプレイはショボかった。
撮影時のスナップやスチール写真。

20絵コンテ等々。

30ところで、ピーター・セラーズもヨカッタけど、同じぐらい魅力的だったのはタージドソン将軍を演じたジョージ C. スコット。
いつも成田三樹夫を思い出しちゃう。
とにかくあの機関銃のようにまくしたてられるセリフ。
声のカッコよさも相まって、あの英語には丸っきりウットリしてしまう。
ヤケクソにカッコいい!
演出のことでキューブリックと衝突し、チェスで白黒を決していたのはこのシリーズの『vol.2』に書いた通り。
「よし、わかったジョージ。このシーンをどうするかはチェスでキメようじゃないか。もしキミが負けたら私の言うとおりに演じてくれよ」
「いいともスタン。誰か縁台持って来い!」
…なんて『笠碁』じゃあるまいし。
勝負のほどはキューブリックに分があったらしい。
11_0r4a0247 このコーナー、展示アイテムが少なくて書くことがないので脱線。
1961年、ポール・ニューマンの『ハスラー』。
ニューマンの悪徳マネージャーを演じるジョージ C. スコットがコワかった。
あのコワイ顔であくどい役回りを演じるのだからスゴイ迫力だ。
それと「ミネソタ・ファッツ」を演ったジャッキー・グリースン。
映画狂でビリヤード好きの父がこの役のファンで名前をよく口にしていたので、私は小学生の時から「ミネソタ・ファッツ」という名前に馴染みがあった。
この人、楽団を持っていて、TVのショウ番組も放映されていた…ってんで、いつかCDを買ってみたけど、トロットロなムード音楽でオモシロくもナントもなかった。
で、『ハスラー』…「オレを殺すなら形のわからないようにバラバラにしろ。それでもオレは骨と肉を拾い集めて必ずお前を殺しに戻って来る」って!
自分をヒドイ目に遭わせ、恋人を自殺にまで追いやったスコットに向かって言うニューマンのセリフ。
スゴイね。12hslコレはズルっこ。
映画を観てこのセリフを覚えていたワケではなく、先ごろ亡くなった和田誠さんが映画の名セリフを集めた著書『お楽しみはこれからだ PART2(文芸春秋社刊)』からの引用。
もう、この本大好きなの。
いつ買ったのは覚えていないが、「PART1」の奥付を見ると1975年の初版になっている。
何度も何度も読んで父と語りあったのを思い出す。
私はこの本で結構映画の観方を教わったな。
実はウチにはPART3までが2冊ずつある。
あんまり好きなものだから、古本で安いのを見つけた時に買い足しておいたのだ。
大分遅くなってしまったけど、この場をお借りして和田誠さんのご冥福をお祈りしたいと思います。
名著をありがとうございます。

11_2ok で、ジョージ C. スコットに戻る。
ま、何と言ってもこの人は『パットン大戦車軍団(Patton)』でしょうな~。
パットン将軍にお会いしたことはないけど、恐らくあんな感じだったんだろうな…と思わせてしまう存在感。
もうずいぶん長いこと観ていないけど、昔はビデオなんでなかったからテレビで夢中になって観たもんだ。
ところで、スコットは1959年に映画デビューし、『或る殺人』でアカデミー助演男優賞にノミネート、そして1961年には上の『ハスラー』でも助演男優賞にノミネートされたが、この時は速攻でノミネートを辞退。
そして、1970年の『パットン大戦車軍団』でアカデミー主演男優賞を受賞したが、これまたスッパリと辞退。
こんなの前代未聞だった。
今のマンガと怪獣と三流ヒーローばかりの映画界とはまだワケが違う時代で、アカデミー賞の威光にはスゴイものがあった。
でも、スコットは主催者へキチンと連絡して丁重に辞退を申し入れたそうだ。
でも別の所では「あんなモノは金のためにうまく仕組んだ緊張感を公にさらけ出すための2時間の肉の行進にすぎん」と言っていたそう。
そして、アカデミー協会も意地になったのか、1971年の『ホスピタル』でも主演男優賞にノミネートしたが当然これも辞退。
マーロン・ブランドも『ゴッドファーザー』で主演男優賞を辞退しているけど、この人は『波止場』でもらっちゃってるからね。
スコットは最後の最後まで一度もあの授賞式の壇上に上がることがなった。
一方、キューブリックはといえば、これまたこのシリーズの『Vol.2』に写真を掲載した通り、1969年の『2001年宇宙の旅』で特殊視覚効果賞を受賞しているが、やはり授賞式に出席しなかった。
その時の理由が「ロケハンのために火星にいるから」…だって!
んも~、ヘソ曲がりばかりなんだから!
 
それと、問題のリッパ―将軍を演じたスターリング・ヘイドン。
この人もヨカッタ。
ロシア人がウォッカしか飲まない説明をするところなんか、ピーター・セラーズのリアクションも相まってメッチャおもしろい。
やっている事は完全に狂気の沙汰なのに、至極論理的で、頭が狂っている風に見えない演出がまた実にいい。
スコットとともに軍人のステレオタイプとしてサタイア満点で描いているのだろう。
ヘイドンは196cmの長身で、まるでジョージ C. スコットのタージドソン将軍と「風神&雷神」みたいだが、この人はキューブリック作品では『現金に身体を張れ』にも出演している。
それよりもなじみが深いのは『ゴッドファーザー』でソロッツオと結託している悪徳警官の方がおなじみか。
ブルックリンのイタリアン・レストランでマイケルに殺されちゃう役ね。
アレがスターリング・ヘイドン。Ptさて、展示。
映画の大半を占めるアメリカ最高作戦室の模型。
部屋の構造が三角になっているのは、「爆撃に強い」というキューブリックの情報からの情報だった。
この映画って、リッパー将軍の事務所と廊下、B52の内部、そしてこの最高作戦室のほぼ3つしか舞台が出て来ないんだよね。
陸軍が攻め入る建屋は撮影スタジオの事務所かなんかで撮ったのかな?
あのシーンは「アメリカの夜」技法でしょう?
つまり昼間の明るいうちに撮影して現像するときにアンダーで焼いているんじゃないかしらん?
黒澤明の『用心棒』で三船敏郎が丑寅の家から這う這うの体で逃げ出すシーンなんかもそう。
40製作に当たっては、内容が内容だけにアメリカ空軍の協力を得られなかったために機密事項だったB52の内部の様子がまったくわからなかったが、最終的にホンモノとほぼ同じモノをセットで作り上げた。
完成前に空軍の人間を撮影所に呼んでそのセットを見せたところあまりにも正確でビックリしたらしい。
その情報はナント、その手の雑誌から得たのだそうだ。「アタマ隠して何とやら」ですな。

50そのB52の乗員に配られるサバイバル・キット。
映画はモノクロなのでわからないが、こんな色をしていたのか…。
45口径のピストル、爆薬、非常食4日分、抗生物質、モルヒネ、ビタミン剤、覚せい剤、睡眠薬、鎮静薬…。
さらに100ドル分のルーブル、金貨100ドル、チューインガム9個、口紅3本、ストッキング3足…それだけ当時ソ連は物資が不足していたということか。
加えてコンドームまで入っていて、徹頭徹尾ブラックなのがオモシロい。

60左の豆本は「聖書つきロシア語会話辞典」。
やっぱり表紙の色は「赤」だったのね。
そういえば、映画の中でタージドソン将軍は「ソビエト」ではなく「ロシア」という言葉を使ってたな。
当時は「ソビエト社会主義共和国連邦」で、日本では「ソ連」と呼んで、「ロシア」という言葉は民謡か料理ぐらいにしか使われていなかったような気がする。
でも、アメリカでは「ソ連」のことを「ロシア」って呼んでいたことがわかる。

70以下は、もう展示と関係ない脱線コーナー。
この作品の展示アイテムが少なかったので、「蛇足」で記事の嵩を増そう。
 
B52の爆弾の落下口の扉が開かないことがわかり、コング大佐が爆弾槽に降りていくシーン。
搭載された水素爆弾の底部に書かれた「Hi THERE!」と「DEAR JOHN」の文字。
よく戦闘機の鼻っ先にマンガが描かれているでしょう?
ああいうのを「Nose Art」って言うんだけど、この爆弾の底部の落書きを「Tale Art」という…かどうかは知らない。
とにかく「アメリカ人の茶目っ気」などとはとても呼ぶことができないあまりにも無神経な所業だ。
でも、このシーンでひとつ英語マメ知識を得ることができる。
「Hi there!」というのは「ヨォ!」みたいな軽い挨拶。
サミー・デイヴィス Jr.が「Hey There」という曲をコンサートのオープニング曲としてよく使っていた。
マメ知識は右の「DEAR JOHN」。
はじめ、こっちにはキューブリック自身が「LOLITA」と書いたのだが、前作の宣伝みたいでカッコ悪いということで却下。
この人、前々回紹介した『時計じかけのオレンジ』のレコード店のシーンに出て来る『2001年宇宙の旅』のサントラ盤みたいに案外子供っぽいことをしたがるのね。
で、その書き直されてお目見えした「DEAR HOHN」…コレはどういう意味か?
答えから先に言うと「さよなら!」という意味。
ナゼ「Dear John」が「さようなら」を意味するのかと言うと、手紙の書き出しから。
「Dear ~」ってやるでしょ?アレ。
ナゼゆえにJohnか…。
第二次世界大戦中、兵隊に行った夫の帰りを待つことにガマンできず、国に残った大勢の奥さんの方から離縁状が戦地の主人に送られた。
当時、「John」というのは最も多いファースト・ネームで、それらの手紙は当然「Dear John」で始まり、「お別れしましょう」という内容になる。
これを「Dear John Letter(ディア・ジョン・レター)」と呼び、いつの間にか離縁状のことをそう呼ぶようになった。
そして、「Dear John」は「さようなら」という意味になったのだそうだ。
つまり、この2つの爆弾で「こんちは!」⇒「さよなら!」ということを表している。
フザけてますな…キューブリックは反戦の気持ちを込めてフザけてるんだけど。
Htdjやっぱりタイトル・シークエンスがいいね。
この素朴なレタリングはパブロ・フェッロという人の仕事で、後に『恋愛小説家(出た!史上最低級の邦題の映画!私はこの映画が大好きで、全編ほぼ字幕なしで観ることができる数少ない映画のひとつ…原題は'As Good as It Gets'=最高に素晴らしい)』、『グッド・ウィル・ハンティング』、『メン・イン・ブラック』他、人気作のタイトル・シークエンスのデザインを手掛けている。
 
あ、音楽やってなかったね。
このタイトル・シークエンスで使われている曲知ってる?
知っていても言われなければ気が付かない人もいるんじゃないかしら?
実は私もそうだった。
オーティス・レディングの熱唱のイメージが強くて、コレが「Try a Little Tenderness」だって気が付かなかった!Dslt_2「I have a plan…(?)…I can walk!」
有名なラストのセリフ。
字幕では「総統」の訳語が充てられている(?)の部分がどうしても聞き取れなかったんだけど、コレは「Mein Führer(マイン・フューラー)」と言っているんだって。
この「歩けます!」はピーター・セラーズアドリブだったんですって?
さぞかし意味深なセリフかと思っていたんだけど…。
しかもナンの意味もないとか!
最後までフザけている映画なのだ!
しかし、その後の核爆弾の雨あられの映像。
ショッキングだよね。
その効果を倍増させているのがそこで使われている音楽。
リゲティでもペンデレツキでもない、「We'll Meet You Again」という戦時中のポップ・チューン。
悲惨な映像と正反対なムードの音楽を組みあせるキューブリック得意の手法。
歌ているのはVera Lynn(ヴェラ・リン)。
先の大戦中、エジプト、インド、ビルマ(コレ、対日本軍)で慰問コンサートを開き、「イギリス軍の恋人」と呼ばれた人…じゃなくて、呼ばれている人。
というのは、この方、1917年生まれだけどまだご存命。
今年103歳か。
1975年にはDameの称号を授かり、2000年には「20世紀の精神を最も具現化したイギリス人のひとり」と称された。
スゴイよ、2017年には100歳の誕生日を祝って『VERA LYNN 100』というアルバムをリリースしてイギリスのヒットチャートで一位になった。
いかにもイギリスらしい。
そして、キューブリックってつくづくイギリスなんですナァ。
Ep今回が字が多くなっちゃったのでココまで。
段々小出しになって来た!…だって大変なんだもん!
次回は『バリー・リンドン』で「We'll Meet Again」!

<つづく>

2020年3月13日 (金)

イギリス紀行2019 その18 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.7>

 

「今度のキューブリックってホラー映画らしいよ」
「へぇ~。キューブリックのコワイ映画か…どんなだろうね?」
「何でも『世界で一番怖い映画を作りたい』って言って作ったんだって!」
こんな会話をした記憶がある。
相手は昨年の『Marshall GALA2』にも足を運んでくれた安藤くんだ。
1976年、中学2年生の時、彼に誘われて丸の内ピカデリーに『バリー・リンドン』を一緒に観に行った。
まだ、日劇も朝日新聞の本社も東京都庁も有楽町にあった頃の話。
文芸大作の後がホラー映画ということで、その話を耳にして結構驚いた。
それが私の『シャイニング』とのファースト・コンタクトだった。
もちろん封切りになると映画館へ観に行った。
確かにコワかったね。
 
さて、展示はいよいよ『シャイニング』のコーナーへ。
一体、ナニが展示されているのかナァ~?
興奮する~!

110スティーブン・キングの原作本。
ライン・マーキングとメモ書きがスゴイ。
キングの原作とキューブリックの映画はほぼ別物であることはよく知られている。

120台本の綴り。

130「超極秘のあらすじ」と書いてあるが、ナニが書いてあるんだろう。

140コレが舞台となった「Overlook Hotel」。
写真の左側に注目。
工事中なのではなくて、映画に出て来るホテルの外観はすべてハリボテなの。
つまりセットなのよ。
スゴイね。150vそのセットのモデルとなったホテルがコレ。
映画の設定ではキングの原作通り「コロラド」になっているけど、この「Timberlibne Lodge(ティンバーライン・ロッジ)」があるのはオレゴン。
1937年の竣工。

Tlコレは展示にあった「Timberline Lodge」の古い絵ハガキ。
なるほど確かに『シャイニング』っぽい…というか、『シャイニング』がホンモノっぽいというか…

160ホテルの外観の絵コンテ。
「ココに木を2本植えてポールを隠す」なんて指示が書いてある。155結局、映画はイギリスのハートフォードシャーにある名門スタジオ「Elstree Studio(エルスツリー・スタジオ)」と「Pinewood Studios(パインウッド・スタジオズ)」で撮影された。

170ホテルの内装はヨセミテにある「Awahnee Hotel(アワニー・ホテル、現「Majestic Yosemite hotel」)」がモデルになった。
1927年の建設。
コレも立派なホテルですこと。
ここでも十分シャイニングれそうだ。

Myhコレはホンモノのホテルの内装。
ココでカメラを回したのでは?と思いたくなるぐらい雰囲気がソックリだ。
Myhコレなんかもそう。
『シャイニング』関係なしに素晴らしい。
一生行かないと思うけど。
でも…。

11_2isd行ったのよ。
既出の通り、キューブリックの映画はキングの原作とは別物ということで海外では『The Stanley Kubrick's The Shinning』として区別されるらしい。
キングはそのキューブリック版がお気に召さず、始終文句を言っていたが、映画の公開から17年後、自分の気がの済むようにテレビドラマ化を実現させた。
映画化権はキューブリックが持っていたので、キングは「映画版の悪口をもう言わないからお願い!」と約束して製作にこぎつけた。
自分が書いた原作なのに映画化権を売り飛ばしてしまった以上、原作者でも勝手に映画化できないのね?
そうしてテレビ版は原作に忠実にコロラドの山奥にあるホテルでロケが行われた。
それがこの1909年オープンの「The Stanley Hotel(サ・スタンレー・ホテル)」。
もちろんこの「Stanley」はキューブリックと関係ないただの偶然。
「Stanley Steamer」という蒸気機関のメーカーが建てた。
私はココに泊まったことがあるのです。

12shロッキー山脈を背後に控えたその威容はナニモノに代えがたい…と言いたいところだが、外で見たモノと言えば、ホテルの灯りとヘラジカの光る目。カモシカか?とにかくシカのデカいヤツ。
デンバーへ出張した時、「せっかくだから」と現地の方のご厚意で山間の道を長い時間かけて赴いたのだが、着いた頃には真っ暗になっていた。
売店で何か記念になるものを買おうとしたが、閉まっていてどうにもならない。
ホテルのボーイに相談したら「コレでよければ…」とポケットから取り出したキーホルダーから自分のカギを取り外し、キーホルダーだけ渡してくれた。
タダでくれるのかと思ったらいくらか取られた。
映画好きの下の子のお土産にしたんだけど、もうどこかへ失くしてしまったようだ。
そして、次の朝も早朝の便に乗るために暗いうちにデンバー空港へ向かったのでナニも見ていない。

12sh_2テレビの『シャイニング』はかなり「トホホ」だったけど、このホテルは素晴らしかった。
ロケの時の展示コーナーみたいなモノがあって写真を撮ったけどどっか行っちゃったナ。
確か「アメリカで現存する一番古いエレベーター」ってのがあったような気がする。
ちなみにキングは1999年にキューブリックが死ぬと、また映画版の悪口を言うようになったらしい。

Siもうひとつ、「ホテル」が主役みたいな映画だからいいでしょう?
展示会の解説によれば、ボールルームでジャックが幽霊のウエイターに服を汚されてトイレに連れて行かれるシーン。
あの赤い壁のトイレは、フェニックスにある「Biltmore Hotel(ビルトモア・ホテル)」をモデルにしたそうだ。
だからナンだ?でしょ?
ところがドッコイ、このホテル、フランク・ロイド・ライトの設計なのだ!

Bh さて、展示に戻る。
ナゼか『シャイニング』のコーナーにだけは映像ディスプレイがあって、映画の中の印象的なシーンがエンドレスで流されていた。180映画の中でも重要な役割を果たす「迷路」の前で談笑するキューブリックとジャック・ニコルソン。
キューブリックはジャックのことを「現在の映画界で最も偉大な俳優」と評価していたそうだ。

11_0r4a0498コレがその迷路の模型。
もちろんホンモノ。210実際の迷路はモデルとなった「Timberline Lodge」に存在しないどころか、原作にも登場しない。

195ダニーが夜の迷路の中でジャックから逃げる回るシーンと…

200同じくダニーがこの柄のカーペットの上を三輪車で疾走してアレに出くわしちゃうシーンはこの映画の中の見どころのひとつだろう。
あの「237号室」はコワかった。295vアレらのシーンを見ることができるのは下の写真でオジちゃんが身にまとっている「The Steadicam(ステディカム)」という新しい撮影機材のおかげ。
ああした素早い動きの被写体をブレなく捉えるために、以前はレールを敷いてカメラを乗せた台車を走らせなければならなかったが、このステディカムは撮影画像をブレなく固定したままカメラマンを素早く移動させることを可能にした。
しかも、この撮影ではレンズをダニーの目の位置まで下げることによって、映画を観ている我々はダニーの三輪車の後に乗っていたり、ダニーの目で迷路の中を走り回っているかのような臨場感に浸れるのだ。
下の写真と手紙は製作総指揮のヤン・ハーランがステディカムを紹介するためにキューブリックに送った手紙。
ヤン・ハーランは『アイズ・ワイド・シャット』のロケハンを担当したマニュエル・ハーランのお父さん。
そして、キューブリックの義理の弟さん。つまり、『突撃』の最後のシーンで歌を歌ったお嬢さんの実弟なのね。
ハーランのプロデューサーの仕事としては、ほぼキューブリック作品にのみ。
と、ココでハタと思い付くのが『シャイニング』の中の役名ね。
「ジャック・トランス」をジャック・ニコルソンが演じ、息子の「ダニー・トランス」をダニー・ロイドが演じた。
コレはキューブリックにとっても演出をするうえですごく有利だったらしい。
それともうひとつ、スキャットマン・クローザーが演じるあの「シャイニング」を持った黒人ね、名前が「ハロランさん」なんだよね。
残念ながら「ハロラン」の綴りは「Hallorann」で、「ハーラン」の「Harlan」と大きく異なるが、発音は結構似ているハズ。
こんな符合もとても面白い…なんて思っているのです。
私は好きな映画についてはこんなどうでもいい事まで考えて観るんですよ!バカでしょう?
11_0r4a0501オモシロいのがコレ。
上で紹介したセットのモデルとなったオレゴンのホテル、「Timerline Lodge」の支配人だったテッド・ミッチェルという人からイギリスのキューブリックに送られた手紙。
日付が1978年の4月9日となっていて、調べてみると『シャイニング』のクランクインが5月からなので、撮影直前のことだったようだ。
ミッチェルはわざわざイギリスに赴ていて、手紙はその時のキューブリックのおもてなしに対するお礼から始まる。
その後はキューブリックへの直訴状となる。
オレゴンの地元のマスコミが「我が町のホテルがキューブリック作品のモデルになった!」と喧伝して、迷路や「217号室」の幽霊のことを報じてしまった。
そうなると、お客さんが怖がって217号室に泊まらなくなってしまうので、部屋番号を実際には存在しない「237」、「247」、「257」のいずれかに変更して欲しい、とキューブリックに頼んでいる。
すると、この手紙は4月14日付でキューブリックやヤン・ハーランにコピーが渡され、「Please change the room number accordingly(この通り部屋の番号を変更してください)」とスタッフに指示が出されている。
「コピー」のことを「ゼロックス」なんて言っているのも懐かしいね。
私が社会人になった頃はまだ「ゼロックス」か「青焼き」か…なんてやってた。
さて、映画が公開されると、皮肉なことに「237号室」への宿泊希望が他の部屋より圧倒的に多かったそうだ。
しかしですよ、そうなると私なんかはどうして「237、247、257」の部屋がなかったのか?ってことがかえって気になるナァ。
不吉な数字なのかな?

11_0r4a0507それとどうしても触れておかなければならないのは、またしてもこの映画で使われている音楽ね。
タイトルシークエンスからいきなり「怒りの日」を改作したオリジナル曲。好きだね~。
おなじみのリゲティは「ロンターノ」という曲が使用されている。
でも今回はクシシュトフ・ペンデレツキの曲が大活躍している。
「De Natura Sonoris」なんてのは丸っきりスゴイ。まるで元々この映画のために作られた音楽のように聴こえる。
そもそもこの曲が「音楽」に聞こえるかどうかは普段の耳の鍛錬によるところか?
私もCDは持っているけどついぞ聴かんナァ。
コレに親しんでいたらフリー・ジャズが童謡に聞こえるかも知れませんな。
やっぱりクラシック音楽ってのはスゴイわ。
しかし…こうした現代音楽って一体の意味があるのか?と思うでしょ?
それがいいんだ。私は好きです…短い時間ならとても楽しめる。
そして、驚いたのがベラ・バルトーク。
ハンガリーは日本と同じく「姓⇒名」の順で名前を表すので、正確にはバルトーク・ベラと言うらしいのだが、スキになったのはここ数年のこと。
「中國の不思議な役人」とか「ミクロコスモス」なんてのは大分前から知っていたが、ハマるほどではなかった。
その後、ナンでハマっちゃったのかは覚えていないんだけど、とにかく民族音楽チックなところが気に入って下の写真の32枚組ボックスセットを買ってみた。
それで6枚目まで聴き進めた時に出て来た曲にぶブッたまげた。
「Music for Strings, Percussion and Celesta(弦楽器t打楽器とチェレスタのための音楽)」の第3楽章。
「コレって『シャイニング』じゃないの~!」
ドアタマのウッドブロック一発でわかった。
知っていて聴くのではなく、知らずに聴いていてナニかにブチ当たるこの感動!
ウェンディとダニーが迷路を散歩するシーンね。
一応言っておきますが、この曲、第一楽章と第三楽章が不気味なだけで、その他の第二&第四は実にカッコいい曲なのですよ。 
バルさんメッチャいいわ~。

Bb_2

うれしい小道具コーナーいってみよう!
 
まずはこのタイプライター。
「ADLER」というドイツのメーカーのモノ。
ちなみに『オレンジ』の中でアレックスの被害に遭う作家は最初赤いタイプライターを使っていたが、後半では変更していて、それはIBM製の電子式タイプライターだった。

220大きなホールで「パチパチ」とキーを叩くジャック。
ジャックがいない間にウェンディが原稿を除くと…

230原稿用紙には無限に続く「All work and no play makes Jack a dull boy」の羅列!
コレにはゾッとしたよね~。
240「All work and no play makes Jack a dull boy」ね。
もう少し詳しくこのことわざを調べてみよう。
ココで取り出したるは15年ぐらい前にロンドンのハマースミスにあった新古本屋で£2.99で買った「ことわざ辞典」。「Proverb」は「ことわざ」ね。
この本によると、「Time for recreation is essential to make a balanced and interesting person(気晴らしはバランスの取れたおもしろい人物を作るために欠かせない)」とある。
コレに「よく学びよく遊べ」の訳を充てたのはウマいナァ。

11_2pvそれと、ウェンディがこの原稿を見つけて小便チビりそうになっているところへ、背後から忍び寄ったジャックが「傑作だろ?」と声をかけるシーン。
もちろんウェンディが飛び上がっちゃう。
この「傑作だろ?」の字幕訳は素晴らしい。
ジャックは「How do you like it?(お気に召したかい?)」と同じことを2回言っているだけ。
こういう意訳は大歓迎だ。
それと、ウェンディが逃げ込んだ風呂のドアを斧でブチ破るシーン。
壊したドアの隙間から顔を突っ込んた時の「Here's Jonny」というセリフに「ジョニーだよ~ん」と字幕が入っていたような気がするが、コレはコレでオモシロイ。
でも、本当のオモシロみは伝わらない。
コレは今でも放映されている西海岸の深夜番組『The Late Show』からの引用。
1962年から30年間も司会を務めたJonny Carsonを呼び込むときに「ヒャ~~~~~~~ズ・ジョニー~!」とMCの人がやるんですね。
当時のアメリカ人なら誰でもわかるギャグ。
「Jack」も「Johnny」も「John」の愛称(deminutive)だから、ジャック・ニコルソンが自分のことを「ジョニー」と呼んでもいいワケ。
250さらに…「All work and no play makes Jack a dull boy」っておかしいと思わない?
主語が「work」も「play」も不可算名詞なので、2つ重なれば複数扱いになって「make」に「s」は付かないハズ…コレ、ずっと不思議に思っていて、今回がいい機会だと思って調べてみた。
すると、「All work and no play」、すなわち「仕事ばっかりで遊びなし」という状態をひとつの名詞句として考えているらしい。
となると三単現なので「s」が付くっていうんだよね。なんか強引なような気もするが…一応解決ということで…。
 
で、見て!
この「All work~」コレクション!

11_0r4a0516コレ、実は英語以外のバージョン。
キューブリックは各国の吹き替え版の制作にも並々ならぬこだわりを見せ、オリジナルの雰囲気が何ひとつ損なわれないように、ダビング作業の監督と声優の選択権を主張したそうだ。
展示会での解説によれば、キューブリックは各国語の吹き替えに厳密であっただけでなく、ジャックがタイプした「All work and no play makes Jack a dull boy」にもその国のことわざを当てはめ、タイプをした原稿をタイプライターにセットし、オリジナル版同様、大量の原稿用紙を箱の中に収めさせた。
ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語などだ。
え?
それで何の意味があるの?と思ったが、どうもあのタイプライターのシーンは音声だけでなく、原稿が大写しになるカットは映像も差し替えたようなのだ。
解説にハッキリそう書いてあったワケではないんだけどね。
そこで、そんなことができるんかいな?と思ってDVDでこのシーンをチェックしてみた。
確かにウェンディとハッキリ「All work~」が読み取れる原稿が同時に映っているカットが全くないのだ。
つまり、ウェンディが身に付けている服と時計があればいくらでも映像の差し替えが可能なの。
もしそうだとしたら、それを予め計算していたキューブリックはやっぱりスゴイ。
…誰かドイツやフランスで『シャイニング』をご覧になった方はいらっしゃいませんか?
コレ、日本版では不可能ですな。
このキューブリックのこだわりは『博士の異常な愛情』の時に大変だったらしい。それについてはまた次回。11_0r4a0512展示で例に上がっていたのがドイツ語。
ドイツでは「All work~」に該当することわざは「Was du heute kannstbesorgen, dos verschiebe nicht auf morgen」なんだそうです。
調べてみると、「今日できることを、明日に回さないで!」となるらしい。
私なんか「明日できることは、明日やる」クチなんだけどね。
コレって「All works~」と意味が同じなのかね?
こういうことに出くわすと、やっぱり映画でも音楽でもオリジナル版で楽しみのが一番だということがよくわかる。
その点、英語ネイティブの人にとって最も習得がムズカシく、英語から最も遠い位置にある「日本語」を話す我々は大変不幸なのだ。
もちろん、その反対に音も見た目も世界で一番美しい「日本語」という言語を自由に使えるシアワセがあるんだけどね。
11_0r4a0518次…。
もう、コレも見ただけでゾッとしちゃう。

280映画で使われた実物。

11_0r4a0534ダニーを演じたダニー・ロイドは5,000人もの候補者の中から選ばれたそう。
ダニー曰く、キューブリックは常に撮影するシーンの状況を説明して、わかりやすく演技指導をしてくれたのだそうだ。
『シャイニング』の後、テレビドラマに出演したが、俳優業からは撤退して、現在はケンタッキーの大学で生物学の教授をしているんだって。
優秀やな~。
でもチョットもったいないね。
あんなに可愛くて演技も上手だったから。
「アポロ11」か…あ、そうか!
あの月面着陸の映像はどこかのスタジオでキューブリックが撮ったっていう噂がまことしやかに流れたっていうからね。
このセーターはそのシャレか!
今わかった。

270「Hello Danny, come and play with us forever, and ever, and ever…」
あの双子の姉妹のインパクトもスゴかったよね。
私はシャイニングが全くないので、その手の経験をしたことはないが、もしナニを見てしまう時はあんな感じなのかな?というリアリティを双子のシーンに感じる。
でも、あの2人の女の子、リサとルイーズというバーンズさんのところのお嬢ちゃんで、双子ではなくて2歳違いの姉妹なんだって。
なるほどビビらないで落ち着いて見てみると、身体の大きさが違うもんね。290v上にも出て来たウェンディが立てこもったバスルームのドアをブチ破った斧。
クドいようだけどホンモノ。
撮影では3日間で60枚ものドアをブッ壊したというから、ジャック・ニコルソンもさぞかし大変だったろう。
そんなだからこうして予備の斧が用意されていたに違いない。300vそして、迎え撃つウェンディが手にしていたナイフ。
こうして見るとかなり立派なナイフだ。
きっとコレもキューブリックが慎重に選んだシロモノなんだろうね。
合羽橋の「釜浅」か「つば屋」に買いに来ていたらスゴイな…そんなバカな。
310vラスト・シーンでガ~っと寄ったカメラが捉える壁にかかったあの写真。
まさにこの写真、このプリントが実際に映画使われた。
このシーンで流れる曲は1934年のRay Noble and His Orchestraの「Midnight, the Stars and You」という曲。
歌っているのはAl Bowllyという人。
知らなかったけど、この人、「Goodnight Sweetheart」、「Close Your Eyes」、「The Very Thought of You」なんかを歌ってるスゴイ人!
曲はラストだけでなく、ボールルームでの幽霊の舞踏会のシーンでも流れる。
考えてみるとコレは『時計じかけのオレンジ』の「雨に唄えば」と同じ手法だね。
 
『シャイニング』終わり。
疲れた~。

320<まだつづく>

2020年3月 9日 (月)

イギリス紀行2019 その17 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.6>

 
今日は、精魂尽き果ててしまい前回のエピソードに組み入れることができなかった『アイズ・ワイド・シャット』。
キューブリックの遺作だけど、展示の順番がこうなっているので仕方ない。
「Eyes wide shut」…「目を大きく閉じろ」っておかしいでしょ?
「Eyes wide open」でなければおかしい。
反対は「Eyes shut tight」で「目をきつく閉じろ」。
ココでオモシロいのは開く時と閉じる時では語順が変わるということ。
開くのが「Eyes wide open」なら閉じる時も「Eyes tight shut」になるハズなんだけどそうはならない。
理由は知らないけど「イチニィサンシィゴーロクシチハチキュウジュウ」と「ジュウキュウハチナナロクゴーヨンサンニーイチ」みたいなものか?
そこで「Eyes wide shut」…。
言葉の並びとしては、前半は目を開けて、後半は閉じる。
どっちなのよッ⁈
一種の撞着かと思ったらさにあらず。
すなわち、「よ~く見て、イヤ、見ない方がいいよ」という意味になるらしい。
では『アイズ・ワイド・シャット』の展示をEyes wide openして見てみましょう!10この作品もやっぱり音楽が魅力的だよね。
まずはタイトル・シークエンスのショスタコーヴィチ。
いいんだよな~、「ジャズ組曲第二番」の「ワルツ」…なんて、あたかも昔から知っているかのように書いているけど、この映画で知った。
この曲は元々「Suit for Jazz Orchestra(ジャズ・オーケストラのための組曲)」といって、レニングラード市が、「ジャズ音楽の地位向上」を目的に企画したコンクールのためにショスタコーヴィチが作った曲。
「第一番」の初演が1934年、この「ワルツ」が含まれている「第二番」が1938年とされているんだけど、コレが実にややこしい。
この「第二番」は戦争の混乱で譜面がどこかへ行ってしまったものだから、全く関係ない「Suit for Variety Orchestra(ステージ・オーケストラのための組曲)」という曲が「ジャズ組曲第二番」になってしまった。
勝手に仕立て上げてしまったということか。
ところが、近年になってその「第ニ番」のピアノ譜が出て来ちゃった。
そこでイギリスのマクバニーという人がオーケストレーションを施した。
コレがナント2000年の話。
最近の話ヨ…なんて、あたかも昔から知っているかのように書いているけど、下のショスタコーヴィチの本で知った。
ブックオフで見つけたんだけど、あんまり安くなってなくてサ…清水の舞台から飛び降りるつもりで税込みで1,560円も出して買った。
CDは1,000円以上絶対に出さないけど、本の財布は比較的ヒモがゆるい。
「庸介」さん…三宅さんと同じ字だ。
11_2dsbだから1999年に公開された『アイズ・ワイド・シャット』のサウンドトラック盤(下の写真)のクレジットはまだ「Jazz Suit No.2」になっている。
しかし!言っておきますけど、「第一番」もかつての「第二番」も全編通して全くジャズじゃネェ。
ジャズ感のカケラもないんだけど、飛びっきりの佳曲が揃ってる。
もうチョット書くと、「第一番」ね、1曲目が「ワルツ」でこの『アイズ』のワルツの習作みたいな感じで(こっちが先なんだけど)、1934年のクルト・ワイルのミュージカル『Johnny Johnson』の「序曲」にソックリなんだよね。
メロディが似ているとかいうワケではないのにものすごく雰囲気が似ていてオモシロイ。
ワイルはショスタコーヴィチを聴いていたんじゃないかしら?
それと2曲目の「ポルカ」。
「キューピー3分クッキング」のテーマ曲あるでしょう?
アレはイェッセルというドイツの作曲家の「おもちゃの兵隊のマーチ」というのが元ネタなんだけど、ショスタコーヴィチはこの「ポルカ」で「おもちゃの兵隊のマーチ」をパクってるな。
あるいはパロディなのかな?
とにかくショスタコーヴィチはいいわ~。
交響曲、協奏曲、管弦楽曲、室内楽曲…もう聴く曲、聴く曲、知らないメロディが満載で、どれも今の私には新鮮に聞こえて楽しいのだ。
中学の時に夢中になってロックを聴き漁っていた時の感覚を思い出す。
私が言うぐらいなんだからロック・ファンにもイケます。
でも聴かないで!独り占めにしておきたいから!
 
『アイズ・ワイド・シャット』に戻って…冒頭のダンス・パーティのシーンで使われる曲の数々ね。
コレがまたいい。
「When I Fall in Love」、「I'm in the Mood for Love」、「Chanson D'Amour」、「I Only Have Eyes for You」等々…こういうのを見つけるのは楽しいナァ。
サントラ盤には「When I Fall in Love」しか収録されていないけど。11_2ewsしかし、この映画もコワかったね。
ニコール・キッドマンがステキだったナァ。それと当時の旦那様だったトム・クルーズの小柄っぷりがエラくフィーチュアされていたように感じた。
アレ、冒頭のダンパのシーンなんか、少しセッシューしてやればヨカッタのに…と思うけど。
あのチャイチーさはキューブリックにナンカの意図があったとしか思えん。
 
どうでもいいことなんだけど、映画の最初の方でクリスマス・プレゼントを用意するシーンがあって、ニコール・キッドマンが下のゴッホの本をギフト・ラッピングするんだよね。
オッ!と思ったのは、私もあの本を持ってるの。
「ゴッホ好きの家内へのお土産に」と、メトロポリタンかMOMAのミュージアム・ショップで買ったんだよね。
帰りにスッカリ荷物が重量オーバーになってしまって、ニューアーク空港でエライ目にあったっけ。
ちなみに「ゴッホ」は「Gogh」と綴るけど「gh」は発音しませんからね。
「ゴッ」って読んでくださいね。
55v_3さて、展示の方はというと、ロケについての解説が多かった。
『フルメタル・ジャケット』ではベトナムをイギリスに持って来た。
そして、この作品ではマンハッタンの街をロンドンに持って来ることになった。
予算がないワケじゃないんだから、ニューヨークへ行って撮影すりゃいいじゃねーか、と思うんだけど、キューブリックはそうはしない。
下の地図はグリニッジ・ビレッジ。
エクゼクティブ・プロデューサーのヤン・ハーランの息子のマニュエルが徹底的に調査して制作した。
付箋が貼ってあるのはロンドン・ロケで使えそうなブロックの目印。
それぞれに似ているロンドンの通りの名前が書いてある。
「トッテナム・コート・ロード」、「グッジ・ストリート」、「ブリック・レーン」等々、私でも馴染のある名前が挙がっている。
30そのロケ地の候補のひとつがロンドンの東部にある「Commercial Road(コマーシャル・ロード)」という通り。
そこを新兵器のパノラマ・カメラで撮影してより正確にその雰囲気をキャッチした。

40この「コマーシャル・ロード」というのはロンドンのターミナル駅のひとつ、リヴァプール・ストリート駅のすぐ近く。

10_3 近くにスピタルフィールド・マーケットという大きな市場がある。

11_img_0193 こんな感じ。
2015年に家内と訪れたんだけど、欲しいモノはなかったナァ。

11_img_0190 それに面しているのがコマーシャル・ロード。
大分前になるけど、私もずいぶんグリニッジ・ビレッジを歩き回ったことがある。3回ほど。
でも、コマーシャル・ロードでビレッジを思い出すことは全くなかったよ。
向こうの人に目には似てるように映るのか…?

11_img_0152スゴいパノラマでしょう?
こんなに苦労してロケハンしたのに、結局バッキンガムシャーにある「Pinewwood Studio(パインウッド・スタジオ)」で撮影したんだって。
バッキンガムシャーはMarshallの本社/工場があるミルトン・キーンズのエリアね。
でも、それでヨカッタんだって。
映画に出て来るマンハッタンは「複製」ではなくて、キューブリックの「オリジナル・マンハッタン:で、「幻想と欲望」という映画を通してのテーマにマッチしていた…ということらしい。

50こっちはロンドン博物館にほど近い「Hatton Harden(ハットン・ガーデン)」という通りの調査結果。
マニュエルったら、こんなに細かくやってくれたのね~!11_0r4a0460_2宣伝用のポスター。
アメリカの公開は1999年7月19日。
キューブリックはそれに先立つこと3月7日に心臓発作でこの世を去っている。
試写会の5日後のことだった。

60撮影時のスナップ集。
シドニー・ポラックがまたヨカッタね。
ポラックは『追憶』やた『トッツィー』の監督さん。
『愛と哀しみの果て』でアカデミー作品賞と監督賞を獲得した大監督。

70元々この役はハーヴェイ・カイテルが演じることになっていたらしい。
ポラックはキューブリックより6つ年下か…。
どういういきさつで出演することになったんだろう?

80ラッシュを見る3人。
トム・クルーズは台本を受け取って、ヘリコプターでキューブリックに家へ飛んだそうだ。
飛ぶ方も飛ぶ方だけど、ヘリがそう簡単に着陸できる家って一体どうなのよ。

90映画で使われたベネチアン・マスクたち。
不気味~!
そう、その不気味さを思いっ切り増長していたのがリゲティの「Musica Ricercata(ムジカ・リチェルカータ)」というピアノ曲。
「ricercata」とは「探求」を意味するイタリア語。英語で言えば「research」だね、コレ。
キューブリックが採用したのはその第二曲。
E#とF#の2音とそのオクターブだけで構成されるキテレツな曲。そもそも「E#」なんておかしいでしょ?
でもこの曲の譜面を見ると、EとFにシャープが付けられているの。普通はFとCでキーはDになる。
要するにE#(すなわちF)とF#の音しか使わないからそうしたのだろう。
ちなみに第1曲はほぼ「A」の音だけで作られている。
こういう「探求」が11曲連なっているのが「Musica Ricercata」。
結構いいのよ。
しかし、キューブリックはリゲティが好きなのね~。

100チョット、ゴメンナサイ!!
ココでもう1回切らせて~。
次回は『シャイニング』から。乞うご期待!
 
<つづく>

2020年3月 7日 (土)

イギリス紀行2019 その16 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.5>

 
『ロリータ』の後の作品ごとの展示は、『博士の異常な愛情』と『2001年宇宙の旅』をスッ飛ばして『時計じかけのオレンジ』へ。
いきなりアレックスの「ルドヴィコ療法」のバナーが目に飛び込んで来てイカす~!
イカすといえば、この映画のタイトル・シークエンスはメッチャかっこいいよね。
私は映画館で観たことはないんだけど、あの画面すべてが真っ赤になるオープニングを映画館の大きなスクリーンで見た日にはさぞかしインパクトが強かったことだろう。
アレックスのクローズアップから徐々にカメラが後退すると、アレックスに扮するマルコム・マクダウェルがミルクの入ったグラスを傾てユックリと口に運ぶでしょう?
あの所作はマルコムのアドリブで、キューブリックも絶賛したのだが、本人はコレを無意識にやっており、その動きに自分自身では気が付かなかったとか。
そしてココで使われている音楽は、17世紀のイギリスのヘンリー・パーセルの「メリー女王葬送曲」というバロック曲をアレンジしてシンセサイザーで演奏したモノ。
キューブリックはドイツのグラモフォン・オーケストラが演奏したテイクを使いたがったが、ウォルター・カーロスという音楽の担当者が自作のシンセ・バージョンを使うことを強く推した。
結果オーライでしょう。
十分に刺激的なサウンドだ。ホンモノのオケではああはならなかっただろう。
原曲をどうアレンジしているかというと、「怒りの日」というグレゴリオ讃歌のメロディが差し込まれているのね。
13世紀の以前に作られたメロディなのかな?
この「怒りの日」のメロディがベルリオーズの「幻想交響曲」やリストの「死の舞踏」でガツンと引用されているのは知っていたけど、モーツァルトも引用しているというのは知らなかった。
このメロディ、ナニかというと『シャイニング』の冒頭に使われている曲。
キューブリックお好みのメロディなのかしらん?
しかし、キューブリックの使う音楽って、「BGM」というよりもはや「小道具」だよね。
前回の「スパルタカス 愛のテーマ」にしても『バリー・リンドン』の「サラバンド」にしても、はたまたこの作品におけるベートーベンの「第九」にしても、も~、しつこいぐらいに出て来てグイグイと観ている者のアタマに入り込んで来る(この「メリー女王葬送曲」のオリジナル・メロディもヘンデルの「サラバンド」に似てる)。
一方では、『2001年』のシュトラウスとか、『アイズ・ワイド・シャット』の「Baby Dod the Bad Bad Thing」みたいに飛び道具的に一発で入り込んでくるタイプの音楽の使い方もある。
何回か前に紹介したように、まさに「音楽」を観客をノックアウトするための「武器」のように使っている印象を受ける。
そうそう、『オレンジ』の冒頭で酔っ払いのオッサンが歌っている歌もそう。
アレは「Molly Malone」というアイルランドのダブリンを歌ったアチラではとても有名な歌だ。

10そしていきなりコレ。
「コロバ・ミルクバー」のオブジェ…というかモロコの自動販売機やテーブル。

20映画の中にボタンを押すと乳首からミルクが飛び出すシーン(当たり前か…)があるが、アレはキューブリックの指示でホンモノの牛乳を使ったそう。
そんなもんを入れるもんだから、撮影中に牛乳が照明の熱で痛んでしまって、何度も中身を入れ替えなければならなかった。
もちろん展示のオブジェはホンモノだけどモロコは出ませんでした。

70コロバ・ミルクバーの絵コンテ。
何やらあの雰囲気が伝わって来る。
デザインは『2001年』の「スター・チャイルド」を手掛けたリズ・ジョーンズという若い彫刻家だった。

40モロコ・サーバーの概念図。
まだ初期の段階。50台座の部分のデザイン。
こうなるともうほとんど完成形か。

60映画の中では「ルーシー」という名前だった。

30アレックスの衣装も展示。
この映画はアンソニー・バージェスというイギリスの作家の同名小説が原作で、映画化するまで紆余曲折があった。
キューブリックが実際に映画化する前には、ミック・ジャガーがアレックスを演じ、他のローリング・ストーンズのメンバーがドルーグ(仲間)を演じる計画があったという。
結局、ストーンズが忙しくてこの計画はお流れになった。
私はマルコム・マクダウェルでヨカッタと思う。
ところでさっきから下線を付けているのは映画の中で使われた「ナッドサット言葉」と言われているモノ。
前にも書いたがほとんどがロシア語が元になっている。

80vアレクスの出で立ち。
カッコいい。
この衣装のアイデアはキューブリックとマルコムの共作だったそうだ。
そして、ある日マルコムがゴッツイつけまつ毛を買ってきてキューブリックに見せたところ、大いに気に入られ、両方に付けてみたが、「片方だけの方がいい」とキューブリックが判断し、あの右目だけのつけまつ毛のアレックスが出来上がった。

105vコレはキューブリックがバージェスの原作のオリジナリティを尊重して書いたという、レポートに2回目で紹介した『オレンジ』の台本。
英語の台本はト書きを左右に広げて、セリフは中央に寄せて書くのが普通なのだが、キューブリックはそれを反対にして書いたという。
190 アレックスの部屋の絵コンテ。100アレックスの部屋の置物も展示されていた。

90レコード屋で女の子に声をかける時のネタにした自慢のレコード・プレイヤーも展示。
アレックスはこの他にマイクロ・カセット・デッキを持っていて、「第九」のミュージック・テープをデッキに入れる時、ハッキリと「Gramophone(グラモフォン)」のロゴを見せたのが印象的だった。
なるほど、キューブリックは上の「メリー女王」のところに書いたようにグラモフォンのファンだったのね。
実際にマイクロ・カセットのミュージック・テープってあったのかしらん?

110マイクロ・カセットって今でも使われているのかな?
ところで、下の写真ね…真ん中がカセット・テープでしょ。
そのとなり、一番右のヤツって知ってる?
ソニーの「Lカセット」。
オープンリールのテープをカセット・ケースに入れたモノ。
要するにテープの幅が広いので普通のカセット・テープより格段に音がいいってワケ。
カセットの手軽さとオープンリールの音質の良さをハイブリッド(当時こんな言葉は日本になかった)させた優れものとされていた。
どうだろう…今から45年ぐらい前か?
秋葉原の「朝日無線」のカセット・デッキ売り場で熱狂的にフィーチュアされていた光景を覚えている。
結果は…思いっきりコケだ。
もちろん私も買ったことはないし、この年齢になるまで「Lカセットを使っていた」という人にお目にかかったことがない。
しかし、ナンだね。
IT技術の闖入によって、オーディオの愉しみも次世代にパスすることができず、人類は「本当にいい音で音楽を楽しむ」ことを抹殺してしまったね。
「いい音を楽しむ」とは、最低でもチャンとしたスピーカーで空気を振動させて音楽を聴くということを指す、と私は思っている。
一番滑稽に見えるのは、アナログ・レコードをデジタル機器で再生して、イヤホンで聴いて「ん~、やっぱりアナログの音は温かくていいナァ」と感動している方々。
5Aの神戸牛をハンバーグにして「やっぱりビーフは神戸に限る」と悦に浸るようなモノだ。

Ct
アレックスたちに非情な暴力を受けてしまう郊外に住む作家が使っていたタイプライター。
あの家、呼び鈴が「第五」になってるんだよね。
ルトヴィコ療法を受けたアレックスが、かつての仲間にボコボコに仕返しされて、運命のめぐり合わせでその作家の家にまた来てしまうでしょう?
そのボロボロのアレックスを抱きかかえていたマッチョマンは、後に『スターウォーズ』でダースべーダーを演ったデヴィッド・ブラウズという人。
ところで、この作家の家でのアレックスたちの目をそむけたくなるような超暴力(Ultra Violence)ね、不謹慎だけどカッコいいんだよね。
「雨に唄えば」を歌いながら暴行を働くアレックスはそれこそダンスをしているようだ。
あの暴力と「雨に唄えば」のメロディ…対位法ですな。
最初の方で、ビリー・ボーイがデヴォチカを強引にインアウトしようとするシーンの音楽はロッシーニの「泥棒かささぎ(The Thieving Magpie)」という曲。
壮絶なケンカのシーンにワザと柔らかく、ほのぼのとした曲をかぶせている。コレも対位法。
その「雨に唄えば」はマルコムのアドリブだったのだそうだ。
あのシーンで「知っている曲を歌いなさい」とキューブリックに言われ、歌詞を全部知っている曲が「雨に唄えば」しかなかったという。
でも、アレってチョッとメロディがおかしいんだよね。
「♪I'm singing in the rain, just singing in the rain」の「just singing in the rain」のところ。
素人さんがやりやすいミス。
それがキューブリックにとってはヨカッタんでしょうね。。
そしてエンディング…またスッカリ悪くなったアレックスのすさまじい表情のクローズアップに続くエンドロールでジーン・ケリーの声が聞こえるところはトリハダものだよね。
で、ここで疑問が生じるのは、この曲を歌うシーンが本当にマルコムのアドリブだとしたら、このエンドロールのアイデアは「マルコムありき」ということになるでしょ?
そんなんでヨカッタのかね?
このエンドロールは『博士』の「We'll Meet Again」と同じ効果を狙ったのかしらん?
 
『雨に唄えば』といえば、そのマッチョマンの人、あまりにもしゃべる英語のサマセット・アクセント(イギリス西部地方の強い訛りのひとつ)が強いので、英語のセリフは吹替えになってるんだって。
まさに『雨に唄えば』じゃんね!
120「ヘルス・ファーム」の「ミス・ウェザース」自慢の芸術品。
もちろん実際に映画で使われたモノ。
あのミス・ウェザースのシーンだけは他の暴力シーンとタッチが違うと思わない?
ひどく醜悪なのだ。

130ロケ地の解説。
一番上の段は下克上を試みるドルーグをアレックスがトルチュクする溜池のシーン。
グリニッジ天文台のもっと東のテムズ川南岸に位置する「Thamesmead(テムズミード)」という1960年代に開発された新興住宅地。
いつか行ってみたい。
 
一段飛ばして…上から三段目は郊外の作家の家のシーンを撮影したところ。
ヒースローからMarshallの工場に行く時、M1という高速道路(向こうではMotorwayという、無料)を使うんだけど、その途中にあるロンドンの北の郊外にある町が「Redlett(レッドレット)」。
そこにあのお屋敷があったし、今もある。
 
一番下は「ルドヴィコ療法」の施設。
コレって「Uxbridge(アクスブリッジ)」だったのねッ!
UxbridgeはMarshall発祥の地。
Marshall Blogにこんな記事があるのでゼヒどうぞ!
【イギリス‐ロック名所めぐり vol.2】 マーシャルの生まれ故郷<後編>
Speak of the Devil ~ ビックリしたな~モウ!

そのアクスブリッジにある「Brunel University London」がこのシーンのロケ地。
今度行ってみようかな?

140さっき飛ばした2段目の写真は例のレコード店のロケ地。
既に触れたキングス・ロードにあった「Chelsea Drugstore」。
天井のVerticoのロゴのことも書いた。
もうひとつ…この左下の写真では小さすぎてわからないと思うけど、左の写真のエサ箱の一番前にあるLPね。
コレ、『2001年宇宙の旅』のサントラ盤なんだよ!
キューブリックも案外チャッカリしてるな。
そして右のモノクロの写真が往年のChesea Drugstore。
今はマクドナルドになっちゃってるそうだ。
コレも今度行ってみよう。

150キングス・ロードというのはパンク・ムーブメントのファッションリーダーとなった「SEX」というブティックがあったように、ロンドン・ファッションのメッカだった。
それゆえ、ローリングストーンズが『Let It Bleed』の「You Can't Always Get What You Want」でこんなことを歌っている…3:07のところ。
「♪I went down to the Chelsea drugstore」って。
私はローリング・ストーンズを受け付けないのでゼンゼン知らなかった。

Lib一方、我がキングス!
1991年のEP、「Did Ya」。
いきなり「♪Went for a walk down the Old Kins's Road」と歌う。
そしてRay Daviesは「♪Now the Chelsea Drugstore needs a fix.  It's in a state of ill repair (今やチェルシー・ドラッグストアも修繕が実用だ。今じゃおかしなことになっちまってる)」とやる。
この曲には他にもロンドンの地名が出て来て…
「♪Did ya ever think it wouldn't last forever?  Did ya ever think that it would get this bad?(アレが永遠に続かないなんて思ったかい?アレがこんなにヒドくなるなんて考えたかい?)」と昔のロンドン・タウンを懐かしむ。
わかるな~、わかるぜ~、レイ。
私もこうして年を取ると、まだ都電が走っていたり、日劇や国際劇場や仁丹塔があった頃の光景を思い出すんだよね。
でもレイはロックのことを歌っているような気がするナァ。Kkこんなスゴイ動画を見つけた。
『オレンジ』のロケ地の今昔を比較している。
地名や施設の名前が出てこないのが惜しいが、『オレンジ』好きの方々なら十分に楽しめるだろう。

フランス語とスペイン語のロゴ。
「naranja(ナランハ)」はスペイン語で「オレンジ」のこと。160こんなペインティングも飾ってあった。
レイの郊外の作家に家に向かう途中のシーン。

170所変わって例の「デザイン・ミュージアム」のホワイエ。
オレンジ色の車が見えるでしょ?

175コレが映画の中で「デュランゴ95」と呼ばれていた車の同型。
アレックス達はコレをブッ飛ばして作家の家に向かう。
ホラショーで振動がガディワッツにビンビン来る」らしい。
実際の車は「Probe16」と言って、イギリスのAdams Brothers という会社が1969年にたった3台だけ製造したという超レアカーなのだ!
車に興味のない私には全くガディワッツに響かないけど。
車高が86cmしかないんだって。
ダメだ、そりゃ。
Marshallのスピーカー・キャビネットが積めないもん!
180こんなイラストレーションも。
この「ルドヴィコ療法」のシーンの撮影でのマルコムは大変だったそうだ。
目の辺りに麻酔をかけ、あの瞼を開きっぱなしにする器具取付けて頻繁に合成の涙を目にたらす。
ああしないと角膜が乾燥して失明してしまうのだそうだ。
撮影後、麻酔が切れると、両目に激痛が走り、我慢できず病院でモルヒネを打ってもらってしのいだ。
翌日、マルコムが包帯を巻いて撮影現場に行くと、その姿を見たキューブリックは驚き、「コレは大変だ!その目で撮影ができるのか?」と言ったそうだ。
マルコムの目を気遣う言葉はなかったとか…。
結局、マルコムはあの撮影で角膜を傷つけてしまったばかりか、治療の成果の発表会で無抵抗で受けるシーンで肋骨を折ってしまったそうだ。
また、警官になったかつてのドルーグに復讐され、水槽に顔を長時間浸けられるシーン。
本当は水の中で酸素が供給される仕組みになっていたのだが、装置が故障して窒息しそうになったとか。
コレはリアリティを出すために案外キューブリックがわざと装置を壊していたのかも?
とにかく、映画の中のアレックスの暴力は芝居なのに、実際のアレックスは本当にヒドイ目に遭ってしまった。

190_2ところで、「時計じかけのオレンジ(clockwork orange)」ってなんだ?
実はこの表現、コックニー・スラングのひとつで、「queer as a clockwork orange」という風に使われるらしい。
「queer」というのは「奇妙な」とか「風変わりな」という意味で、「時計仕掛けのオレンジみたいに変テコだね」となる。
この表現が意味するのは、「見た目は普通なのに中身がキテレツ」ということ。200そこで…手塚治虫の『時計仕掛けのりんご』というマンガを引っ張り出す。
ご存知?
長野県の架空の町が住民の知らない間に軍事クーデターのための被験地になっていた…という話。
外から見ればナンの変哲もない田舎の町の中でトンデモナイことが起こっていたというワケ。
それで長野だから「リンゴ」だ。
愛媛が舞台なら「時計仕掛けのオレンジ」になっていたか?
イヤ、「時計仕掛けのミカン」か。
はじめ、手塚治虫がこの映画を観て『りんご』を描いたのかと思った。
そこで調べてみると…『オレンジ』の日本公開は1972年4月、『りんご』の週刊ポストへの連載が始まったのがのそ2年前の1970年4月。
手塚治虫の方が先だったのだ。
手塚先生がアンソニー・バージェスの原作でこの表現を知って自分の作品に転用した。
原作本は読んでいなかったということだ。

Ringoそれと「しかけ」シリーズで言えばコレ。
四人囃子の「機械仕掛けのラム」。
名曲です。

Baoチョット、ごめんなさい。
本当は、今回次の展示コーナーの『アイズ・ワイド・シャット』までカバーするつもりだったんだけどコレでギブアップ。
好きな映画なもんだから調べに調べて、DVDで実際のシーンを確認して、脱線して…コレだけ書くのに2日半かかってしまった!
テンポが遅い「ゼンマイじかけのブログ」なのです。
次回は『アイズ・ワイド・シャット』や『シャイニング』をカバーしますのでお楽しみに!
 
<つづく>

2020年3月 5日 (木)

イギリス紀行2019 その15 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.4>

それでは、いよいよ作品ごとの展示のコーナーへ行ってみましょう。
 
まず最初に展示されていたのは『突撃』。
原題は原作同様、『Paths of Glory (栄光の小径)』。
1958年の戦争映画。
そのポスター…なのかナァ?製作スタッフのポートレート?
James B. Harrisというのはこの作品のプロデューサー。後の『ロリータ』の製作も担当した。

10この映画を観た人…どう思った?
話の設定にムリがありすぎると思うのは私だけだろうか?
それでもグイグイと見せちゃうのがキューブリックの手腕ということか?
簡単にストーリーを紹介すると、第一次世界大戦下のフランス軍がドイツの要塞に手を焼いていて、ムチャでアホなお偉いさんが主役のカーク・ダクラス扮するダックスに気合でその要塞を攻略するように命じる。
やってはみるんだけど、やっぱ、ム~リ~。ドイツ軍強ェんだもん。
するとそのお偉いさんは「なっとらん!」としてダックスが指揮する3つの部隊からひとりずつ選んで見せしめに軍法会議にかけて銃殺にするというんだな。
味方ですよ、味方。
その弁護を引き受けるのが弁護士が本職のダックス。
結果は惨敗。3人とも死刑。
そんなバカな!
ところが、かのウィンストン・チャーチルは(コレがホントの「Mr. Churchill Says」…The Kinksの曲ね)、「他のいかなる戦争映画よりも大戦の雰囲気を掴んでいる」と言ったそうな。
チャーチルは実際に第一次世界大戦に参加しているからね。
「命は鴻毛より軽し」と兵隊を無意味に戦地に送り出し、たくさんの命を奪った第二次世界大戦の日本軍も同じだ。
で、この作品、エンディングもチョット解せないんだよね。
捕虜となったドイツのお嬢さんがフランス兵の前で歌を歌うと、初めはからかい、嗤っていた兵士たちがその歌声にほだされて涙ポロポロ、シンミリしてしまう…という。
しかもアレってどう聞いてもドイツ語に聞こえるし。
要するに戦争の虚しさと無意味さを訴えているということなんだろうけど、映画としては脚本の強引さ目立ってしまうな~。
1958年というと、黒澤明でいえば『隠し砦の三悪人』だからね。
娯楽映画の作り手としては黒澤の方が格段に上だったな。
ところで、感動の歌を歌うその可愛いドイツ娘ね、クリスティアーヌ・ハーランというんだけど、直後に苗字がキューブリックになる。
この映画を通じでクリスティアーヌはキューブリックと結婚し、1999年にスタンリーが死ぬまで添い遂げた。
 
コレは現在入手できるDVD。Tg_2同じ会社の製品なのでジャケットのデザインがよく似ているが、こっちは1956年のロバート・アルドリッチの作品『攻撃(Attack!)』。
コレもアメリカ軍の内情をテーマにした作品なんだけど、ハッキリ言って『突撃』より『攻撃』の方がケタ違いにオモシロイし、映画としてよくできている。
さすがアルドリッチ!
あのね、あんまり言いたくはないんだけど、「シゲさんがおススメする映画にはハズレがない」ってよく言われるのよ。
♪ナ~ンでか?
私、人間がとても単純なんです。
わかりやすくて、本当にオモシロい映画しか観ないの。
その最高峰がアルドリッチ映画。
この作品は実は私の人生映画ベスト10の一角なのです。
キューブリックとは関係ないけどおススメ。
ちなみに『攻撃』のタイトル・シークエンスを手掛けたのはソール・バスです。

Kgアル・フィーシュフェルドのイラストが展示されていた。
カーク・ダグラスの顔がスゴイ。
まるで悪役!
フィーシュフェルドはアメリカのイラストレーター。20ハーシュフェルドの仕事はロック・ファンにはコレでおなじみでしょうな。
Aerosmithの『Draw the Line』。
『Rocks』の後に出て来たアルバムのジャケットがコレで当時結構驚いた。

30cdハーシュフェルドはブロードウェイのスターを描いたことでよく知られているが、こんなジャズのアルバムも手掛けている。
Mel Tormeの『And Friends』。

40cdDonald Byrdの後期Blue Note盤、その名も『Calicatures』。
コレは買ったことも聴いたこともないナァ。
ってんでSpotifyで聴いてみる…ガックシ。
私が最も聴かないタイプの音楽のひとつ。
『Fuego』だの『Byrd in Flight』だの『A New Perspective』だの立派なジャズ・アルバムを作ったお方がナニが悲しゅうてこうなってしまうんだろう。
「『Blackbyrd』の大ヒット」とやらのせいなのか?…ま、元々ファンキーっ気のある人だったからね。
でもジャケットはいい。

50cdThe Ritz、コレはジャケットほど内容はオモシロくなかった。

60cdさすがに『非情の罠』とか『現金に体を張れ』あたりの展示はなかった…イヤ、あるいはあったのかも知れないんだけど興味がなかったので目につかなかったのかも知れない。
ということで『突撃』のお隣は『スパルタカス』のコーナー。
「アーイム・スパルタカス!」ってか?
70v実際に撮影で使用された衣装。
キューブリックの長編の初のカラー映画だったけど、「すべてを制御できなかった唯一の作品」と、本人は悔いていたとか。
カーク・ダグラスの他、ローレンス・オリヴィエ、チャールズ・ロートン、ピーター・ユスチノフ、トニー・カーチス、ジーン・シモンズ等々、いい役者さんがたくさん出ているんだけど、私はこの作品も苦手。
そもそもカーク・ダグラスがね~、なんか立派過ぎちゃって…。奴隷のワリには髪の毛もキッチリし過ぎているし。

80『スパルタカス』撮影時の有名なスナップ。
もちろんクレーンの上にいるのはキューブリック。

90v死体に番号を記したボードを持たせている、コレも有名なスナップ。
撮影を中断して、再開する時にズレが生じないように配慮したのだそうだ。
再開時、役者さんたちはこのような写真を参考にして「オレ、258番だからアソコに倒れればいいのか…」とやったのだろう。
こんな写真がドカーンと引き伸ばされて展示されているもんだからスゴい迫力だった。

100そういえばこの映画のタイトル・シークエンスを担当したのは、上の『攻撃』のところで出て来たソール・バスなんだよね。
映画製作においてのソール・バスの偉業については枚挙にいとまがないので、興味のある方にはご自分で調べて頂くとして、ココではそれ以外にバスが手がけた企業のロコマークの実績のスゴさに驚いておきましょう。
ちなみに私が一番好きなソール・バスが作ったタイトル・シークエンスはヒッチコックの『北北西に進路を取れ(North by North West)』かな?
バーナード・ハーマンの音楽がまたいいからネェ。

Photo 音楽といえば、アレックス・ノース(前回『2001年』の所で触れた人ね)はこの『スパルタカス』でいい仕事を残した。
それはカークダグラス扮するスパルタカスとジーン・シモンズ扮するバリニアが顔を合わせる時に必ず流れる「Love Theme from Spartacus」という曲ね。
あ、火を吹いて血ノリをダラダラ流す皆さんの大好きなベーシストとは違いますよ!ベースはGene、コッチのキレイなイギリスの女優さんはJeanね。
そういえば、ローレンス・オリヴィエもチャールズ・ロートンもイギリス人だわ。
で、この曲がも~しつこいぐらいに出て来る。
でも、実に美しいメロディですな。
私なんかはBill EvansとJeremy Steigの『What's New』というアルバムで馴染みになったけど、最初にこの曲をジャズに持ち込んだのはどうもYusef Lateefらしい。ビックリ。

Wnこのキューブリック展、前から書いているように、後半は作品別に展示品が並べられている。
古い作品はスキップしているにしろ、『突撃』⇒『スパルタカス』の2作は時系列で展示品されている。
だけど、ナゼか次にいきなり『フルメタル・ジャケット』が来ちゃうんだな。
決してスペースの関係ではないと思うんだけど、ナニか意図があったんだろう。
まさかキューブリックの遺言か?130この作品は1年程度の比較的短期間にわたってベトナムに応召した兵士を描いた『The Short Timers』という小説が原作になっているが、キューブリックはこの小説の映画化権を手に入れるとすぐにその小説のタイトルを捨て去って『Full Metal Jacket』と命名したそうだ。
キューブリックはこの言葉を銃のカタログで偶然見つけて「美しく心に響く私的な言葉」としてとらえたんだと。
天才の感性ってのはわかりませんな。

175v2回目のレポートでカチンコを紹介したところで、キューブリックお抱えの撮影監督ジョン・オルコットの名前を出したけど、オルコットは健康上の理由でこの作品の製作に参加できなかった。
代わりにプロダクション・デザイナーとして起用されたのは、『エイリアン』の製作に携わり、後に『バットマン』でオスカーを獲得したアントン・ファーストという人。
そのファーストにキューブリックから与えられた仕事は「ロンドンにベトナムを持って来る」ことだった。
後半のフエのシーンね。
そこでファーストはロンドンの東のイースト・ハムにあった「ベックトン・ガス工場」というかつてはヨーロッパ最大のコークスの精錬工場に目を付けた。
その工場は取り壊しが決まっていたので、「好きなようにブッ壊していいよ」ということになり、キューブリックニンマリ。
解体作業のプロが常駐して、あさま山荘で有名になったあの鉄球の車を2週間借りて、担当者が建物のどこにブツけて穴を空けるかをオペレーターに指示したそうだ。
下はその「ベックトン・ガス工場」の俯瞰写真。140vそれぞれの建物の高さなどの情報が記録されている。
ナニをやるにも緻密なのよ。150ベトナム感を演出するために棕櫚(しゅろ)の木が200本ほどスペインから運び込まれてロケ現場に移植された。
それだけでは足りないので、プラスチック製の造花の棕櫚の木を香港から10万本運んできてボリュームを出したという。
キューブリックはどの棕櫚の木を使うか写真でチェックしたらしい。
コレが棕櫚の木ね。Shuro コレはロケ現場の写真。
チャンと棕櫚の木が植わっている。170「棕櫚の木」で思い出すのは吉村昭先生の『戦艦武蔵』。
コレについてはMarshall Blogで書いたので興味のある方はゼヒご覧あれ。
   ↓   ↓   ↓
激突!!SAITAMMER SLAM 第47戦 ~ 新生IOSIS登場

Mssしかし、何回も書くけど、あのシーンがロンドンで撮られていたなんてホント驚いたよね。
著名な軍史家の見立てによると、この映画はロンドンで撮影されている以外はすこぶるホンモノに近い」そうだ。
しかし、よくできてるよナァ。

160コレはキューブリックが、工事関係者であろうか、デレクという人に送った手紙。
「撮影が終わるまで、場内のガレキをそのままにしておいてくれないか?」という依頼状。
さらにキューブリックは「チョット小綺麗になりすぎているんで、もうチョット瓦礫を補充してもらえると助かんですが…ダメすかね?」なんてお願いしている。11_0r4a0393ジョーカーたちが被っていたヘルメット。

180もちろん撮影の時に使用された実物。

190やっぱりこういう実物は迫力が違うね。

200コレもジョーカーが身に付けていたメガネとミッキーマウスの時計!
 
前半のあのハートマン曹長のシゴキはスゴかったね。
いくら演技とはいえ、来る日も来る日も朝から晩までやたらと汚い言葉で怒鳴られて、俳優さんたちもかなり精神的にマイってしまったらしい。
一方、ハートマン曹長を演じたリー・アーメイは声を出し過ぎて一時期全く声が出なくなったばかりか、撮影現場で乗っていたジープが事故を起こし、片側のアバラ骨をすべて折って死にはぐったそうだ。

210前半のハートマン曹長も印象に残るけど、やっぱり後半がスゴいよね。
あの少女のスナイパーはあまりにもショッキングだった。
Marshall Blogでレポートした通り、2年前にホーチミンに行ったでしょ?
あの暑さは忘れがたいモノだったけど、もうひとつ忘れがたいのは「戦争証跡博物館」という、アメリカがベトナムにナニをしたかを歴史に残すための施設。
『ディア・ハンター』も『フルメタル・ジャケット』もいいけど、ああした負の記録を見ると少なくともアメリカが作ったベトナム映画の見方がガラっと変わるね。
そのレポートはコチラ ↓  ↓  ↓
ベトナムへ行ってきた!~私のホーチミン vol.3

230_2続いては『ロリータ』。

110あんまり展示はありませんでした。
もちろん観てはいるんだけど、私はそう興味がないもんで…。
今ならネルソン・リドルの音楽かな。
そういえば「ハンバート・ハンバート」っていう日本のバンドがいるんでしょ?
「ハンバート・ハンバート」はジェイムス・メイスンが演じるこの作品の主人公の名前。
『バーバレラ』の「デュラン・デュラン」みたいだね。
ちなみにイギリスの人たちは「デュラン・デュラン」ではなくて「ジュラン・ジュラン」と発音します。

120この辺りは書くことがないので脱線。
で、そのジェイムス・メイスン、『ロリータ』では情けない役を演じていたけど、さっきソール・バスの所で出した『北北西に進路を取れ』では最高にカッコいい悪役を演ってたよね。

Nbnもうひとつ。
それはジュディ・ガーランドの『スタア誕生』。
このメイスンもとてもヨカッタ。
今、『ジュディ』とかいうジュディ・ガーランドの伝記映画をやってるでしょう?
ナンで今頃ジュディ・ガーランドなんだろうね~?
私は彼女の声と気風のいい歌い回しが大好きでしてね、CDを何枚も持っているのです。
この『スタア誕生』は「The Man That Got Away」のシーンがアホほどカッコいい。
曲は詞がアイラ・ガーシュイン、曲がハロルド・アーレン。
悪いワケがない。
1954年、アメリカのエンターテイメントが最高だった時代だ。

Sb<つづく:次回は『時計仕掛けのオレンジ』から>

2020年3月 2日 (月)

イギリス紀行2019 その14 ~ スタンリー・キューブリック展 <vol.3>

 

続いて「FILMING」のセクション。
キューブリックの映画づくりの片鱗をうかがわせるコーナー。10執務室の再現。

20写真の保管箱。
コレがすごかった…几帳面で。
やっぱりナニかを成し遂げる人は間違いなく人間が几帳面だよね。
私は全くダメだわ、ダラしなくて。

30これらはナニかというと、ロケハンの写真。
キューブリックは制作時間が長いことが有名で、時にはそれが「悪名」だったりしたっていうんだけど、こういうのを見るとそれがよくわかる。
後の回で出て来る『フルメタル・ジャケット』とか『アイズ・ワイド・シャット』なんてスゴいよ。

40コレらは全部ロケハンの資料。

50やっぱりこうしてみると紙焼きの写真ってのはいいね。
もっとも、コレこそが「写真」というモノなんだろうけど…。

60ロケハンっていうのも実に大変な仕事だよね。
ま、私なんか「D_Driveのアー写を屋外で撮れ」とMarshall Recordsに指示されて対応しただけなんだけど、人様の迷惑にならないところで見た目がいいところを探すのは本当にムズカシイ。
そして、太陽の向きを考えなければならないので、何時ごろが最も適切かを調べなければならないし、必要とあれば撮影の許可を得なければならないでしょ。
それだけに、いいのが撮れればうれしいね。

70お、コレは『オレンジ』に出て来るレコード屋だ。
天井のVertigoレーベルのロゴに気付いた時は興奮したもんだ。
この店は、ロンドンはチェルシーのキングス・ロードにあった「Chelsea Drugstore」というお店だった。
キングス・ロードというのはロンドン・パンク・ファッションのメッカ「SEX」というお店があったことで有名。
私も一度だけこの通りを歩いたことがあるが、ゼンゼン普通の通りだった。
すぐ裏に国立陸軍博物館というのがあって、結構オモシロかったナ。
このキングス・ロードの1本北の通りは「フルハム・ロード」。
この名前にピンと来る人は私と同じ世代ぐらいか?
一時期、テレビでこの名前を聞かない日はなかった。
ちなみに渡辺香津美さんの1985年の『MOBO倶楽部』に収録されている「危険がいっぱい」という曲の元のタイトルは「疑惑の銃弾」だったハズ。
そういえばこのフルハム・ロードという名前が出て来る事件の主人公も「一美」さんといった。
90ナゼかウチにあるVertigoのトランプ。
どうしてもらったのかサッパリ記憶がないけど取り敢えず大事にキープしてある。

11_2vt_2コレは『アイズ・ワイド・シャット』だろうね。
アレもロンドンで撮ってる。 80こういうスナップ・ショットもうれしい。
『シャイニング』からの1枚。
仲がよさそうに見えるが、キューブリックとシェリー・デュバルはかなり険悪だったらしい…というより、キューブリックは役作りをさせるためにワザとそうなるように接していたという。

100『2001年』と『バリー・リンドン』から。

110コレは後にスピルバーグが製作した『A.I.』のスケッチ。
以下は展示の解説。
 
キューブリックは早い時期からのコンピューター賞賛者で、コンピューターをテーマにした作品に取り組みたいと思っていた。
そして、1982年にブライアン・オルディスという作家の『Supertoys Last Summer Long』という短編の映画化権を入手したが映画化の計画は実行されなかった。
当時の実写の技術では主人公のロボット少年をうまく描くことができなかったからだ。
そして、1993年にスピルバーグが『ジュラシック・パーク』を発表すると、そこに映画化の可能性を見出す。
キューブリックは『A.I.』の脚本を書き始め、クリス・ベイカーにスケッチや絵コンテの製作を依頼した。
1999年、キューブリックはスピルバーグの方が適任と考え『A.I.』を監督するように頼んだ。
が同年、期せずしてキューブリックが他界すると、スピルバーグは自分のビジョンに基づいて友人に準備させておいた素材を元に『A.I.』を完成させた。
スピルバーグ曰く「キューブリック本人抜きで、自分の感受性のフィルターを通して才能ある人のビジョンを代弁できるかどうかはスリリングな挑戦だった。その友人が間に入ってくれたことを名誉に思うよ。
正直、この作品に関わるのを許されたことを誇りに思っている。でもスタンリー・バージョンの『A.I.』を観ることができればどんなにヨカッタか…。きっとスゴいことをやらかしていたと思うよ」
 
上に書いた通り、キューブリックは製作に長い時間をかけるため、その間に主人公が大きくなってしまうのを避けようとロボットに演じさせようというアイデアまであったという。
ん~、でも私は『A.I.』ってどうもピンと来なかったな。
なんか辛気臭くて観ていて感情移入できなかった。
それよりも昨日紹介したキューブリックによるホロコーストものを観てみたかった。

11_0r4a0315撮影の計画表や予定表の数々。

120コレなんかは1957年の『Paths to Glory(突撃)』の工程表だからね。
よく残してるな~。
そういえばカーク・ダグラスが最近亡くなったね。
失礼ながらご存命とは知らなかった。

130コレは『2001年』。

140撮影機材の展示も興味深かった。
160v_2コレは1955年の『Killer's Kiss(非情の罠)』で使われた「Eyemo Camera(アイモ・カメラ)」。
アイモは1925年に発売され、それこそ1955年前後まで劇場用やテレビ放映用のニュース映画の撮影で世界的に使用されたそうだ。170『博士の異常な愛情』撮影中のスナップ。

180v『フルメタル・ジャケット』の後半。
クドイようだけど、コレがロンドンだっていうんだからね。190レンズもゴロゴロ。
レポートの第1回目に書いたようにキューブリックはプロのフォトグラファーだったからね。
当然、撮影技術にも長けていた。
コレはヒッチコックの本で読んだんだけど、あんまり監督が撮影の技術に詳しいと撮影監督がイヤがるそうで…。
ヒッチコックも撮影技術のノウハウを持っていて、アレコレ細かく撮影の指示をして「ハイハイ、ずいぶんと撮影に詳しい監督さんだね~」と煙たがられたらしい。

20050mmのハイスピード・レンズ。
元々は月を撮影するためのNASAのハッセルブラッドの6x6用に開発されたモノ。
カール・ツァイス製でF値は0.7!
キューブリックは『バリー・リンドン』のあのローソク明かりのシーンで使用した。
この辺りの話は後の回の『バリー・リンドン』コーナーでもう少し詳しくやるけど、当時はこの撮影がモノスゴク話題になってね~。
そんなことを思い出しながら舐めるように見入り、かつ、いつも使っているキャノンの5Dで夢中になって展示アイテムを撮影していた。
すると…230「スミマセン」と若い中国人の男性が英語で私に話しかけて来た。
ナニかと思ったら…以下はその男性とのやり取り。
「あの~、プロのフォトグラファーの方でいらっしゃいますか?」
「あ、ん~、ま~、コレで食べているワケではないですけど、お金を頂戴して撮影することも多いです」
「コチラの方ですか?」
「イエイエ、東京から来てるんですよ」
「エエエエ~!」
ナゼかものすごく驚いている。英語がウマいからかな?
「あの~、このレンズの展示…一体ナニがスゴイんですか?よかったら解説してもらえませんか?」
「エエエエ~!」とは言わずに対応してあげることにした。
ま、私はカメラ・マニアでは全くないので、ステージ写真を撮る時に必要な基本的な知識しか持ち合わせていないので、絞りとシャッター速度の関係とレンズの規格と『バリー・リンドン』の撮影について簡単に説明して差し上げた。
英語でカメラの話をする機会はあまりないので、こっちとしてはとてもいい英語の勉強の機会になった。
私の説明で納得してくれたらしく、ものすごく丁寧にお礼を述べてうれしそうにしていた。
あの人、武漢から来たっていってたかな?…ウソウソ。

220撮影フィルムの編集テーブル。240v実際に『フルメタル・ジャケット』の撮影に使用されたモノ。

250コレはわかるでしょう?
『2001年』の宇宙ステーションのシーンのセット。
このデカさ!
高さ12m。
こんなモノ作ってりゃ、そりゃ金がかかるわな~。
製作したのはイギリスの「ヴィッカース・アームストロング」という会社。
機関銃やら戦車やら軍艦やらのメーカー。
当時の金額で750,000ドル(当時の固定相場制の360円/$で2.7億円)かけて作られた。

270ヴェルナー・フォン・ブラウンというドイツのロケット科学者の技術情報を元にウィリー・レイというSF作家が描写したモノを実際に作ってしまった。

260コレだもん、『カプリコン・1』じゃないけど、アポロ11号の月面着陸のシーンはキューブリックがスタジオで撮ったってのもうなずける。
イヤ、どちらかというと、そうであって欲しかったりもする。
上で紹介した撮影機材はNASAから借用したモノもあって、そんなことからもこのウワサが流れたらし。
月面着陸か…。
あの時はもうスゴイ騒ぎだった。
万博のアメリカ館で「月の石」が公開されてね。
今では上野の科学博物館で「月のハナクソ」として公開されているけど、誰も興味を示さないんじゃないかしら…小さすぎて。
万博か…いい時代だったね。
携帯もインターネットもなくて。

280コレはその模型。

290

300

310「スター・ゲイト」のシーンで映画史上初めて使用された「スリット・スキャン」の図説。
後に『未知との遭遇』や『スタートレック』、『ブレードランナー』で特殊効果の手腕を見せたダグラス・トランブルのアイデア。
カメラと被写体の間に細長いスリットの入った板を入れてカメラを動かしながら撮影する…と言われても私はわからなかったけど、よく被写体がビヨ~ンと伸びたりする映像はこのテクニックによるもの。
今ではデジタル技術で瞬時にしてその効果が得ることができるが、『2001年』の製作当時はあの「スター・ゲイト」のシーンの撮影だけで半年を要したという。
何でもこの映画、全体で612のショットがあって、そのうちの1/3の205ショットが特殊効果のシーンなのだそうだ。

320下の写真みたいなヤツね。
「Jupiter and the Infinite」のシーン。
あのあたりの音楽…イヤ大抵の人には「音楽」には聞こえないかも知れないけど、アレはハンガリーの作曲家ジェルジュ・リゲティの現代音楽曲なんだね。
「レクイエム」という合唱曲から「アトモスフェール」という曲につながる。
リゲティはいい。
とてもしょっちゅう聴けたシロモノではないが、つまらんロックを聴いているより格段にスリリングでパワフルで刺激的だ。そして、コワイ。
ところがキューブリックはリゲティに黙ってこれらの曲を勝手に映画使っちゃったらしい。
もひとつ。
キューブリックは元々この映画の音楽をアレックス・ノースという『スパルタカス』を担当した人に依頼した。
ノースは苦心に苦心を重ねてオリジナル・スコアを書き上げたのだが、キューブリックは結果的にそのスコアを全部ボツにして、アタリで使っていたシュトラウスやらリゲティの既製曲を映像に当てはめた。
アレックス・ノースがこのことを知ったのがプレミアの時だったというからスゴイ。
ところが、そのオリジナル・スコアを読んだ映画音楽の大家でノースの友人だったジェリー・ゴールドスミスはキューブリックへの怒りをあらわにし、「キューブリックが選んだアレらの音楽のせいであの映画が台無しになった」と発言したそうだ。
そして、ノースの死後、ゴールドスミスは自らが棒を振って、そのオリジナル・スコアを録音したんだて。
聴いてみたい。
でもさ、みなさんあの映画の最初に使われるリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」って知ってるでしょ。
♪ドンガンドンガンドンガンドンガン…ってやるヤツ。
みんなあのファンファーレのパートは知ってるよね?
この曲って、キューブリックがこの映画で使って有名になったんだって!
あのファンファーレの後のパートって聴いたことがある人っている?
確認したことはないけど、ほとんどいないんじゃないかしら?
実はね、メチャクチャいいのよ。
『ティル・オイレンシュピーゲル』とか『アルプス交響曲』とか『英雄の生涯』とか、R.シュトラウスの曲ってやたらと大ゲサでしょ?
コレもそんな感じで非常に魅力的な曲なのです。
シュトラウスというとナチに協力した作曲家として知られているけど、奥さんがユダヤ人だったので仕方がなかったとか、色んな話があるみたいだね。
330一方…コレは以前Marshall Blogに書いたことがあるんだけど、最後の方の「Jupiter and the Infinite」のシーンはPink Floydの「Echoes」と完全にシンクロしているっていうんだよね。
で、実際に私も滅多に聴かない『Meddle』を引っ張り出して来てDVDとCDをせーのでスタートさせてそのシンクロ具合を確認したことがあった。
コレ、ホントにピッタリなの。
四人囃子が映画のこのシーンをバックに演奏するところを観てみたかったナァ。Medそれと、そのスリット・スキャンのシーンね。
アレを見ると立花隆の『宇宙からの帰還』という本を思い出す。
アポロ11号の乗員(他の宇宙飛行士も同じだったかな?)たちは宇宙に出た後、眠っている間にギュイ~ンって光がアタマの中を突き抜ける夢を見たんだ、っていうワケ。
イヤ、夢かどうかも確かではないらしく、とにかく3人が全く同じ経験をしたらしい。
こうなると火の鳥の出番って感じがするね。
でも、あのシーンはこの体験を連想させるんだな。Tt2…と、音楽のことを書いたけど、チャンと音楽のコーナーもあった。
キューブリックが音楽のことをどういう風に考えていたか。
以下、展示会の解説より…

11_0r4a0372 キューブリック曰く、「音楽というモノは観客を身構えさせ、自分が強調したいポイントを強化する最も効果的な手段のひとつだ。
音楽を適切に使うこと、あるいは使わないことは映画作家が自由に取り扱うことができる偉大な武器なんだよ」
キューブリックの時代考証の正確さは有名で、キューブリックは1962年から1968年のアメリカのビルボードのヒット曲を自分で採点し、Nancy Sinatraの「These Boots Were Made for Walking」やSam the Shamの「Wooly Bully」、Trashmenの「Surfin Bird」などを『フルメタル・ジャケット』に採用した」
最近では映画につける音楽ではクエインティン・タランティーノなんかもよく注目されているが、「時代考証の正確さ」という観点とは別に、キューブリックはこういう仕事がメッチャ上手でスマートだよね。
『アイズ・ワイド・シャット』なんかも「Baby Did a Bad Bad Thing」や「When I Fall in Love」が出て来たかと思うとショスタコーヴィチの「ジャズ組曲」の「ワルツ」が効果的に使われたりする。
何せカッコいい。
時代考証の話が続く。
 
「にもかかわらず、『バリー・リンドン』では舞台の半世紀も後に作られた1928年のシューベルトの曲が使われた。
このことはスペインの映画監督にこう説明している。
"手に入れることができる18世紀の音楽のレコード全てを聴く必要があったのかも知れない。しかし、18世紀の音楽には悲劇的な愛のテーマを持った曲がないということがすぐにわかったんだ"」
このエピソードはどうも有名らしく、他の本でも見かける。
そして、キューブリックはココで触れているシューベルトの曲をベタ褒めしている。
私は中学2年生の時に『バリー・リンドン』をロードショウ公開で観ていて、さほど映画に感銘を受けたワケでもないのにナゼかサウンドトラックのミュージック・テープを買ったんだよね。
13歳の子供がですよ!

2bl_1 実はコレの1年前に『スティング』を観て感動してサントラ・カセットを御茶ノ水の駅前にあった小さなレコード屋で買った。
「キミがこんなの聴くの?」と店員さんから訊かれたのを覚えている。
だから「マーヴィン・ハムリッシュ」だけでなく、「スコット・ジョプリン」の名前を12歳の時から知っていた。
私の音楽遍歴のスタートは映画音楽だったのです。ロックにノメリ込む前はこういうモノに夢中になっていた。
Bl_2 なので、「三つ子の魂百まで」…『バリー・リンドン』に使われている曲はだいたいわかっているつもりだったんだけど、100歳まではとてももたなかった。
このシューベルトの曲がどんなヤツかわからなかった。
執拗に出て来るあのメイン・テーマはヘンデルだし…(近々Marshall Blogでヘンデルとジミヘンの特集やります)。
そこでこのシューベルトの曲を調べてみた。
曲は「ピアノ三重奏曲 ホ短調 作品100」ということまではすぐにわかった。
でもそのピアノ三重奏曲か?
シューベルトのピアノ三重奏曲って4つあるらしんだけど、作品番号が付いているのは第一番と第二番だけ。
それじゃ第一番か第二番だ。
ところが、キーがおかしい。
第一番はDb、つまり「変ロ長調」。第二番は「変ホ長調」だからEb。しかも両方とも長調なのね。
おかしいな、キューブリックは短調の曲を使っているハズ…悩んでいても仕方ないので、「作品100」の第二番を第一楽章から聴いてみた。
そしたら、出て来た!それは第二楽章だったのです。
あのメロディ!
音楽ってのはスゴいもんだよ。即座にバリーの放蕩で財産を食いつぶされて行く惨めなマリサ・ベレンソンの顔が瞬時にして浮かび上がったもんね。
もうチョット続く…。
 
キューブリックは俳優たちの感情を揺さぶるためにも音楽を使用した。
『ロリータ』では「Irma la Douce」をかけてジェイムス・メイスンの目に涙を浮かばせたし、『ウエストサイド物語』でシェリー・ウインターズにおなじことをさせた。
ん~、ココは謎。
調べてみると「Irma la Douce」ってビリー・ワイルダーの『あなただけ今晩は』のことなんだよね。
ビリー・ワイルダーは大好きだけど、子供の頃に一度観ただけで映画自体は全く覚えていない。
でも、淀川長治の映画解説のラジオ番組のテーマ・ソングとしてこの曲が使われていたおかげで、曲はよ~く知ってる。
作曲はアンドレ・プレヴィンなんだよね。
プレヴィンって去年亡くなったのね?ご存命だとは知らなかった。
この人、シェーンベルグと卓球をやって圧勝したことがあるとか…。
また、ラフマニノフの生ピアノを聴いたこともあるとか…。
で、もしキューブリックが言うところの「Irma la Douce」がプレヴィンのこの曲だとしたら、ナンでジェイムス・メイスンが涙を流すのがサッパリわからない。
破天荒に明るくて賑やかな曲なのよ!
シェリー・ウインタースの「ウエストサイド」はわからなくもない。
小学校4年生の時に父が『ポセイドン・アベンチャー』を観せに錦糸町の江東リッツに連れて行ってくれたの。
それで、「あんなに太ったオバさんがよく映画に出れるな」と不思議に思っていたんだけど、「あの役をやりたくてワザと太ったんだよ」と父から聞かされた時はビックリしたわ。
その時シェリー・ウインタースの名前を覚えた。
 
ゴメンなさい!
こんなところでエラく長くなってしまった。
やっぱり「映画と音楽」となると思い出が多すぎて!

展示のこのコーナーはオモシロかった。
キューブリックがいかに音楽をうまく使ったか…ということを実際の画面を見せて解説してくれていたんだけど、字幕が消えるのが早すぎるんじゃ!

340「映画と音楽」…オモシロいね。
今は映画も音楽もピリっとしたモノがないけれど、昭和20~30年代は毎週撮り上がって来る映画につける音楽で作曲家たちはテンテコ舞いしていたっていう。
武満徹なんかもずいぶんゴーストをやったらしい。
そんなことがこの本に書かれていてオモシロかった。
師匠の早坂文雄が忙しすぎて、武満さんは『七人の侍』に結構スコアを提供したらしい。
勝四郎と志乃のロマンスのシーンの音楽は武満さんの作品だとか…。Ttひとつ疑問があって、さっきのリゲティとかペンデレツキとか、こうした現代音楽のネタをキューブリックはどうやって探していたのだろう?
あんなのを普段から聴いていたのかしら?
私も興味があってノーノとか、グレツキとか、グヴァイドゥーリアとかシュトックハウゼンとかのCDを買って来て聴いてはみるけど、1回しか聴かないよね。イヤ「聴けない」と言った方が正しいか?
「あ、こういうヤツね」と確認してCDが1枚終わるのをガマンしてる。
あ、ヘンリク・グレツキは結構イケます。そうは言ってもペンデレツキもモノによっては全然大丈夫。
少なくとも出がらし感満載のロックや単調なヒップホップより全然楽しめる。
やっぱり映画のイメージが出来上がると片っ端からレコードを聴いたり、専門家に相談して勉強するんだろうね。
私はバルトーク全集を聴いていて「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」の第二楽章を聴いた時ブッたまげたんだけど、本当に熱心にクラシック音楽を聴いている人々にとっては、まさに我々で言うところの『イージー・ライダー』や『スクール・オブ・ロック』、あるいは最近では『ボヘラ』みたいなモノなんでしょうね。
ああ、もっとチャンと音楽の勉強がしたい!350次回からは各作品の展示の紹介だよ。

<つづく>